19.悪夢の訪問者
とても嫌な予感を覚えながら、コーデリアは手紙の封を切る。
中の便箋を取り出して読んでみれば、ますますコーデリアの眉間の皺が深くなっていく。
「奥方さま……どうなさいました?」
これまではしゃいでいたジェナとミミも、一転して心配そうな眼差しをコーデリアに向けてくる。
「実家から、新しい侍女を送ると書かれているわ」
実際には、グレタを帰したことによるお叱りや、コーデリアのいたらなさを責める内容などが延々と書き連ねられている。だが、それらは飛ばして、コーデリアは要点だけを口にした。
「新しい侍女……ということは、私たちはお役御免でしょうか……?」
おそるおそる、ジェナが問いかけてくる。
「いいえ、せっかく魔術実験にも付き合ってもらっているのですもの。たとえ新しい侍女が来たところで、あなたたちに抜けてもらっては困るわ」
コーデリアが首を横に振ると、ジェナとミミはほっとしたようだ。
だが、口で言うほど簡単にはいかないだろうと、コーデリアは危惧する。
あのろくでもない実家が用意する侍女だ。グレタがそうだったように、新しい侍女も選民意識むき出しの傲慢な者である可能性は高い。
平民のメイドであるジェナとミミを見下すのは間違いないだろう。
さらに、魔術実験のことが明らかになるのも困る。すでにジェナとミミには魔力が発動しているのだ。
もしかしたら、コーデリアの想像以上にとんでもない事態を引き起こす危険性もある。
「……旦那さまにお話ししてみないと」
一番良いのは、侍女は不要とお断りしてしまうことだろう。
クライブは今は執務室にいないようなので、夕食時か、それもいなければ明日にでも相談することにする。
そこでいったん、不快なことについて考えることは止めた。
「じゃあ、訓練の方法を教えるわね。まずは自分の魔力を感じることから……」
コーデリアは、ジェナとミミに訓練法を教える。
前世のリアが養成所で行っていたやり方で、まずは瞑想だ。姿勢を正し、ゆっくりと呼吸することから教えていく。そこから、自分の内側に意識を向けて、魔力を感じ取っていくのだ。
養成所ができる前は、いきなり魔術を放って痛めつけたり、獣の前に放り出してみたりと、生死の狭間で覚醒を促すことが多かった。
かつてのリアもそうした洗礼を受けていたが、死傷者も多く、効率的なやり方ではない。利点は、うまくいけば早く覚醒することくらいだ。
「魔力を感じ取ったら、それを外側に動かしていくイメージで……」
そうしてコーデリアが教えていくと、やがてジェナとミミは魔力をある程度動かせるようになってきた。
その頃には二人ともかなり疲れてきたようなので、今日の訓練はこれで終了にする。
「続けていけば、もっと自在に操れるようになっていくわ。そうしたら、今度は術式に当てはめて変形させていくの。焦らないで、ゆっくりやっていきましょう」
「はい……!」
ジェナとミミは疲労がにじんでいたが、それでも晴れ晴れとした笑みを浮かべて元気に返事をする。
「あ……そうだわ。このことは、他の人には言わないようにしてね。いずれ結果が出たら旦那さまにお話しするつもりだけれど、それまでは黙っておいてちょうだい」
「はい、部屋も大部屋ではなく、奥方さま付きの部屋を二人でいただいたので、大丈夫です」
落ち着いて答えるジェナだが、その内容は自室で訓練をすると言っているようなものだ。
「無理はしないようにね。疲れたと感じたら、すぐに休むのよ。魔力切れになったらとてもつらいので、早めに切り上げるのよ」
コーデリアは訓練を禁止することはせず、注意だけしておく。
訓練で魔力切れになったところで、死ぬことはない。大きな問題は無いだろう。
やがて夕食の時間になったので、コーデリアは食堂に向かう。
すると、昼間はいなかったクライブの姿があった。夕食には間に合ったらしい。
「また菓子を届けてくれたようだな、ありがとう。まだ食べていないが、後で夜食にでもいただこう。ところで、測定器はわかったか?」
「はい、ありがとうございます。とても使いやすい測定器でしたわ」
微笑みながら、コーデリアは答える。
届けた菓子について触れてくれるのも、胸が温かくなっていくようだ。
「きみの思うような結果は得られただろうか」
「まだ完全ではありませんけれど、進んでいるのを実感できましたわ。そのうち、ある程度の成果が出ましたら、披露させていただきますわ」
「そうか。楽しみにしている」
和やかに会話を交わし、コーデリアは今日も美味しい食事を堪能する。
毎日が充実していて、とても楽しい。幸福を噛みしめるコーデリアだが、今は一つの懸念事項がある。
味がまずくなるので、食事中は考えないようにしていたが、食べ終えると意を決して口を開く。
「実家から、新しい侍女を送るという手紙が来ました」
「ああ……俺のところにも、旅費を出せといった内容が来ていたな」
何でもないことのようにクライブが頷く。
実家は旅費の無心までしていたのかと、コーデリアは恥ずかしくなってくる。
「何だか……ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「きみには迷惑をかけられていない。謝る必要はない」
いたたまれなくなり謝罪するコーデリアだが、クライブは首を横に振った。
言葉は素っ気ないが、声は優しい。
「ただ、前回のような侍女が来たら、きみが困るのではないか?」
「はい、そもそも侍女など不要なのですが……」
「ならば、わざわざ手を煩わせることはないと、お断りしておこう。もし来たとしても、きみが気に入らないようなら帰すか、適当な理由を付けて別の場所に押し込めてしまえばよい。きみは何も心配することはない」
クライブが言ってくれた言葉を聞き、コーデリアはとっさに何も言えなくなるほど、深く感動する。
ここまで配慮してくれるとは、思ってもいなかった。
「ありがとうございます……」
感極まって、コーデリアの瞳には涙がにじむ。
お飾りの妻でしかないコーデリアのことを、クライブはいつも気遣ってくれる。何と寛大な雇い主だろうか。
これからも、お飾りの妻稼業を精一杯努めようと、コーデリアは決意を新たにした。
こうして、すっかり安心してコーデリアは日常に戻った。
美味しい食事にデザートを堪能し、お菓子作りをしつつ、ジェナとミミも含めて魔術実験を行う。
コーデリアの魔力はなかなか発現せず、測定器の目盛りも一番目に達しない。それでもほんのわずかずつ増えているので、焦らずに進めていた。
ところが、平和な日々は突然破られることとなる。
「……まったく、こんなところまでわざわざ来てやったというのに、出迎えもなしか。無礼な連中だな」
何の先触れもなく、馬車に乗ってキャンベル伯爵がやって来たのだ。
娘であるコーデリアの結婚式にすら出席しなかった、血縁だけの父が今さら何の用だろうか。
「まあ、本当に辺鄙な場所ね。私がこんなところに来なくてはならないなんて……」
しかも、馬車からはコーデリアの腹違いの妹であるイライザまで出てきたのだ。
何が起こっているのかわからず、コーデリアはこれは悪夢だろうかと、目をそむけたくなった。





