26.側妃
コーデリアは王家の使者と共に、王都に向かう馬車に揺られる。
危険性を考えるとジェナとミミは連れて行けず、コーデリアは一人ひっそりとアーデンの地を去ることになってしまった。
馬車にはもう一人、貴族女性らしき侍女が乗っているが、まるで置物のように黙り込んでいる。
とても重苦しい雰囲気だ。
「……魔力を発現させた平民は、どうなるのですか? 養成所に送られるのですか?」
どうせ王都にたどり着くまで、何もすることはないのだ。それならば、何らかの情報を得られないだろうかと、コーデリアは使者に問いかけてみる。
仮に、養成所でしばらく魔術の扱い方を学び、その後は自分の好きな道を選べるのだとすれば、さほど悪いことではないのかもしれない。
「養成所……? そういえば、あなたは養成所を作ったフローレス侯爵の孫でしたか。今は、養成所というものはありません。訓練所となっております」
どうやら形が変わっているらしい。
本来はコーデリアも養成所の存在を知っているのはおかしく、前世のリアの記憶によるものだ。だが、使者は勝手に解釈して納得してくれたらしい。
「やはり平民たちに教育など過ぎたものであると、見直されたのです。平民に目をかけたフローレス侯爵は、それがきっかけで没落したようなものですからね」
「え……?」
予想もしなかった流れに、コーデリアは疑問の声を漏らす。
「養成所の存在が、敵国の密偵をのさばらせる原因となったとも言われております。あなたのおじいさまの失脚の原因ともなった養成所ですが、そこ出身のアーデン男爵に嫁がされるとは……心中、お察しいたします」
気遣わしそうな使者の声だったが、コーデリアが衝撃を受けたのはそこではない。
養成所ができて、やっと平民出身の魔術師もまともに扱われるようになったのだ。それなのに、どうやら状況は後退してしまったらしい。
しかも、敵国の密偵をのさばらせる原因になったとは、どういうことだろうか。
「敵国の密偵……?」
「ええ、でもご安心ください。フローレス侯爵も一時期は敵国との内通を疑われましたが、その疑いは晴れております。ただ、その隙に失脚を狙う者たちによって攻撃され、残念なことになってしまったのです」
思いがけずフローレス侯爵が失脚した原因を知ることができたが、本当に気になっているのはそこではない。
「養成所が敵国と通じていたということですか?」
「公には明らかにされておりません。ただ、一部通じている者がいたという話です。中途半端に知恵を付けた平民の、小賢しい企みだったのでしょう」
教師リアの記憶では、該当しそうな人物はいない。当時は本格的な戦争の訪れを感じて緊張感はあったものの、まとまっていたはずだ。リアが亡くなった後の話だろうか。
「そもそも平民で魔力を持つ者は、私生児や先祖返りの特殊な例です。いわば徒花であり、未来を繋ぐ必要などありません。昔のように、早く国のために散ってもらうべきだとなり、最低限の訓練を施す訓練所となったのです」
「そんな……」
コーデリアは愕然とする。
平民魔術師は適当に仕込まれ、適当に命を扱われる時代に戻ってしまったというのか。
貴族にとって、平民でありながら魔力を持つ存在は邪魔なのだろう。魔力の発現が血筋ではなく、後天的要素であることを知った今なら、それはより切実なものとして映る。
「ああ……アーデン男爵は例外ですよ。彼は戦争の英雄であり、功績がありますからね。平民たちの希望としてそびえ立っていてもらう必要があるのです。彼のようになれると思うからこそ、平民魔術師もよく働いてくれるのですから」
クライブは平民魔術師に夢を見させ、操るための存在なのか。
そういった傾向はあるだろうと思っていたし、おかしなことでもない。しかし、平民魔術師の現状がひどすぎる。
クライブは養成所が形を変えたことや、平民魔術師の扱いについて知っているのだろうか。
もしかしたら僻地であるアーデン領には、情報があまり流れてこない可能性もある。
「これまで不遇の扱いを受けてきたコーデリアさまですが、今後はそのようなことはございません。本来ふさわしい姿に戻るのです。この馬車も王家所有の、貴重な魔道具です。国王陛下がコーデリアさまのためにと、特別に許可なさいました」
使者は得意そうだったが、コーデリアはさらに心が曇っていく。
いったいコーデリアに何をさせようとしているのだろうか。良いことは何も想像できず、嫌な予感ばかりが募る。
そして馬車が貴重な魔道具であるというのは本当だったようで、あっという間に王都にたどり着いてしまった。
かつてコーデリアが王都からアーデン領に普通の馬車で向かったときは何日もかかったはずだが、一日も経っていない。
王城で馬車から降りると、日が暮れる頃だった。
馬車に乗っていた侍女に案内され、コーデリアは豪奢な部屋に通される。
「本日はお疲れでしょうから、ごゆっくりお休みくださいませ」
コーデリアは数名の侍女に傅かれ、世話をされる。
豪華な食事に、花びらを浮かべた風呂、柔らかな寝台と至れり尽くせりだが、コーデリアの心は満たされない。
洗練された侍女たちの振る舞いに比べれば、アーデン領の使用人は粗雑と言えるだろう。だが、アーデン領の人々は冷淡な人形ではなく、優しく温かな人間だった。
コーデリアにとっては、アーデン領での生活の方がずっと好ましい。
いっそこれが夢であればいいのにと思いながら、いつの間にかコーデリアは眠りに落ちていた。
だが、目覚めても見覚えのない豪華な部屋で、これが現実であることにコーデリアは落胆する。
コーデリアが何もしなくても、侍女たちによって支度が調えられ、まるで人形になったような気分だ。レースに彩られた豪華なドレスを着せられ、化粧を施された自分の姿も、人形そのもののようだった。
「これから国王陛下への謁見でございます」
何もわからないまま、コーデリアは連れて行かれる。
謁見室は思ったよりも小さく、玉座に腰掛ける老人の側に数名が控えている他は、入り口を守る騎士がいるくらいだ。
ずらりと貴族たちが並んでいる場に引き出されたら、足がすくんでいたかもしれない。もしかしたら、少しはコーデリアに気遣ってくれているのだろうか。
玉座の正面、少し離れた場所にはコーデリアの身長ほどもある、大きな測定器が置かれている。
「よくぞ来た、コーデリア。突然のことで混乱しているであろう。だが、まずは確かめたいことがある」
玉座の老人が、重々しく口を開いた。
彼が国王なのだろう。血縁的には、コーデリアの大伯父になるはずだ。コーデリアの母ブリジットの、さらに母の兄である。
年齢は六十近いはずで、見た目も相応だ。魔力が極めて高い者は、成長後の老化が遅くなるという。それに照らし合わせれば、そこまでの魔力はないようだ。
命令により、控えていた者の一人が大きな測定器を起動させる。縦長の鏡にも似ているが、目盛りのようなものは見当たらない。
コーデリアは侍女に促され、測定器に手を触れた。
「おお……!」
その途端、国王を始めとして、控えている者たちからも感嘆の声が上がる。
コーデリアからは何もわからないが、裏側に結果が表示されているらしい。
「うむ、期待以上だった。素晴らしい」
満足そうに国王が頷く。どうやらコーデリアの魔力は相当に高いらしい。
本来ならば、とても名誉なことなのだろう。だが、コーデリアの心を占めるのは、早くアーデン領に帰りたいということだけだ。
「そなたを我が側妃としよう。光栄に思うがよい」
ところが、コーデリアの思いを踏みにじるような言葉が、国王から放たれた。





