第92話:雑貨ギルドといろいろ
7月7日、日曜日。今日は晴れ。空は高く雲が一つも見えない。夏だ。暑くなりそうな予感。朝のランニングでは先生に話しかけられた。
「谷山様、昨日は焼き鳥の奥深さに感動しました。特に内臓の肉についてはトマトソースで煮込む料理しか知らなかったのですが、部位ごとに適した処理を施せば酢であえても炭焼きでもあれほどおいしく味わえるのですね」
俺はつい言ってしまった。
「先生、実は焼き鳥の味付けは塩だけではないんです。今はまだ材料が無いから提供できないのですが、いつかは本当の焼き鳥を堪能できると思いますよ」
「なんと、まだ私は焼き鳥の世界の半分しか知らなかったのですね。恐れ入りました。これからも日々精進しますので、よろしくお願いします」
先生は決然とした顔で再び走り出した。俺は黙って見送ることしかできなかった。
今日の朝ごはんはピザだった。イタリア風の薄くてパリツとした生地ではなく、アメリカ風のもちもちした厚みのあるパンの様な生地にたっぷりピザソースを塗り、ソーセージ・サラミ・ローストチキン・玉ねぎをはじめとする色とりどりの野菜を乗せ、最後にこれでもかとチーズを大量にかけたボリューム満点のピザだった。
平野に聞いたら、お昼ご飯はお弁当になるので、朝のメニューと昼のメニューを入れ替えることにしたらしい。まあうまければなんでも良いので文句をいう奴はいない。
直径三十センチ位のピザを八等分しているので、二切れ食べたらお腹いっぱいになってしまった。先生は「一杯だけですから」と言ってエールを飲んでいたが、聞こえなかったことにしよう。カットフルーツとジュースはいつも通りだったのが嬉しかった。
食後はラウンジで江宮と打ち合わせだ。まずは、今日伯爵に渡す予定のブーメランとボーラの見本を受け取った。ブーメランのサイズは一辺が50センチ・70センチ・90センチの三種類だ。ブーメランは木製だが凶悪な重さを感じた。特に90センチの奴はもろに当たれば首の骨なんか簡単に折れそうな感じがする。ボーラは二個タイプのものと三個タイプの二種類だ。
これで終わりかと思ったら、ワインのボトルも出してくれたのでびっくり。リクエスト通り、撫で肩のブルゴーニュ風のボトルになっている。
「仕事が早いな」
「いずれこれもあると用意していたからな。急いで仕上げたが、昨日飲んだワインを入れても恥ずかしくない出来だと思うぞ」
江宮の自信作という訳だな。次に携行型クーラーについて打ち合わせた。水の魔石を使って取りだした水と、風の魔石を使って出した風を使って涼しい風を送るというアイディアを聞いて江宮は頷いた。
「まあようするにドライヤーの逆だな」
「氷の魔石があったらぴったりなんだけど」
「逆に気化熱を使えば魔石の節約になるぞ」
「確かに」
使用する魔法陣については先生に相談することになった。
最後に菜種油ランタンについて打ち合わせた。流石に和紙はこの世界には無いので、金属製の枠にガラスをはめるのだが、ここで俺なりのこだわりというか注文を付けた。
「和紙と竹を使ってないから火事の危険性は大分下がると思うんだけど、もう一工夫欲しいんだ」
「なんだ?」
「転倒した時に自動的に消火して欲しい」
「転倒時自動消火装置か・・・。必須だな。分かった」
「もう一つあるんだ」
「なんだ?」
俺は続けて頼んだ。
「風除けのガラスだけど、多少であれば衝撃を吸収できる素材にできないか?」
「衝撃吸収フィルムや合わせガラスか?」
「いや、どちらかというか素材そのものだな。早い話が弾力のあるガラスや透明プラスチックができないかという話だ。ほかにも、実現化しやすい方法で問題ないぞ」
「分かった。確かにランタンは持ち歩くこともあるからな。少し考えてさせてくれ。志摩や利根川にも相談してみる」
江宮がやる気を見せてくれたので嬉しかった。
「いつもすまないな。お前にばかり負荷がかかって」
「いやいや全然気にしないでくれ。たにやんのアイディアって常に人助けみたいなところがあってさ、やってて楽しいんだ」
江宮が愉快そうに笑ってくれたのでだいぶ気が楽になった。とりあえず、菜種油を大き目のコップ一杯渡した。
「碁盤&碁石、将棋盤&駒、リバーシ盤&駒の見本は明日まで待ってくれるか?」
江宮の頼みを了解した所で講義の時間になった。今日から座学はミドガルト語の講義のみだ。授業が終わったらお弁当を持って実地研修だ。
ミドガルト語の講義は淡々と始まり淡々と終わった。授業の終わりに先生が全員に話しかけた。
「今日から湖沼地帯ですね。湖沼地帯で遭遇する魔物はほぼ淡水系の魔物になるでしょう。それぞれの魔物の特徴を思い出して、油断なく対処してください。それと、今回は王都に近いのでほぼ出ることは無いと思うのですが、『そうまとう』という魔物にはくれぐれも用心してください」
講義が終わってラウンジでのんびりしていると玄関が騒がしい。迎えの馬車にしては早いなと思ったらカウンターのキースさんに呼ばれた。
「雑貨ギルドのニエット様がお見えです」
俺は会議室を一つ押さえるのと、羽河と平野を呼んでもらうように頼んだ。ニエットさんはでかい箱を抱えた従者を二人連れて登場した。
「お待たせしました。グラス五種の納品に参りましたぞ」
丁度江宮が来たので、そのまま食堂に運んでもらって従者立ち合いの上で検品するように頼んだ。
平野と羽河がやってきたので、ニエットさんを連れて会議室に移動する。ニエットさんは席に着くと鞄から書類を出して恭しく差し出した。
「契約書の正本をお持ちしました。ギルド長の署名も入っております。お確かめください」
俺は中身を確かめて羽河に渡した。羽河は署名するために、と断って席を外した。先生に確認しに行くのだろう。
続けてニエットさんは鞄をごそごそすると、前回頼んだ雑貨(一人用の耐熱皿・卵焼き専用フライパン・泡だて器・メスティン)の見本を取りだした。平野と俺はそれぞれの見本を確認した。
「どうだ?」
「こっちは問題なし。そっちはどう?」
「こっちも大丈夫だ」
俺は笑顔でニエットさんに話しかけた。
「見本に問題ありません。発注したいと思います」
心配そうに見守っていたニエットさんは安堵のため息をついた。
「ありがとうございます。安心しました。先日お願いしましたが、今回見本を作成した一人用の耐熱皿とメスティンを当商会で扱わせて頂けませんでしょうか?」
「グラスと同じく意匠料として各金貨三十枚を頂きますが、よろしいですか?」
「もちろん結構でございます。契約書に追加する別紙は次回にお持ちします」
俺と平野はそれぞれの必要数を決めて発注した。メスティンは食堂でも使う事や消耗することも考えて百個注文した。ありがたいことに今回もお代は不要とのことだった。
平野があれを言いたそうだったので、俺から切り出した。
「追加で新しく作って欲しいものがあるのですが、いいですか?」
ニエットさんは笑顔で頷いた。
「大歓迎です」
平野が依頼したのはラーメン丼と丼とマグカップだった。俺からは、江宮から受け取ったばかりのワインボトルを出した。
面白かったのは平野がラーメン丼の縁に四角形がぐるぐるの渦巻き状になった模様(雷文という中国伝来の模様。文字通り雷を表わしている)をリクエストしたことだった。確かに雰囲気は出るよな。平野が由来を説明すると、「魔よけの意味があるのですな」と勝手に納得してくれた。
ニエットさんはワインボトルを手にして感嘆の声を上げた。
「素晴らしい。いつもながら実用性と装飾美が高い水準で見事に両立しております。前回作成した火酒用のボトルとはまた雰囲気が違いますな。これはワイン用のボトルですか・・・」
うんうんと言いながら横から見たり下から見たり、隅々まで観察している。
「出来ましたらこれも当ギルドでの販売を許諾して頂けませんでしょうか?」
俺は一瞬迷ったが、首を縦に振った。
「ぜひお願いします」
ニエットさんは満面の笑みで頷いた。
「ありがとうございます。今日お預りした残り三点も製品化の許諾をお願いします」
俺が一瞬躊躇したことで何か感じたかもしれない。意匠料はワインボトル・ラーメン丼・丼・マグカップ全て各三十枚でまとまった。ノックの音がすると、江宮が入ってきた。
「ショットグラス・タンブラー・ゴブレット・白用ワイングラス、赤用ワイングラス各五十個の検品終了。計二百五十個中二百四十七個は問題なしで受領します。三個だけお返しします」
三個の問題点はニエットさんに渡しながらそれぞれ説明してくれた。細かい、細かすぎるぞ、江宮。
「いつもながら的確な指摘、ありがとうございます」と喜んでいたので、良かったのだろう。
続いて羽河が署名した契約書を抱えて戻ってきた。俺でもお金を口座から引き出せるように俺の署名を書き足してから、ニエットさんに渡した。ニエットさんは不合格になったグラスとワインボトルの見本と契約書を大事そうに鞄にしまってから引き上げていった。
羽河と江宮は興味深そうな顔でメスティンを手にした。
「これ、キャンプ道具みたい」
「その通り。良いだろ?」
「でも、こっちの世界だとキャンプと言うよりサバイバルだよね」
羽河の感想を聞いて江宮が発言した。
「いっそのこと自衛隊の戦闘飯盒の方が良かったんじゃないのか?」
四人で顔を見合わせて笑ってしまった。丁度迎えの馬車が来たみたい。俺はお弁当を預かるために、平野と一緒に食堂に向かった。
雑貨ギルドとの契約も終わりました。追加二点のライセンスで金貨六十枚!