15.実験
茶と菓子の時間にクライブと話した翌日、早速コーデリア付きのメイドが決まった。
昼食を終えてくつろいでいると、二人の少女がコーデリアの部屋にやってきて、挨拶する。
「ミミ、十二歳です。奥方さまにお仕えできて、とても光栄です。一生懸命、頑張ります……!」
茶色の髪の小柄な少女は、茶色の瞳を輝かせながら、はにかんだ笑顔を見せた。
「ジェナ、十三歳です。精一杯努めますので、よろしくお願いいたします」
もう一人の赤茶色の髪を持つ少女は、落ち着いてそう述べた。薄い茶色の瞳は、無感動に冷めているようにも見える。
「ミミとジェナね。これからよろしくお願いするわ」
コーデリアは二人に、にっこりと笑いかける。
二人が来る前に、彼女らの経歴についての書類はもらっていた。本人たちにも確認してみることにする。
「二人とも代々商人の家系で、戦禍や流行り病で両親を亡くした……間違いないかしら?」
「はい。幸いにして読み書きができたので、こちらで雇っていただけました」
淀みなく、ジェナが答える。
「それと、魔術の実験に付き合ってくれる意思はあるのか、確認しておきたいわ」
「そのことですが、実験体になる覚悟はできております。ですが、どうか私だけで、ミミはお許しいただけませんか」
悲壮な覚悟をかためた表情で、ジェナが訴えてくる。
その様子に、コーデリアはぎょっとしてしまう。非道な人体実験を行うと思っているのだろうか。
「ジェナちゃん……」
「ミミは黙ってて」
不安そうなミミを、ジェナはぴしゃりと叱りつける。
「ええと……ひどいことをするつもりはないわ。ただ、もし実験が成功した場合、魔力が発現することになると思うの。それが嫌なら、やめてもらって構わないわ」
「……魔力を持つのは、貴族の血を引く方だけです。私たちは代々平民なので、そのようなことはあり得ないと思います」
コーデリアは説明するが、それ以前の部分でジェナは否定する。
貴族は選ばれた高貴な存在で、平民とは別の生き物だというのは、この国では一般的な考えだ。
その証が魔力であり、ジェナの考え方は極めて常識的と言える。
「だから、実験をしてみたいの。ただ、一度魔力が発現したら、もう消すことはできないはず。その上で、魔力が発現したとしても構わないかを聞きたいわ」
「……つまり、異端の実験を行うということですね。問題ありません。どうぞ私をお使いください。ですので、どうかミミは……」
相変わらず悲痛な表情で、ジェナは懇願してくる。
誤解は解けていないようだが、まあいいかとコーデリアは頷いた。
二人いるのだから、一人は実験を行い、もう一人は行わないほうが、効果を確認しやすいのも事実だ。
「それにしても、どうしてジェナはそこまでミミをかばうの?」
ふと気になり、コーデリアは尋ねてみる。
書類を見る限り、二人に血縁関係はないはずだ。ただ、この屋敷で雇ったのは同時期であり、もとから何らかの関係はあったらしい。
「私の親と、ミミの親は友人同士でした。私が戦禍で両親を亡くし、親戚にも見捨てられたとき、ミミの親だけが助けてくれたのです。血が繋がらないとはいえ、私は自分をミミの姉だと思っています。だから、妹をかばうのは当然です」
「そうだったのね……」
なるほどとコーデリアは納得する。
ジェナはミミの親に恩義を感じて、良い姉として振る舞っているのだろう。
「奥方さまのような貴族には想像もできないでしょうが、野菜くずを漁り、それで飢えをしのぐ生活がいかに苦しいものだったか……泥水だってすすったことがあります。泥がどんなにまずいものかなんて、ご存知ありませんよね」
続くジェナの言葉には、貴族に対する怨嗟がうかがえるようだった。
コーデリアのことも、遠回しに嘲るような口調だ。
ただ、少し訂正しておきたいことがある。
「泥って、そんなにまずくないわよね? もっさりして、じゃりじゃりした感じが舌に残るけれど、美味しくはない程度だと思うわ。腐りかけた残飯に比べたら、十分まともな味よ」
コーデリアが口を開くと、ジェナもミミもぽかんとした顔になった。
信じられないことを聞いたように、目を見開いて固まっている。
どうやら二人とも、孤児としては恵まれていたようだ。孤児リアにとっては、野菜くずなどご馳走の部類に入っただろう。
それほど悲惨な飢えを経験せずに済んだのは、クライブの行っている対策の成果かもしれない。良いことだと、コーデリアは一人頷く。
「そうだわ。そんなことよりも、実験を始めましょう。お茶とお菓子の準備をしてちょうだい。三人分の席を用意して、お茶は二人分ね」
つらい記憶の話など、長く続けるものではない。コーデリアは話を切り替え、実験に入ることにする。
ジェナとミミは、まだ唖然とした様子ではあったが、命じられて動き出す。
茶と菓子は庭園で楽しむことが多いが、今日は実験のこともあり、自室だ。
「あなたたちも座って」
準備が整うと、コーデリアは二人を促す。
二人はおそるおそる、席に着いた。テーブルには、銀月茶とジャム、そして焼き菓子が何種類かある。
「ジェナ、まずはお茶を一口飲んでみて」
「こ……これは、貴族の……私が飲むことは……」
「いいから。これが実験なのよ」
腰が引けるジェナだが、コーデリアが再び促すと、意を決して銀月茶を飲んだ。
「味はどう? 正直に答えてね」
「……苦いです」
予想どおりの答えが返ってきた。
コーデリアも銀月茶を一口飲む。慣れてきただけかもしれないが、最初の頃よりは少し苦味を感じなくなってきたようだ。
それでも、美味しいとは言い難い。コーデリアはジャムを銀月茶に入れる。
「ジェナも、そのままだと飲みにくいだろうから、ジャムを入れるといいわ」
「お茶にジャム……? そんな贅沢を……ああ……わかりました……これは、囚人が死刑直前に美味しいものを食べさせてもらえるとかいう、あれですね……」
虚ろな眼差しで、ジェナは何やらぶつぶつと呟く。
何を言っているかコーデリアにはよく聞こえなかったが、自分の世界に旅立っているようなので、そっとしておく。
「奥方さま、これが実験なんですか? 美味しいお茶を飲んでいるだけにしか見えないですけれど……」
ミミが不思議そうに問いかけてくる。
「ええ、そうよ。このお茶を一緒に飲んでほしいだけなの。あとはお散歩にも行くけれど、それは体力作りのためね。実験はそれだけよ」
「あ……あの、やっぱり私も実験に参加したいです。だめですか?」
ジャムをちらちらと眺めながら、ミミは上目遣いにコーデリアをうかがう。
一人だけ美味しいものから除外されたのだ。目の前のジャムにつられるのも仕方のないことだろう。
「いいわよ。ミミのお茶も準備するといいわ」
「ありがとうございます……! ジェナちゃん、ごめんね……」
やや決まり悪そうに、ミミは自分の分のお茶を用意し始める。
飲んだ者と飲んでいない者との比較はできなくなったが、仕方がないだろう。よく考えてみれば、飲んでいない者は他にたくさんいるのだし、比較の必要などないかもしれない。
嬉しそうにジャムを銀月茶に入れるミミと、まだジャムを入れることなく呆然としているジェナを眺めながら、コーデリアは微笑んだ。