第9話:練兵場にて
お昼ご飯のメインは分厚いハムのステーキだった。付け合わせはジャガイモみたいなのを蒸かしたやつ。味付けは塩コショウのみ。まあでもうまかった。
食後はウッドデッキで小山の忍法を再度見学。昨日見損なった奴らから頼まれて断り切れなかったみたい。ギャラリーの中にはもちろん花山がいた。そして花山をライバル視している千堂の姿もあった。
千堂武は中学時代は校区外でも有名な不良だった。生まれ育った関西や関西弁を馬鹿にされると頭にくるらしく、ちょっとからかわれただけで殴り掛かるような粗暴さがあった。
少年院一歩手前まで行っていた千堂が高校に進学したのは、家の近所にあったボクシングジムの恩人のおかげだ。いつものごとく絡まれて、十人がかりで叩きのめされそうになったところを鷹の一声でけ散らしたらしい。流石の日本チャンピオンということだな。
「自分より弱い奴を相手にすんな」という一声にめざめた千堂は、不良からめでたく卒業。高校在籍中にも関わらず、ボクシングジムに出入りするようになる。そんな千堂が今最も意識しているのが花山なのだ。
身長が175センチほどの千堂は体重も65キロ程度なので、花山との体重差は三十キロ以上ある。ボクシングのルールに従えば同じリングに上がることなど無いはずなのに、どうにも気になるらしい。本能なのかね。
さて、小山の演技だが、朝と比べると復路で一工夫あった。なんとスキップしてみせたのだ。これこそ湖のステップならぬ池のスキップか。相変わらず花山の驚愕の表情が面白かった。小山よりこっちの方が面白いかも。
食後、ラウンジでのんびりしていると伯爵の部下と名乗る騎士がやってきた。お迎えに着たそうです。武器防具一式は向こうで用意しているとのことなので、俺もシャツとズボン、ジャケットみたいなのを羽織って出かけることにした。
袖と裾が少し長かったので、内側に折って調整した。俺を含めて非戦闘職組も全員行くみたい。やっぱり魔法がどんなのか見ておきたいよね。まあ、宿舎にいてもすることないしさ。
宿舎の玄関を出て見上げると、雲一つない青空が広がっていた。この空だけは日本と変わらないなあ、なんて思ってしまった。昨日と同じく六台の馬車に分乗する。昼間の王宮内を見るのは初めてだけど、思ったより緑が多いというか、きれいに整備された公園の中みたいだった。
馬車は歩くより早く、走るよりは遅い、ジョギング位のスピードで水色の空の下をのんびり走っている。なんかこっちの世界のスピード感にぴったりの感じだ。
だからこそ、練兵場の異質さが際立っている。練兵場は御影石の様なぶ厚い石垣に囲まれた直径百メートル位の円形をした運動場みたいなところで、まるで巨大な墓石を横に倒したみたいに見えた。石垣の高さは五メートルくらいあり、色からしてじんわりした圧力を感じる。
練兵場の隣にはクラブハウスの様な大きな建物があった。騎士に先導されて中に入ると五十人位は楽に入れそうな大部屋があり、壁際にはずらりとロッカーが並んでいる。
奥は倉庫になっているみたい。大きなテーブルと椅子が雑然と並んだ先に待っていたのは、銀髪のラルフ・エル・ローエン伯爵と濃い緑色の髪のイリア・ペンネローブ神官長だった。
後ろにはお付きの騎士が六人と神官と思しきローブ姿が十人、そして十人以上の職人ぽい男衆が控えていた。伯爵は大声で呼びかけた。
「皆様、練兵場にようこそ。ここは普段は近衛が訓練している専用の施設ですぞ。石壁は全て強化と結界の魔法を重ね掛けしているので、全力を出しても傷一つ付きませぬ。
剣術をはじめとする武術全般は私が監督しますが、魔法関係についてはこちらのイリア・ペンネローブ神官長の担当となりまする。
我々以外にも魔法や武闘の指導助手、さらに万が一に備えてポーションと回復魔法の使い手も用意しておりますので、存分にお試しを」
神官長は俺たちを見渡してから話し始めた。
「イリア・ペンネローブと申します。神殿の神官長を務めている関係で、昨日の儀式にも参加致しました。さて、私はスラムに生まれ、十二の時に冒険者となりました。
他に選択肢が無かったのです。冒険者以外になれるとしたら、泥棒か農場で奴隷のように働かされるか手足を切り落として物乞いになるしかありませんでした。
どれも嫌だったので、私は冒険者になりました。同期の仲間が十数人いましたが、私以外は二十歳前に死ぬか心身に重い障害を負うかして、全員引退しました。
運よく生き残った私は二十二歳の時には土風火の三魔法のスキルを得てAランクの冒険者となりました。幸運にもSランクのパーティにも加入できたのですが、初めて挑んだ高難度のダンジョンで罠にかかり死にかけました。そして臨終の一歩手前で神に出会ったのです。
実際に私を救ったのは、後続の別のパーティでしたが、そうなるように導いたのが神であったと私は信じています。ダンジョンから救出されて動けるようになった私が真っ先に向かったのは教会でした。神の僕として生きることを決意したのです。
下働きから始まりいつしか神官長を拝命するようになりましたが、私の気持ちはダンジョンの最深部で死にかけた時といまだ何も変わりません。こうして皆様をご指導できるのも、神の導きと考えております」
イリアさんの手を見たときに「働く人の手」だと直感したが、文字通り叩き上げだったのね。スラム出身者が神官長になるなんて、普通じゃありえない奇跡の様な出世じゃなかろうか。何らかの作為あるいはとてつもない幸運があったにせよ、比類なき信仰心と実務能力の高さが今の地位に導いたのだろう。
イリアさんの話は続いた。
「私は冒険者としては僅か十年の経験しかございませんが、そこで身に着けた私なりの『生死を分ける境目』を一つでも多く皆様にお伝えできればと思います」
イリアさんのアイスブルーの瞳はいつものように青く澄んでいたが、それは底知れぬ深さを持つ故の青の様な気がした。自分が死にかけただけでなく、その瞳で仲間や知り合いの死もたくさん見てきたのだろう。生存することを一番に考えろ、ということかな?昨日の伯爵の話に続く「重い、重すぎるよ」シリーズの第二弾だ。
どこか浮ついていた俺たちがしゅんと黙り込んだのを見て、イリアさんは明るく問いかけた。
「さてここで最初の問題です。武闘組と魔法組で共通する装備は何だと思いますか?」
シリアスからいきなりクイズ出されても頭が回らないよーなんて考えていたら、平井ゆかりが手を上げた。相変わらず空気を読まない奴だ。
「早いですね、平井様ですか?どうぞ」
平井ゆかりは三代続く剣道の道場の師範の娘だ。子供の頃から竹刀を振り回してチャンバラごっこしていたらしい。クラスメートの一条と尾上も小学生の頃からここの道場に通っており、三人とも仲が良い。
身長は149センチ(本人は150センチと言い張っている)とクラスで一番のちびっ子だが、剣道の腕は三人の中で一番だ。男で身長が25センチ高い(当然リーチも長い)尾上に勝ってしまうのだから、全国大会に出たら優勝するのではなかろうか。
当然、平井も剣道部かと思いきや、朝から晩まで剣道は嫌だといって、利根川と一緒に料理愛好会に参加している。男を捕まえるにはまず胃袋をゲットすべし!と考えてるみたいだが、火加減が苦手で、何を作っても焦がしてばかりいるそうだ。
肩甲骨の下まで伸びたストレートの黒髪をポニーテールにしており、愛らしい顔+低身長と相まって先生を含む一部の人達からは熱狂的な支持を受けている。実はメロンパンが大好物で、水野が気になる存在とは、関係筋からの情報だ(どこの?)。
平井は自信たっぷりに言い切った。
「ブーツです」
そういえば、平井はアニメや漫画好きで、鷹町とも仲が良いみたい。
「平井様、正解です」
イリアさんは正解して当然の様な顔で応えた。でも、内心は驚いているよね、多分。
「えてして外套やロープに目が行きがちですが、ブーツは冒険者にとってとても重要な装備です。基本的に冒険者が活動するのは野外かダンジョンです。乾燥した平らな地面などほとんどありません。
砂利、岩場、泥地、砂、石、雪、氷、草地、密林、時には水の中を行軍することもあります。さらに野外には茨や棘を持つ草や灌木、毒草、蜘蛛・百足屋・蛭・ダニなどの害虫、鋭い牙を持つ鼠や蛇などの小動物がおり、中には毒を持つものが足を狙ってきます。
足を外敵から守るためには、頑丈で厚手のブーツが良いのですが、重くて硬くなり結果的に動きにくくなります。防御力と軽さ・動きやすさのバランスをどうするかが重要なポイントです。長生きしたいのであれば、ブーツにお金と手間をかけることをお勧めします」
ここでイリアさんがいったん話を止め、手で合図すると、後ろに座っていた職人風の一団が立ち上がった。手に持っているのはメジャー?
「今日は今後の教練の準備として、まずはブーツとローブおよび活動着の採寸を行います。出来上がり次第、お渡しします。来週までお待ちください。採寸が終われば魔法組は杖を、武闘組は武器・防具を手に取っていただきます」
皆静かにどよめいた。いよいよ冒険の扉に手が届いたような感じがした。
それにしても全員オーダーメイドとは豪勢だ。でも、この世界には既製服なんてなさそうだから、ある意味当然か。昨日聞いた「個人にあった装備一式を提供」はこのことなんだろうな。
俺の所にも職人が二人来たので、ブーツと上下一式(上着・ズボン・べストのセット)だけでなく、特別にローブも作ってもらうことにした。上着・ズボン・べストは、革製だそうだ。ズボンはブーツインする関係で、膝から下は細身のストレートになるらしい。
採寸に当たって、てっきりタブレットが登場するかと思ったら、職人たちはメモ帖みたいのに例のミミズ文字を書きつけていた。後で聞いたらあのタブレットは超貴重品で、庶民の家一軒分ほどのお値段がするらしい。壊したり失くしたらえらいことになりそうだ。注意しようっと。
全員の採寸が終わるとイリアさんは左端のテーブルを指さして指を鳴らした。すると今まで何も置いてなかったテーブルの上に、大小様々な大きさの杖がずらりと並んだ。
次に右端のテーブルを指さして指を鳴らすと今度は剣が、その横のテーブルには弓と槍が、そのまた横のテーブルには籠手や盾などの防具が並んだ。
認識疎外の魔法をかけて隠していたのだろう。この世界で二番目に見た魔法がマジックみたいなものだったのは意外だけれど。ちなみに一番目は王女様の空中投影型のディスプレイだ。俺はまず杖の方に向かった。
湖のステップはゼルダです。