03.教え子クライブ
突然、教え子からの愛の告白を聞き、リアは驚愕で目を見開く。
これはきっと、生徒同士での罰ゲームだろう。共謀しての悪戯かもしれない。そういったことができるほど、他の生徒と親睦を深めたのかと、リアは驚きと感動に満たされる。
どこかに他の生徒たちが潜み、この告白劇を見守っているに違いない。それにしても、気配を消すのが上手くなったものだ。満点を与えてもよいだろう。
彼らの成長に、リアは涙がにじんできそうだ。
リアはクライブの告白を本気だとは、かけらも思わなかった。
生徒たちからは女と見なされていないのがリアだ。普段の言動や態度もそうだが、そもそも彼らとは年齢が少なくとも十五歳は違う。恋愛対象からはずれるのは、当然のことだ。
目の前でクライブが顔を赤くして小さく震えているのも、年増の教師に嘘の告白をするという恥をこらえているのだろうとしか、リアには思えない。
「そうか……成長したな。先生は嬉しいよ」
「で……では……!」
にこやかにリアが答えると、クライブは顔を輝かせた。
悪戯が成功しそうで喜んでいるのだろう。
だが、そうはさせない。リアは唇の端を歪めた。
「しかし、まだまだだな。私を頷かせるには、少し足りない。もう一捻り欲しいところだな」
彼にしては健闘したと思うが、この程度では騙されない。リアは、あと一歩頑張りましょう、の判定を下す。
クライブの顔が絶望に染まる。紫色の瞳からも光が消えていくが、何かを思い直したようで、再び気力を取り戻す。
この切り替えの早さは高評価だ。すぐに戦術を立て直すのは基本だと、リアは内心で頷く。
「それなら、俺が卒業して一人前になったら、頷いてくれますか?」
「一人前か……そうだな……何か大きな功績を立てたら、まあ考えなくもない」
この程度が落としどころだろうか。
未来に希望を残すということで、彼の完全敗北は避けられる。完膚なきまでに叩きのめすのではなく、少しは花を持たせるべきだ。
そのほうが、彼らもきっと盛り上がることだろう。
「わかりました! ありがとうございます!」
「頑張れよー」
元気に頷くと、クライブは礼をして駆け足で去っていった。
その背中を、リアは微笑ましく見送る。
この悪戯をきっかけに、生徒たちの連帯感が高まれば、結構なことだ。
種明かしをするでもなく、見守っているであろう生徒たちも最後まで身を潜め続けるあたり、徹底している。
リアは一人、満足しながら頷く。
他に見守っている者など誰もおらず、罰ゲームなど存在しなかったことに、リアは気付かなかった。
クライブは卒業していき、リアは変わらず教師としての日々を続けていた。
そこに、だんだんと隣国との関係が悪化しているようだとの噂が流れてくる。
もともと小競り合いがよく起こる相手ではあったのだが、こうした噂が広まるということは、もしかしたら本格的な戦争が近いのかもしれない。
「戦争になったら、俺たちも駆り出されるのかな」
「……状況次第では、そうしたこともあり得るな」
本格的に戦争が始まれば、生徒たちも魔術師として戦場に送り込まれる可能性は高い。
リアはそうならないでほしいと願うが、できることはないのだ。
「食いっぱぐれるのだけは嫌だなあ」
「だよなあ。せっかく、ここに来て普通の飯が食えるようになったのに。もう残飯漁りはしたくないよ」
「貴族街の残飯を食える俺は勝ち組だぜ、なんて悲しい自慢はもうしたくないな」
生徒たちの間では、食べられなくなることへの恐怖が強いようだった。
養成所の生徒たちは、ほとんどが孤児だ。ほぼ全員が残飯を漁った経験がある。それも、貴族の残飯を得ていた者が多い。
少しでもマシな食料を得られていたからこそ生き延びて、今この養成所にいるとも考えられるが、リアは少し引っかかるものがあった。
そうした暗い雰囲気が養成所に漂うが、あるとき喜ばしい知らせがもたらされた。
養成所を作り、いわばリアの命の恩人でもあるのがフローレス侯爵だ。その令嬢が誘拐されそうになったのを、養成所の卒業生が救ったという。
感謝の証として、養成所にも良い肉や果物、菓子といった差し入れがあった。
「フローレス侯爵閣下、万歳!」
「先輩、万歳!」
生徒たちは大いに盛り上がり、お祭り騒ぎだった。
功労者である卒業生の名は明かされなかったが、食料の差し入れはその人物からの願いだったらしい。
ずいぶんと後輩思いの卒業生がいたものだと、リアは胸が温かくなる。
「フローレス侯爵閣下が、リアを招きたいとのことだ。行ってこい」
さらに、思いがけない出来事が起こった。
唐突にフローレス侯爵からの迎えが来て、リアは送り出される。まともな正装など持っていないので、教師の服装のままだ。
何故自分が呼ばれたのか、このままの格好でも大丈夫なのかなど、リアは様々な疑問を抱えながら、馬車に揺られる。
やがてたどり着いたのは立派な邸宅だった。
リアは緊張しながら、使用人に案内されていく。
「よく来てくれた、リア殿。私がフローレス侯爵だ。こちらは娘のブリジット」
応接室でにこやかに迎えてくれたのは、フローレス侯爵本人だ。その隣で、可憐な少女が穏やかに微笑んでいる。
威厳ある紳士と、優雅な令嬢を前にして、リアはとっさに言葉が出てこなかった。
貴族がこうも気さくに接してくれるとは思わなかったのもあるが、二人の後ろに控えている人物に驚いていたのだ。
「彼のことは、リア殿のほうがよく知っているだろう。娘を誘拐犯から救い出してくれた恩人、クライブくんだ。今は娘の護衛をしてもらっている」
二人の貴族の後ろにいたのは、クライブだったのだ。
少し背が伸びた彼は、リアに向かってはにかんだような笑みを浮かべた。