17.密かな実験成功
ある程度予想はしていたが、銀月茶の茶葉入りクッキーは苦かった。
クッキーの甘さを、茶葉の苦さが完全に打ち消してしまっている。茶として飲むよりも、はるかに苦味が主張しているようだ。
四人の間に、気まずい空気が漂う。
「ジャムを載せて食べればいいわ」
最初に立ち直ったのは、コーデリアだった。
茶を飲むときと同じように、甘味でごまかす作戦だ。
「そ……そうですね。甘味と一緒に食べれば、ほろ苦さが合うかもしれません」
デニスも同意して、ジャムを持ってくる。
今度はジャムをクッキーに載せて食べてみると、食べられないことはないといった程度まで改善された。
ただ、それでも美味しいとは言い難い。
「……これは、旦那さまに持って行くのはやめたほうがよさそうですね」
ぼそりとジェナが呟く。デニスとミミも、無言のまま頷いていた。
「いいえ、持って行くわ」
しかし、コーデリアは首を横に振った。
他の三人が、あっけにとられたようにコーデリアを見つめてくる。
「それに、明日も銀月茶の茶葉を使って、お菓子を作りたいわ」
「……お菓子作りは構いませんが、ちょっとこれは旦那さまには……」
「大丈夫よ」
戸惑うデニスに微笑みかけて黙らせると、コーデリアはクライブの分のクッキーを籠に入れて持って行くことにした。
デニスの不安そうな視線を背に浴びながら、コーデリアは厨房を後にする。
二人のメイドは何も言うことはなかったが、付き従う足取りは重たそうだ。『旦那さまが留守でありますように』といった願いが伝わってくるようだったが、彼女らにとって残念なことに、クライブは執務室にいた。
「旦那さま、少しお時間よろしいでしょうか」
「構わないが、どうかしたのか?」
「銀月茶の茶葉を使ってクッキーを作ったので、旦那さまにも召し上がっていただこうと持ってきました」
コーデリアがクッキーの入った籠を差し出すと、クライブは素直に受け取った。
やや驚いたように、クライブは籠とコーデリアを見比べる。
「きみが作ったのか? そういった特技があったとは知らなかった」
「実はこれが初めて作ったお菓子ですの。お口に合わなかったらごめんなさい」
「いや、美味しそうにできている。銀月茶の茶葉を使ったと言ったな。かなり持て余しているから、こういった消費方法を見つけてくれたのは良いことだ」
「まあ、銀月茶を持て余していますの?」
意外な話に、コーデリアは首を傾げる。
「銀月茶は、貴族には購入義務が課せられるんだ。だが、俺はもともと飲む習慣がないし、この屋敷の連中に飲ませても苦くてまずいと言う。例外はセスくらいだが、それでも消費量が追い付かなくてな。きみが消費してくれるのはありがたい」
銀月茶は貴族の飲み物とされるが、購入義務があるとは知らなかった。
コーデリアは、銀月茶と魔力に関連があるという仮説の正しさが高まっていくのを感じる。貴族のみに確実に摂取させるためなのだろう。
「銀月茶以外に、飲食物で貴族に購入義務があるものはありますか?」
「飲食物では、ないな。余ったから買えと押し付けられることはあるが、決まった品ではない」
やはり銀月茶が特別なようだ。
コーデリアは己の考えが間違っていないと、ほぼ確信する。
「そうですのね。ありがとうございます。ところで、よろしければクッキーを召し上がって、感想をいただければ嬉しいです」
にっこり笑いながら、コーデリアはクッキーをすすめる。
後ろに控えるメイド二人が息をのむ気配がしたが、コーデリアは笑顔を崩さない。
「ああ、ではいただこう」
クライブは籠の中からクッキーを一枚取り出し、わずかな間、紫色の瞳で見つめる。そして、口の中に放り込んだ。
無言のまま、二人のメイドはあたふたとしている。
「……これは美味いな。爽やかさが全身に染み渡っていくようだ。書類疲れが吹き飛んでいく」
ところが、クライブが見せた反応は、メイドたちの予想に反したものだった。
クライブは感心したような表情で一枚目を食べ終わると、すぐに二枚目のクッキーを籠から取り出す。
みるみるうちに減っていくクッキーを、二人のメイドは唖然と見つめていた。
「お気に召していただけましたか?」
「ああ、とても美味かった。ありがとう」
あっという間に全て平らげてしまったクライブは、微笑みながら答える。その声にも表情にも、嘘の気配はない。
二人のメイドは呆然としているが、コーデリアには予想できたことだった。
魔力の有無によって味の感じ方が変わるのであれば、魔力の高いクライブは銀月茶入りクッキーを美味しく感じるはずだ。
「それはよろしゅうございました。では、私は失礼いたします」
「美味しいクッキーをありがとう。もし気が向けば、そのうちまた持ってきてもらえると嬉しい」
「ええ、もちろんですわ」
にこやかに会話を交わすと、コーデリアは執務室を退出した。
クライブを使った密かな実験は成功だ。満足しながら、コーデリアは自室に戻ろうとする。
だが、先ほどまで呆然としていたジェナとミミが、感動の眼差しを向けていることに気付き、コーデリアは足を止めた。
「あんなに苦くてまずいものを、美味しいだなんて……これが愛の力なのですね」
ジェナが夢見るように、静かに呟く。
「旦那さまは、奥方さまのことを本当に大切に想っておいでなんですね……!」
キラキラとした目で、ミミがコーデリアをまっすぐに見つめる。
「え……ええと……」
二人の勘違いに、コーデリアは怯む。
愛の力で味覚すら変わったとでも思っているようだが、そうではない。クライブにとっては、あのクッキーは本当に美味しかったはずだ。
銀月茶と魔力についての仮説について説明するべきだろうか。そうは思ったものの、二人の純粋な眼差しの前には何も言えなかった。
誤解とはいえ、さほど問題にはならないだろう。仲の良い夫婦を演じるのは、契約内容でもある。別にどうでもいいかと、コーデリアは思考を放棄した。





