第96話:クラン結成
7月8日、土曜日。朝起きると、黒板タブレットが点滅してた。開けてみると、工藤から囲碁と将棋の取説が送られていた。校正よろしくとのこと。こういう時にこのタブレット便利だな。
囲碁の取説ではコウとコミ(黒五目半)の説明に苦労していた。将棋は駒が成ることの説明が難しかったみたい。丁寧に説明すると、くどくなるし、こういうのって本当に難しいな。とりあえず気が付いた所だけ赤字で印をつけて工藤に送った。
ランニングに行こうとしたらラウンジのカウンターで呼ばれた。昨日頼んだものが手配できたとのこと。既に玄関先に置いてあるそうだ。礼を言って 外に出たら、今日も晴れ。空は高く雲が一つも見えない。昨日と同じだ。
とりあえず物を確認して収納した。問題なし。間に合ってよかったぜ。その後走り出したのだが、昨日の視線のことや湖の主(?)のことで頭はいっぱいだ。まあ、今考えてもしょうがないのだけれど。
今日の朝ごはんはボロネーゼだった。もちろん、ひき肉を使っているのだけれど、正確にはひき肉ではなくて、包丁で細切れにした肉なんだよね。だからちっちゃいけど、噛むとちゃんと肉の歯ごたえが感じられるのだ。
これがまたうまいし、酸味が鮮やかなトマトソースともあうのよ。黒胡椒もピリッと効いているし、ハーブの香りもあるしで、いうことなし。平べったいパスタ麺の茹で具合も良かった。今日もカットフルーツとミックスジュースで美味しく頂きました。
講義の前にラウンジでのんびりしていると江宮に呼ばれた。囲碁将棋の見本が出来たとのこと。江宮の部屋に行くと、相変わらずガラクタで溢れていた。中には作りかけのドライヤーとカンテラのようなのような物もあった。とりあえず、以下の見本を預かった。
・碁盤&碁石:4セット
・将棋盤&駒:3セット
・リバーシ盤&駒:3セット
俺が頼んだものより一個づつ多い。
「あれ?一個づつ多いけど?」
江宮はにやりと笑ってこたえた。
「取説の翻訳を先生に頼むんだろ。先生の分が必要なんじゃないのか?」
俺は思わず額を叩いた。
「仰る通りでございます。流石だな、江宮」
しかし、江宮の気遣いは俺の想像を超えていた。なんと将棋には各駒の動き方を図解した簡易取説を付けている。
俺は重ね重ね礼を言って立ち上がると、まずは水野の部屋に行った。碁盤&碁石とリバーシ盤&駒を渡す。
「できたてのほやほやだ。五目並べとリバーシの取説に使ってくれ」
「分かった。工藤の取説を参考にして書いてみるよ」
水野は笑顔で受け取ってくれた。
今日のミドガルト語の講義は、久々のテストだった。全然分からなかった。少し落ち込む。異世界に行ってもテストはついてくるのか・・・。
テストの答え合わせと解説で講義が終わると先生に碁盤&碁石、将棋盤&駒、リバーシ盤&駒の見本を渡した。
「遊戯関係の翻訳をお願いします。現物が必要と思いまして前もって用意しました」
「かしこまりました。用意が出来たらお声をかけてくださいませ」
「囲碁と将棋は工藤から、五目並べとリバーシは水野からお願いすると思いますが、よろしくお願いします」
先生は笑顔で了承してくれた。
ラウンジに行くと、伯爵が数人の男性と一緒に待っていた。羽河と何か話している。伯爵が俺に呼び掛けた。
「谷山様、おはようございます。所用があって早めにお伺いしました。とその前に昨日の提案はいかがでしたでしょうか?」
俺は羽河の顔を見た。黙って頷いたので、俺はこたえた。
「おはようございます。昨日の提案をお受けします。囲碁・将棋ギルドの設立資金の額とギルド長の報酬額は追ってご相談という事でよろしいですか?」
伯爵は笑顔で了承してくれた。俺は続けてお願いした。
「個人的には既にお話しているのですが、ユニックさんに遊戯関係の取説の校正に参加して頂きたいのです。よろしいでしょうか?」
「構いません。存分に使ってくだされ」
それでは早速ということで、さっき江宮から受けとったばかりの碁盤&碁石と将棋盤&駒とリバーシ盤&駒を預けて、見本としてユニックさんに渡すように頼んだ。
「いつもながら段取りが早いですな」
伯爵は目を白黒させながら受け取ってくれた。今度は伯爵の番だ。
「此度の討伐ですが、おそらく皆様全員の力を合わせることが必要になるかと思うのですぞ。そのために、パーティーの編成を改めたいのですが、いかがですかな?」
「改めるとは?」
「クランです。パーティを単位にしたパーティですな。一つのクランで最大で六つのパーティまで登録できます」
俺もクランぐらいは知っているが、とりあえず聞いてみよう。
「なぜクランなんですか?」
伯爵はにこやかな顔で説明した。
「おそらくこの先、個別のパーティの力では討伐が難しくなると思いますぞ。となれば、全員の力を集めることが必要になりまする。当然、経験値も全員で分け合うのが道理ではないですかな」
俺は羽河の顔を見ながらこたえた。
「良く分りました。それならば、現在討伐に参加していない六人でパーティを作って、それも含めてクランにできませんか?」
羽河は大きく頷いた。
「私もそれが良いと思う」
伯爵は驚いた声で聞き返した。
「パーティを一個増やすと、その分配布される経験値が減りますぞ」
確かにパーティ四つ・二十四人で分ける場合と、パーティ五つ・三十人で分ける場合、前者の方が一人当たりの経験値が増える。だが・・・違うのだ。俺はこたえた。
「確かにパーティ四つでクランを組んだ方が経験値は稼げると思います。しかし、平野は美味しいご飯を作ってくれるし、野田は音楽で心を癒してくれます。たとえそういうのが無くても、みんな合わせて三年三組なんです。俺たちは一人も欠けずに故郷に帰ると言う誓いを立てました。なのにここで仲間外れをするなんてありえないでしょう」
羽河が笑顔で頷いてくれた。
伯爵はしばらく考え込んだが、首を大きく縦に振った。
「皆様がそれで納得されるのであれば、問題ありませぬ。冒険者ギルドの担当者を連れてまいりましたので、まずは新規に結成するパーティの方を呼んでいただけますかな」
俺は羽河と手分けして六人、平野・三平・野田・伊藤・中原・水野を集めた。事情を説明すると、全員納得してくれたのでまずはパーティを組んでもらった。
パーティの名前とリーダーを決めるように頼むと、六人は数語会話しただけで決まったようだ。話が早いな。
俺は平野に話しかけた。
「決まったのか?」
平野は笑顔でこたえた。
「パーティ名はアドベンチャーズ、リーダーは私がなる」
その場にいた全員が拍手で歓迎した。アドベンチャーズを日本語に訳すと冒険者だ。非戦闘組のパーティなのに、名前だけ聞くとこいつらが一番冒険者っぽいな。
そのまま全員がギルド職員の手で冒険者として登録され、続けてパーティ名とリーダーを登録した。
ヒデと平井と工藤がいたので、羽河と平野を合わせ五つのパーティでクランを登録することにした。ついでに、平井から鉄の斧を預かった。見かけは普通の斧なんだけど、とにかく重たいんだよなこれ。
伯爵が聞いた。
「クランの名前を決めねばなりませんぞ」
俺は皆に提案した。
「クランの名前は、三年三組でどうだ?」
みんなは口々に反対した。
「ダサいな」
「カッコ悪い」
「センスが無いわ」
最後に羽河がこたえた。
「恥ずかしすぎる。でも、一番良いと思う」
羽河が言い終わるとみんな歓声を上げて賛成してくれた。ひとしきり皆から肩や背中を叩かれたが、納得してくれたようだ。よかった。
俺は平野と一緒に食堂に戻ると、弁当・飲み物・お菓子を受け取ってから馬車に乗った。馬車の中では湖の岸辺で感じたプレッシャーについての話になった。
「あれ、なんだと思う?」
「草地と砂浜の境目が境界線みたいだったな」
「砂浜と言うより岩場だけどな」
「俺はワームだと思う」
ヒデが断言した。
「きっと砂浜に一歩でも踏み込むと、地面からでっかいミミズがうじゃうじゃ湧き出してくるんだぜ」
ヒデの予言を聞いて、洋子と初音が悲鳴を上げた。映画を見たことがあるのだろうか?確かにあんなのが現実にいたら悪夢だな。
「お前はどう思う?」
ヒデから聞かれたのでこたえた。
「分からん。とりあえず砂浜に入るAチームと、草地に残るBチームに分かれて、いざとなったらBチームが援護できるように配置するのが良いと思う」
「Aチームの人選は?」
「うちのチームからはお前と一条と俺、残りは平井、江宮、志摩、小山、青井、尾上、工藤、千堂、花山、楽丸かな」
「お前と志摩は大丈夫なのか?」
「大丈夫。金の斧があるからな」
ヒデは少し考えこんだ。
「Bチームは洋子、初音、冬梅、夜神、利根川、佐藤、鷹町、藤原、浅野、木田、羽河、三平か・・・」
「Aチームが多すぎるか?」
「そうだな・・・。援護射撃が期待できるのは初音と鷹町と木田と羽河と利根川の五人か。志摩は土魔法が使えるからBでもいいかもな」
「鷹町は魔法は使えないぞ?」
ヒデはにやりと笑った。
「あいつには大型手裏剣がある」
魔砲使いよりは忍者として買っている訳ね。まあそれもいいか・・・。
いきなりクランまで進みました。でも名前が三年三組って・・・。