34.扉は開かれた
「扉を開く……? お前のような卑しい者に、できるはずがない。あの扉は、高貴な者のみが開くことができるのだ」
「だが、その高貴な者とやらは、誰も開けなかったんだろう?」
嘲る国王だったが、クライブに問いかけられると言葉に詰まる。
認めたくないだけで、本当は気付いているのだろう。
「魔力の強さが条件だというのなら、俺は測定器の針を振り切るぞ。おそらく、この国で俺以上に魔力の強い者はいないだろう」
こともなげにクライブは言い放つ。
コーデリアは、クライブが測定器の最後の目盛りまで達するのだろうかと思ったことがあったが、それ以上だったらしい。
「俺としては、扉のことなんてどうでもいい。ただ、望むのなら開いてやると言っているだけだ。望まないのなら、俺はこのまま妻を連れて帰る。選ぶのは、お前だ。どうする?」
本当にどうでもよさそうに、クライブは問いかける。
だが、コーデリアにはクライブが運命の天秤を掲げているかのように見えた。おそらくこれは、国王にとって今後の運命を大きく左右する選択なのだと、直感する。
国王は唇を引き結んだまま、考え込む。
血筋にこだわる国王にとっては、平民出身のクライブが力を持っていること自体が、忌々しいのだろう。
しかし、ここで不快感をのみ込めば、扉が開かれるかもしれない。
プライドと実利のせめぎ合いになっているのだろう。
「……お前が、扉を開けて力を得ようとしているわけではなかろうな」
どうやら、扉を開かせる方向に傾いたようだ。
国王は探るような眼差しをクライブに向ける。
「制約を立ててもいい。俺は扉を開ける道具に徹し、その他一切には関わらないと誓おう。この道具を使うのは国王で、開けた後も、そこからもたらされるものは全て国王のものだ」
制約とは、魔術による破ることのできない誓いだ。破ろうとすれば多大な苦痛をもたらし、それでも破れば命を失う。
ちなみに平民魔術師も、国を裏切らないように制約を立てさせられる。
クライブが語る自身の権利を放棄した内容に、国王は表情を和らげた。
「それで、お前の望みは何だ? コーデリアを返し、アーデン領にも手出しするなということか?」
「そうだな。そちらも制約を立ててもらおうか」
「……扉が開けた場合にのみ、この内容は有効とする」
「それで構わない。扉が開けたら、守ってもらおう」
二人の間で約束が交わされ、互いに制約を立てる。
コーデリアはやや不可解に思ったものの、何も言うことはなかった。
すでに夜も更けていたが、国王を先頭に三人は神殿に向かう。
衛兵はクライブの姿を見るとぎょっとしていたが、国王が通せと言えば、何も問い返すことなく道を譲った。
何事もなく、三人は神殿の奥までたどり着く。
広い部屋の奥には大きな両開きの扉があり、中央の隙間から光が漏れている。
光の当たる場所には祭壇があり、茶葉や宝石、布など様々な物が置かれていた。
茶葉は銀月茶らしかったので、こうして祝福を与えているらしい。
「では、扉を開けてみろ」
国王が命じると、クライブは黙って扉の前まで歩いて行く。
そして、扉の前で立ち止まると、振り返る。
「最後にもう一度確認しておく。この扉を開くのは国王の意思で、国王自身の選択によるものだ。俺は単なる道具に過ぎない。相違ないか?」
「ない。扉を開くことを望んだのは余であり、開くのも余だ。全ては、余の功績である」
最後の問いかけに、国王は頷く。
それを見ながら、コーデリアは背筋にぞくりと冷たいものを覚える。思わずクライブを見つめると、彼は穏やかな微笑みを返してきた。
だが、その微笑みすら、何かを企んでいるようにしか見えない。いや、おそらく本当に何かを企んでいるのだろう。
そうでなければ、こうも従順に扉を開こうとするとは思えない。
「では、始めよう」
クライブは扉に向き直ると、片手を触れた。ゆっくりと扉に魔力が流れていくのが、コーデリアにもわかる。
やがて、重たい音がわずかに響き始めた。扉がかすかに奥へと動いているようだ。
「おお……!」
扉から少し離れて様子をうかがっていた国王が、身を乗り出す。
徐々に、徐々に、扉は開いていっているようだ。
中央の隙間が大きくなり、漏れる光がだんだんと強くなってくる。
コーデリアは、はらはらしながらクライブを見つめる。
集中するクライブは、かなりの魔力を叩き付けているようだ。額から、汗が伝っている。
それでも顔色は悪くないので、魔力切れは遠そうだ。
何をするつもりなのかという不安と、クライブが無茶をするのではないかという心配とで、コーデリアは胸の前でそっと両手を組む。
「……開くぞ!」
クライブが宣言すると、それまでゆっくりと動いていた扉が、一気に開かれた。
完全に開いた扉の中から、まるで洪水のように光があふれてくる。
「おお! おお……!」
感極まったように、国王は恍惚とした叫びを上げる。
しかし、あふれ出る光は、すぐに消えてしまった。扉の先には空っぽの暗い空間が広がり、先ほどまで漏れていた光も、今は何もない。
壁に飾られた魔道具の明かりだけがわずかに室内を照らし、光を浴びていた祭壇はすっかり暗くなっている。
「これで、扉は開かれた」
淡々としたクライブの声だけが、薄暗い部屋に響いた。





