20.拒絶
できることなら二度と会いたくなかった人間の代表格二人が、現れてしまった。
しかもクライブは採掘場の視察に行っていて、留守にしている。
ここはお飾りの妻とはいえ、女主人である自分が出て行くしかないだろうと、コーデリアは二人を出迎えに行く。
「突然のご訪問、驚きましたわ。前もって知っていれば、きちんとしたお出迎えができたのですけれど」
ようこそ、お会いできて嬉しい、などといった心にもない白々しい挨拶はしたくない。コーデリアは思ったそのままを口にする。
「お前は相変わらず無礼で、無能だな。せっかく私がお前ごときの醜い顔を見に来てやったのだから、平伏して感謝するべきだろう。私が来たのだから、ふさわしい出迎えをするのは当然のことだ。今すぐ、準備をしろ」
キャンベル伯爵は不快感を隠そうともせず、傲慢に言い放つ。
「こんな田舎の獣臭い場所では、まともな待遇なんて期待できませんわね。ああ……やっぱり、当分の間ここで暮らすなんて、ごめんですわ……」
「我慢してくれ、イライザ。ほとぼりが冷めるまで、ほんの数か月の辛抱だ。こんな辺境の地はお前にふさわしくないだろうが、だからこそ身を隠すにはよい。すぐに迎えに来る」
「早くしてくださいね。こんな僻地では、まともな仕立屋もいないでしょうし。……あら、それにしてはお姉さまは悪くないドレスですわね」
キャンベル伯爵と腹違いの妹イライザの会話を聞き、コーデリアはさらに信じられない思いがわき上がってくる。
「ちょ……ちょっとお待ちください。ここで暮らす……?」
何やら二人で勝手に話を進めているが、イライザが滞在するような流れになっている。
そのような話をコーデリアは聞いていないし、クライブもおそらく知らないだろう。
「イライザが王都で少々逆恨みをされてしまってな。安全のために、少し身を隠す必要がある。そこで、この田舎にイライザが滞在する栄誉を与えてやろうではないか。お前も、イライザの役に立てて嬉しいだろう?」
あまりにも身勝手な言い分に、コーデリアは唖然としてしまう。
せめて、前もって知らせておくべきではないのか。緊急事態だったとしても、もう少し頼む態度というものがあるはずだ。
「仕方が無いので、ここにいてあげますわ。感謝してくださいね。私のように高貴で美しい令嬢など、この地の者は見たことがないでしょう。眩しすぎて、目が潰れてしまうかもしれませんわね」
得意げに語るイライザを、コーデリアは何も言えずに見つめる。
ストロベリーブロンドに水色の瞳を持つ妹は、実はコーデリアより数か月しか年下ではない。もう十五歳になっているだろう。
自分の美貌に絶大な自信を持っていて、以前のコーデリアも妹は自分と違って美人なのだと思っていた。
だが、リアの感覚が混じった今となっては、それほど美しいだろうかと首を傾げてしまう。
決して不細工ではないが、平凡な顔立ちを派手な化粧で飾り立てているように見えるのだ。まあ美人といってもよいだろうが、本人が思うような絶世の美女ではないだろう。
「……滞在の件は、旦那さま……アーデン男爵には話を通してありますの?」
それはないだろうと思いつつ、コーデリアは念のために尋ねてみる。
「そうだったな。いちおう、挨拶くらいはしてやるべきか。平民上がりの男爵に、由緒正しい伯爵である私が声をかけてやるなど、ありえないような僥倖だろう。アーデン男爵を呼べ」
「……はい?」
キャンベル伯爵が何を言っているかよくわからず、コーデリアは思わず上擦った声を漏らしてしまう。
話を通していないのは思ったとおりだが、コーデリアの予想をはるかに上回る返答だ。
「私、きちんと必要な物リストを作ってきましたのよ。田舎者の男爵と無能のお姉さまでは気が回らないでしょうからね。これを見て用意すればいいだけなので、簡単でしょう? 私の細やかな心遣いに感謝してくださいね」
さらに、イライザも追い討ちをかけてくる。
細やかな心遣いというのならば、まずは滞在する旨を事前に申し出るべきだろう。
自分の都合のみを押し付け、相手のことは一切考えないようだ。
コーデリアにとっては、二人が話の通じない別の生き物に思える。
貴族と平民は同じ人間ではないとよく言われるが、こういうことなのかと納得してしまうくらいだ。
「何をしている。さっさとしかるべき部屋に通し、アーデン男爵を連れてこい。この私が会ってやると言っているんだ。早くしろ」
唖然とするコーデリアの様子に構うことなく、キャンベル伯爵は急かしてくる。
「本当にお姉さまはグズね。それとも、アーデン男爵が美しい私を一目見たら心を奪われてしまうと、心配しているのかしら? 安心してくださいな。私はこんな田舎の平民上がりになんて興味はありませんわ」
自信たっぷりに、イライザは見当違いの言葉を吐く。
はっきり言って、クライブのほうがイライザよりも美人だと、コーデリアは考える。彼がイライザに心を奪われるなど、あり得ないだろう。
これまでのコーデリアであれば、二人の言いなりになっていただろう。おどおどと部屋を用意して、クライブに泣きながら懇願していただろうか。
だが、今のコーデリアはそのようなことをしたくはない。
凜と背筋を伸ばし、コーデリアは目の前の二人をまっすぐに見据える。
「お断りいたします」
きっぱりと言い放つと、何を言われたかわからないといった様子で、二人が固まった。





