23.思ったよりも大ごと
「きみの身内を騙る賊は逃げていった。もう心配はいらない」
渦巻いていた魔力を引っ込めると、クライブは腕の中のコーデリアに向かって微笑みかけてきた。
キャンベル伯爵とイライザが、本人たちだったとは気付いているだろう。しかし、偽物ということで押し通すつもりのようだ。
「は……はい、ありがとうございます」
高鳴る胸を押さえながら、コーデリアはか細く答える。
気恥ずかしくて、クライブを直視できない。
「大分健康的になってきたと思ったが、まだまだ軽いな。毎日の食事回数をあと一、二回ほど増やしたほうがいいだろうか」
「い、いえ、もう十分ですわ。毎日たくさんいただいていますもの。これ以上は食べられませんわ。それよりも、ジェナとミミ……」
先ほど、コーデリアをかばってくれたジェナとミミはどうなったのだろうか。クライブに抱きかかえられたままでは、よくわからない。
「奥方さま……旦那さま……」
すると、クライブの後ろからジェナとミミの声がした。
クライブが振り返り、コーデリアも二人の姿を見ることができる。
二人は地面に座り込んだまま、涙を浮かべていた。だが、それは安堵からくるもののようで、怪我をしているような様子も見当たらない。
ひとまず、コーデリアは胸を撫で下ろす。
「さて、大変な思いをしたところにすまないとは思うが、話を聞かせてもらいたい。移動しよう」
コーデリアはクライブに抱きかかえられたまま、談話室に移動してきた。ジェナとミミも一緒だ。
そこでようやくコーデリアはソファに降ろされ、クライブは向かいのソファに座った。ジェナとミミはコーデリアの後ろに控える。
「ええと……先ほど、父と妹が……」
「父と妹を騙る賊、だ」
話し始めたコーデリアだが、クライブが訂正する。その設定を貫くつもりのようだ。
「は、はい。父と妹を騙る賊がやってきて、しばらく滞在させろと……」
言い直し、コーデリアは説明を始める。
イライザを滞在させろと言い出し、拒絶すると魔術を放ってきたのだ。
キャンベル伯爵とイライザの所業については、クライブは眉間に皺を寄せながらも、何も言うことなく聞いていた。
やがてコーデリアが説明を終えると、クライブは大きく息を吐き出す。
「賊については、後から対策が必要かもしれないが、とりあえずはいい。それよりも、メイドたちが魔術を使った件のほうが重要だ。きみの魔術に関する実験とは、こういうことだったのか?」
「はい……銀月茶に魔力を発現させる効果があるのではないかと思い、実験したのです。結果は……ご覧のとおりです」
コーデリアが答えると、クライブは額をそっと片手で押さえた。
「……それはとんでもないことだぞ。貴族の根源に関わることだ。このことは決して他言してはならない。お前たちもだ、いいな」
「は……はい……!」
言葉を向けられたジェナとミミも、真剣な表情で頷く。
思ったよりも大ごとのようで、コーデリアは血の気が引いていくようだった。
「魔力は高貴な血筋に与えられた力と言われている。貴族が平民を支配できるのも、魔力によるところが大きい。俺のようなのは、先祖返りだとか私生児だとされている。それが、実は血筋ではなく、誰でも可能となれば……」
クライブはゆっくりと首を左右に振る。
確かに、下手をすれば国を根底から揺るがすことにもなりかねない。
好奇心から進めた実験だったが、思った以上に危険なことだった。
「何故、銀月茶に魔力を発現させる効果があると思った?」
「それは……初めて銀月茶を飲んだ後に、一角猪の事件があったのです。そのとき、一瞬だけ魔術が使えたので、もしかしたらと思って……」
コーデリアは用意しておいた言い訳を述べる。
本当は前世のリアの記憶と、現在を照らし合わせてのものだったが、それは言えない。クライブがリアに恨みを持っている可能性がある以上、黙っておくべきだ。
クライブはそれ以上追及することなく、頷いた。信じてもらえたらしい。
「そういえば……あのとき、魔力は後天的に得られるものと……その後……もしや……」
ぶつぶつと何かを呟きながら、クライブは考え込む。
もしかして、前世のリアのことだろうかと、コーデリアははっとする。
フローレス侯爵邸で銀月茶をいただいた後、リアはぼそりと魔力は後天的なものとこぼしてしまったのだ。
その途端、フローレス侯爵の態度が変わった。
触れてはならないことだったらしいと思ったが、それはこういうことだったのだろう。
そして翌日、リアは殺されたのだ。
今、コーデリアとクライブは同じことを考えているのかもしれない。
コーデリアがクライブをじっと見つめると、彼はその視線に気付いたようだ。やや戸惑ったように瞬きした後、首を軽く左右に振る。
「……きみを見ていると、かつて俺に道を示し、照らしてくれた人を思い出す。とても……懐かしくなるんだ……」
弱音を漏らすかのように、小さな声でクライブは呟く。
それを聞き、コーデリアは胸が痛む。
きっと恋仲だったブリジットのことを考えているのだろう。コーデリアとよく似ているので、思い出すのは当然のことだ。
自分はお飾りの妻であり、クライブの心に入る余地などないことは知っている。その上で、自分から契約を結んだのだ。
それなのに、心が苦しくなってしまうのは、何故だろうか。





