42.きみしか愛することはできない(完)
アーデンは王国として出発することとなった。
建国祭と同時に、クライブとコーデリアの結婚式も行われた。
かつての慌ただしく簡素な結婚式ではなく、アーデンの人々に祝福された、華やかで温かい結婚式だ。
「奥方さま、旦那さま、おめでとうございます!」
「ミミ、もう王妃さまと国王さまよ」
満面の笑みを浮かべるミミだが、ジェナがそっと訂正する。
アーデンが王国となったため、クライブは国王に、そしてコーデリアは王妃になってしまったのだ。
とはいっても、アーデンはもともと行き場を失った人々が流れ着いてきた、広いだけの地である。人口もさほど多くはなく、かなりの小国でしかない。
コーデリアは自分が王妃など分不相応だと思うが、クライブと結婚する以上は仕方の無いことだった。
「そ、そうでした……! 王妃さま、国王さま、おめでとうございます!」
言い直すミミを、周囲は微笑ましく眺めていた。
ミミが心から祝福しているのは、誰の目にも明らかだ。この程度のことで無礼だと騒ぎ立てるような者はいない。
「ありがとう。ミミ、ジェナ、これからもよろしくね」
「はい……光栄です!」
「これからも、精いっぱいお仕えいたします!」
二人だけではなく、たくさんの使用人たちから祝いの言葉をかけられる。
料理人たちが腕を振るった料理も、所狭しと並べられていた。
さらに、国民からの捧げ物も色々と届いている。
アーデンの各地で、光の鳥の目撃証言が出るようになった。
しかも、やたらと土が元気そうだったので、これまで育たなかった種を試しに蒔いてみたところ、すぐに芽が出てどんどん成長していったという報告もある。
やはり光の鳥は祝福なのだろう。
だが、クライブは捕らえようとすることもなく、放置している。祝福はありがたいが、頼り切ることがないようにしようと戒めているらしい。
建国祭と結婚式という二重の慶事でアーデンは盛り上がり、夜になってもまだ騒ぎは止まなかった。
町の明かりも煌々と灯っている。
「まだ、みんな騒がしいわね」
窓から外を眺めながら、コーデリアは一人呟く。
結婚式を終えて祭りにも顔を出した後は、屋敷に戻ってきたのだ。湯浴みをして着替えて、今は新たに設けられた夫婦用の寝室にいる。
クライブはまだ仕事が残っているので、終わってから寝室に来る。それをコーデリアは待っているのだが、落ち着かない。
「これから……クライブと……」
かつてとは違い、本当に初夜を迎えることとなる。
それを考えるとコーデリアは、顔が熱くなってしまう。
「お待たせいたしました」
そこにクライブがやって来た。
コーデリアは恥ずかしくて、まともに顔を見ることができない。
「あ……お仕事、お疲れさま……」
ぼそぼそと呟くコーデリアを見て、クライブはくすりと笑うと近付いてくる。
「この日が来るのを、ずっと待っていました。本当の夫婦になりましょう」
熱を帯びた声で囁かれ、コーデリアは固まってしまう。
無性に逃げ出したい気持ちがわき上がってくる。
「あ、あの! お願いがあるの!」
「何ですか?」
コーデリアが声を張り上げると、クライブは落ち着いて答える。
「クライブも、普通に話してほしいの。リアのことがわかってから丁寧な言葉になったけれど……もう、止めてほしいわ。だって、本当に夫婦になるんだし……」
前々から、気になっていたことだ。
だが、言い出すタイミングがないまま、今日まで来てしまった。いいかげんに正すべきだと、コーデリアは意を決する。
「わかった、きみがそう望むなら」
クライブはあっさりと頷いた。
やや拍子抜けしながら、コーデリアはほっと胸を撫で下ろす。
「他に何か、俺に望むことは? きみの願いなら、何でも叶えよう」
ところが、さらに望みを尋ねられて、コーデリアは戸惑う。
きっと、何を言っても受け入れてくれるのだろう。
コーデリアを一途に想ってくれているのが伝わってきて、愛の重さにくらくらとしてしまいそうだ。
「今は思いつかないようなら、いつでも構わない。どんなわがままだって、きみが俺に望むことなら、全力で叶えるよう努力する」
甘い言葉は、まるで泥沼の中に引きずられていくようだ。
このままだと溺れてしまうと、コーデリアは恐怖を覚える。
「そ……それなら、私をあまり甘やかさないで……」
「すまないが、いくらきみの頼みでもそれは聞けない。何でも叶えると言ったが、それは例外だ。俺はきみを、俺なしでは生きていけないくらいに甘やかしたい」
真面目な顔で、クライブはとんでもないことを言い出す。
「そんな……このままだと溺れてしまうわ。あなたにぶら下がることしかできない、役立たずになってしまいそう」
「俺としては、溺れてほしいところだ。すでに俺は、きみに溺れきっている」
コーデリアのか細い抗議は、あっさりと潰された。
しかし、クライブはやや苦いような、それでいてどこか誇らしげな笑みを浮かべる。
「でも、俺が惹かれたのは、きみの心の強さだ。きっと、俺がぶら下がってほしいと望んだところで、きみは俺のことをむしろ助けてくれるんだろうな」
「……ええ、お互いに助け合っていきましょう」
コーデリアのことをただの人形ではなく、しっかりと認めてくれているのだと、胸に温かいものが広がっていく。
甘やかされても、溺れきらないよう自制しようと、コーデリアは心に刻む。
「俺は、きみしか愛することはできない」
かつて初夜に言った言葉とよく似た、しかし意味はまったく異なる言葉が、クライブの口から出てくる。
同じ『愛することはできない』なのに、その前が少し違うだけで、がらりと変わってしまう。
そして、その言葉は決して誇張ではない。クライブはコーデリアの前世から、ずっと一途に想い続けてきたのだ。
「きみが隣にいてくれることが何よりの喜びだ。これからもずっと、一緒に歩んでいってほしい」
「ええ、一緒に幸せになりましょう」
アーデンは独立したが、まだこの先にもどのようなことが待ち構えているか、わからない。
それでも、二人で一緒に乗り越えていくのだ。
二人は抱き合いながら、口づけを交わす。クライブはそのままコーデリアを抱き上げ、寝台へと歩いて行く。
そして、寝室の明かりが落とされた。
これにて完結です。
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