01.蘇る記憶
「悪いが、きみを愛することはできない」
初夜の床で待つ花嫁に対して、花婿の第一声はそれだった。
いきなり冷淡な声を浴びせられた花嫁コーデリアは、びくりと身をすくませる。
つい、花婿であるクライブを正面から見つめてしまい、慌てて顔を伏せた。
ちらりと見えたクライブの整った顔は無表情だった。この国では珍しい銀色の髪も、まるで作り物のようで、無機質な印象を強めている。
先ほどまでヴェールに遮られていたコーデリアの顔は、今は覆い隠すものもなく晒されている。父や義母、妹からは、醜くて気分が悪くなるから見せるなと言われている顔だ。
身に纏っている、薄く扇情的な夜着も、貧相な体には似合っていない。
きっと、このような醜くみすぼらしい女が妻なのかと、落胆したのだろう。
「申し訳……ございません……」
消え入りそうな声で、コーデリアはぼそぼそと謝罪する。
慌ただしく簡素な結婚式の間も、クライブは黙ったままで、コーデリアを見ようともしなかった。
この結婚は、政略結婚以外の何ものでもない。今日の結婚式当日まで、二人は顔を合わせたこともなかったのだ。
しかも、コーデリアの家族は誰も式に出席していない。
代理の者が出席したが、式が終わるなり慌ただしく帰っていった。僻地であるアーデン男爵領から、一刻も早く退散したかったのだろう。
「……俺には、心を捧げた相手がいる。きみのことは対外的には妻として扱うが、本当の夫婦になることはできない」
クライブは感情のこもらない紫色の瞳でコーデリアを眺めながらそう言うと、寝室を出ていった。
一人残されたコーデリアの紺碧の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「仕方がないわ……いえ……ご迷惑でしかない私を、対外的にでも妻として扱ってくださるなんて……感謝するべきよ……」
初夜の床に花嫁を一人放置するという非道な仕打ちだが、それでもコーデリアはクライブを恨むことなく受け入れる。
コーデリアなど、母が王家の血を引く、由緒正しい血筋の伯爵令嬢ということしか取り柄がないのだ。
「クライブさまは英雄である魔術師……それに引き換え、私は貴族の血は引いていても、まともに魔力がない……私なんかが妻だなんて、おいたわしいわ……」
魔力を持つのが貴族の証ではあるが、それすらコーデリアには乏しい。
反対に、平民出身であるクライブは天才魔術師と呼ばれている。彼は平民の出身ながらも、隣国との戦争で多大な貢献をし、勝利へと導いた英雄だった。
その功績で男爵位を授かり、貴族となった彼に与えられた、由緒正しい血筋の妻という褒賞がコーデリアなのだ。
平民でも稀に魔力を持つことがあるが、クライブは貴族と比べても遜色がないどころか、圧倒的な力を持っていた。
クライブにとって、自分は迷惑以外の何ものでもないだろうとコーデリアは思う。
コーデリアが由緒正しい血筋なのは間違いがないが、出来損ないと蔑まれる厄介者なのだ。
そのような者を妻として宛がうあたりで、貴族社会における、クライブに対する扱いの悪さが見て取れた。
「お飾りの妻すら務まらない出来損ないの私は、せめて邪魔にならないよう、息を潜めて生きていかないと……」
コーデリアはひそやかに、後ろ向きな決意をする。
これまでもずっと離れに押し込められ、一人で過ごしてきたコーデリアにとっては、さほど難しいことではない。
今後も同じように生きていくだけだ。コーデリアはそう結論付けると、ベッドに横たわる。
「このベッド、ふかふかだわ……ふかふか……ふかふか……酒っ!」
突然わき起こった衝動により、コーデリアはがばりとベッドから起き上がる。
「私の酒! 酒はどこだ! ……あれ?」
叫びながら周辺を見回し、ふとコーデリアは我に返る。
今、自分はいったい何をしたのだろうか。疑問に思うコーデリアは、頭の中に別の存在を感じる。
「頭……痛い……」
コーデリアの頭の中に、無数の記憶が蘇っていく。まるで小さな爆発が止めどもなく起こっているかのようだ。
頭を抱えてうずくまりながら、コーデリアは記憶の奔流に耐える。
やがて頭痛が引いていくと、コーデリアはのろのろを身を起こす。
「私は、魔術師リア……? 養成機関の教師で……ええと……とっておきの酒を準備していたところで……殺された……?」
己の中にわいてきた記憶をなぞり、コーデリアは呟く。
それは、平民の魔術師養成機関で教師として働いていた、リアという女の記憶だった。
最期は酒を準備して、ふかふかのクッションにもたれながら誰かを待っていたところで、首に痛みを感じた。そこで記憶は途切れている。
何者かに殺されたのだと、すとんと頭に落ちてきた。
「そうか、殺されたのか……まあそれはいいとして、今の状況はいったい……」
リアの記憶と、コーデリアの記憶とが混在して、よくわからなくなっている。
今現在の状況を整理してみようと、コーデリアは深呼吸する。
「確か、お前の結婚が決まったからと、わけのわからないうちに結婚式に放り込まれて……いや、ちょっと待って……クライブ……? クライブ!?」
呟きながら、コーデリアは目を見開く。
先ほど、『きみを愛することはない』と言って花嫁を放置した夫、クライブのことがリアの記憶にあったのだ。
珍しい銀色の髪と紫色の瞳、そして成長しているとはいえ、顔にも見覚えがある。
かつて養成機関で天才少年と言われ、『好きです、付き合ってください!』とリアに叫んだ教え子がクライブだった。
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