41.求婚
クライブがアーデンを独立させると宣言して、使者はその話を王都に持ち帰った。
どうやらこれまでも、セスは何回もクライブに独立を進言していたらしい。
ようやく完全に決心したかとセスは喜び、アーデンは慌ただしくなった。
そして、さほど日を置かず、王都から正式な書状が届いたのだ。
「国から、平和的に独立を認めるとの知らせが来ました」
執務室にて王都から届いた書状を読み、クライブは笑みを浮かべる。
コーデリアは、あっさり独立が認められたことに驚きを禁じ得ない。
「……反対するかと思っていたけれど、ずいぶんとあっさり認めたわね」
「よほど国力が低下しているのでしょう。今、アーデンと戦争をするだけの力がない以上、魔鉱石の供給を止められては困りますからね。独立を認めるのなら、魔鉱石についてはこれまで以上に便宜を図ると言いましたから」
王都では様々な魔道具を使用しているが、その動力となるものが魔鉱石だ。アーデンの名産品である。
もはや力ある魔術師がいなくて、王宮の結界すら魔鉱石に頼っているらしい。
「少しでも国の寿命を延ばそうということね。どれくらい持つかわからないけれど……」
「すでに内乱の火種が燻っているという噂もあります。でも、もう他国のことですからね。気にしないのが一番でしょう」
「それもそうね……」
そっと息を吐き出しながら、コーデリアは頷く。
もともと、あの国には良い思い出など何もない。コーデリアはアーデンの発展だけを考えていればよいのだ。
「あとは、向こうはアーデンを広大な荒れ地のままだと思っていますからね。なんだかんだで国に頼ることになるだろうと、甘く見ているのでしょう。一領地も、属国もさほど変わらない、とでも思っているんじゃないかと」
「まあ……」
思わず、呆れた声がコーデリアから漏れる。
かなりアーデンのことを舐めているようだ。これまでの国の高圧的な態度からも、甘く見ているのは間違いない。
だが、アーデンでは以前から独立に向けて準備を進めてきている。食料も、アーデン内で賄うことは可能らしい。
「あちらには、勝手に思わせておけばよいのです。それよりも先日、旦那さまと奥方さまが視察に行った農地で、光の鳥が飛んでいるのを見たという証言が、いくつも出ております。その後、目に見えて作物が大きく成長したとも」
これまで黙っていたセスが、話を切り替える。
「光の鳥……?」
コーデリアの頭にぱっと浮かんだのは、王都の神殿で扉が開かれたときに、あふれた光のことだ。
鳥の形をしていたわけではなく、洪水のように光が飛び出していっただけだが、何故かそのときの様子が思い起こされる。
「おそらく、祝福ではないかと思います。王が現れるとき、祝福もまた現れるのだという言い伝えがあるのです」
セスは、コーデリアの想像を肯定するように続けた。
それを聞き、祝福について研究していたが、国王に祝福が弱まっていくと進言したために処刑された一族がいたという話を、コーデリアは思い出す。
「やっぱり祝福……そういえば、祝福について研究していた者がいるという話が……もしかして、セスがその一族の生き残り?」
「はい、そのとおりです。もとはそれなりに裕福な貴族家だったのですが、余計なことを言った者がいたために家は取り潰されて、処刑されてしまいました。私は逃げ出し、元の名を捨てて、魔術師部隊に潜り込んだのです」
あっさりとセスは答える。
淡々とした声は、すでに過去の出来事と片付けているかのようだ。
「こいつとはそれなりに長い付き合いなんですが、この話は俺も最近知ったばかりです」
クライブがやや呆れたように口を挟む。
「こんなこと、話してもつまらないでしょうから。それよりも、やはり旦那さまが『王』だったのだと確信しました。魔術師部隊のときから、そうではないかと付き従ってきた甲斐があったというものです」
「……『王』?」
満足そうなセスの呟きを聞いて、コーデリアは首を傾げる。
アーデンを王国として独立させる以上、確かにクライブは王になるのだろうが、それとは意味合いが異なりそうだ。
「あの国にとっての建国王と同じです。祝福を得て、様々な奇跡を行使して人々を導く光となったと伝えられています」
「……だが、俺はあんな風に神殿に閉じ込めて、自分たちだけのものとして利用はしないぞ。この地に祝福を与えてくれるのなら、それは嬉しいことだが、どうなるかは自然に任せる。お前の言う『王』も、よくわからない。俺は、俺の思うようにしかやっていけない」
クライブは眉根を寄せるが、セスは満足そうに微笑む。
「それでよろしいかと存じます。さて、これからアーデン独立の祝祭を準備しなくてはなりません。また忙しくなりますが、その前にお二人で話しておくことがあるのではありませんか?」
突然、セスから別の話をふられて、コーデリアとクライブは顔を見合わせる。
「……そうだ、話があります。行きましょう」
クライブは真剣な眼差しでコーデリアを見つめてくる。
何だろうとドキドキしながら頷くと、クライブはコーデリアの手を取って転移した。
次の瞬間、二人は庭園に移動する。天気の良い日にコーデリアが茶を飲む、見慣れた場所だ。
爽やかな風が吹き、咲き乱れる花の芳しい香りが運ばれてくる。
ここで何の話があるのかと思っていると、クライブがコーデリアの前に跪いた。
「コーデリア……ずっと、あなただけを愛しています。今度こそ、自分の意思であなたに求婚したいんです。もし俺のことを好きになってくれていたら……どうか、俺と結婚してください」
驚くコーデリアに、さらなる驚愕がもたらされる。
すがるような眼差しを向けてくるクライブは、断られることを不安に思っているようだ。怯えのにじむ紫色の瞳を見て、コーデリアはおかしくなってくる。
答えなど決まっているのに、今さら何を恐れているのだろうか。
「ええ……私も、クライブのことが好きよ。求婚、お受けするわ」
コーデリアが答えると、クライブは目を大きく見開いた。そして、蕾が鮮やかに花開いていくかのように、晴れやかな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます……! この世に俺ほど幸せな人間はいないでしょう……! 一生、あなただけを愛します!」
立ち上がったクライブは、コーデリアを抱き締める。
そして、クライブの整った顔がゆっくりとコーデリアに近付いてきた。
心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じながら、コーデリアは目を閉じる。
すると、唇にやわらかい感触が伝わってきた。これが口づけかと、茹で上がった頭でぼんやり思う。
今度はお飾りの妻ではなく、愛で結ばれた夫婦として共に生きていくのだと、コーデリアの胸にも幸福が広がっていった。





