35.国王の後悔
「こ……これは、どういうことだ……」
愕然としながら、国王が呟く。
扉を開くことができれば、あふれる光に包まれると信じていたのだろう。
だが、あふれる光は一瞬だけで、その後は消え失せてしまったのだ。
「扉は開いた。約束は守ってもらおう」
「ま……まさか、お前が何かしたのか……? 祝福の光を失わせるようなことを……」
「俺は扉を開いただけだ。それ以外は一切何もしていない。これは制約を立てたことでもあり、破っていないのはわかるだろう。全ては、お前が選んだ結果だ」
「それは……」
悔しそうに、国王は俯く。
いっそクライブの仕業であれば、怒りを向けることができただろう。だが、全ては国王が選んだことであり、彼自身の責任なのだ。
「クライブ……体は大丈夫? 何があったの?」
コーデリアがクライブを気遣うと、彼はとても嬉しそうに笑った。
「魔力をそれなりに使いましたが、まだまだ大丈夫です。何があったかは……そうですね。一言で言えば、扉を開いたことによって、中に閉じ込められていた祝福が解放されたということでしょうか」
クライブの返答に、コーデリアだけではなく、国王も驚愕の眼差しを向ける。
「……どういうことだ」
訝しげに国王が呟く。
だが、クライブは国王を無視して、コーデリアだけを見つめる。
「祝福が、いったい何なのかはよくわかりません。本当に天の与えた力だったのか、祝福をもたらす精霊のようなものだったのか、定かではありません。ただ、今はもうここにはいないということだけはわかります」
コーデリアに向かって、クライブは説明を続ける。
確かに、扉の向こうには空っぽの空間が広がるだけだ。コーデリアの目には何も見えず、何も感じることはない。
「おそらく、建国王は祝福を捕らえて、閉じ込めていたのでしょう。そして、逃がさないように力を利用していたのではないかと思います。自分たちだけのために、都合良くコントロールしながら、そしてやがて祝福も残りわずかとなり……」
「そ……そのような話は知らぬ……何故、お前ごときが……」
愕然としながら、国王は苦しそうな声を漏らす。
すると、ようやくクライブが国王に視線を向けた。コーデリアに向けていた優しげなものではなく、蔑みの眼差しだ。
「建国王の祝福について、研究していた者がいたそうだな。いずれ、祝福は弱まっていくから対策を考えるべきだと進言したところ、世を惑わす逆賊として処刑されたとか。その一族の生き残りから聞いた話だ」
「それは……そのような妄言……」
心当たりがあるようだ。国王は苦々しい顔で呻く。
「あいにく、妄言ではなかったな。いずれ王族や貴族の力は弱っていく。それを見越して、平民の活用を進めた貴族のことも、お前は罠にかけて処分した。そしてとうとう、残された祝福も失うこととなった。全て、お前の選択の結果だ」
「そんな……」
国王は呆然としながら、その場に崩れ落ちた。
虚ろな眼差しで、ぶつぶつと何かを呟き続けている。
これまでの間違った選択に加え、扉も無理に開こうとしなければ、少なくとももうしばらくは祝福を得られたのだ。
何から何まで間違えてしまった己の選択を、後悔しているのだろう。
「クライブ……」
コーデリアも、やや放心しながらクライブを見つめる。
あまりにも従順に扉を開いたのは、こういうことだったのかと納得する。
誰もが開けない扉を開くための対価が、コーデリアを返し、アーデン領にも手出ししないことだった。
だが、そのどちらもクライブは独力でできるようなことを言っていたはずだ。
対価とするにはおかしいと、コーデリアは違和感を覚えた。
クライブの狙いは、扉を開くことだったのだろう。
それも国王に選ばせ、己の選択を後悔するように仕向けたのだ。
報いを受けさせてやるとクライブは言ったが、こういうことだったのだろう。
「コーデリア、帰りましょう。これからここは大変なことになるはずです。俺たちは僻地で、のんびりと暮らしましょう」
さわやかな笑みを浮かべて、クライブはコーデリアに語りかける。
「え……ええ、そうね……早くここから去らないと……逃げられるかしら……」
ぶつぶつと何かを呟き続ける国王を眺め、コーデリアはすぐに視線をそらす。
今は放心状態となっているが、国王が正気づけばコーデリアやクライブを捕らえろと言い出すはずだ。
わかりやすく、祝福を失った原因として仕立て上げられるかもしれない。
だが、クライブ単独ならまだしも、足手まといとなるだろうコーデリアを連れて、逃げ切れるのだろうか。
「ご心配なく。これからの愛の日々を、こんな連中に邪魔などさせません。少し、失礼します」
そう言うと、クライブはコーデリアの肩を抱き寄せる。
突然、クライブに密着する形となり、コーデリアは戸惑う。
クライブは構わずに魔術を使い始めた。膨大な魔力が集まっていくのが、コーデリアにもわかる。
そして次の瞬間、目の前の空間が歪んだ。
ぐるぐると回るような感覚に、コーデリアはぎゅっと目を閉じる。
「着きましたよ」
クライブの声が響き、コーデリアはおそるおそる目を開けた。
わずかに目まいのような感覚が残るが、それよりも目の前の光景にコーデリアは驚き、信じられない思いでいっぱいになる。
そこは、アーデン領の屋敷にある、クライブの執務室だったのだ。
「魔術で転移しました。もう安心ですよ」
転移とはいったい何だ。そのような魔術は、初めて聞いた。コーデリアの頭の中は、疑問に埋め尽くされる。
だが同時に、安全な場所に来たのだと実感できて、体の力が抜けていった。





