22.撃退
「魔力の放出が続いているので、止めておいた。覚醒したてのときは俺も同じようになったものだ。いずれ慣れてくればコントロールできるので、心配はいらない。ただ、今は落ち着かせるために、もう少しこのまま触れていたほうがいいだろう。遅くなって、すまなかった」
安心させるように、クライブは優しく語りかけてくる。
それを聞いて、コーデリアは今の状態が、クライブに抱き上げられていることに気付いた。
途端にコーデリアは気恥ずかしさがわき上がってきて、別の意味で落ち着かなくなってしまう。
いつか物語で見た、王子さまに抱き上げられるお姫さまそのものだ。
このような扱いを受けたことのないコーデリアは、心臓の鼓動が早くなっていく。
前世のリアは、当然のごとく女性として扱われたことなどなかった。倒れたときに、荷物のように肩に担がれたことならある。
緊迫した現状にも関わらず、コーデリアの心を占めるのは、触れているクライブの温もりや、彼の胸の広さといったことだ。もう大丈夫だという安心感から、こうしたことを考えられる余裕があるのかもしれない。
「さて、俺が留守の間に、とんだ狼藉者が現れたようだ。どこの盗賊だ」
いかにも貴族然としたキャンベル伯爵たちを前にしながら、クライブは嘲る。
「ぶっ……無礼者! 私はキャンベル伯爵だ! それを盗賊だと……!?」
激昂したキャンベル伯爵が怒鳴る。
だが、クライブは冷笑を浮かべたままだ。
「キャンベル伯爵? 確かそれは、妻の父だったはず。本当にキャンベル伯爵なら、己の娘に対して殺傷力の高い魔術など使うものか。妻の父を騙る悪党め!」
クライブが言い放つと、キャンベル伯爵はぐっと言葉に詰まった。
頭に血が上って必要以上に強力な魔術を使ってしまったという自覚はあるようだ。
「う……うるさい! この魔術こそが、貴族である証だ! 生まれながらに高貴である貴族は全てが許されるのだ! より高貴な血筋の者は、下位の者に対してどう振る舞おうとよいのだ!」
開き直り、キャンベル伯爵は叫ぶ。
それでもクライブは笑みを崩さない。
「おや、これはおかしなことだ。この場にいる最も高貴な血筋の者は、王家の血を引く妻ではないのか。その言い分ならば、本物のキャンベル伯爵だったとしても……いや、だからこそ、王家の血を引く妻に傅くべきだろう」
「なっ……」
今度こそ、キャンベル伯爵は完全に言葉を失う。
先ほどのように強力な魔術を放って黙らせることもできない。キャンベル伯爵とイライザが力を合わせたところで、戦争の英雄であるクライブの足元にも及ばないだろう。
「た……たとえ血筋がどうであろうと、女の価値は美しさですわ! 醜いお姉さまなんかに、価値はありませんのよ! 美しい私は、醜いお姉さまに対して、どのように振る舞おうと許されるのですわ!」
そこに、イライザが声を張り上げる。
クライブは一瞬だけあっけにとられたようだが、すぐに冷淡な笑みを浮かべた。
「美しい、か。俺は見た目の造作には無頓着らしくてな。見るのは、目の輝き、口元に浮かぶ意志の強さといったところくらいだ。きっと、貴族の基準というのは俺と逆なのだろう」
そう言いながら、クライブは抱きかかえているコーデリアの顔を覗き込む。
まっすぐに見つめられ、コーデリアは目を見開きながらその視線を受け止める。心臓の音が痛いくらいに激しく鳴っているが、目をそらすこともできずに、固まるだけだ。
「俺には妻が美しく見える。反対に、濁った目と意地悪く歪んだ口元の女は醜く見えるな。だが、貴族の感覚では逆なのだろう? 顔の造作そのものも、どう見ても妻の方が整っている。平民上がりの俺では、貴族の美的感覚についていけないようだ」
クライブはわざとらしくため息を吐き出す。
屈辱に顔を真っ赤に染め、イライザは小刻みに震える。
しかし、コーデリアはそのような妹の様子などどうでもよいくらい、クライブの言葉が頭の中で繰り返されていた。
コーデリアのことを美しいと言ったのだ。そのようなこと、前世も含めて一度も言われたことはない。
ただ、前世のリアはともかく、今のコーデリアは客観的に見て美しいはずだ。おかしなことではないと、己を落ち着かせようとする。
しかしながら、単なる顔の造作だけではなく、内面からにじみ出る部分のことにクライブは言及していたはずだ。そう考えると、コーデリアは顔に熱が集まり、心が乱れてしまう。
「考えれば考えるほど、妻の父や妹とは思えないな。やはり、キャンベル伯爵の名を騙り、悪評を押し付けようとする賊だろう。始末するか」
クライブはコーデリアを抱きかかえたまま、キャンベル伯爵とイライザを見据える。すると、彼らの前に魔力が渦巻き、土埃が舞い上がっていく。
本気で始末するつもりはなく、脅しであることがコーデリアにはわかった。
だが、その気になれば容易に始末することが可能だろう。今の渦巻く魔力を叩き付けるだけで、二人の命など簡単に刈り取れる。
「ひっ……」
キャンベル伯爵とイライザは、真っ青になりながら逃げていく。
「はっ、早く馬車を出せ!」
二人はやって来た馬車に慌てて乗り込む。
馬車が急いで去っていくのを、コーデリアはクライブの腕の中から、呆然と見送った。





