第88話:商業ギルドにプレゼン1-2
次は江宮によるドライヤーのプレゼンだ。前もって男子脱衣場から運んできたドライヤーを正面に出した。
「江宮と申します。ドライヤーについて説明します」
江宮は淡々とドライヤーについて説明した。論より証拠とばかりにドライヤーを商業ギルドの席まで移動して実演した。コンセント要らないからこういう時に便利だな。感想を聞くと、結構好評だったみたいで・・・。
「思ったより強力ですな」
「全身を乾かすならばこれ位必要では?」
「髪の毛を乾かすだけならもっと小型軽量化も可能ですぞ」
「さよう。その方が魔石も効率的に使えます」
ここがチャンスとばかりにカールドライヤーについてアイディアを出すと、女性の中の二人が食いついた。
「素晴らしいですわ」
「是非改良版も作らせて頂きたいと思います」
王女様にサンプルを提供していることについては何も言わなかったが、王女様は自ら愛用していることを話してくれた。
「髪の長い女子にとっては益のある道具です。特に冬には欠かせなくなると思いますわ」
そのお陰か、ドライヤーについてもライセンス形式での販売、独占契約の代わりにライセンス料は売上の一割で提案してあっさり了承してくれた。なお、ドライヤーについては構造も魔法陣も簡単そうなので、レシピや取説は不要、見本を渡してくれたらそれで良いという事になった。助かるな。とりあえずこれも契約書の雛形待ちになった。
次は最もアイテムが多い木田だ。まずはシャンプーとリンスだが、これは実演は難しいので、全員に見本と取説を渡してお試しするように伝えて終わりとなった。一応これも、売り上げの一割のロイヤリティを提案した。王女様が絶賛してくれたので、見込みあるかも。
「初めに言っておきますが、これを一度使えば二度と元に戻ることはできませぬよ」
王女様の言葉を聞いて、ギルドの女衆が期待と不安の籠った眼でシャンプーとリンスを見つめた。そしてこれからが本番だ。
「それでは働く女性向けにデザインした洋服をお見せします。肩に掛けたバッグにもご注目ください」
木田がドアを開いて合図すると、リュートの音楽と共に、一条・鷹町・八神がスリット入りのスカートで、小山・洋子・三平がワイドパンツ姿で登場した。BGMはもちろん、野田と伊藤の合奏だ。この曲はビートルズのオブラデ・オブラダか。ぴったりかも。
一人づつ入ってきて、音楽に合わせて軽快にギルドのメンバーと王女の前を歩いてドアの手前から俺たちの前に横一列に並んでいく。ちゃんと一人一人ポーズしている。モデルみたいだ。野田が八神に代わっただけではなく、みんな肩にトートバッグをかけていた。間に合ったのかよ。凄いな。
スカートもパンツも一人は無地、一人はストライプ(縦じま)、一人はチェック柄だった。全員揃ったところできれいに一礼すると、木田の説明が入った。
「本日紹介するのは後ろにスリットが入ったスカートと、幅広のズボンです。そして肩掛けでも手で持ってでも使えるトートバッグです」
小山から順にその場でくるりと一回転して後姿を見せてくれた。ジョージさんがやや緊張した声で尋ねた。
「この衣服と鞄が女性担当の選任にしたいという商品ですな」
「そうです。この三つとブラジャー、そしてナプキンについては、残りの説明が終わってから別室で女性担当とのみ打ち合わせということで良いでしょうか?見本もその時お渡しします」
「異存はございません。よろしくお願いします」
ギルドの女性三人が目をキラキラさせながら見つめる中、モデルさんたちは退出していった。お疲れさんですと俺は心の中でつぶやいた。
浅野は立って自己紹介し、ナプキンの担当であることだけを伝えた。
工藤は囲碁と将棋について説明した。碁盤と碁石、将棋盤と駒の見本を見せると、エントランスさんの目が輝いた。何が彼の琴線に触れたのか分からないが、取説が出来次第見本を渡すことを説明すると、一日でも早くしてくれと注文が付いた。
既に軍に百セット販売の予定があることを説明すると、ギルドの男性三人組は感心したように頷いた。
「軍は頭が良くないと出世しませんからな」
「それもありますが、実際に作戦行動するときの待ち時間の長さにはまいりますな」
「そういう時の時間つぶしには最適かもしれませんぞ」
囲碁と将棋を普及するために、カップ戦を企画することを伝えると皆の目が輝いた。賞金を付ける事、参加料を取ることを提案すると、なぜか王女様まで話に加わってきた。
最終的に、優勝杯の作成と賞金は生活向上委員会が負担し、カップ戦のタイトルに王女または王家の名前を冠すれば、会場と警備は王家が手配することになった。参加料は生活向上委員会が貰うのだが、いいのかな?
ライセンス料については売り上げの一割で良いが、それを生活向上委員会と軍で七対三で分ける事を伝えると、皆納得していた。
「軍に宣伝を任すわけですな」
「宣伝料が三分ですか。妥当な所ではありませんかな」
最後は水野のゴミのリサイクルプロジェクトだ。正直言って、反対されるのではないかと思っていたのだが・・・。水野は以下の三段階に分けて説明した。
A.ゴミの収集:ゴミギルド
B.ゴミの分別:刑務所(内務省)に収監された強制労働者。足りない時は日雇い労働者を想定。
C.リサイクル物の引き取り:石工ギルド、木工ギルド、鍛冶ギルド
この中ではAは従来通りだ。市内のゴミ集積所、あるいは個別に回収したゴミをゴミギルドが処理場に運んでくる。それにBとCの工程を追加するのだ。Bの工程で処理場に集まったゴミを分別するのだが、その際の労働力に金銭の未払いなどで強制労働の罰を受けた人を使うのだ。Cは、分別したものの中から価値がある物を売って、それでBの給金を賄う訳だ。
無論、計画通り収支が合うとは考えられないので、王家の事業というか、国の事業として行う必要がある。そのためには、まずは商業ギルドが関連するギルドとして調整して、その上で王女様に提案という段取りを計画していたのだが・・・。俺の予想は見事に外れた。
「素晴らしいですわ。強制労働者を早くどうにかしないと、刑務所がパンクしそうです。このままでは食費がかさむだけなので、さっさと借金分働いていただいて、罪を贖っていただくのが最善ですわ。どうかしたら油の製造にも回したい位です」
王女様は案外ドライだった。そういうものかもしれない。公共事業みたいなものだろうか。これについては、今後商業ギルドと王家でさっさと進めることになった。水野が当てが外れたような顔をしていたが、こういうこともあるだろう。
一通り終わったので、商業ギルドの女性チームと木田と浅野は別室(王女様の隣の小会議室)に移動した。先生となぜか王女様もついて行った。お陰でやっと一息付けそうだ。俺は外で控えていたセリアさんに、小会議室とこっちにお茶を持ってきてもらうように頼んだ。ミハエルさんが静かに話し始めた。
「素晴らしい説明会でした。見本の出し方、試食の手配、出し物風にした洋服の紹介、何から何まで刺激を受ける事ばかりでした。見かけばかりではございませんぞ。一つ一つの内容も素晴らしかった。先ほどは、半ば冗談でグラスウールの歴史が変わる日、と申し上げましたが、真実だったようですな」
紅茶を一口飲むと、ミハエルさんは豪快に笑った。予想を超える高評価です。俺は恐る恐る聞いた。
「ゴミのリサイクルは大丈夫でしょうか?」
「分かりません」
ミハエルさんはあっさりこたえた。やっぱ駄目かよ。
「しかし、筋は良いと思いますぞ。なにより城壁の修理はもう限界ですからな。強制労働者を刑務所に収監したままではいたずらに経費がかかるだけです。ある意味ゴミの分別は終わらない仕事です。王家としては渡りに船ではないでしょうか」
その後は囲碁と将棋の大会の話で盛り上がった。賞金の金額として、一位は金貨百枚で十分、賞金を出すのはベスト8からで良い。また、参加料は銀貨一枚が適正ではないかと言われた。
「いっそのことイゴ&ショウギギルドを作って、定期的にカップ戦を主催させてはいかがですかな?普及させるには良い考えだと思いますぞ。王家と軍が後押しするのであれば、ギルドの創立に反対するものなどおらんでしょう」
ミハエルさんによると、ギルドは俺たちの世界でいうと会社みたいなものだそうだ。ギルドを一つ作るとなると相応の資金が必要なので、それだけで経済を回すことにもなるらしい。
必要な資金は生活向上委員会が出せば良いが、軍も投資や人員の派遣を希望するかもしれないので、事前に伯爵に相談することを勧められた。なんかどんどん大掛かりになりそうだが、大丈夫か俺達。
確かにギルドを作れば囲碁や将棋を普及させるための主体になるとは思うが、異世界で日本棋院や将棋連盟を作ることになるかと思うと、正直手に余るという感じだな。行く先を考えて一人悩んでいると、歓声を上げながら女子チームが戻ってきた。先頭は王女様だった。
「谷山様、お喜びください」
なぜ?俺の頭の中は疑問符で満ち溢れた。
「谷山様のファッションショーを見たいという願い、我ら皆で協力して叶えることになりました」
俺は木田と浅野を見つめた。木田はにっこり笑ってVサインを出した。浅野は両手を合わせてごめんなさいのポーズをした。こいつらやりやがったな・・・。
「ありがとうございます。王女様のご支援いただけるとは、百万の援軍を得たのと同じです」
心無いセリフを言うのも慣れてしまったぜ。
「会場として我が白鳥宮の雪の間を提供しましょう。ド派手にいきますわよ」
いつもと口調が少し違う。これほど乗って来るとは、羽河の読みはピシャリ当たったようだな。
皆様席について貰い、お茶をふるまったら少し落ち着いてきたので、話を聞いたら打ち合わせは大成功だったそうだ。特にブラジャーについてはギルド三人娘と王女様は感激したようで、絶対に製品化すると宣言していた。また、ブランドとして立ち上げることについても大賛成してくれた。
ナプキンについては、試着して分かった問題=位置を固定できないという問題を改めて指摘されたそうだ。ではどうするかというと、生理用ショーツを作ることにしたそうだ。こっちはこっちでまた大事だな。ゴムが無いのにどうするのかね?
囲碁・将棋のギルド化の検討について説明すると、利根川の目が輝いた。新たな利権の匂いを嗅ぎつけたようだ。今日の打ち合わせを整理した結果、今後の予定は以下のようになった。
0.ウイスキー用の樽の納品時期と場所⇒準備でき次第、商業ギルドが連絡。
1.濾過器・菜種油・砂糖⇒商業ギルドが契約書の雛形を準備する。
2.ドライヤー⇒商業ギルドが契約書の雛形を準備する。
3.シャンプー、リンス⇒商業ギルドがサンプルのお試し後、再度打ち合わせる。
4.スリットスカート・ワイドパンツ・トートバッグ・ブラジャー⇒商業ギルドで製品化・販売・ファッションショー・ブランド化を検討する。
5.ナプキン⇒生理ショーツを試作する
6.囲碁・将棋⇒カップ戦とギルド化を商業ギルドで検討する。五目並べは碁盤の遊び方の一つとして世に広める。
7.ゴミのリサイクルプラン⇒王家と商業ギルドで早急に実現化する。
7は完全に手を離れたし、4~6を除けば、道半ばまで到達したような感じがする。商業ギルド一行は全員笑顔で帰っていったが、王女様は帰るそぶりも無い。優雅にお茶を飲んでいます。できることならぶぶ漬けを勧めたいところだが・・・。俺は仕方なく話しかけた。
「王女様、本日は誠にありがとうございました。お陰様で説明会を無事に終えることが出来ました」
「礼には及びません。今後、この王都にどのような風が吹くか、この目で確認することが出来ましたわ」
俺は羽河の目を見ながら続けた。
「感謝の気持ちを込めて、ささやかですが今夜の晩餐にご招待したいと思います。いかがでしょうか?」
王女様は一礼すると、満面の笑みで返答した。
「相談も無く突然訪問したにもかかわらず、望外のご歓待をいただき誠にありがとうございます。晩餐のご招待、謹んでお受けします」
やっぱ残るのかよ。仕方ないな。予想していたとはいえ、少しは遠慮して欲しいもんだ。羽河は笑っていた。流石だな。王女様は晩餐まで一休みされるそうで、会議室に引き上げた。時計を見るといつの間にか九時前になっている。あっという間だったな。
平野と打ち合わせがあるので食堂に行かなければならないが、気になることがあったので木田に話しかけた。
「トートバッグ、よく間に合ったな」
「向こうにいた時からいくつかパターンを考えていたからね」
「それでも大したもんだ」
木田は得意そうに笑った。俺は続けて聞いた。
「気になることがあってさ、あのパンツ、どうして左前なんだ?」
そうなのだ。女性向けのズボンなのに、みな左前(男前)になっていたのだ。木田の笑みがさらに深くなった。
「右利きの人がボタンの開け閉めをするなら、圧倒的に左前が使いやすいからよ」
「そういわれたらそうか・・・」
確かに地球の慣例(シャツもパンツも女物はほぼ右前)を持ち込む必要はないな。こういう割り切りは大事かも。
「でもたにやん流石だね。普通誰も気が付かないよ」
俺は軽くガッツポーズをすると、食堂に向かった。
プレゼンは大成功だったようです。