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11.前世の記憶

「あ……あなたの管理不行き届きが、そもそもの原因ですのよ! これだから、平民上がりは……いくら顔が良くても、所詮は卑しい出自ですのね! 私のように本来の高貴な者とは違うということですわ!」


 見下ろされたグレタは、クライブにも噛みつく。

 だが、クライブは鼻で笑っただけだ。


「おや、高貴な者の声というのは、獣の声と変わらないらしい。大声で下品に鳴き散らして、耳障りだ」


「なっ……」


 クライブが嘲ると、グレタは言葉を失う。

 憎しみの眼差しをクライブに向けるグレタだが、言い返さないあたり、おそらく自覚があるのだろう。


「それと、妻をないがしろにしている、か。そう見えてしまう原因はあるな。まさか、キャンベル伯爵家という由緒正しい貴族家が、娘にまともな食事を与えられないほど、困窮しているとは知らなかったんだ」


 クライブはわざとらしく、ため息を吐き出す。


「キャンベル伯爵家を侮辱するつもりですか!?」


「事実だろう? 彼女の細さや顔色の悪さを見て、何とも思わなかったのか? たった数日で、大分血色がよくなった。これまでの生活の質の悪さを物語っているな。妻には、まずは健康になってもらう必要がある。それまで、無理はさせられない」


 クライブの言葉に、コーデリアはなるほどと感心する。

 白い結婚のことは、コーデリアが妻の役割を果たせるくらい健康になるのを待っているのだと、理由を付けたのだ。

 これならば仕方のない事情として、堂々とごまかせる。


「それよりも、こんな僻地よりも貧しい生活しかできないキャンベル伯爵家が心配だな。援助を施して差し上げるべきだろうか」


「ぶ……無礼な……」


 気遣うように眉を寄せるクライブに、グレタはわなわなと震える。


「無礼はどちらだ。この地の領主は俺だ。領主夫人のことも罵っていたようだが……きみは、この者を側においておきたいか?」


 クライブは途中でコーデリアに向き直り、尋ねてくる。


「いいえ」


 コーデリアは心の赴くまま、正直に即答した。

 キャンベル伯爵家と、その分家モッブ男爵家とに関連する云々など、どうでもよい。


「それならば、この地には不要だな。お帰りいただこう。護衛費も含めた旅費はこちらで持つし、心配はいらない。餞別として多めに包んでやるので、生活の足しにしてくれ」


「な……な……このような僻地、出て行けるなんてありがたいことですわ! 私がいなくなって、淑女の振る舞いを学べなくて困るのは、コーデリアさまですからね! もう知りませんわよ!」


 怒りに満ちた叫びをあげると、グレタは立ち上がった。ドレスを濡らしたまま、大股で立ち去っていく。

 だが、旅費や餞別については何も触れなかったので、受け取る気は満々らしい。


「……あれが淑女の振るまいというものなのかしら」


「あれを見習うのはやめてくれ。きみは今のままでいい」


 クライブから今の自分を肯定され、コーデリアは感動がわき上がってくる。

 つまりこれは、お飾りの妻として役割をしっかり果たしていると認められたのだろう。

 おそらく今は暫定的な好待遇である午後の茶と菓子も、この分だと正式な契約内容として認められるのかもしれない。

 契約はおいおい見直していくとクライブは言っていたが、それは待遇が上がることもあれば、下がることもあるということだ。これからも気を抜かず、お飾りの妻稼業に努めようと、コーデリアは決意する。


「……それはさておき、起こってはならないことが起こったようだな」


 これまでとクライブの纏う空気が変わった。厳しい声をかけられた使用人二人が、びくりと身をすくませる。


「どうやら一角猪を逃がしてしまったようだが、一歩間違えれば大事になっていた。先ほどのあの女も、言っている内容はともかく、怒りそのものは無理ないことだろう」


「申し訳ございません……これまではいざというとき、対処できる者ばかりでしたので……状況の変化に考えが及ばなかった私の落ち度です」


 うなだれながら、料理長デニスが謝罪する。

 それを、はらはらとしながらコーデリアは見守る。

 確かに、コーデリアが対処できたからよかったものの、そうでなければ危険だった。今後の対応策は必要だろう。

 コーデリアが余計な口を挟むべきではない。だが、まさか処刑のような物騒なことを言い出せば、止めに入るべきだ。


「今後、二度とこのようなことが起こらないよう、対策が必要だ。その作業をもって罰としようかと思うが、きみはどうだ?」


「はい、それでよろしいかと存じます」


 クライブがくだした罰に、コーデリアはほっとする。

 異議などなく、頷いた。これでとりあえず、この件は終わりだろうか。


「ところで、信じ難いのだが……まさか、一角猪を倒したのはきみか? どうやって……確か、魔術が使えるわけでも、戦闘経験があるわけでもなかったはずだが……」


 しかし、安心しかけたコーデリアに、不審そうな顔をしたクライブが問いかけてきた。

 コーデリアの背筋に冷たいものが走る。

 当然と言えば、当然の疑問だ。一角猪がいくら倒しやすい相手だとはいっても、ひ弱で戦闘経験もないコーデリアでは、まず無理だろう。


 こうなったら、つい最近になって前世の記憶が蘇ったのだと明かしてしまうべきだろうか。

 とてもうさんくさい話だが、リアの知っている知識を話せば、信憑性はあるだろう。養成所時代のクライブのエピソードでも語ればよい。

 自分の妻が、かつての年増教師の生まれ変わりだという衝撃を与えてしまうが、白い結婚なのだし大丈夫だと思いたい。

 コーデリアは意を決して、口を開こうとした。

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