40.アーデン独立
王家の使者は、応接室に通されていた。
コーデリアは不機嫌そのもののクライブと共に、応接室に向かう。
「あのときの……」
使者は、以前コーデリアを王都へと連れ去った者だった。
そのときの記憶が蘇り、コーデリアは身をすくませる。
しかし、隣にいるクライブが守るように、コーデリアの肩を抱き寄せた。
「お前がコーデリアをさらった不届き者か。今度は何をしでかしに来た」
敵対心を隠そうともせず、クライブが言い放つ。
それでも、いきなり殴りかかりもせず、平和的に話そうとしているので、十分に頑張っていると言えるかもしれない。
使者は平然とした顔を崩さなかったが、足が微かに震えていることにコーデリアは気付いた。
「……もうコーデリアさまを連れて行こうとはいたしません。それよりも、王家から素晴らしい申し出がございました。アーデン男爵にとっても、またとないお話かと」
使者は誇らしげに口を開く。以前にも感じた尊大さは健在のようだった。
あまりにも胡散臭いと、コーデリアとクライブはわずかに眉根を寄せる。
「アーデン男爵を、一代限りの大公にと仰せです。大公は王族の一員であり、殿下の敬称で呼ばれます。本来はあり得ないことではありますが、王家の血を引くコーデリアさまを娶っているので、特別にとのことです」
王家からの申し出は、予想もしないものだった。思わず、コーデリアとクライブは顔を見合わせる。
コーデリアをもう一度さらうわけにもいかず、アーデン領に戦いを仕掛けることもできない。となれば、クライブごと王家側に取り込んでしまえということだろう。
王家もかなり譲歩したと言える。完全に祝福が失われ、打開策が見つからないようだ。
「大公夫妻からお生まれになったお子は、男子ならば王家の養子として迎え、女子ならば王族男子の妃として迎えるとのことです。アーデン大公は一代限りですが、そのお血筋は王家の本流に組み込まれるのです。この上ない栄光かと存じます」
ところが、得意げに続けられた使者の言葉で、コーデリアもクライブも唖然としてしまう。
大公位を与えるまでは、まだよい。だが、これは地位を餌にして、子を差し出せと言うことだ。
天才魔術師と名高いクライブと、魔力の強いコーデリアの子なら、魔力に期待ができる。いちおうはコーデリアが王家の血を引いているので、血筋に関しては許容範囲といったところだろうか。
まるで繁殖用の家畜扱いだ。何が栄光かと、コーデリアは呆れる。
「……ずいぶんと、ふざけた申し出だな。そもそも婚姻が無効だと言い出したのは、王家側ではなかったのか?」
まともに取り合う気もないようで、クライブは素っ気ない。
「それは少々行き違いがあっただけで……」
「しかも、俺とコーデリアの子を差し出せだと? 何が栄光だ。どんな頭をしていたら、そんな馬鹿げた考えが出てくるのか、さっぱり理解できない」
クライブに睨み付けられ、使者は怯む。
だが、使者は己の役割を果たそうと、どうにか言葉を探しているようだ。
「で……ですが、平民出身であるアーデン男爵が、王族に名を連ねることなど、本来はあり得ないことです。いずれ生まれてくるであろうお子たちも、最も高貴な身分を得ることができ、素晴らしい名誉で……」
「そんなものは必要ない」
必死に利点を述べる使者だが、クライブはばっさりと切り捨てた。
「張りぼての名誉など、何の意味がある。これからの王家にどれほどの権威があるというのか。そもそも、俺とコーデリアは僻地でのんびりと暮らせれば満足なんだ。お前らの大切な栄誉など、家畜の餌にもならん。王都で名誉ごっこでもやっていろ」
「こ……これだから、野蛮な平民上がりは……」
さすがに腹に据えかねたのか、使者が怒りの呟きを漏らす。
しかし、クライブは鼻で笑うだけだ。
「そうだ、俺は野蛮な平民上がりだ。ならば、それなりの流儀でお返しするべきだろうな。交渉が決裂した場合は、使者の首を送ってやればいいんだろう?」
「なっ……」
クライブの脅しに、使者は言葉を失った。
その気になれば、クライブが使者の命を奪うことなど簡単だろう。それは使者もわかっているようで、小刻みに震えだした。
使者は助けを求めるようにコーデリアに視線を向けてくる。
まさかコーデリアが味方をしてくれるとでも思っているのだろうか。あり得ないと、コーデリアは唇の端が引きつりそうになってしまう。
「そのような恥知らずな申し出、受けるはずがないでしょう。命が惜しければ、さっさとお帰りになることですわ」
コーデリアも追い討ちをかける。
だが、いちおう命を救うための助け船は出したつもりだ。
「お……お二人の婚姻は、王家によって認められたものです。王家に従わないとなれば、やはり婚姻は無効に……」
「そんなもの、無効で構わない」
苦し紛れを吐き出す使者を、クライブは遮る。
使者は唖然とした顔で、クライブを見つめた。
コーデリアもクライブが婚姻無効にあっさり頷いたことに、少し驚く。
「これまで迷いもあったが、こうまでされては決めるしかない。アーデンは独立する。アーデン王国として出発し、コーデリアとはそこで新たに婚姻を結ぶだけだ」
衝撃の発言がクライブから飛び出した。
もしかしたら王都に隠れて何かを進めているのではないかと思っていたが、それはアーデンを独立させることだったらしい。
コーデリアは驚きながらも、納得する。
「そ……そんなことが……」
使者はもはや、まともに言葉が出てこないようだ。
「今すぐ王都に帰って、このことを伝えろ。独立を阻止するために戦争をふっかけてくるのなら、受けて立つ。だが、独立を認めるのなら、魔鉱石についてもそれなりの対応をしてやる、とな」





