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金を出せ

作者: 杉谷馬場生

 「金を出せ!」

店内に響き渡るその言葉に俺は戸惑った。この男…どういうつもりだ。

明らかに常軌を逸している。店内には俺と声を発した男の二人だけしかいない。つまり俺に対して言っているということだ。

俺はただ美味しいと評判のパン屋に買い物に来ただけである。つまりここはパン屋である。

そして美味しそうなパンをいくつかトレイに乗せて、会計をする為にレジにトレイを置いた途端に言われたのだ。

「金を出せ!」

店の店主と思われる男はそう言った。

わざわざ言われなくとも金は出すつもりだ。買い物に来たのだから。

その当然の行動に対して「金を出せ」と言われたので俺は当惑したのだ。

「さあ!金を出せ!」

店主は俺が置いた数個のパンの上で握り拳を作る。

「こいつらがどうなってもいいのか!」

金を出さねば俺が選んだパンたちをその握り拳で叩き潰すとでもいうのだろうか。なんだこの男は。どうしてこういう行動を起こすのか理解できない。それらのパンはこの男が作ったものではないのか。さらに言えば俺はまだ金を払っていないわけで、つまりこれらのパンはまだ商品な訳である。

つまり自分のものを勝手に人質にして当然の成り行きで手に入るであろう金をこの男は脅して取ろうとしているのである。

いや、もしかしたらここで法外な値段をふっかけてくるのかもしれない。

「出しますよ。出しますからいくらなんですか」

「出すのか!出すのか!」

「出しますよ。いくらですか」

「ちょっと待て。えーと…」

計算してないのか。脅しておいて準備がなっていない。

「税込で570円だ」

普通の値段である。寧ろ大手メーカーで買うよりお手頃だ。

俺はテーブルに千円札を置いた。店主は「丁度はないのか」と私に問いただした。

「あいにくお札しかなかったんですよ」

「この拳をレジに向けさせる作戦だな。抜け目のないやつ…」

だんだんこの問答が馬鹿らしく思えてきた。というかもっと早く馬鹿らしく思っても差し支えのない問答をやっているのだ。俺は結構我慢強いのかもしれない。

「ほら、お釣りだ」

ちゃんとお釣りを渡すところは言葉とは裏腹に普通の対応だ。当たり前だがお釣りは正しい金額である。

「よし、そしたらこいつらをバッグに入れろ」

「は?」

「お前のバッグに入れろと言っているんだ!」

「すみませんがこのバッグには入りませんよ」

「お前!袋がいるなら最初に言え!有料だぞ!」

「そうじゃなくて」俺は自分のバッグを開けて手を差し入れた。

「お前!何を出すつもりだ!拳銃か!拳銃か!」

俺は無言でバッグの中から畳んだマイバッグを取り出すと広げてからパンを一つずつ入れ始めた。もうこの男の相手をしているのは疲れる。早く帰りたい。なんでこの店が評判なのかもわからない。

パンを全て詰め込むと私は何も言わずに店を出た。背中の方から「また来いよ!この野郎!」と歓迎なのか悪態なのか訳の分からない言葉が聞こえる。

二度とくるか。

しかしその思いは帰宅してパンを食べてから大きく変わる。悔しいくらいに美味しい。面倒くさいがまた行こう。

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