クモをつつくような話 2022 その1
1月3日、午後2時。
光源氏ポイントで裸になった低木に枯れ葉が何枚か残っているのに気が付いた。近寄ってみると、2枚の枯れ葉を白い糸で綴り合わせてある(三枚のタイプもあった)。これはもしかしてジョロウグモの卵囊なのではあるまいか?「ジョロウグモは卵囊に木くずなどを付けてカモフラージュする」という話もあるし、実際、もっと太い木の幹には細かくちぎった枯れ葉を付けてある卵囊もあったのだが、この木の幹は卵囊を取り付けるのには細すぎるので木の葉でサンドイッチにしたんじゃないかと思う。ジョロウグモはその場その場でベストと思われるやり方をしているようだ。昆虫のように嫌なら別の場所まで飛んで行けばいいというわけにはいかないからだろう。
その他にミノムシほどではないが、多数の枯れ葉を付けられたナガコガネグモの卵囊も1個あった。ナガコガネグモの卵囊は茶褐色だから白い卵囊を造るクモほどカモフラージュする必要はないのだろう。ああっと、ナガコガネグモはどうやって卵囊に色を付けているんだろう?
舗装路の脇には頭胴長60センチ弱くらいのタヌキの死骸が転がっていた。車にはねられたんだろうと思う。合掌。
1月6日、午前三時。
大変な情報を入手した。東京蜘蛛談話会の会誌『キシダイア』64号によると、ジョロウグモは2回の産卵ができるというのだ。実際に2度目の産卵をしたジョロウグモも観察されているらしいし、解剖して卵巣を確認することも行われているということだから間違いあるまい。お詫びして訂正させていただきます。迂闊なことを言うもんじゃないね。まあ、踏み外すのも芸の内だとは思うが。
1月23日、午前六時。
2021年のデータを整理していて思いついたのだが、秋になると円網を黄色くするジョロウグモが現れるのは円網にかかる獲物の量を減らすためなんじゃないだろうか? その根拠は以下の通りだ。
第一に獲物が豊富らしい場所にいた1匹のジョロウグモは8月のうちに黄色い円網にしていた。逆に獲物が少なそうな場所では12月になっても黄色にした子は現れなかった。
第二にいったん黄色い円網に替えてから無色に戻した子が1匹、戻したらしい子も1匹いた。
第三にジョロウグモの排泄物は比較的小さくて目立たないようだ。したがってオニグモやナガコガネグモなどよりも獲物を消化する能力が低い可能性がある。秋になって気温が低下すればさらに下がるだろう。
第四にジョロウグモたちが目指しているのは少なくとも1回の産卵をすることだろうと思う。産卵に必要なだけの栄養を摂取できているのなら、あえて危険を冒して消化不良を起こすほどの獲物を食べる必要はあるまい。
そして昆虫の視覚のグラフを見てみると、昆虫は紫外線からオレンジ色ないし黄色辺りまで見えるようだ。そこで飛行中の昆虫がおぼろげに見える黄色い円網に気が付いたとすると、その後の行動は二つに分かれるんじゃないかと思う。飛び続けようとする者たちは黄色い円網を「障害物だ」と判断してそれを避けて飛び続けようとする。それに対して、どこかにとまって羽を休めたいと思っている者たちは円網に向かって飛んで行ってしまうのだろう。風に逆らって飛ぶほどの飛翔力がない小型昆虫なら避けたくても避けられないということも考えられる。つまり、ジョロウグモが円網を黄色くするのは獲物の量をコントロールするためのものなのだ、というのが作者の仮説である。もともと獲物が少ない場所に円網を張ってしまったジョロウグモは黄色くするほどの獲物を食べられないだろうし、「もう少し食べたいかな」と思った子は円網を無色に戻して獲物の捕獲率を上げようとするのだろう。
何のことはない。これはナガコガネグモやコガネグモの隠れ帯と同じである。ただ、それを隠れ帯でやるか、黄色い円網でやるかの違いなのだ。秋になると日差しが弱くなるので紫外線まで反射する白い隠れ帯よりも黄色い円網の方が効果的だという程度のことなんじゃないだろうか。ただし、こういうことをやるのは作者の生息域のジョロウグモだけという可能性があるのはもちろんである。
1月24日、午後5時。
いつものコースの道端に頭胴長30センチほどの細い体型の死骸が転がっていた。きつね色の毛皮だからニホンイタチだろうと思う。合掌。
2月3日、午前11時。
今日は節分。欧米では「キッシングデイ」と呼ばれ、誰にキスをしても許される日である。〔「接吻」じゃない! だいたい季節の変わり目に邪気(邪鬼)を払う行事は中国起源だ!〕
午後二時。
いつものコースの脇の用水路から白いサギ(コサギらしい)が2羽飛び立った。カップルかもしれない。これがカモなら「カモかもしれない」と言うところだ。〔…………〕
この用水路からはスズメサイズで背中から翼にかけてメタリックブルーの小鳥も飛び立った。カワセミじゃないかと思う。
2月11日、午前11時。
道端に昨夜の雪が残っている。
廃屋ポイントのブロック塀にジョロウグモのものらしい卵囊が取り付けられているのを見つけた。で、それがおおむね北西側なのだ。光源氏ポイントで見つけたジョロウグモの卵囊も木の幹に取り付けられているのは陽当たりの悪い側だった(枯れ葉でサンドされたものは別だが)。で『ジョロウグモの産卵』という動画を見てみると、その個体の産卵は夜中から行われたらしい。というわけで、ジョロウグモは陽当たりの悪い側を知る能力があるのかもしれない。あるいは昼間の内に産卵する場所を選んでおくという手もあるだろう。それはいいとして、なぜ陽当たりの悪い側を選ぶのかというと、陽当りがいいと卵の温度が上がって発生が進みすぎ、獲物がほとんどいない時期に子グモたちが卵囊から出てしまうという問題があるのではないかと思う。
※多分、これは間違い。その後の観察では明らかな傾向は見られなかった。むしろ、産卵できそうな場所を見つけたら産卵してしまって、後のことは産卵してから考えることにしているように見える。
スーパーの西側のオオヒメグモのヒメちゃんがいた壁には白色の円盤状の住居があって、クサグモの仲間のようなお尻がはみ出していた。まさかと思ってツンツンしてみるとそのクモは住居の中に潜り込んだ。生きてる! しかも休眠しているわけでもないらしい。そこで新海栄一著『日本のクモ』(2006年発行)を開いてみると、ヒラタグモは成体が「1年中」見られるクモなのだそうだ。近くにはナミテントウも2匹いたから獲物もまったくいないというわけでもないんだろう。
2月25日、午後1時。
部屋の中に体長10ミリほどの昆虫が現れた。室内のデジタル温度計は8.7度Cを表示しているのだが、元気に飛びまわっている。
午後2時。
陽当たりのいい岩の周辺には羽の生えたアリのような黒い昆虫が数匹とナミテントウとハエの仲間が1匹ずつ飛んでいた。水田の脇ではカのような昆虫も群れている。春は確実に近づいているのだな。
光源氏ポイントではバルーニングしてきたらしい体長2ミリほどの子グモが風に吹かれていた。
その近くではジョロウグモのものらしい卵囊を新たに1個見つけた。で、困ったことに、それは木の幹の南側の根元に取り付けられていたのである。「陽当たりの悪い側に多い」と言ったばかりだというのに……。〔人生なんてそんなものさ〕
というわけで、新たな仮説が必要になってしまった。とりあえず、今までに見つけたジョロウグモのものらしい卵囊をもう一度チェックしてみることにする。その結果は木の幹の枝分かれしている部分に2個、ブロック塀に1個、今日見つけた木の根元の1個、後は木の葉でサンドされているもの(これらはジョロウグモの卵囊だと確認できてはいない)が数個だ。
木の葉サンドを除くと、共通するのは「へこんでいる場所」ということになる。ブロック塀には横溝があったし、木の根元は指の股の内側のような縦溝、枝分かれの部分は横方向の曲率は正(円筒形)なのだが、縦方向の曲率は負、つまりへこんでいるのだ。へこんでいると糸を張りやすいのだろう。
そこで問題になるのが適当な産卵場所が見つからない時なんじゃないだろうか。円網から歩いて数メートルの範囲に負の曲率の場所が見つからなかったので、ジョロウグモのお母さんたちはプランBとして広葉樹の葉を利用したんじゃないかと思う。広葉樹の葉のへこみを使うか、2枚の葉を糸で繋げば確実にへこみを作れる。さらにもう1枚の葉を被せれば卵囊をほぼ完全に包み込んでしまえるわけだ。その上、卵囊を包んだ葉を糸で枝に固定してあるところを見ると、ジョロウグモのお母さんたちは広葉樹の葉は冬になると落ちてしまうことまで知っているのだろう。3億年もの歴史を持つクモなら、この程度の知恵を持っていてもおかしくはあるまい。
2月26日、午前10時。
スーパーの西側の壁に体長5ミリほどのクモが2匹と住居から半身を出している体長10ミリクラスのクモが1匹いた。お尻の模様と住居の形から判断するとヒラタグモの幼体と成体らしい。さらに体長15ミリクラスと思われるオニグモも脚をたたんでうずくまっていた。
ここは浅い「コ」の字形の横溝が付けられた壁が通路を挟んで向き合っている場所なので、へこみや角を好むクモたちが集まって来るのだろう。
2月28日、午後3時。
いつものコースでは八重咲きのウメの1本が満開になっていた。少なくとも3日に一度くらいは走らないと季節の変化に置いていかれてしまいそうだ。
3月7日、午前4時。
道端に黄色い菜の花が2株だけ咲いているのを見つけた。
※帰宅してから図鑑を開いてみると、アブラナ科で春に黄色い花を咲かせるのはセイヨウアブラナとセイヨウカラシナがあるのらしい。識別ポイントは葉の形やその付き方のようだ。気が向いたら確認しよう。
カラスが枯れ草の束を咥えて飛んで行くのも見た。そろそろ巣作りのシーズンなのかもしれない。
3月10日、午後2時。
光源氏ポイントから少し林の中に入った所で体長2ミリほどのクモがほぼ水平の円網を張っていた。円網を張っているクモを観察したのは今シーズン初めてである。
3月12日、午前11時。
暖かい。マーガレットが咲き始めているし、チョウも1匹飛んでいた。
それなのに、スーパーの西側にいるオニグモは体の向きを180度変えただけで円網を張る様子がない。まあ、生きているのは確認できたわけだ。
休眠を終わりにするトリガーは夜の短さなのか、それとも夜間の気温だろうか。ある程度暖かい夜が何日か続いたら円網を張る、とか?
3月13日、午後3時。
水田の用水路脇で小さな羽虫が数匹くっついている円網を見つけた。横糸の間隔が広いからオニグモの仲間のものらしい。直径は約30センチだから体長は10ミリ前後だろう。ただ、オニグモの仲間にはいったん円網を張っても二度寝してしまう子もいるんだよなあ……。
3月14日、午前11時。
スーパーの西側のオニグモは30センチほど移動してうずくまっていた。もしかすると、夜の間だけ円網を張って夜明け前には回収しているのかもしれない。
体長10ミリほどのダンゴムシも一匹散歩していた。
3月15日、午後1時。
スーパーの西側のオニグモ(「西ちゃん」と呼ぶことにしよう)は今日もうずくまったままだ。よく見ると、そのお尻は角が丸くなった三角形なのだが、それが薄い。それはもう、背面側などへこんでいるんじゃないかというくらい薄くなっている。オニグモは10月頃から休眠に入るようだから、4ヶ月から5ヶ月は絶食しているはずだ。休眠とは言っても代謝をゼロにできるわけでもないだろうから痩せてしまうのだろう。〔人間がこんな無茶なダイエットをすると即身成仏することになります。よい子は真似しないでね〕
※改めて地図を開いてみたら、この場所はスーパーの北西側の角だった。しかし、「北西ちゃん」では語感が悪いし、「北ちゃん」にすると、「野次ちゃん」も登場させたくなりそうなので「西ちゃん」にさせてもらう。あしからず。
その近くではナナホシテントウも散歩していた。
帰り道ではブロック塀の上にいるスズメ数羽に手の届く距離まで接近してしまった。一般的に鳥は動いているもの、しかも自分に向かうコースから外れているものに対してはあまり警戒しないような気がする。それでいて、よく見ようとして立ち止まったりするとすぐに飛び立ってしまうのだ。「相手に気付かれなければ安全だ」とでも思っているんだろうか?
3月21日、午前11時。
しだれ桜が咲き始めていた。
3月25日、午前8時。
ナショナルジオグラフィックのサイトで『米国で急拡大するジョロウグモ、東部一帯に広がるおそれ、研究』(2022.03.22)という記事を見つけた。日本ではおなじみのジョロウグモがジョージア州、ノースカロライナ州、さらにはテネシー州やオクラホマ州の一部にまで侵入しているらしい。
このサイトによると、北アメリカにはもともとジョロウグモの仲間のアメリカジョロウグモがいたらしいのだが、このクモも北アメリカにやって来たのは150年以上前という外来種で、熱帯原産ということらしい。これは初めて知った。たかが「150年以上前」だったのだな。
そして、生態学者のアンドリュー・デービス氏とベンジャミン・フリック氏がこの二種のクモの安静時の代謝量を測定したところ、「ジョロウグモの代謝量はアメリカジョロウグモの2倍近いことがわかった」「顕微鏡で微細な体の拍動を観察することで、クモの心拍数も計測した。予想通り、代謝の速さを反映してジョロウグモの鼓動の方が速かった」「さらに、メスのクモ(ジョロウグモ27匹、アメリカジョロウグモ20匹)をそれぞれ冷凍庫に2分間入れたところ、生き延びたアメリカジョロウグモは半分だけだったのに対し、ジョロウグモは74パーセントが生きていた」と書かれている。ジョロウグモは温帯のクモだけに低温に強いということらしい。作者も気温が氷点下になった朝でも生きているジョロウグモたちを観察したことがあるのだが、体内の水分が凍り付いてしまわないように積極的に体温を上げる能力を持っているということだったのだな。
さらに「ジョロウグモの繁殖速度がアメリカジョロウグモよりも速いことを踏まえれば、このデータから、ジョロウグモは米国北部の冬にも耐えられる可能性があることが示唆される」のだそうだ。しかし、その先の「ジョロウグモが害虫を食べるとすれば、よい影響がもたらされる可能性すらある」というのは……結局、害虫か益虫かは人間が決めるということなんだろうなあ。
午後2時。
道端にシロバナタンポポが咲いていた。
上空ではトンビがカラスに追いかけられている。カラスが攻撃する時は必ず相手の上方に占位しているような気がするのだが、どうしてトンビは上を取らないんだろう? 旋回能力ではカラスにかなわないということなんだろう? ゆっくりとソアリングするのは得意でも小回りは効かないとか?
午後3時。
光源氏ポイントの近くでは体長2ミリから3ミリほどの子グモが3匹、直径15センチほどの垂直円網を張っていた(1枚は30度くらい傾いていたが、垂直円網の範囲内だろう)。まだまだ寒いこの時期に獲物などいるのか、と思ってしまうのだが、「円網にかかった花粉を円網ごと食べているようだ」という論文を読んだ記憶がある。体長3ミリ以下だと体内に蓄えられる栄養も少ないだろうから長期間の絶食はつらいのかもしれない。ヒトの新生児が2~3時間おきに授乳する必要があるのと似て……いないかなあ。外骨格の変温動物と内骨格の恒温動物を比較してはいけないかもしれない。
3月27日、午前11時。
オニグモの西ちゃんが姿を消していた。元気に育って欲しいものだ。
午後2時。
去年、ジョロウグモのアケビちゃんのお隣ちゃんがいた場所に、オニグモのものらしい直径40センチほどの円網が張ってあった。枠糸を張るのに都合のいい場所ではあるのだろうが、同じ木の同じ側というのは何か特別な要因があるんじゃないかという気がする。数ヶ月前の糸の破片とか糸を接着する糊のようなものくらいは残っているんだろうかなあ……。
3月28日、午前10時。
街中の街路樹に体長5ミリほどのゴミグモが直径15センチくらいの円網を張っていた。
3月30日、午前11時。
スーパーの東側で体長3ミリから4ミリのゴミグモ8匹を確認した。そのうちの1匹の円網には体長2ミリほどの獲物がかかっている。春が来たんだなあ。
4月5日、午前11時。
スーパーの東側に体長5ミリほどのゴミグモが2匹現れた。3月30日に見た子たちが脱皮して成長したのか、それとも体長5ミリの段階で休眠していた子が目覚めたのかはわからない。
午後2時。
ベニシジミとモンシロチョウらしい白い蝶が2匹ずつ飛んでいた。
ツバメも1羽、水田の上を飛んでいたのだが、渡ってきたのか、日本で越冬したのかまではわからない。
4月9日、午前11時。
スーパーの西側の外壁には親指くらいの幅の溝が切ってあるのだが、その中に糸が何本か張ってあって、その下に黒いお尻のクモが1匹いた。体長は6ミリくらい。オオヒメグモのように丸いお尻はグロスブラックで両脇に細いジグザグの白線が入っている。
ヒメグモの仲間だろうと見当を付けて新海栄一著『日本のクモ』(2006年発行)を開いてみると、カレハヒメグモとヤマトコノハグモというのが載っていた。どちらも掲載されている写真ではお尻の色がもっと明るめで、カレハヒメグモの方は背面に2対のくぼみがあるようだし、ヤマトコノハグモの方にはオオヒメグモのようなドット模様が写っているのだが、これはフラッシュを使って撮影したからなんじゃないかと思う。あるいは個体差か、だな。
4月11日、午前11時。
スーパーの東側のツバキの木にはオニグモのものらしい円網が張ってあった。直径は約30センチで2ミリほどの獲物が3匹かかっている。
西側では体長5ミリほどの白っぽいオニグモの仲間が今まさに獲物を仕留めているところだった。ナカムラオニグモかヤマシロオニグモ、あるいはヘリジロオニグモじゃないかと思う。ここに居着くようなら「ナカちゃん」と呼ぶことにしよう。
クサグモのシート網も2つ見つけた。
午後8時。
スーパーの東側の円網の主は体長10ミリほどのオニグモだった。ここに居着くようなら「春子ちゃん」にしようかな。
ただ、その円網はアナログ時計の4時から5時までと9時から10時までの範囲しか残っていない。昼間のうちに円網にかかった獲物を夜になってから食べているのかもしれない。この時期はまだ夜間に飛ぶ昆虫は少ないだろうから、これは合理的なやり方だろう。ただし、こういう行動を観察したという資料にはまだ出会っていない。
しかし、これでは大型の獲物やガなどがかかった場合に逃げられてしまう可能性が高いだろう。もしかしたら枠糸に脚先を置いて、大物がかかったと感じたら飛び出していける体勢でいるのかもしれない。ちょうどいい大きさの獲物が手に入ったら実験をしてみたいところだな。
4月12日、午前7時。
春子ちゃんが円網を張り替えていた。直径約40センチ。体長10ミリほどのカのような獲物が2匹かかっている。やはり円網を張りっぱなしにして、夜行性のまま昼間にも獲物を捕らえようというやり方をしているようだ。そして、円網を大きくしたということは、ここに居着く可能性が高いかもしれない。
午前10時。
春子ちゃんの円網には体長2ミリほどの小型昆虫が10匹くらいかかっていた。路面を歩いているアリもだいぶ増えてきているので、5ミリほどのアリも2匹追加しておく。
ついでにゴミグモの1匹にもアリをあげておいた。
午後3時。
光源氏ポイントの近くで体長8ミリほどのオニグモを見つけた。やはりこの季節には昼間から狩りをするオニグモが多い。
この子は何か獲物を食べていたのだが、その円網も4分の1くらいしか残っていない。何なんだろうかなあ……。春のオニグモは円網の糸を食べたいものなのか? それともこの季節には2ミリ以下の獲物が多いから、糸と一緒に食べてしまおうというのか? あるいは、休眠している間に糸の原料タンクの中身が劣化してしまったので、食べることによってリサイクルしてリフレッシュしている、とか?
午後5時。
オニグモの春子ちゃんの円網から2匹のアリが消えていた。円網に大穴が開いているから昼間の内に食べたんだろう。昼間でも捕食するのは春だからなのか、それとも幼体だからなんだろうか。あるいは暴れているうちに円網から外れてしまったか、だな。そこらで捕まえた体長10ミリほどのアリの大顎の牙を折り、さらに少し弱らせてから円網に置いておく。
ナカちゃんの円網にはちょうどカのような獲物がかかったところだった。ナカちゃんは獲物の上下で円網の糸を切って、バーベキューロールで捕帯を巻きつけたのだが、あまり上手ではないような感じだった。
午後6時。
春子ちゃんがツバキの葉の中から出てきて円網の中心に腰を落ち着けた。どうもアリに気が付いていないようだ。弱らせすぎたか……。元気なアリは暴れているうちに円網から落ちてしまうのだが、弱らせすぎるとこういうことになるのだ。しょうがないので、アリをツンツンして獲物がかかっていることをアピールすると、駆け寄って捕帯を巻きつける春子ちゃんだった。明るい時間帯に捕食してもらえると撮影も楽だ。撮れるだけの画像を撮っておく。「いいねいいねー。ちょーっとだけ肩を出してみようかあ」てなもんである。
ゴミグモの1匹は横糸を張っていなかった。縦糸だけの円網には脱皮殻らしい物が付いているから、外骨格が硬化するまでは狩りはしない、というか、できないんだろう。
午後10時。
春子ちゃんの円網は穴だらけになっていた。小さな羽虫まですべて食べ終えたようだ。
4月13日、午前2時。
食べさせすぎだとは思ったのだが、春子ちゃんに体長8ミリほどのワラジムシをあげてしまった。さすがに春子ちゃんはあまり積極的に捕食しようとはしない。それでも牙を打ち込んでから大ざっぱに捕帯を巻きつけたのだが、やたらと円網の糸を切るものだからホームポジションそのものがなくなっている。困ってしまった春子ちゃんは、左第四脚で獲物をぶら下げたままあっちこっちへうろうろしたあげく、係留糸が固定されているツバキの木の近くでワラジムシを食べ始めたのだった。
今日見てまわったところでは、スーパーの周辺にいるオニグモの仲間は春子ちゃんと西ちゃんを含めて9匹で、最大の個体は体長17ミリほどだった。後で昼間でも円網にいる個体数も調べようと思う。
午後5時。
春子ちゃんの円網は張り替えられていたが、直径約30センチの円網の中央部の約12センチは横糸がなかった。あっはっは。見事に食べさせすぎだ。ごめんね。
なお、円網を回収していたオニグモはナカちゃんを含めて2匹。17ミリちゃんの円網は大穴が開いたまま。その他に獲物が固定されたままの円網が一枚あった。というわけで、オニグモの仲間は気温が低いと獲物も減るということを理解している可能性があるようだ。さらに、その対策は各自で工夫しているような感じがする。もちろん気温が上がるなどして条件が良くなれば、オニグモらしく日没後に円網を張って、夜明け前に回収というパターンに移行するんだろう。
ああっと円網で待機している子はいなかったな。多分、休眠開けで大量の獲物を食べたい時とか、気温が低くて夜間のみの営業では十分な量の獲物を食べられないとか、ただ単に食いしん坊の子とかは昼間でも円網で待機するということなんじゃないかと思う。
ちなみにウィキペディアの「オニグモ」のページには「夜に網を張り、昼間は網をたたんで物陰に潜む。が、希に昼間でも網を張っている個体がいる。ただし、このような日周活動については諸説あり、例えば八木沼(1986)には毎夕に網を張り、朝に畳むのを基本としながらも、地域や成熟度、性別によって異なる可能性や、あるいは地域差があって東北地方では網を畳まないなどの推測が記されている。また新海(2001)では関西では夕方に張り、朝に畳むが、北に行くほど畳まなくなり、他方で沖縄でもあまり畳まないという」と書かれている。要するに「何もわかっていない」ということらしい。
多くの昆虫の成虫は翅を持っている代わりに脳は小さい。この場合、本能のプログラムに従って快適な場所まで移動すれば生き残る確率を上げることができる。それに対してクモには翅はないが大きな脳がある。オニグモの場合もナガコガネグモやコガネグモの隠れ帯と同じように、自らの判断に従って獲物の量を調節していても不思議はあるまい。まあ、そのうちに誰かが室内実験をして、十分な餌を与えた群と不十分な群での比較をすることだろう。いやいや、偉い先生様の仮説に対して否定的な結果が出てしまいそうな実験はできないかもしれないな。
午前10時。
スーパーの東側にいる体長3ミリほどのゴミグモに6ミリほどの昆虫をあげてみた。さすがにコガネグモ科のクモはさほどためらいもせずにDNAロールからバーベキューロールへと繋いで捕帯でぐるぐる巻きにしていた。
その近くにいた体長5ミリほどのゴミグモにはたまたま捕まえてしまった5ミリほどのアリを同時に2匹あげてみた。それに対してこの子はどうしたかというと、アリを1匹ずつ確実に仕留めていったのだった。「2アントを追う者、1アントをも得ず」ということわざをねつ造しようと思ったのに……つまらんなあ。〔相手は迷惑してるんだぞ〕
4月16日、午前11時。
昨日は丸1日雨だったので円網を張り替えたオニグモはいなかった。
気になるのはナカちゃんで、糸が1本も残されていない。もしかすると引っ越したのかもしれない。作者が見た時には次々に獲物がかかっていたので、いい場所を選んだのだなと思っていたんだけどなあ。引っ越しするかしないかは、1週間とか一〇日とかのスパンで十分な獲物がかかるかどうかで判断しているのかもしれない。それなら一時的に多くの獲物がかかっても引っ越しをする理由になるだろう。ただし、その場合には十分な記憶力が必要になる。クモの専門家は認めないだろうな。
午後9時。
オニグモの春子ちゃんと17ミリちゃんは」住居から顔を出しているが、円網を張り替える様子はない。他のオニグモたちは顔すら見せていない。ちょっと気温が低すぎるようだ。
4月17日、午前3時。
オニグモの17ミリちゃんは住居から顔を出したまま動いていない。
春子ちゃんは円網を張り替えていた。積極性は評価するけれど、この季節、しかも夜では活動できる昆虫なんかいないだろ。もしかしたら、このまま張りっぱなしにして、昼間かかる獲物に期待しているんだろうかなあ……。
結局、スーパーの周辺のオニグモで円網を張り替えていたのは春子ちゃんだけだった。
午前11時。
スーパーの西側で体長7ミリほどのオニグモを見つけた。やや濃いめのグレーなのでナカちゃんではない。夜のパトロールでは見落としていたのか、あるいは気温が上がってから円網を張ったのかもしれない。とりあえず、挨拶代わりに5ミリほどのアリをあげてみる。7ミリちゃんは捕帯を巻きつけて牙を打ち込んだ後、獲物を咥えて(正しくは、牙を打ち込んだままで)ホームポジションに持ち帰ったのだった。しおり糸でぶら下げた状態で持ち帰るのはもっと大きな獲物の場合だということらしい。その境界はどの程度なのかはまだわからない。
4月18日、午前1時。
オニグモの春子ちゃんが住居から出てくるところだった。ただ、しばらく待っても円網を張り替える様子がない。
しばらく姿を見せなかったナカちゃんは3メートルほど離れた位置に糸を数本張っていた。やはり引っ越していたようだ。
午前7時。
春子ちゃんは円網を張り替えてから住居に戻ったようだ。張り替えたということから考えると食欲がありそうなのだが、張り替えたのが夜中から夜明けまでの時間帯ということは、逆に食欲がないことを意味しているような気がする。
7ミリちゃんは数本の糸だけを残して姿を消していた。こちらは食休みだろう。
ナカちゃんは円網を張って待機していたので4ミリほどのダンゴムシをあげておく。この子も昼間に狩りをするタイプのようだ。少なくとも今のところは。
17ミリちゃんは結局円網を張り替えなかった。夜間の気温が上がるまで待つつもりなのかもしれない。この気温では体長17ミリのオニグモが狙うような昆虫は飛べないか、あるいは飛ばないんだろう。
午前11時。
オニグモの7ミリちゃんが円網を張っていた。しかもホームポジションで待機している! 何だ、これは? たったの数時間だけ休憩した? こんな働き者のオニグモなんて初めて見たぞ。とりあえず5ミリほどのアリをあげると捕帯を巻きつけたのだが、牙を打ち込もうとしない。ほらやっぱり食欲がないんじゃないか。休眠明けだと、寝ぼけながら円網を張ってしまうということもあるのかもしれない。
4月19日、午前6時。
春子ちゃんと17ミリちゃん(この子は今シーズンの「姉御」にしてしまおう)が円網を張り替えていた。昨夜の雨は夜中にやんだようだから、それから張り替えたんだろう。雨がやんだ頃はもう少し気温が高かったようだし。
なお、春子ちゃんと17ミリちゃんの円網のホームポジションにはそれぞれが通り抜けられるくらいの穴が開けられている……のだが、姉御の方はその中央に糸が1本張ってある。通路にするつもりはないということなのか、それとも糸1本くらいなら非常の場合は強引に切ってしまえばいいと言う考え方なんだろうか?
※これはクモが常にお尻から引いているしおり糸かもしれない。しおり糸は命綱のようなもので、地面に向かって降下する時に速度を調節したり、もとの高さに戻るために使ったりする糸だ。
外周部だけに横糸が張ってあるゴミグモの円網もあった。ゴミグモがこういう円網を張ることはよくある。食欲がないので、円網の有効面積を調節して獲物を減らしましょうということなのかもしれない。
午後3時。
体長6ミリほどのゴミグモに20ミリ弱のガガンボをあげてみた。するとこの子は、一度だけつま弾き行動をした後、ガガンボに駆け寄って翅の先に取り付き、翅伝いに胸部まで移動して、そこに牙を打ち込んだようだった。うーん……ガガンボは翅を使って移動する昆虫なのでアリのように強い脚は持っていない。したがって捕帯を巻きつけずに牙を打ち込むのが正解……ではあるのだが、何を基準に「まず牙を打ち込む」という判断をしたんだろう? つま弾き行動をすることによって、獲物の位置ばかりでなく、体重まで見当を付けられるということなんだろうかなあ。
午後4時。
光源氏ポイントで体長10ミリと7ミリほどのゴミグモを見つけた。この2匹を今シーズンのゴミグモ姉妹に指定してしまおうかと思う。
体長20ミリ弱のガを1匹捕まえた。これは日が暮れてからオニグモの姉御にあげよう。
午後8時。
オニグモの春子ちゃんはホームポジションで肉団子をもぐもぐしていた。
姉御の円網にガをくっつけると姉御はすぐに駆け寄ってきて翅を抱え込むのと同時に牙を打ち込んだ。それからガの翅を押さえ込みながら捕帯を巻きつけ、棒状に整形してホームポジションに固定。そこまでは正しい手順だと思っていたのだが……なんと、姉御はそこで円網にくっついているサクラの花の柄を外して捨て始めたのだった。今やるべきことなのか、それは? と思ったのだが、もしかしたら風を受けて揺れるゴミは獲物と紛らわしいので鬱陶しかったのかもしれない。
姉御がホームポジションでガを食べ始めたのは掃除を一通り終えてからだった。
姉御の円網のすぐ下にも体長6ミリほどのオニグモがいたので、この子には5ミリほどのバッタの子虫をあげた。この子はまず牙を打ち込んだ後、獲物を円網の端まで運んで、そこで食べ始めたようだった。春先のオニグモはおかしな行動をする子が比較的多い。これらの行動をすべて、休眠明けだからで片付けていいんだろうかなあ……。
4月20日、午前11時。
オニグモの春子ちゃんは円網を張り替えていた。それに対して姉御は数本の糸だけを残して円網を回収しているし、その下の6ミリちゃんの円網はバッタの子虫がかかった部分に穴が開いたままだ。つまり張り替えていない。
姉御はガを食べたので、今は獲物がかかって欲しくないのだろう。6ミリちゃんも自分の体長と同じくらいの獲物がかかったのだから張り替える必要を感じなかったのかもしれない。春子ちゃんだって作者があげた獲物を食べ続けてきたのだから、もうそろそろ食欲をなくしてもいいんじゃないかと思うんだが……。
もしかしたら、春子ちゃんは今シーズン中にオトナになって産卵するために積極的に獲物を食べようとしているのかもしれない。姉御の体格ならそう急がなくてもオトナになれるだろうし、6ミリちゃんには来年がある。この季節に春子ちゃんくらいの大きさだと無理をしたくなるのかもしれない。ただし、そのためにはオニグモが未来予測の能力を持っていることが必要になるかもしれない。
しばらくの間は曇りや雨の日が続くらしいのだが、晴れたら春子ちゃんのためにガを捕まえておこうかと思う。
午後5時。
体長7ミリほどのワラジムシを捕まえたので、すでに1ミリほどの羽虫が数匹かかっている春子ちゃんの円網にくっつけておく。
「見せてもらおうか、オニグモの春子ちゃんの食欲とやらを」〔こらこら〕
午後9時。
雨はやんだようだ。春子ちゃんは穴の開いた円網で肉団子をもぐもぐしている。それに対して姉御は円網を張り替えていた。というわけで、春子ちゃんは夜中から夜明けにかけての時間に円網を張り替えるタイプ、姉御は日没後に張り替えるタイプらしい。問題はなぜそうなるのか、だが……。もしかすると春子ちゃんも、もう少し成長したら暗くなってから張り替えるようになるのかもしれない。観察を続けよう。ただし、ウィキペディアの「オニグモ」のページにある「……破損の状態によって2~3日置きに修復する……」というのは見たことがない。ジョロウグモの馬蹄形の円網とか、ヒメグモの仲間の不規則網なら部分的な修復もしやすいだろうけど。ああっと、この「修復」というのがどういう行動なのかもわからんなあ。無視しておけばいいか。
4月21日、午前11時。
ガガンボを1匹と体長12ミリほどのガを捕まえた。ガは後で春子ちゃんにあげようと思う。
午後2時。
体長20ミリ弱の行き倒れのガを拾ってしまった。さてさて、どの子にあげようかね。
午後8時。
小雨がぱらついてきている。
春子ちゃんに体長10ミリほどのよく太ったガをあげてみた。実はこのガがなかなか羽ばたいてくれなくて、円網から外れて落ちてしまったのだが、二度目はちゃんと羽ばたいてくれたので春子ちゃんに飛びつかせることに成功したのだった。オニグモにあげる獲物は活きのいいガに限るな。
姉御の円網の下にいる6ミリちゃんは8ミリくらいまで大きくなっていたのだが、その白地に黒っぽい木の葉模様のお尻はナカムラオニグモのような気がする。その場合、雌成体の体長は9~11ミリだそうだ。もう成体になっているか、もう1回脱皮するかというところだな。
ナカちゃんはまた南に向かって5メートルほど引っ越した……というか、円網が小さいから旅の途中でキャンプしているような感じだ。南の方に何か目的地があるのかもしれない。とりあえず体長7ミリほどのワラジムシをあげておく。
4月22日、午前11時。
春子ちゃんは円網を張り替えずに住居に戻ったらしかった。ボロボロの円網のホームポジションには春巻き形に整形されたガが残されている。
体長2ミリと3ミリほどのオニグモかマルゴミグモらしいクモを見つけたので、それぞれ10ミリほどのカのような羽虫と5ミリほどの弱らせたアリをあげてみた。
2ミリちゃんは獲物を大きく避けて円網の糸を切り、しばらく待ってから慎重に近寄ってDNAロールで捕帯を巻きつけた。それに対して3ミリちゃんは脚先で何度もチョンチョンしてから牙を打ち込み、それから捕帯を巻きつけたのだった。コガネグモ科のクモはいろいろな必殺技を持っている。そのうちのどれを使って獲物を仕留めるかはそれぞれの個体が自分で判断しているような感じがするんだが、どうなんだろう? まあ、機会があるごとにデータを集めていくことにしようか。
スーパーの西側にいる6ミリちゃんには体長10ミリほどのカメムシをあげてみたのだが、円網の糸を切って落とされてしまった。よく見ると、ホームポジションには肉団子が固定されている。なるほど、食べきれない時には獲物を捨てることもあるわけだ。
そのカメムシを拾って壁が直角に曲がっている部分の内側にいる体長7ミリほどのオニグモにあげてみると、この子はちゃんと捕帯を巻きつけて牙を打ち込んでいた。
同じくらいの体長で、同じように昼間から円網で待機しているオニグモでも獲物への対応に差が出るのが面白い。
午後5時。
体長5ミリほどのゴミグモにガガンボをあげてみた。今回は投げ方がまずかったらしくて、ガガンボの羽が左右ともフリーのままになってしまったのだが、5ミリちゃんは何事もなかったかのように羽ばたき続けるガガンボの腹部後端に取り付き、腹部伝いに胸部まで移動してそこに牙を打ち込んだようだった。胸部に牙を打ち込むというのがコガネグモ科のクモの山折り谷折りの一つであるようだ。〔……セオリー……〕
午後9時。
玄関のドアに体長40ミリほどのアマガエルがくっついていた。アマガエルの季節になったのだなあ。話は変わるが、いかなる攻撃もはね返す無敵の装甲を備えたアーマーガエルというキャラはどうだろう?〔…………〕
出家して尼ガエルになるというのもいいな。〔やめんかい!〕
オニグモの春子ちゃんは横糸を四本張っただけの円網で春巻き状にしたガをもぐもぐしていた。
吹き寄せられていた枯れ葉をかき回してみたら、体長2ミリほどのゴキブリ体型の昆虫が何匹もいたので、オニグモの姉御に2匹、その下の8ミリの子に1匹あげた。
ナカちゃんにはそこらで捕まえた体長20ミリほどのガをあげてみた。体長で3倍はある大物だが、ガだと判断すると積極的に駆け寄って牙を打ち込むナカちゃんだった。反撃の手段を持たない獲物に対しては強気なのだ。
4月23日、午前7時。
舗装の継ぎ目から伸びたナガミヒナゲシたちがオレンジ色の花を咲かせている。赤紫のツツジも一輪だけ咲いていた。
オニグモの春子ちゃんは円網を横糸4本にしたまま住居に帰ったようだ。十分な量の獲物を食べられたので食休みをするつもりなのか、あるいは脱皮の準備かもしれない。
昨夜ナカちゃんにあげた通常の3倍の獲物はナン形にされて円網の脇のポール取り付けてあった。その円網はボロボロだ。こちらは円網を回収するよりも獲物を食べることを優先した結果だろうと思う。
ゴミグモは24時間営業のクモなのだが、昨日ガガンボをあげた体長5ミリほどの子も円網の外側部分だけに横糸を張っていた。この子の場合は十分な量の獲物を食べることができたので、円網にかかる獲物を減らそうということだろう。
それに対してオニグモの姉御とナカムラオニグモのナカちゃんは円網を張りっぱなしにして住居へ帰ったようだ。ということは、夜の間に十分な量の獲物が食べられなかったので、昼間のうちにかかる獲物に期待しているということになるかもしれない。姉御の円網には体長7ミリほどのアリとワラジムシをくっつけておくことにする。
午後10時。
春子ちゃんが円網を回収しようとしている。今までよりも遅い時間に張り替えるというのなら、それほど空腹ではないということだろう。もっと早い時間帯に張り替えるようになるまでは獲物をあげなくてもいいかもしれない。
姉御は円網を張り替えていたが、午後8時に見た時には古い円網がそのままになっていたからやはり食欲がないのだろう。
ナカちゃんの円網にも大穴が開いたままだ。
来年は獲物を十分に与える群と不十分な群に分けて行動を比較してみようかなあ。獲物が少ないと、その場所に見切りを付けて引っ越しをされてしまいそうな気もするんだが。
なお、姉御の円網の後ろにも直径20センチくらいの円網があって、体長6ミリほどのオニグモの仲間が待機していた。つまり、8ミリちゃんは6ミリちゃんが成長したのではなく、6ミリちゃんを追い出してそこに居座っているということだったらしい。体格に差があると先住権を主張するのにも限界があるのかもしれない。
4月24日、午前11時。
オニグモたちは全員住居に戻っていた。もしかすると、体長10ミリ以下のオニグモたちは休眠の間に失った体重を取り戻すために少々危険を冒してでも昼間から円網で待機する必要があるということなのかもしれない。十分な量の獲物を食べた後は夜行性に戻る、とか? そうだとすると、姉御の場合は大柄な分栄養の蓄えも多いから最初から夜行性でいられるのかもしれない。
午後2時。
光源氏ポイントのゴミグモは6匹に増えていた。やはりここは人気スポットらしい。実際、獲物も多そうだし。
その中の2匹を選んで弱らせたアリをあげてみたのだが、アリの方を向くだけで近寄って来ない。さほど飢えていないということなんだろう……と思ったら、30分後に見た時には肉団子にしていた。安全だという確信が得られてから仕留めたわけだ。あまり空腹でないゴミグモは慎重派なのである。
ここには体長12ミリほどの白っぽくて丸いお尻の背面に濃い色のシダの葉のような模様があるオニグモの仲間もいた。多分ヤマシロオニグモだろうと思う(以後「ヤマシロちゃん」と呼ぶことにしよう)。もしかしたらこの子は去年の秋にカメラを取り出す前に姿を消したあの子なんじゃないだろうか。
第一脚と第二脚を広げている頭胸部と脚がライムグリーンでお尻が白という体長8ミリほどのカニグモもいたので指でツンツンしてみたのだが、抱え込んでもらえなかった。作者の指は獲物にするのには大きすぎるらしい。〔危険です。よい子は真似しないでね〕
4月25日、午前6時。
オニグモの春子ちゃんは数本の糸、姉御はY字形の糸だけにしていた。それに対してナカちゃんと6ミリちゃんは水滴の付いた円網を残している。スーパーの西側にいる西ちゃんを含む3匹も円網を張り替えていない。わかりやすいな。
午前11時。
オニグモの新顔が2匹現れた。体長はそれぞれ4ミリと6ミリほど。やはり休眠開けのオニグモは昼間から円網で待機する場合が多いようだ。その他に主のいない円網も2つあった。
スーパーの西側の7ミリちゃんも円網で待機していたので、体長20ミリほどのガガンボをあげた。7ミリちゃんはガガンボの胸部に牙を打ち込んだ後、まだもがいているガガンボに捕帯を巻きつけて棒状に整形すると、左の第四脚を添えたしおり糸でぶら下げてホームポジションに持ち帰った。大きな獲物はぶら下げて運ぶような気がするのだが、大きくなればその分重くもなるわけで、大きさによって運び方を変えるのか、重さによるのかは断言しかねる。
午後7時。
姉御の住居は大きな看板を支えている2本の鉄柱の途中にあるのだが、この鉄柱から看板の下面にかけて大小11匹のオニグモの仲間を確認した。その他にオニグモのものらしい卵囊も3個ある。ここはかなりの人気スポットのようだ。
4月27日、午前11時。
去年の秋にちらっと姿を見せたコガネグモの幼体がまた現れた(以後「コガネちゃん」と呼ぶことにしよう)。体長は5ミリほどに成長していて、直径約20センチの円網にはXの字の下側の2本の棒と右上の半分だけの隠れ帯が付けられている。さっそく体長5ミリほどのアリを少し弱らせてからあげてみたのだが、無視されてしまった。それならばと、体長10ミリほどの細めのハチ体型の羽虫をあげると、飛びついて捕帯を巻きつけていた。
「飛ばない獲物はただの獲物よ」とでも言いたいのか、あまり暴れない獲物ならすぐに仕留めなくても逃げられることはないという判断なのか……いずれにせよ、あまり積極的とは言えない狩りをするところがコガネグモらしい。
午後3時。
薄紫のヤマフジや一部のツツジが満開になっている。一本のヤマフジの周囲にはクマバチが飛びまわっていて、他の個体を追い払っていた。後で図鑑を開いてみると、これは雄で、縄張りを守る行動らしい。ピンぼけ画像を4枚撮る間飛び続けていた。
光源氏ポイントのヤマシロちゃんは広葉樹の葉を糸で綴って作った住居にこもっていた。ランダムに張り渡された糸を通して丸いお尻が見えるのがセクシーである。〔セクハラはよせというのに!〕
午後9時。
春子ちゃんも姉御も住居から出てはいるが、円網を張る様子はない。しかも雨まで降ってきた。今日はここまでだな。
4月28日、午前5時。
コガネちゃんは隠れ帯をX字形にしていた。やはり獲物を十分に食べると隠れ帯を完成させるようだ。
午後8時。
春子ちゃんも姉御も住居から出てはいるが円網を張る様子はない。ナカちゃんも鉄柱の隙間から脚を出しているがそれだけ。気温が低いと、食べた物を消化するのにも時間がかかるのだろう。
冷蔵庫の中で力尽きてしまった体長10ミリほどのハチ体型の昆虫は8ミリちゃん(多分ズグロオニグモ)にあげてしまう。死んだばかりならちゃんと食べてもらえるのだ。
4月30日、午前11時。
コガネちゃんは姿を消していた。引っ越しか、あるいはロッカールームで脱皮しているのかだろう。
ゴミグモの1匹(体長約5ミリ)は体を水平にしていた。日光浴で体温を上げようという行動に見えるんだが、どうなんだろう?
なお、昨夜は雨が降ったし、今日も気温が低いせいか、円網に横糸を張っていたゴミグモは1匹だけだった。
午後2時。
涸沼の近くの草地で全身赤褐色で細め体型のクモを見つけた。体長は20ミリほど。かなり大型のクモである。帰宅してから調べたところでは、この子はキシダグモ科のイオウイロハシリグモらしい。雌成体の体長が18ミリ~28ミリとアシダカグモに迫る大きさになるクモである。
なお、ウィキペディアの「キシダグモ科」のページを開いてみると「卵は丸っこい卵囊の形にまとめ、雌親がこれを口にくわえた形で持ち歩く。孵化する前にはこれを簡単な網状の巣に吊り下げ、出囊した幼生はしばらくそこでまどいをする」と書かれている。網を張って待ち伏せする生活から徘徊して獲物を狩る生活に移行したクモであるのらしい。
午後11時。
春子ちゃんも姉御も住居から出てはいるが、円網を張る様子はない。ゴミグモたちも身動きしてはいるのだが、横糸を張っていない。気温が低いと獲物も飛べないということを知っているような感じだ。
5月2日、午前6時。
コガネちゃんが帰ってきた……のだが、横糸を張ってある部分の直径は約8センチなのに、隠れ帯は細いX字形だ。こういうパターンは初めて見る。食欲があるのかないのかわからん。脱皮したにしては大きくなったような感じもないし。気温が低いために外骨格がまだ十分に硬化していないのかもしれない。
オニグモグループで円網を張り替えていたのはナカちゃんだけだった。直径は約30センチ。この子がいるのは自転車置き場の屋根の下だから他のオニグモよりは天候の影響を受けにくいのかもしれない。
その近くにいた7ミリちゃんは壁の溝の中で脱皮したらしかった。隠れているつもりなのかもしれないが、背面側がへこんでいるお尻が丸見えである。「いいねいいね。セクシーだねー」などと言いながら数カット撮影させてもらった。
午後9時。
オニグモの春子ちゃんと姉御は円網を張る様子がない。姉御の近くにいるオニグモたちはほとんどが円網を張っているので、ワラジムシで満腹ということなのかもしれない。
ナカちゃんには小型のガをあげておく。
5月3日、午後2時。
アヤメやマーガレットが咲き始めた。
光源氏ポイントの近くで体長12ミリほどのイオウイロハシリグモを見つけたので、さっそく枯れ草の茎でほれほれしてみた……のだが、反応がない。そこで、広げている左の第一脚に触れてみると、素早くつかみかかってきた。この子の捕食スイッチは脚にあるのらしい。
ゴミの代わりなのか、円網に楕円形の白い隠れ帯を付けているゴミグモもいた。面積がだいぶ違うのだが、隠れ帯にはゴミほどの効果はないということなんだろうかなあ……。
午後8時。
コガネちゃんが隠れ帯を太くしようとしている。X字の三本はすでに太くされているのだが、向かって右上には桜の花の茎らしいゴミが付いているので、それを外してから完成させるつもりのようだ。
5月4日、午前11時。
コガネちゃんが太いX字形の隠れ帯を完成させていた。X字のままの間は獲物をあげないようにしようと思う。
午後7時。
コガネちゃんの隠れ帯の向かって右下の棒が短くなっていた。獲物がかかったので補修したとか、そういうことなんだろうか?
5月5日、午前6時。
体長15ミリほどのクロゴキブリの子虫を捕まえてしまったのだが、ゴキブリの背面は円網の粘球が効きにくい。もったいないのだが、捨てるしかない。
午前10時。
コガネちゃんの隠れ帯は左上の一本だけが半分の長さになっていた。その辺りに獲物がかかったということなのかもしれない。ショウジョウバエのような小型昆虫に対しては誘引説も成立するだろうし。
スーパーの西側にいる7ミリちゃんは壁の溝に糸を張ってその下にいる。この子が張ったらしい直径約40センチの円網にはガのものらしい鱗粉が付いていたが、捕食できたのかどうかまでは確認できない。
ナカちゃんも直径30センチ弱の円網を張っていて、体長2ミリほどの小型の羽虫が2匹かかっていた。それに気が付いたのか、西ちゃんがねぐらから頭胸部を出したのだが、捕食する様子はない。オニグモは恥ずかしがり屋さんなのである。休眠明けのように食べることを優先せざるを得ない場合は別のようだが。
近所の草地で体長40ミリほどのトノサマバッタのような模様のバッタを見かけた。前園泰徳著『日本のいきもの図鑑』(2003年発行)によると、これはツチイナゴという一年中見られるバッタらしい。「これは本種がバッタでは珍しく成虫で冬越しをするためである」のだそうだ。この大きさで冬越しできるのなら、卵で越冬する他のバッタたちが子虫のうちに草を食べ放題だろう。その点では有利な形質であると言える。ただし、多くのバッタが卵で越冬するということは、それが一般的には不利な形質であることを示唆しているような気もする。ウシのように冬の間は枯れ草を食べて凌いでいるということなんだろうか?
※ツチイナゴは主に広い葉の植物を食べるのらしい。
午後10時。
スーパーの西の壁に張りっぱなしになっていた7ミリちゃんの円網に体長7ミリほどの死んだハチをくっつけてあげた。お尻の背面がへこんでいる7ミリちゃんは壁の溝から飛び出してきたのだが、ハチを食べようとしない。何回か脚先でチョンチョンした後、「これはゴミ」とばかりに円網から外して捨てられてしまった。それならばと、同じくらいの体長のコガネムシ体型の甲虫をあげる。こちらにはきちんと捕帯を巻きつけて牙を打ち込んでくれた。
5月6日、午前11時。
コガネちゃんが隠れ帯をほとんど外していた。残っているのは右下の棒だけで、それも長さは通常の半分だ。何か適当な獲物を用意してあげよう。
冬以外は常に携帯しているポリ袋を使って体長10ミリほどのハチを捕まえた。〔危険です。よい子は真似しないでね〕
このハチを近くにいた体長5ミリほどのナカムラオニグモの円網に向かって飛び込ませると、この子はハチの頭部辺りに牙を打ち込み、獲物の抵抗が少し弱くなってからバーベキューロールで捕帯を巻きつけた。獲物の頭部に牙というパターンは珍しい。作者が見てきたクモ全体でも二回目くらいじゃないかと思う。
廃屋ポイントのブロック塀に付けられたジョロウグモの卵囊の上に体長2ミリほどのクモが数十匹いた。頭胸部はほとんど黒色で、お尻はくすんだピンク色にシダの葉のような黒っぽい模様が入っている。これがジョロウグモの幼体なんだろうか?
ここの枯れ木からは体長5ミリほどの羽アリが大量に発生していた。これは日焼けしたシロアリかもしれない。〔んなわけあるかい!〕
実際には太陽光の下で活動するために紫外線に耐えられるような色になっているというところだろう。
5月7日、午前11時。
オニグモの姉御の円網が張り替えられていた。気温も上がってきたことだし、食欲も出てきたのかもしれない。
午後9時。
姉御は薄汚れた円網のホームポジションにいた。もっと遅い時間に張り替えるつもりなのかもしれないが、それまで待つ気にもなれないので体長10ミリほどの太めのガをあげてしまう。
5月8日、午前4時。
オニグモの姉御がきれいな円網のホームポジションで小さな肉団子をもぐもぐしていた。予想通り、遅い時間に張り替えたということのようだ。
春子ちゃんの姿は見えない。
廃屋ポイントの子グモたちはまどいの状態を維持していた。昼間に旅立つんだろうかなあ……。
午前10時。
廃屋ポイントの子グモたちは球状になっていた。何をするつもりなんだろう?
※これは「まどい(団居)」というものらしい。
午後2時。
光源氏ポイントで去年の秋に見かけたコガネグモらしいクモに出会った。体長は8ミリほどになっていて、お尻も黄色と黒の太い横縞模様になっているが、去年いたところから1メートルくらいの場所だから間違いあるまい。コガネグモはあまり頻繁に引っ越しをするクモではないようだ。なお、隠れ帯は付けていなかった。
ここには体長10ミリを超える大きさになったゴミグモも2匹いる。そのうちの1匹の近くには体長7ミリほどの細い体型で黒いゴミグモ、つまり雄もいた。雌がオトナになるまで待つつもりらしい。
シオカラトンボよりやや大きめの黄色と黒のトンボも見かけた。季節と場所から考えると、これはサラサヤンマという種ではないかと思う。前園泰徳著『日本のいきもの図鑑』には「ヤンマと呼ばれるトンボのなかでは、最小、かつ最も原始的な形態をしていると言われている。日本の特産種」などと書かれている。
5月9日、午前10時。
オニグモの姉御は円網を回収せずに住居に戻ったらしかった。「姉御さん、円網が張りっぱなしですよ」。〔お姑さんかい!〕
コガネちゃんは下側二本の隠れ帯を付けていた。コガネちゃんの円網は上下左右と奥側がツツジに囲まれているし、その前には姉御の円網があるので、姉御の円網を傷つけずに獲物をあげるのは難しいのだ。ああっと、こういう比較的暗い場所に白い隠れ帯があるとひどく目立つから、排斥効果も強く現れるかもしれないな。とにかく、より開けた場所を好むナガコガネグモやオニグモやゴミグモなどと比べるとコガネグモの幼体は防御を優先するクモらしい。リスクを背負ってまで獲物を狩る気がないと言ってもいいだろう。越冬できないナガコガネグモは無理をしてでも5ヶ月から6ヶ月でオトナになって産卵してしまう必要があるのに対して、コガネグモは越冬できる分、生き急ぐ必要がないわけだ。隠れ帯の本数が4本なのも、その辺りに理由があるのかもしれない。
廃屋ポイントの子グモ達は今日も密集していた。
午前11時。
コガネちゃんに冷蔵庫の中でほとんど力尽きていたガガンボをあげてみた……のだが、獲物の方に向き直るだけで捕食しようとしなかった。
5月10日、午前10時。
廃屋ポイントの子グモたちは大きな集団と小さな集団に分かれていた。
スーパーの東側にも体長7ミリほどの雄のゴミグモが現れた。少なくとも作者の生息域ではゴミグモの幼体がオトナになるのは卵囊を出た次のシーズンだということらしい。次にオトナのゴミグモたちが現れるのは、おそらく再来年になるだろう。
体長30ミリほどの細身のハチが同じくらいの直径の蜂の巣にとまっているのも見つけた。アシナガバチの女王バチだろうと思う。
5月11日、午前7時。
体長7ミリ前後の雄のゴミグモが3匹に増えていた。
コガネちゃんはX字形の隠れ帯を完成させていた。去年観察したナガコガネグモはIの字を一気に書き上げていたのだけどなあ……。
廃屋ポイントの子グモたちのまどいは1個になっていた。ブロック塀に沿って糸が三本張ってあったから、その気になった子たちから旅立っていくということなのかもしれない。一斉にバルーニングを始めると糸が絡んでしまうこともありそうだし。
5月12日、午前1時。
体長20ミリほどになったオニグモの姉御がきれいな円網のホームポジションで待機していたので、同じくらいの体長のよく太ったガをあげた。素早く駆け寄った姉御は、牙を打ち込んで捕帯を巻きつけた後、ガを咥えたままホームポジションに戻って、そこでガを食べ始めた。うーん……季節が変わると自動的に気温も変わってしまう。オニグモがどこで獲物を食べるかは季節で決まるのか、気温に合わせて変えるのかわからん。室内実験なら気温をコントロールできるんだろうけど。
午前9時。
東京蜘蛛談話会のサイトで「出卵囊時期の不思議」として「ナガコガネグモの産卵は秋である」「冬期前に出囊する場合がある」「翌年、6月に出囊する例が多い」「冬期に卵囊を切り開いても、幼体は卵囊内に戻る(水野恵・碧による、2021年)」「卵囊に穴を開けても幼体は出囊しなかった(西野真由子による、2011年)」「冬期前に出囊するのが普通と思っていたが、越冬する卵囊もあった(佐藤幸子による、1970+1979年)」などの記述を見つけた。
※後で日高敏隆著『春の数えかた』を読んだのだが、昆虫のような小型変温動物が、多少のずれはあるものの、春になればほぼ同じ時期に姿を現すのは発育可能温度以上の温度を積算するためらしい。
「日本に棲む多くの虫では、この発育限界温度はだいたい摂氏5度から10度の間にある」「そこで虫たちは、こんな「計算」をしている。わかりやすく、この虫の発育限界温度を5度としよう。気温が5度以下の日は、何日あっても計算には加えない。冬のさ中でも、たまたま暖かくて、7度という日があったとしよう。すると、7度から発育限界温度である5度を差し引いた2度が有効温度になる。この2度掛ける1日(2度×1日)がこの虫の発育にとっての有効温量である」と書かれている。
ナガコガネグモの場合もこの有効温量を積算していって、それがある一定の値になったら出囊すると考えればいい。夏のうちに産卵すれば冬が来る前に積算温量が目標値に達してしまって出囊することになるだろうし、秋に産卵した場合には春になってからでないと出囊できないというわけである。
※『ログミーBiz』というサイトには「空飛ぶクモが必要とするのは、風ではなく「電気」だった」という記事もあった。電場を遮断できる実験室内でクモに電場をかけると浮遊し、電場をオフにすると着地したということらしい。さらに「クモの足の毛が電場の変化に応じて動くことを発見しました。しかしその毛の動きは、風に応じての動き方と異なっていました」ということらしい。
また『ナゾロジー』というサイトには「クモたちが飛ぶときに経由するのは、太陽放射によってイオン化した大気である電離層と、地上の間の電気回路である大気電気勾配(APG)です」とも書かれていた。なるほど、セーターで擦って静電気を発生させた下敷きで髪の毛を引き寄せることができるのだから、体重が軽い子グモが電場を利用して浮き上がることもできそうだ。後はごくわずかな風が吹いただけでも生息域を広げられるだろう。
午前11時。
直径約60センチのオニグモの円網に捕帯を巻きつけられた体長15ミリほどのハチが5匹固定されていた。一度に食べきれるものでもなかろうに……。
午後9時。
ハチが5匹固定されていた円網に体長15ミリほどのオニグモがいた。ここは春子ちゃんがいたところから約30メートルの場所なので、引っ越しをした春子ちゃんだろう。
5月13日、午前11時。
春子ちゃんの円網のハチは2匹になっていた。一晩で3匹食べてしまったわけだ。飛行性の昆虫は中身がスカスカで見た目よりも軽いのかもしれないが。
5月14日、午前11時。
春子ちゃんの円網からハチが消えていた。雨の中で食べたんだろうかなあ……。
姉御は円網を張り替えていたので、そこらで捕まえたガガンボをくっつけてあげた……途端に住居から飛び出してきた姉御が牙を打ち込んだ。空腹なので残業していたらしい。捕帯でぐるぐる巻きにした獲物は住居に持ち帰って、その入り口近くで食べ始めたようだった。
コガネちゃんの姿は見当たらなかった。引っ越しか、あるいは脱皮するのかもしれない。去年のまん丸お尻ちゃんは円網で脱皮していたが、あの子の場合は最後の脱皮だったからそのせいだろう。オトナに近くなるとヒト前でも平気で脱いでしまうのだ。〔やめろというのに!〕
スーパーの西側では体長4ミリほどのゴミグモがゴミの付いていない円網を張っているところだった。隠れ帯もないオニグモのそれのような円網は珍しいかもしれない。同じくらいの体長のワラジムシをあげておく。
廃屋ポイントの子グモたちはバラけていたのだが、やはり数が減っているような気がする。一斉に飛び立つとバルーニング用の糸が絡んでしまったりするのかもしれない。
5月15日、午前4時。
春子ちゃんはオニグモにしては横糸の間隔が狭いめの円網を張っていた。ガの在庫が切れているのでワラジムシを5匹あげておく。
姉御は円網を回収しただけで張り替える様子がない。脱皮するんだろうか?
廃屋ポイントに残っている子グモたちは密集していないまどいを形成していた。
体長17ミリほどもある大型の黒いアリも3匹見つけた。これはクロオオアリの女王だろう。
午前11時。
春子ちゃんの円網からはワラジムシが2匹だけ消えていた。円網に残っているワラジムシのうち、2匹は捕帯すら巻きつけていない。春子ちゃんの体格でハチを5匹も食べた翌日にまだ食欲があったらその方が異常だ。おそらくは大量の獲物を食べた後も惰性で円網を張ってしまって、そこに獲物がかかって初めて満腹だったことに気が付いたのだろう。こういうところがオニグモらしいと思う。
円網を張るクモの場合はいつ獲物がかかるかわからない。とりあえず円網を張っておいて、獲物がかかったら食べられるだけ食べる。食べきれないほどの獲物がかかった時は残してしまえという生き方が正解なのだろう。
コガネちゃんは50センチくらい引っ越して、少し開けた場所に円網を張っていた。体長は10ミリほどで、隠れ帯は上の2本がやや短いX字形。引っ越し祝いに同じくらいの体長のアリをあげたのだが、知らん顔をしている……と思わせておいて、いきなり歩み寄るとバーベキューロールを繰り出すコガネちゃんだった。そしてアリをぐるぐる巻きにした後にまた休憩。この間の取り方がいかにもコガネグモらしい。
コガネちゃんの近くには体長8ミリほどのゴミグモがいたので、活きのいいガガンボをあげてみた……のだが、寄って来ない。どうも作者の投げ方が悪かったらしくて、ガガンボの脚先だけが粘球に捉えられているらしい。ガガンボが羽ばたいているので危険だと判断しているようだ。しばらく様子を見ていると、この子はガガンボが疲れて羽ばたくのをやめ、もう一度羽ばたき始めた途端に駆け寄ってガガンボの胸部に牙を打ち込んだのだった。
この消極性は気温が低いせいかもしれないと思って、別のゴミグモ2匹に弱らせたアリをあげてみると、2匹とも積極的に駆け寄って、1匹はすぐにバーベキューロールで捕帯を巻きつけ、もう1匹は脚先でチョンチョンしてからバーベキューロールだった。あまり空腹でない時には積極的にしとめようとしないのか、あるいは暴れている獲物は疲れてから仕留めるのかもしれない。ゴミグモは安全第一の慎重派なのである。
廃屋ポイントの子グモたちはまた小さなボール状のまどいを形成していたのだが、その周囲に40個ほどの脱皮殻があった。何だ、これは? 円網を張りもしないで脱皮? 昨日見た時にまどいがバラけていたのは脱皮するためだったのか?
ええと、中平清著『クモのふるまい』(昭和58年発行)には卵囊内で共食いするクモが数種紹介されている。この子グモたちもまどいの状態で共食いすることで脱皮できるほどに成長しようとしているのかもしれない。一時的に個体数を減らすことになったとしても、それによってオトナになれる個体数が増え、最終的に卵の数が増やせるのなら共食いも有効だろう。
哺乳類は少数の子を産み、大事に育てる。クモの場合は多数の卵を産むから、哺乳類の授乳の代わりに共食いというシステムを獲得したのかもしれない。大多数の人間は共食いに対して嫌悪感を覚えるかもしれないが、種を存続することができているのならそれが正解なのだ。人間の国家にしても、必要な資源が得られない場合には隣国に戦争を仕掛けて資源を奪うことがある。これも一種の共食いだろうと作者は思う。
午後2時。
道端ではマーガレットとオドリコソウが見頃になっていた。
光源氏ポイントにいたナカムラオニグモの住居に高密度の糸の構造体があった。出入りできるようには見えないから卵囊なんじゃないかと思う。ナカムラオニグモの雌成体の体長は9~11ミリということだから、作者が見つけた時にはもうすでにオトナだったわけだ。これが卵囊だとすると、住居に卵囊を残して姿を消すクモを観察するのはオニグモのデンちゃんに続いて二例めである。もう住居は必要ないと判断したのなら合理的なやり方ではある。
ここには体長5ミリほどで頭胸部と脚が濃い朱色のクモも2匹いた。横糸の間隔が広めだし、お尻が三角おむすび形だからコガネグモ科のカラオニグモじゃないかと思う。雌成体の体長は4~5ミリということだから、多分オトナだろう。
その1匹には体長3ミリほどの甲虫をあげたのだが、葉を糸で丸めて造った住居に戻ってしまった。もう1匹は円網を回収し始めたので、横糸を張り終えるまで待って体長6ミリほどのクロウリハムシをあげようとしたのだが、横糸の間隔が広いので、その隙間を通り抜けてしまう。何回かやり直しているうちに、危険を感じたらしいカラオニグモは円網の端のほうに避難してしまった。それでも獲物がかかったことに気が付くと寄ってきてバーベキューロールで仕留めるカラちゃんだった。
車道には頭部と胸部が潰されているが、腹部だけでも30ミリを超えるスズメバチの死骸が転がっていた。この時期だとオオスズメバチの女王だろう。合掌。
体長10ミリ近いゴミグモの雄もいた。ここでは一昨年も大きめの雄が現れたから先祖代々居着いているゴミグモ一族がいるんじゃないかと思う。まあ、そのうちに誰かがゲノム解析をしてくれるだろう。
この子はしおり糸を引いて懸垂下降を始めたので、その下に指を置いてみた。するとこの子は、指に乗った途端にしおり糸を伝ってほぼ水平に張ってある糸まで戻ると、脚を縮めてゴミの振りをするのだった。もうゴミ付きの円網はないのだから意味はないのだが、ゴミの振りをすることで安心できるんだろう。それほどゴミのカモフラージュ効果を信じているということになるかもしれない。
午後8時。
姉御は横糸を張っているところだった。昨日円網を張り替えなかったのは円網を張る時間を夕方方向にシフトするためだったのかもしれない。このまま早めの時間帯に張り替えてもらえれば楽でいいのだけどなあ。
廃屋ポイントの子グモたちはまたバラけたまどいになっていた。と思ったら、1本の糸が5メートルくらい離れている反対側のブロック塀まで伸びていて、その上を順に歩いているのだった。何だ、これは? 引っ越しなのは間違いないが、バルーニングではないぞ。しばらく見ていると、小さな集団が糸の上を戻ってきたりしながらも引っ越しを続けているようだった。おそらく明日の朝には「そして誰もいなくなった」状態になっているだろう。
5月16日、午前8時。
また外した。廃屋ポイントの子グモたちのまどいはまだ残っていたのだ。ただ、反対側のブロック塀まで張り渡された糸の根元辺りに間隔を開けて集合しているから順番待ちをしている間に雨が降り出してきたので振り出しに戻っているということなのかもしれない。「向こう側へ行きたい」という意思は感じられるから天候が回復してからまた確認することにしよう。
さて、ここでなぜ、この子たちは脱皮してから引っ越しを始めたのかという点について考えてみよう。あくまでも個人的な思いつきだが、ポイントは脱皮することによって脚が長くなるということなのではあるまいか? 脚が長くなれば歩く能力も向上する。しかし、何も食べずに脱皮を繰り返していたのでは飢えることによって歩けなくなってしまう。脚の長さと飢えによって決まる歩く能力がベストのバランスになった時に引っ越しが始まるのだと考えるとつじつまが合うのではないかと思う。
5月17日、午前7時。
廃屋ポイントに残っている子グモたちはバラけたまどいを形成していた。ただ、5メートルの糸は切れてしまったらしくて、少し方向がずれた3メートルほどの糸の根元にいる。どうしても糸の上を歩いて行きたいという意図が感じられる。少なくともバルーニングをする気はないようだ。バルーニングは生息域を広げるという点では有効ではあるものの、一か八かのギャンブルになる。確実に生き残るという意味ではこの子たちのやり方も正解だろう。何度も言うようだが、バルーニングするグループと歩いて旅立っていくグループが存在するんじゃないだろうか。
※これはまどい全体の集団引っ越しだったかもしれない。引っ越した先でバルーニングをするのらしい。
午前11時。
オニグモの春子ちゃんは糸を1本だけ残して円網を回収していた。これはわかりやすい。
ところが、姉御は横糸が8本だけというスカスカな円網にしていたのだ。もしかして脱皮するんだろうか?
コガネちゃんの隠れ帯はXの字の下2本の棒がフルサイズ、上2本はハーフサイズだった。体長7ミリほどのアリをあげておく。
廃屋ポイントの子グモたちは大小2つのボールを形成していた。この子たちはどうしても糸の上を渡って行きたいらしい。撮影するためにカメラを近づけていったら糸に触れてしまったらしくて、一気にバラけてくれたので数えてみたら、だいたい40匹から50匹残っているようだ。何日か前にはブロック塀の上にも糸が2本くらい残っていたから、そちらへ向かうことを選んだグループもいたのかもしれない。
5月18日、午前7時。
春子ちゃんは今日もお休み。姉御は水滴がびっしり付いた円網だけを残していた。
やはり水滴だらけの円網を張っていた体長7ミリほどのゴミグモにはガガンボをあげてみた。するとこの子はホームポジションから一歩踏み出した位置から円網に脚先の爪を引っかけて獲物をたぐり寄せ始めたのだった。しかし、あと少しで脚が届くというところで円網が跳ね返って獲物が余計に遠くなってしまった。これで一気にやる気が失せたらしくて待機姿勢に戻ってしまう7ミリちゃんだった。
7ミリちゃんが積極的に捕食しようとしなかった理由はなんだろうか? 可能性としてはまず濡れている円網の上を歩くのが嫌だったということが挙げられる。第二に気温が低いので動きたくなかった。第三に空腹ではなかった、というところだろう。そこでスーパーの西側で水滴なしの円網を張っていた体長5ミリほどのゴミグモにもガガンボをあげてみた。一度は投げ方が弱くて逃げられてしまったのだが、それをまた捕まえて翅までべったり横糸に絡むように投げ込むと、この子は駆け寄って胸部に牙を打ち込んだのだった。
食欲がないのなら獲物を無視するだろうし、翅を持つ昆虫が飛べないような低い気温でもクモやダンゴムシなら歩きまわれる。やはり濡れた円網が嫌だったということになりそうだ。
コガネちゃんは留守だった。脱皮だろうか?
廃屋ポイントの子グモたちは3メートルの糸の枝分かれした根元部分にいた。その糸の反対側の端も多数の枝分かれができている。
午前11時。
気温が上がったので昆虫たちも飛び始めた。
コガネちゃんがいた場所から10メートルほどのところに体長8ミリほどのコガネグモが現れた。とりあえず「ココガネちゃん」と呼ぶことにしよう。隠れ帯はXの字の下2本がフルサイズ、向かって左上がハーフサイズで右上は点だった。挨拶代わりに4ミリほどのアリをあげると、素早く駆け寄って捕帯を巻きつけてからホームポジションに戻って休憩を始めた。捕帯を巻きつけたら休憩というのがコガネグモの標準的な狩りの手順なのかもしれない。
午後2時。
光源氏ポイントにいたカラオニグモ2匹は円網ごといなくなっていた。引っ越しか、死期が近いことを覚って、日本のどこかにあると言われるカラオニグモの墓場へ……。〔んなわけあるかい!〕
午後9時。
ココガネちゃんは円網を枠糸ごと回収してしまっていた。もしかして、引っ越しの途中でキャンプしていただけなんだろうか?
春子ちゃんが住居にしていたらしい道路標識から隣の低木まで糸が1本伸びていた。すでに引っ越した後なのかもしれない。
5月19日、午前3時。
ココガネちゃんは円網を張り替えていた。隠れ帯は上の右側がハーフサイズに伸びている。同じく24時間営業のゴミグモたちはやっと横糸を張り始めたところだから、引っ越しのせいか、あるいは脱皮したかで相当に空腹なのだろう。冷蔵庫の中で力尽きていたアリを2匹あげておく。
反対に夜行性であるはずのオニグモの姉御もこの時間に横糸を張っているところだった。午後9時よりも前に張り替えるようでなければ空腹ではないと判断してもいいかもしれない。
廃屋ポイントの子グモたちはいなくなっていた。ずいぶん時間がかかったものだが、全員がバルーニングしたらもっと早く旅立つことができただろう。
午前11時。
ココガネちゃんが円網ごと姿を消していた。食べ過ぎでトイレから出られなくなったのかもしれない。〔食べさせすぎだろ〕
午後4時。
廃屋ポイントの子グモたちがいなくなったところを撮影していて、その近くにあったナガコガネグモの卵囊に直径1ミリほどの穴が開いているのに気が付いた。すでに出囊してしまったのかもしれない。
5月20日、午前7時。
オニグモの姉御は円網を張り替えずに、住居の入り口で肉団子をもぐもぐしていた。ウィキペディアの「オニグモ」のページには「夜に網を張り、昼間は網をたたんで物陰に潜む。が、希に昼間でも網を張っている個体がいる」と書かれているのだが、作者の生息域では「希に」とは言えないほど円網を張りっぱなしにする子が多い。円網があれば獲物がかかることもあるのだから、むしろ円網を回収する方が謎のような気がする。ダイエットかな?〔んなわけあるかい!〕
オトナになるタイミングを獲物が多くなる季節に合わせているという可能性もないとは言えまい。
春先にはほとんどのオニグモが円網を張りっぱなしにして、昼間でもホームポジションで待機していたりする。これは、休眠している間に失った体重を取り戻すためだろうが、姉御は5月になっても張りっぱなしにしていることが多い。そしてスーパーの東側にはもう1匹、同じくらいの体長のオニグモがいるのだが、この子は円網を毎朝回収するタイプだ。もしかすると、日没後すぐの時間帯に円網を張った子は夜明け前に回収し、夜中過ぎに張った子は張りっぱなし、つまり円網を張ってからの経過時間が円網を回収するかしないかの切り替えスイッチになっている可能性もあるかもしれない。結局は各自の判断ということになるのかなあ……。
ゴミグモ3匹には冷蔵庫に入れておいたハエをあげてみた。結果は1匹はすぐに飛びついてハエの胸部に牙を打ち込み、他の2匹はつま弾き行動をしながら歩み寄って、1匹は胸部に、もう1匹は腹部に牙だった。南側にいた子は行方不明(昨日、業者が入っていたから掃除されてしまったんだろう)。西側にいる子は円網を張り替えていなかった。
ゴミグモの場合、翅を持つ獲物に対しては、まず牙を打ち込む(多くの場合胸部に)という仕留め方が一般的なようだ。特にガの場合などはもがいているうちに逃げられることも多いだろうから、まず牙を打ち込むというのは正解だろう。アリやワラジムシをあげた場合には慎重に近寄って、脚先で何度もチョンチョンしてから捕帯を巻きつけるという仕留め方をするわけだが、これは翅を持っていない獲物は強力な脚を持っている可能性が高いので、それを先に封じてしまおうということなんじゃないかと思う。あるいは、ゴミかもしれないから確認してから仕留めるのか、だな。
ただし、冷蔵庫の中で羽ばたくこともできないほど衰弱してしまった獲物に対しても「翅を持っている」という判断ができているのはどういうわけだ、という疑問は残っている。もしかすると、翅のあるなしで円網に生じる振動が変化するのかもしれない。あるいは、大きさの割に体重が軽いことを感じ取っているのか、だな。翅を切り取ったハエをあげてみるという実験をしてみようかなあ。
スーパーの南側には体長3ミリほどのコガネグモも現れた。お尻は側面が白で背面は褐色のグラデーション。ゴミグモほどではないが、目立たない配色である。円網の隠れ帯は下側の2本だけ。この子は「ミニコちゃん」と呼ぶことにしよう。死んだハエをあげておく。
午後1時。
光源氏ポイントにいる体長7ミリから12ミリのゴミグモ3匹に翅をむしり取ったハエ2匹と体長4ミリほどの翅を鞘翅の下に格納している甲虫をあげてみた。すると、全員まず捕帯を巻きつけたのだった。まだデータが少ないし、同じクモで実験したわけでもないし、気温も違うのだが、今のところはゴミグモは翅を広げていない獲物に対しては捕帯を巻きつけてから牙を打ち込むようだとは言えるかもしれない。
ここには体長3ミリほどのナガコガネグモも2匹いた。隠れ帯はまだ楕円形。その1匹に体長4ミリほどのアリを少し弱らせてからあげると、この子はDNAロールからバーベキューロールへという必殺のフルコースで捕帯を巻きつけ、牙を打ち込むような動作を見せた後、またバーベキューロールと牙、またまたバーベキューロールと牙と何度も何度も捕帯を巻きつけては牙を打ち込むというのを続けた後、ホームポジションに戻ったのだった。アリの外骨格は硬すぎて牙が通るところが見つからなかったのか、あるいは一度に注入できる毒の量が少なすぎてなかなか仕留められなかったかだろう。
カラオニグモの1匹も戻ってきていたので死んだハエをあげておく。これで冷蔵庫内のハエの在庫はなくなった。
午後11時。
オニグモの姉御は張り替えていない円網で肉団子をもぐもぐしていたのだが、サイクリング中に拾った体長30ミリほどのガ2匹をあげてしまう。一匹目は胸部に牙を打ち込んでから捕帯を巻きつけてかつお節状に整形した姉御だったが、ほとんど力尽きていた二匹目は先に捕帯を巻きつけていた。活きが悪いのを見破られたんだろうか?
5月21日、午前5時。
オニグモの姉御はナン形にしたガを住居の入り口に固定していた。もちろん円網は張り替えていない。これはわかりやすい。
ミニコちゃんの円網の隠れ帯は下に2本と右上1本になっていた。ハエを1匹あげておく。雨が降らなければ明日の朝にはX字が完成するだろう。
5月22日、午前6時。
ミニコちゃんは肉団子をもぐもぐしていた。その隠れ帯は右下と左上にやや長めのものが1本ずつになっていた。またハズレだ。しかし、この隠れ帯はいったいどういう意味なんだろう?
「ミニコちゃん! 君が何を言ってるのかわかんないよ!」〔こらこら〕
体長6ミリほどのゴミグモには5ミリほどの甲虫の鞘翅を外して、さらに飛行用の翅を広げさせてからあげてみた。しかし、6ミリちゃんはつま弾き行動をしてから甲虫に近寄り、脚先でチョンチョンしたもののホームポジションに戻ってしまった。それからは何度も強くつま弾き、というか、円網を強く揺らすばかりだった。これはどうも、獲物を円網から外そうとしているようにしか見えない。そこで気が付いたのだが、この子の円網の中心近くの部分には横糸が張られていなかった。つまり、あまり食欲がなかったということらしい。食欲がある時なら食べてくれた、のか?
午前10時。
甲虫を食べてくれなかった6ミリちゃんにガガンボをあげてみたところ、これにはちゃんと胸部に牙を打ち込んだ。越冬できるクモは危険を冒してまで捕食する必要がないので厄介だ。食欲があるのかないのかをきちんと判断する必要があるなあ。
その近くにいた体長10ミリほどのゴミグモにはハエの翅をちぎってからあげてみた。するとこの子はハエの腹部後端に取り付くと、胸部まで移動して牙を打ち込んだのだった。作者はまず捕帯を巻きつけることを予想していたのだが、もしかすると、翅のあるなしではなく、円網にかかった獲物の体重によって仕留め方を変更しているということなのかもしれない。そしてもちろんそれぞれのゴミグモの個性という可能性も否定できない。
午後11時。
体長25ミリほどに成長したオニグモの姉御は住居の入り口にたたずんでいる。ほとんど枠糸だけになっている円網は張り替えるとしても夜中過ぎになるだろう。
体長20ミリ弱の別のオニグモが倉庫(だと思う)の軒下で横糸を張り始めていたので、円網が完成するまで待ってから冷蔵庫の中で力尽きていた2匹のガをあげた。ガに気が付かないようならツンツンして生きているように見せかけるつもりだったのだが、20ミリちゃんはちゃんと牙を打ち込んでくれた。この子は夜になってから円網を張って、夜明けまでに回収してしまうらしくて、この大きさになるまで気が付かなかったのだ。
5月23日、午前6時。
ミニコちゃんの姿が見えない。脱皮するのか、あるいはオニグモのキンちゃんのように、絶食して成長を一時停止するつもりなのかもしれない。同じコガネグモ科だし、休眠して来年の夏にオトナになる予定でいるはずだし。本来コガネグモはあまり遠くへ引っ越すタイプではなさそうだから、コガネちゃんもココガネちゃんも絶食しているのかもしれない。もしもそういうことなら、そのうちにまた現れるだろう。
オニグモの姉御は結局円網を張り替えなかったようだ。あと2日か3日は食休みかなあ。
体長20ミリのオニグモ(「サツキちゃん」と呼ぶことにしよう)はガの1匹をホームポジションに残したまま住居へ戻ったらしかった。
5月24日、午前11時。
オニグモのサツキちゃんの円網は張り替えてあった。まだ食べる気かい! 暖かくなると獲物を消化する能力も上がるということなのかもしれない。冷蔵庫の在庫を確認しなくちゃ。
それに対して姉御は住居でうずくまったままである。もしかして脱皮するのか?
スーパーの南側の芝生にあったアリの巣の入り口周辺には多数のダンゴムシの死骸があった。アリの体長は4ミリほどで、それを超えるサイズの死骸は見当たらないからアリが巣から運び出したんじゃないかと思う。現にダンゴムシを運び込もうとしているアリもいるし、死骸を運び出しているように見えるアリもいる。ただし、ダンゴムシの死骸の多くには脚が揃っているようだった。クモのように外部消化ならそういうこともあるだろうが、アリは大顎を持っているのだからダンゴムシの脚くらいは噛み砕けるんじゃないかという気もする。謎である。
舗装路の継ぎ目から生えている30センチほどの高さの草が直径2センチほどの青紫色の花を多数咲かせていた。面白いことに花びらが五枚に見える花が多いのに四枚の花も1個だけあった。こういうのは筒状の花びらが五裂のキキョウ科ではよくあることなので帰宅してから調べてみると、これは北アメリカ原産のキキョウソウ属のヒナキキョウソウらしい。ややこしいことにキキョウ科ヒナギキョウ属のヒナギキョウというのもあって、こちらは高さ20センチほどで枝先に5~6ミリの花を1個ずつつけるのだそうだ。
午後11時。
サツキちゃんが横糸を張っている途中だった。完成するのを待って体長20ミリほどの細めのガをあげることにする。
5月25日、午前11時。
サツキちゃんの円網が残されていた。やはり夜中に円網を張り替えた場合には、それを回収せずに住居へ戻るということのようだ。今の季節だと日の出が4時半頃らしいから、張ってから4時間以上経過した円網でなければ回収しないということなのかもしれない。そうだとしたら、考えられる原因は粘球が粘りけを失っていないので「もったいない」とか、糸が劣化していないと消化が悪いとかだろうか。
5月26日、午前8時。
体長8ミリほどのゴミグモ2匹に同じくらいの体長のほとんど力尽きたアリを、10ミリほどの子には同じくらいの羽アリをあげてみた。結果は全員脚先でチョンチョンしてから捕帯を巻きつけ、その後で牙を打ち込む、だった。ゴミグモは円網にかかった獲物の体重によって、先に牙を打ち込むか、捕帯を巻きつけるか、それとも円網を強く揺らして外れるようにするかを選んでいるようだ。重い獲物はそれだけ危険度が高いので先に動きを封じてしまえということだろう。もっと重い甲虫などの場合は、手を出すことさえせずに円網の糸を切って獲物を外してしまうようだ。
オニグモのサツキちゃんの円網は張り替えてあった。この時間に円網が残っているということはさほど空腹ではないのかもしれない。ゴミグモ用のアリが余っていたので、それをくっつけておく。
姉御は今日も住居でうずくまっている。どうしたんだろう?
コガネちゃんを最初に見た場所に直径約30センチの下半分だけの円網があったが、クモはいない。X字の隠れ帯の下半分が残っているからコガネちゃんが帰ってきて……捕食された?
午後2時。
またまた外したかもしれない。光源氏ポイントにいた体長10ミリ前後のゴミグモ2匹に体長4ミリほどのアリをあげてみたところ、まず捕帯を巻きつけてから牙を打ち込んだのだ。さて困った。ええと……ガガンボは見た目よりも軽いのかもしれない。あるいはガガンボの場合、翅を広げた体勢で円網にかかるので左右の翅の間には必ず胸部がある。ゴミグモは獲物に駆け寄る前につま弾き行動をするから、円網の振動によって翅とその間の胸部の位置がわかるのかもしれない。しかし、アリには基本的に翅がないし、作者が投げるハエなども翅をたたんだ体勢で円網にかかる。そういう場合は獲物の胸部がどこにあるのかわからないので、先に捕帯を巻きつけて獲物の抵抗を封じてしまう必要があるという判断なのかもしれない。ゴミグモは越冬できるようだからナガコガネグモのように危険を冒してまで大物を狩る必要はない。安全第一のマイペースな狩りで十分なのだろう。
光源氏ポイントには体長7ミリほどのコガネグモもいた。お尻の背面はちゃんと黄色と黒の横縞で隠れ帯は左上に点が1個。かなり空腹のようだが、円網には体長5ミリほどの獲物がぐるぐる巻きにされた状態で固定されている。コガネグモも越冬できるマイペース派なのだよなあ。
直径20ミリ、長さ30ミリほどの糸でできた構造体がスイバの葉に取り付けられているのも見つけた。オニグモの卵囊を小さくしたような見た目だ。これが最大のようだったが、同じようなものは光源氏ポイントの周辺にあと5個あった。だいたい草の茎の途中の高さ30センチから40センチくらいのところに付けられている。
※帰宅してから調べてみると、カラオニグモの成体の出現期は5月から8月らしい。つまり今まさに産卵の時期であるわけだ。オニグモと同じオニグモ属だから卵囊の見た目も似ているのかもしれない。
午後11時。
体長12ミリほどのゴミグモに2.5ミリほどのアリをあげてみた。するとこの子は、一気に駆け寄って牙を打ち込んだのだった。体長で4分の1のアリなら捕帯を後回しにできるということらしい。翅を持っている獲物ならもう少し大きくてもイケるかなあ。
春子ちゃんらしいオニグモを見つけた。最後に春子ちゃんを見た場所の近くに両面に道路標識が付けられているポールがあったのだが、その二枚の標識の間にうずくまっていたのだ。夜中の散歩もいいものである。
この程度の体長のオニグモがこの季節に絶食するということは「今年中にオトナになんかなりたくないもん」ということなんだろう。このまま失った体重を取り戻すのに必要なだけの狩りをして冬を迎えるつもりでいるんじゃないかと思う。つまり、作者が獲物をあげていたのは迷惑でしかなかったということだ。やれやれ。
さてさて、もしかしたらオニグモの姉御も意識的に絶食しているのかもしれない。念のために調べてみると、オニグモの雌成体の体長は20ミリから30ミリということだった。なんてこった! もうオトナじゃないか。この絶食はお婿さんが現れるのを待っているということになりそうだ。これまた迷惑だったかもしれない。
5月27日、午前6時。
春子ちゃんのものらしい円網があった。日付が変わってから張ったようだ。そこらで捕まえた体長15ミリほどのガをくっつけておく。
5月28日、午前1時。
オニグモのサツキちゃんが円網で待機していたので体長15ミリほどのガをあげる。
春子ちゃんは住居を出て、片方の標識の辺りで円網を張り始めたようだ。
午前3時。
春子ちゃんは糸をあっちこっちに張り渡していたが、円網にはしていない。これはもしかして、この子は春子ちゃんではなく、雄の春夫君だったのかもしれない。ここから40メートルほど先にはサツキちゃんがいるし、さらにその先数十メートルの所には姉御もいる。三角関係である。そして、作者は姉御が交接する機会を奪ってしまったということになるかもしれない。干渉しすぎなのはわかっているのだが。
よく見ると春夫君は雌にしてはやや細めの体型だった。触肢が太ければ決定だが、暗いし、近づけないしだから若い雌と見分けるのは難しい。ゴミグモやナガコガネグモのようにわかりやすい特徴を持っていてくれると助かるんだけどなあ。〔勝手なことを言うな!〕
午前10時。
ツツジの葉の上に張った1本の糸の上に乗っている体長12ミリほどのゴミグモを見つけた。もちろん円網は張っていない。ゴミグモもコガネグモくらいには引っ越しをすることがあるようなのだが、大事なゴミを捨ててまで引っ越しをする理由というのは見当が付かない。
午後10時。
サツキちゃんがボロボロの円網で待機していたので、体長15ミリほどのコガネムシ体型の甲虫をあげた。さすがにこれだけ重い獲物だと捕帯を先に巻きつけるサツキちゃんだった。
その後、サツキちゃんはいったん甲虫をホームポジションに持ち帰ったのだが、10分ほど後には、住居にしているらしい倉庫の換気口の中に甲虫を持ち込もうとしているようだった。
その下のガードパイプの間に円網を張っている体長4ミリほどのオニグモの仲間には冷蔵庫の中で力尽きていた体長15ミリほどのハチをあげてみた。この子はしばらくの間様子を見ていたのだが、10分ほど後には胸部辺りに牙を打ち込んでいた。ゴミグモだと問答無用で円網の糸を切って外してしまうような大物なのだが、諦めずに仕留めてしまうのがいかにもオニグモの仲間である。
「ゴミグモとは違うのだよ。ゴミグモとは!」〔こらこら〕
5月29日、午前1時。
オニグモのサツキちゃんは円網のホームポジションで甲虫をもぐもぐしていた。丸っこい体型の獲物なので換気口のルーバーの間を抜けられなかったんだろう。しょうがないのでホームポジションに戻ったというわけだ。
午前5時。
体長7ミリほどのゴミグモに体長10ミリほどの死んでいるアリを、体長10ミリほどの子には5ミリほどのひっくり返っていた甲虫をあげてみた。結果は7ミリの子も10ミリの子も、捕帯よりも先に牙を打ち込んでいたようだった。やれやれ、実験をする度に違う結果が出てしまう。
獲物の抵抗が弱いせいか、気温が低いのであまり動きたくないのか、ただ単にあまり空腹ではなかったのか、だろうかなあ……。室内実験ではないのだから条件を揃えられないのはしょうがない。いつかはパターンが見えてくることを信じて実験を続けよう。
5月30日、午前1時。
オニグモのサツキちゃんは円網の横糸を張り始めたところだった。円網が完成したら体長15ミリほどのガをあげよう。
体長12ミリほどのゴミグモはベージュ色の卵囊の仕上げをしているところだった。卵囊の表面をお尻でペッタンペッタンと叩くような動作をしている。卵囊が出来上がったら、さらにゴミを少し付けて完成ということになるだろう。
午前2時。
ゴミグモ母さんはまだペッタンペッタンしている。
午前5時。
ゴミグモ母さんが円網で待機していた。張り替えた様子はないが、ヒトとして出産祝いをあげないわけにはいかない。そこらで拾った体長10ミリほどの甲虫を穴の開いていないところに投げてあげる。
5月31日、午前10時。
ゴミグモ母さんは広い間隔で張る足場糸を張った段階で作業を止めていた。そこで雨に降られたらしい。
クモをつつくような話2022 その2に続く