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1時






 ツヤツヤのフルーツに、とろりとした生クリーム。ふわふわのケーキ生地。サクッと音がなるタルト、ぷるんと震えるゼリー。甘酸っぱい香りに混ざる、すっきりとした中に味わい深い紅茶。角砂糖にミルク、華やかな金のティースプーン。


「最高だなぁ」


 麗かな午後の日差しが、バルコニーへそそいでいた。青々としげる木々から木漏れ日が揺れ、最高のティータイムである。僕は優雅にティーカップを持ち上げ、国外から取り寄せた、珍しい茶葉の紅茶を一口飲み込んだ。


「っ何が最高だこの中性脂肪がーーッ!!」


 怒髪天をつく勢いで声を張り上げる近衛騎士に、僕は紅茶を吹き出しそうになりながら、盛大に咽せる。変なところに紅茶の粒が入り込んで苦しい。ティーカップをソーサーに慌てて戻し、僕は半眼で騎士を見上げた。


「なんだい、ジャネット。僕は今、最高な気分でティータイム中なんだけど」

「ティータイム中じゃねーよ馬鹿野郎! なんだこの量は、お前の胃は4次元かなんかか!?」


 白いテーブルクロスのひかれた丸テーブルを、壊れるんじゃないかというくらい、ジャネットが勢いよく叩く。

 この量、と彼はのたまうが、僕にとっては大した量じゃない。四種類のホールケーキに、三種類のタルト。チョコレートにクッキー、ビスケット、ガレット、ブラウニー。紅茶はお菓子に合わせて五種類ほど。国外を渡り歩きレシピを集め、城のシェフに頼んで用意してもらった、至極のアフタヌーンティーセットだ。

 カラーチョコレートのまぶしてあるケーキを口に運びつつ、怒りのおさまらないジャネットを再度見上げる。


「短気は損気だよジャネット。甘いものが苦手だからといって、罪なきお菓子に八つ当たりはよせ」

「何言ってんだお前は!? 常識的に考えてこの量はおかしいだろ、これ以上ぶくぶく太るつもりか!?」

「僕は食べないと死んじゃう呪いにかかってるんだ。うーん、これすごく美味しい」

「アホか!」


 硬質で跳ねた栗毛を片手で掻き乱し、彼は穏やかでない形相で僕を見下ろす。おお怖い怖い。目つきの悪さを更に極悪面に変えながら、紅色の三白眼が剣呑さを帯びた。

 彼が怒っているのが僕のためなのは分かっているが、それとアフタヌーンティーは別問題である。

 口の端についたチョコを紙ナプキンで拭き取り、クッキーを摘んで口内に放り込んだ。軽い食感と共に広がる甘さが、大変美味である。これはシェフにおかわりを頼もう。

 我関せずでお菓子を頬張る僕に、ジャネットは大きく溜め息を吐き出した。そして手近な椅子を引いて、どっかりとテーブルの前に腰を下ろす。

 ガタイの良い彼が椅子に座ると、華奢なそれは悲鳴をあげて、ちょっとばかりメリメリと音が聞こえた。


「椅子を壊さないでくれよジャネット」

「この間、尻が入りきらなくてぶっ壊したお前が言うセリフか?」


 心底呆れた声音に、僕は言い返さず笑みだけを向ける。ジャネットは再度溜め息をつくと、テーブルに肩肘を乗せて頬杖をついた。


「……何度も言うが、いいかパームキン。お前、自分の立場をわかってるか? この国の第三王子だぞ?」


 少し声を顰めるそのセリフに、お菓子を食べる手を止める。視線を向ければ相変わらず極悪面の彼が、ほんの少しの焦燥を抱えた目を、ただ剣呑に細めてみせた。

 

 僕こと、パームキン・チャールストンは、この国の第三王子だ。オレンジの髪に緑の目が特徴的な、今をときめく花の15歳である。

 王子と言っても上の兄弟と血が繋がっている訳ではなく、元々は市井の子供だ。おまけに現国王の血も流れていない。由緒ある王族でも貴族でも、なんでもない男というわけだ。

 では僕の正体とは何かと問われれば、“導き”の魔女と呼ばれた僕の師匠が、生涯で唯一とった弟子である。彼女の死をもって、王城へ召し上げられた第三王子だった。

 煌びやかな世界でのびのび好きな事ができ、美味しいご飯が食べられる王族生活は、最高に快適である。おかげで体重は増えに増え、今現在、僕の人生で最高の体脂肪率を叩き出している真っ最中であった。

 6歳で入城し、15歳の成人を迎えた現在まで、飛ばしたボタンは数知れず。また少しボトムがキツくなってきたので、仕立て直しかも知れない。ただでさえ短い足は体重を支えるのも一苦労で、今や歩くのだって杖が必要だ。

 これを聞いた人が、ちょっと憐れんだか、軽蔑したかは分からない。それでも僕は今、平民生活とは比べようもないほど、充実した幸福を満喫しているのである。

 侍女に新しい紅茶を淹れてもらい、角砂糖をひとつ溶かして口をつける。


「第三王子だから、なんだい? 僕は王政には興味ないし、そんな立場でもないからねぇ。いざとなったら臣籍降下でもすればいいさ。あれ、市井の出だと臣籍降下とは言わないのかな?」

「いくら市井の出だからって、王族になって何年だ。自覚を持てって言ってんだ」

「一番の臣下である君がこの態度で、どうやって自覚するんだい」

「お前が堅苦しいのはやめろって怒んだろうが!」


 先ほどから、僕の言葉ひとつに丁寧に怒りを返すのは、ジャネット・トゥーベル。僕が入城した時から僕を支える、王立騎士団の第三部隊副隊長様である。尖った短髪栗毛に紅色の三白眼で、初見はだいたい怖がられる、長身強面の男だ。

 彼は子爵の三男坊であるので、平民上がりな僕よりもずっと、由緒正しい家柄の相手である。初対面で(かしこ)まられたのが逆に気持ち悪く、誰も見ていない場では不敬も許すと頼めば、あれよあれよと言う間にご覧の有様だった。

 気性が荒く、喧嘩っ早い上に、口も態度もデカい奴である。それでも情に厚く信頼できる奴だ。僕としてはそんなところも気に入っていて、多少の不敬は目を瞑り、自由に行動させている。

 ジャネットがビスケットを一枚摘むと、口内へ放り投げた。

 軽い音を立てて咀嚼しつつ、僅かに視線を逸らして、仏頂面の口元をへの字に曲げる。


「食って飲んで寝て遊んで、そりゃ子供のやる事だろ。お前はもう成人だ。第三王子としての自覚をもて。そうしたら、辺りでとやかく言うヤツは減るだろ」

「それは希望的観測にすぎないよ、ジャネット。僕がどうした所で、僕に対する奇異も非難も無くならないさ」

「んなこたぁ分かんねぇだろ!? お前はすげぇ魔法使いなんだって、どうして周りのウルセェ奴らに示さねぇんだ!」


 ああ言えばこういう言葉のドッチボールに、やはり怒りを露わにするジャネットの目は、真剣そのものだ。僕の為に怒ってくれるのが嬉しくて、しかし同時に申し訳なさもあり、僕は小さく苦笑して肩をすくめた。


「僕の魔法がすごいんじゃない。僕の師匠がすごかったのさ」


 僕の師匠は、僕が6歳の誕生日を迎える少し前に亡くなった。

 彼女は、神様から授かった“二つ名”を持つ魔女で、“導き”の魔女と呼ばれた人だ。

 月の光と称賛されたシルバーブロンドの髪に、柔らかで深い海色の瞳。傾国の美女とまで言われた美しい容姿と、他の髄を許さない高い魔力を持つ魔女だった。

 名前を、リアリタ・“オヴィゴース”・シルダー。僕の師匠であり、母のような人だった。

 “神の二つ名”を持つ魔女や魔法使いは『ネームドウィザード』と称され、今現在、世界で4名しか確認されていない。彼ら、彼女らは、天啓と呼ばれる白い光から名前を授けられ、自らの名前としてそれを名乗ることを許された。

 ちなみに『ネームドウィザード』ではない輩が“神の二つ名”を名乗ると、天罰が下ると言われている。


「僕がここで第三王子という立場を手に入れられたのも、ひとえに師匠が僕の将来を案じ、国王と契約してくれていたおかげだ。だからここにいる僕は、“導き”の魔女の弟子という肩書き以外に、価値はないんだよ」


 諭す口調で言えば、ジャネットは何度か口を開閉させた後、再び視線を逸らして押し黙る。

 彼だって分かっているのだ。僕が自らの立場を良くしようと躍進し、どんなに苦労しようが、どれほど躍起になろうが、大多数の目が変わるわけではないことを。

 僕の立場は、所詮、平民上がりの貴族の屑だ。ただ運よく“導き”の魔女の唯一の弟子という、大それた肩書きがあるだけの。


「……分かってる、分かってるけどよ、でもお前は」

「トゥーベル様、ハーブティはいかがですか?」


 思考がまとまったのか、更に言い募ろうとするジャネットを、侍女の一人が遮った。



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