14.残したものを守って
午後の茶と菓子の時間が正式に認められ、コーデリアを見下して嘲る侍女グレタもいなくなった。
これほど満たされていてよいのだろうかと不安になるほど、コーデリアは幸福に包まれていた。
毎日食事をきちんと取っているためか、以前とは比べものにならないほど体調が良い。庭園を散歩するのも、だんだん疲れなくなってきた。
昨日の午後は少しくしゃみが出たので、風邪を引いたかと思ったが、その後は何事もなかったので、砂埃でも舞っていたのかもしれない。
「調子はどうだ?」
「はい、とても良いです」
午後の茶と菓子の時間に、クライブが現れた。
食事は一緒にすることも多いのだが、茶と菓子の席に彼が顔を出したのは初めてだ。
「それはよかった。少し話があるので、同席してもよいだろうか?」
「ええ、もちろんです」
同席の申し出に、コーデリアは微笑んで頷く。
コーデリアにとってクライブは契約相手であり、感覚としては雇い主に近い。それも、好待遇を与えてくれる優良な雇い主だ。自然と愛想も良くなる。
庭園の小さな東屋で、二人ははす向かいに座った。メイドが二人分の茶と菓子を準備して、去っていく。
「先日、きみ付きの侍女を帰しただろう。代わりの者についてなんだが、貴族出身者となると、ここではなかなか見つけづらいんだ」
「あら、侍女など不要ですわ。身の回りのことでしたら、一人でできますもの。話し相手だって、屋敷の皆さんがいますわ」
貴族の奥方に付く侍女は、通常は少し格下の貴族となる。主な仕事は話し相手や、身に着けるドレスや宝石を選ぶことといったものだが、今のコーデリアには必要性を感じない。
むしろ、グレタのような侍女がまた来たら、生活の質が落ちる。
「さすがに奥方付きがいないのも……ならば、ここで働くメイドの誰かを、きみ付きにするのはどうだろう」
「それでしたら……」
屋敷のメイドたちは、コーデリアに温かく接してくれる者ばかりだ。彼女たちなら大丈夫だろうと、コーデリアは頷く。
「誰がよいかの希望はあるか?」
尋ねられ、コーデリアは考え込む。
メイドたちは皆、良くしてくれるので、誰でもよいくらいだ。
お任せしますと答えようとしたコーデリアだが、ふと今行っている実験のことを思い出した。
これは良い機会ではないだろうかと、考え直す。
「……その前に、お伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「何だ?」
「ここアーデンの地に、孤児はいますか?」
「それはいる。事故や病気で親を失った者や、他の地から流れ着いてきた者など様々だ。孤児院を領地内の各地域に作り、飢えることがないように支援を行っている」
それまでの話と関係のない質問だったが、クライブは普通に答えてくれた。
飢えることがないよう、という部分を強調していたので、やはり彼も孤児時代に食料不足で苦しんだのだろうと思わされる。
「その中に魔力を持つ孤児はいましたか?」
「いや、今のところいないな。全員を測定器で調べているわけではないので、もしかしたら抜けている可能性はある。だが、魔力が発現したという話は聞いたことがない」
魔力は王族や貴族といった、高貴な血筋に与えられた力と言われている。
平民で魔力が発現するのは、先祖に貴族がいての先祖返りや私生児だろうという見解だ。そのため、孤児ばかりなのだろうとされている。
だが、コーデリアはその説に疑問を抱いていた。実際にはコーデリアというよりも、教師リアが思いついたものだ。
「子どもたちの中で、魔術が使えるようになったら嬉しいと思う子はいますか?」
「……大抵がそうではないのか? 俺が言うのも何だが、この地には魔術に憧れている者が多い」
少し困ったようなクライブの返答を聞き、コーデリアは彼が戦争の英雄だったことを思い出す。
稀代の魔術師として功績を立て、爵位を授かった彼は、平民たちにとっては憧れの存在だろう。
「そうですわね。旦那さまに憧れて、そのようになりたいと思う子も多いでしょうね」
「……それほど御大層なものではないのだがな。大切なもの一つすら守れなかったというのに」
クライブは苦笑して、コーデリアから視線をそらす。
おそらく、恋仲だったフローレス侯爵令嬢ブリジットを思い出しているのだろう。いくら英雄と呼ばれようと、愛する人を守れなければ意味がないと悔やんでいるようだ。
「旦那さまは、その大切な方が残したものを守っていますわ。飢えることのない生活が、どれほど素晴らしいものか……旦那さまは、もっと胸を張るべきですわよ」
コーデリアは励ましの声をかける。
クライブにとって大切な相手であるブリジットが残した娘コーデリアを、彼は守ってくれているのだ。
三食昼寝付きにデザートを添えて、おまけに茶と菓子まで与えてくれる。これほどの待遇、そうそうあるものではない。この太っ腹なところは誇るべきだ。
すると、クライブは唖然とした表情でコーデリアを見つめる。
「……そうか。残したものを守っている、か。そうだな……先生は、食べられることがいかに幸せかとよく言っていた……今度は俺が与える側になったということか……そうか……」
噛みしめるように呟くクライブの表情は、何かが吹っ切れたようだった。
細かい内容はよくわからないが、納得してもらえたようで何よりだと、コーデリアも微笑む。
「ありがとう。言われて、ようやく気が付いた。思いを受け継いで、できることが俺にはあるんだな」
「お礼には及びませんわ。私こそ、旦那さまに感謝しております」
二人はにこやかに笑い合う。
だから、堂々と現在の好待遇を続けてくださいと、コーデリアは言外に含ませる。
「ああ、そうでしたわ。それで、私付きにするメイドですけれど、私よりも年下の子はいますか?」
「何人かいたはずだ。年下がよいのか?」
「はい。そして、貴族の血を引いていない子がよいです。あと、魔術に憧れて、実験に付き合ってくれるというのが絶対条件です」
コーデリアが出した条件に、クライブは訝しげな顔をする。
「……実験というのは、何をするんだ?」
「魔力を発現できないか、試してみたいのです。危険なことはしませんわ。お茶とお散歩に付き合ってもらいたいだけなのです」
コーデリアが答えると、クライブはしばし考え込む。
「……よくわからないが、きみは何かをつかんだのだろうか。危険がないというのなら、いいだろう。条件に合うメイドを見繕っておく」
「ありがとうございます!」
これで実験が、より確実に行えそうだ。
コーデリアはうきうきしながら、銀月茶を口に含む。いつもの苦い味が、少し和らいだようだった。





