29.罪悪感
一人涙を流すコーデリアの元を、とうとう国王が訪れた。
国王に付き従っていたお付きや侍女も下がり、寝室で二人きりになる。
「そう怯えることはない。他の側妃や王子たちも了承済みだ。そなたを害しようとする者はおらん。いたとしても処罰するので、心配するな」
コーデリアの涙を別の意味に取ったようで、国王はあさっての言葉をかけてくる。
それを言われて初めて、コーデリアは他の側妃や王子たちの存在に気付く。
彼らに狙われる可能性があるのだということに、今さら思い当たった。だが、了承済みというのはどういうことだろうか。
「王族や貴族は、優れた存在であらねばならない。そなたが正しく王家の血筋としての力を持った存在である以上、その血を次代に繋げることを皆が望んでおる」
曖昧な内容だったが、コーデリアはその意味を考える。
以前はまともに顧みられなかったコーデリアが、こうして手のひらをかえされた原因は何だっただろうか。
魔力以外にあり得ない。
「もしかして、王族や貴族の魔力が衰えてきているのですか?」
コーデリアが思いつきを投げかけると、国王の表情が曇る。どうやら合っているようだ。
それも、おそらくは相当なのだろう。他の側妃や王子たちが己の地位よりも優先するくらいなのだから、かなりの危機感を持っているはずだ。
これまでのコーデリアの実験では、銀月茶は魔力を発現させるが、増幅する効果はないようだった。魔力の強さは、生まれ持った能力によるらしい。
「……建国王が受けた祝福が、どうやら弱まってきているようだ。今は魔道具で補っているが、根本的な解決にはならない。そうしているうちに、平民どもが調子に乗りおって……」
忌々しそうに国王は吐き捨てる。
「養成所も愚かな平民どもが知恵をつけるきっかけになってしまった。そなたの祖父の慈悲が、仇となってしまったな」
「そうですわ、養成所……養成所が敵国と通じていたというのは、本当なのですか?」
養成所の名を聞き、コーデリアはいてもたってもいられず、問いかける。
国王は一瞬だけあっけにとられたようだったが、すぐに納得したような顔になる。そして、しばらく無言で考え込んだ。
「……そうだな、そなたは知ってもよいのかもしれぬ」
ややあって、国王はぼそりと呟いた。
「非常に残念なことに、養成所の平民たちは力を付け始めていた。しかも偶然とはいえ、我が国の最高機密に触れてしまった者がいたのだ。早急に始末する必要があった」
国王が話し始めるのを聞き、コーデリアは背筋に冷たいものが走る。
前世のリアの最期と、繋がるものがあった。
「……もしかしてそれは、魔力は後天的に得られるものだという……」
思わずコーデリアは疑問を口にしていた。
国王が唖然とした顔になり、コーデリアを見つめてくる。
しまったと、コーデリアは焦る。この表情を見る限り、憶測は正しいのだろう。
だが、それに気付いたリアは始末された。それを知っていながら、何故口にしてしまったのだろうか。
「何故それを……いや、さすがは高貴な血を引く娘ということか。思った以上に聡明なようだ。やはり、国母にふさわしい」
ところが、国王は呆然としながらも、感心したような声で頷く。
どうやら始末される方向ではなく、有効性を強調することになったらしい。
胸を撫で下ろしながらも、コーデリアの心には靄のようなものも広がる。
同じことに気付いても平民は始末され、貴族は称賛されるのだ。
「それに勘付いた平民がいると、フローレス侯爵につけていた護衛から知った。よってその者は始末したが、同じことが起こるかもしれない。そこで、いっそ養成所ごと潰すべきとなったのだ」
「それで……敵国と通じていたことにして、養成所を……」
「うむ。そなたの祖父には気の毒だったが、そもそも平民に目をかけすぎたことが発端とも言える。残念だったが、仕方が無い」
国王の言葉が、どこか遠くから聞こえてくるようだ。
フローレス侯爵につけていた護衛というが、実際は見張りだったのだろう。
前世のリアは不用意な一言を漏らしたために、始末されてしまった。
だが、リアが殺されたことだけならば、腹立たしいながらも、それなりに納得して終わりだっただろう。
問題なのは、それによって養成所までが潰されたことだ。
まさか、養成所を潰す原因をリアが作っていたなど、思いもしなかった。
コーデリアは重く罪悪感がのしかかり、目の前が暗くなっていく。
呼吸すら、うまくできない。己の喉元を押さえながら、気付かないうちにコーデリアの頬を涙が伝う。
かつての同僚たち、生徒たちに申し訳ない。それだけではなく、後から続く平民魔術師たちにも影響を与えているのだ。
己の罪深さに、コーデリアは震えが止まらない。
「……それほど衝撃だったか。だが、そなたが力ある王子を産めば、フローレス侯爵家の名誉も回復できる。案ずることはない」
国王が何かを言っているが、コーデリアにはよく聞こえなかった。
コーデリアは虚ろなまま、宙を眺めている。
「さて、そのためにも早くそなたに王子を授けてやらねばならぬな。何も恐ろしいことはない。そなたはただ、寝台に横たわっていればよいだけだ」
年齢に見合わぬ力強さで、国王はコーデリアを抱き寄せる。
反射的にびくりと身をすくませると、コーデリアは何も考えられないまま、近付いてきた国王の顔面を手の甲で軽く殴った。
「……っ!?」
信じられないといった顔で固まる国王だが、すぐにその場に崩れ落ちる。そして、そのまま寝息を立て始めてしまった。
「あ……」
そこでようやく、コーデリアは少し正気に戻る。
無意識のうちに前世で得意だった、相手を眠らせる魔術を使ったらしい。
倒れる国王を見下ろしながら、どうするべきかとコーデリアは途方に暮れる。
いっそ国王の言うとおりに王子を産み、権力を得て平民魔術師の立場を回復させていくことが、償いになるのではないかという考えすら、頭をよぎる。
「これは、いったい……」
そこに、この場にいるべきはずのない人物の声が響いた。
とうとう幻聴まで聞こえるようになったかと、コーデリアは苦笑しながら、声のした方向を見る。
すると、今度は幻覚まで見えたらしい。
困ったような顔をしたクライブが、部屋の入り口に立っていたのだ。





