Ep: 1-3 回想はぐるぐる
――女装。
それは、男性が女性の服を着て、女の人になりきること。
祐樹の趣味は女装。一人暮らしの部屋での、密かな女装だ。
現状、社会的に見れば女装は異端な存在で、メディア等でも色物として扱われる。家族、知り合いには絶対に知られてはならない趣味だ。
祐樹の恋愛対象は女性。性別に違和感を持った事は一度たりともない。男として生まれてきて、良かったとさえ思っている。
しかし、女装は楽しい。女性の服は、カワイイに満ち溢れていて、それを纏うと心がふわふわする。幸せな気持ちになる。笑顔にあふれる。
可愛いものが好きな祐樹は、女装している瞬間が一番幸せを感じる。それはおかしいことではなく、これが自分らしさなのだと、胸を張って答えられる。
始まりは中学二年生。実家での出来事。
祐樹は上京した姉の洋服を、押し入れの中で見つけた。
姉とは仲が良く、小さな頃はお人形さん遊びやおままごとを、姉の友人たちに混ざって一緒に遊んでいた。その延長線上に、女装はあった。
子供の頃は深く考えず、姉が言うように可愛くなりたいと漠然と思っていた。無邪気な記憶を思い出し、思わず頬がほころんだ。
軽い思い付きで、見つけた姉の洋服に、袖を通してみることにした。成長し、ほんの少しだが男らしくなった自分の体でも、まだ昔のように女装できるだろうか。
姉と背格好が似ていた祐樹は、難なく洋服を着ることが出来た。そのまま姿見の前に立つ。
心が、ざわりとした。
可愛い。純粋に可愛いと思った。そのまま呆けて鏡を見つめてしまう。他の洋服も着てみることにする。フリルの付いたワンピースを見つけ、慣れない手つきで四苦八苦しながらも、それを身に纏った。
可愛い。本当に可愛かった。案外女装が似合うものだと、我ながら感心する。ふと、もっと沢山の洋服を着てみたくなった。
それから祐樹は自分のお金で服を買い、女装した。そのうちもっと可愛くなりたくて、化粧品を買い集めた。
下着も可愛いものに変えたくなり、ネットショッピングで女性用の下着を見つけ購入した。髪形も弄りたくなりウィッグを買った。
どんどん、のめり込んでいった。
自分は可愛いものが大好きで、可愛いものに囲まれることがもっと大好き。
祐樹は自分自身の「好き」を、そうして見つけた。
些細なきっかけで得た自分らしさを大事にするため、祐樹は一人暮らしを目指し大学を受験した。思う存分可愛いものを探求しようと、心に決めて。
大好きなものがある。そしてそれを大事にする暮らしは、人生の中で最も有意義な時間だったことは間違いない。
しかし。
祐樹は友達がいなかった。小中高と、何かのグループに属していても、いつも輪の中で喋れなくなってしまう。浅く狭い付き合いがずっと続いて、卒業と共に縁が切れる。それが祐樹の友人関係だった。
だから毎日家に帰っては、自分の殻の中に籠るように女装して、時間を過ごしていた。女装する時間は素晴らしいものだったけれど、気づいた時には世間の中で一人孤立してしまっていた。
親しい友人がなく、ただ一人で好きなことに没頭する毎日。
時折思う。今の現状を変えたい。今の自分を変えたい。そう思う。
このままの自分でいたら、この先の未来も、この延長線上にしか行くことができない。それを強く実感している。
幼い頃思い描いたような輝く大人の世界には、このままでは行けない。行くことが出来ない。
何かが変わればいいのにと、強く願う。
しかし、代り映えのない平凡な日常は、いつの日も平常運転で。
夜が明けて、朝が来る。学校に行って、バイトして、あっという間に日が暮れる。家に帰って女装して、ベッドの中で目を閉じる。
そうしてまた、朝が来る。
終わりのないメビウスの輪の中、祐樹は自分をごまかすために笑顔を浮かべる。