第87話:商業ギルドにプレゼン1ー1
宿舎に着いたのは六時半(日本時間の13時)だった。プレゼンは、七時半(日本時間の15時)の予定なので、余裕で間に合うだろう。普段は教室に使っている大会議室では、羽河をはじめとする生活向上委員会のメンバーが準備をしていたので、プレゼンの順番を打ち合わせた。
見本があるものから先にということで、順番は以下に決まった。
0.利根川:ウイスキーの見本を進呈。契約書と引き換えにレシピを納品
1.谷山(俺):濾過器(無償)、菜種油(条件付き無償)、砂糖
2.江宮:ドライヤー
3.木田:シャンプー、リンス、スリットスカート、ワイドパンツ、トートバッグ、ブラジャー ※ファッションショー
4.浅野:ナプキン、ウイスキーのラベルを納品
5.工藤:囲碁、将棋、五目並べ ※名人戦
6.水野:ゴミのリサイクルプラン
なお、サイダーについては食品の一つとして王家にレシピを渡し、お箸・農業プロジェクト・リバーシは準備できしだい、再度プレゼンすることにした。また、ウイスキー用の樽の納品時期と場所については、別途相談することにした。
木田が品数が多すぎるような気がするが、なんとか頑張って欲しい。また、スリットスカート、ワイドパンツ、トートバッグ、ブラジャー、ナプキンについては別に確保した小会議室で木田と浅野が女性だけの担当者と詳細を打ち合わせることにした。
一通りの準備が終わってラウンジで先生と打ち合わせていると、カウンターに呼ばれた。まだプレゼンの時間には少し早いような気がするが・・・。カウンターに行くと、パワーゲートさんが硬い顔をしていた。悪い予感がする。出来れば聞きたくない。しかし、無情にもパワーゲートさんは小声で伝えた。
「王女様がお越しです。お忍びだそうです」
俺の予感は当たった。最悪だ。俺は羽河を呼んだ。
「どうする?」
「とりあえず小会議室を一つ確保して、大会議室にも王女様の席を作りましょう」
「分かった」
男手を集めて急遽、大会議室の机やいすの配置を変更した。俺は思う所があってそのまま食堂に行って、平野を呼んだ。
「すまん、突然だが王女様が来ることになった。説明会が長引いたら晩餐にお誘いしなきゃならないかもしれん」
「分かった。何人位?」
「お忍びと言っているから多くて十人前後と思う」
「分かった」
「追加のお願いがあってさ、プレゼン用に菜種油を使った料理と砂糖を使った料理を作ってくれないか」
「炒め物と揚げ物とお菓子だね。十人分くらい用意したらいいかな?」
「それで頼む。合図したら持ってきてくれ」
「了解」
「あと、サイダーのレシピは王家に譲ることになった」
「確かにあれも食品の仲間にはいるかもね」
「もし、完成しているレシピがあったら渡せるように用意しておいてほしい」
「いいよ。ただし、今後は月に一回、月末と言う感じでいいかな?」
「もちろん。それで打診しよう」
平野との打ち合わせが終わり、食堂を出ると玄関先が騒がしい。王女様のお越しだ。慌ててラウンジに戻ると、王女様は侍女四人と護衛の騎士を四人引き連れて登場した。
どこがお忍びだよまったく。王女様は夏の空の様な済んだ青色の地にカラフルな花柄のレースをあしらったカジュアルなドレスだった。色が白いとこういうのが似合うんだよな。
侍女の中にはメグさんが、騎士の中にはユニックさんがいた。メグさんは少し疲れた風だが、ユニックさんはいつも通り飄々としていた。慣れているのかもしれない。
「見本が見られると聞いて、いてもたってもいられなくて押し掛けてしまいました。突然の来訪をお許しください」
王女様は悪びれることもなく満面の笑顔で説明した。俺は無理やり作った笑顔でこたえた。
「それほど楽しみにしていただけるとは光栄至極でございます」
「気に入ったものがございましたら、王家からも発注させていただきますので、よろしくお願いしますわ」
羽河に頼んで、プレゼンが始まるまでお待ちいただくために小会議室にご案内して貰った。王女様が移動すると、入れ替わりのように商業ギルド一行が時間通りにやってきた。ギルド長のミハエルさん、経理のエントランスさん、本部長のジョージさんの三人と女性が三名の計六人だ。女性三名が女性だけのチームになるのかな。
挨拶もそこそこに、王女様の飛び入りを告げると、ミハエルさんは微笑し、エントランスさんは無表情、ジョージさんは眉をひそめていた。
「グラスウールの歴史が変わる日の証人に王女様がなって頂けるとは、誠に光栄でございますな」
ミハエルさんは笑いながらこたえた。流石だな。
俺たちは商業ギル様ご一行と共に会議室に移動した。黒板を背にして俺達と先生、反対側に商業ギルド、両者の中間の窓際に王女様の席、というコの字型配置にした。俺たちは羽河を真ん中に前後のニ列に並んだ。商業ギルドのところは、長机を二つ横に並べて六人が一列になる形になった。全員着席して準備ができた所で、王女様をお呼びした。
「エリザベート・ファー・オードリー王女のおなりです」
先触れの声と共に王女様一行が入室した。全員立ち上がって礼を取る。王女様が着席してから皆着席すると、羽河は話し始めた。
「生活向上委員会の羽河でございます。皆様、本日はお忙しい中、我々が企画した商品の説明会にお越しいただき、誠にありがとうございます。また、王女様におかれましては前回に続いてのご参加となり、深く感謝申し上げます。それではまず、今回ご説明する商品と担当者の一覧をお配りします」
江宮がレジュメを商業ギルド一行と王女様に配る。ここでミハエルさんが手を上げた。
「よろしいですかな」
「どうぞ」
羽河は笑顔でこたえた。
「商業ギルドのギルド長を務めておりますミハエル・シュタイナーでございます。エントランスはご存じと思いますが、残りの出席者を紹介させてください」
ミハエルさんに促されてジョージさんが立った。
「商業ギルド本部長のジョージ・サンボンと申します。女性関係以外の商品は全て私が担当させていただきます。必要に応じて専門の担当を新たに付けることもあるかと思いますが、よろしくお願いします」
俺たちは拍手でこたえた。ジョージさんは続けて話した。
「私の隣におります三人が女性関係の商品の担当となります。必要に応じて私が補佐しますので、ご安心くださいませ」
ジョージさんが座ると隣の女の子から順番に自己紹介してくれた。年齢は二十代から三十代くらいだろうか、いかにも仕事ができそうな頼もしい人ばかりだった。ギルド長と王女様が同席しているのに、物おじした様子も見せない所が素晴らしい。三人の自己紹介が終わると、ジョージさんが手を上げた。
「説明会の前に、前回署名を頂いた火酒に関する契約書の正本をお渡ししてよろしいでしょうか?」
もちろんこちらに異存はない。ありがたく受け取り、先生に確認して貰ってからウイスキーの見本九種とレシピとラベルを手渡した。ジョージさんは、レシピをパラパラめくり、ラベルと見本を各九種類とも確認してから笑顔を見せた。
「間違いございません」
「それではこれで生活向上委員会からの納品は完了したという事でよろしいでしょうか?」
「さようでございます。それとこちらからのお願いですが、経理の都合上、現金の引き出しは来週からという事でお願いします」
「承知しました」
羽河は笑顔でこたえた。俺は手を上げた。
「先日ご注文いただいた樽の納品についてはどうしましょうか?」
ジョージさんは即答した。
「製造を委託する酒造ギルドの準備ができてから納品ということでよろしいでしょうか?」
「了解です」
一呼吸置いてから羽河が発言した。
「ありがとうございます。これにて契約は成立し、レシピとラベルの納品も完了しました。火酒の完成を楽しみにお待ちします」
全員、拍手で契約成立を祝った。羽河は笑顔で続けた。
「それでは説明会を開始します。まずは谷山からご案内します」
俺はまずアイテムボックスから濾過器を出した。先日王家に提供したレシピを見せながら、レシピは無償で提供するが、レシピ通りに作って欲しいと説明した。もちろん、改良やサイズ変更は自由だ。無償ではあるが、契約書は作るように頼んだ。
「誠意の証として契約書は締結させて頂きます」
ジョージさんは厳粛な顔で断言した。価格はおまかせするが、その気になれば自作は可能なので、ぼったくりは無いと思う。
次は菜種油だ。まずは小皿に取り分けた油そのものを配った。
「強い匂いはありませんな」
「さらさらしています」
可もなく不可も無しと言う感じだ。俺が両手を叩くと、会議室の扉が開いて、助手AとBがワゴンに乗せた料理の見本を持ってきた。肉野菜炒めとアジフライだ。
「この油を使って炒め物と揚げ物を作りました。どうぞお召し上がりください」
王女様と商業ギルド一行に振舞った。
「毒は入っていません」
ユニックさんは相変わらずだった。
「これはうまいですな」
「ラードよりさっぱりしている」
「オリーブ油のような強い匂いや癖が無い」
「上品すぎるような気がして物足りない」
「エールが欲しい」
一部異論はあるが、概ね好評と考えよう。
俺は、この油が料理に使えるだけでなく、明かりの補助としても使える(残念ながら、かなり暗い。明るさは蝋燭以下。無いよりはまし程度)ことを説明した。これも製造方法を無償で提供すると案内すると、商業ギルド一行はどよめいた。無理もない。ミドガルト国では基本的にラードしか取れない。植物油はほぼ百パーセント輸入品だ。当然高い。
「濾過器については、生死にかかわることで金儲けはしたくない、と仰せでしたが食用油は違うのではございませんか?」
ジョージさんは真剣な顔で聞いた。俺は笑顔でこたえた。
「無償にする代わりに条件がございます。原料の採集と製品の製造は全てスラムの住人を雇用して行い、それを王家が監督することが条件です」
ジョージさんとミハエルさん、エントランスさんは顔を見合わせた。ミハエルさんは覚悟を決めた顔で聞いてきた。
「この油の稼ぎでスラム対策を行うということでしょうか?」
俺は笑顔で頷いた。
「そう考えていただいて結構です。スラムの全員を雇用することはできなくても、一割あるいは二割の住人を雇うことが出来たら、王都全体の経済にも良い影響があると思います」
「王家としてはいかがでしょうか?」
ジョージさんは心配性だった。王女様は微笑みながらこたえた。
「何の問題もございませんわ。王都の安定と繁栄のためです。王家としても協力は惜しみません」
監督する位の手間でスラム対策に関われるのであれば、王家としては願ったりかなったりだろうな。将来的にスラムを脱出する人が増えればその分人頭税が増えるわけだし。
「無料でレシピは公開しますが、働き手の雇用に関するスキームと王家の関わりを明記した契約書を作成して頂きたいと思います。いかがでしょうか?」
「まったくもって異論はございません。雛形が出来次第、お持ちします。しかし・・・」
ジョージさんは鋭い目で俺を見つめた。
「悪意や企みを疑う訳ではございませんが、どこに皆様の益があるのでしょうか?」
俺は皆の顔を見渡してから伝えた。
「我らに特に益はございません。しかし、魔王を討伐するためには常に万全の状態で臨みたいのです。そのためには世の中が安定していることがなによりです。スラムの人口の多寡は社会の安定を測る物差しとなりますので」
静まりかえった会議室の中で、突然ミハエルさんが大きな声で笑い出した。さらに両手で拍手している。
「参り申した。どこまで先を見ておられるやら。このミハエル、身命を賭してこの事業に取り組みましょうぞ」
会議室が歓声と拍手に包まれた。なんだか少し恥ずかしい。俺は最後に砂糖を出した。まずは小皿に取り分けて配る。
「毒は入っていません」
ユニックさんは揺るがない。
「甘い!」
「砂糖ですな。これは凄い」
「上品な甘さです。色も白い」
再び手を叩くと助手Cと助手Dがワゴンを押してきた。今度は生姜を使ったクッキーとホットケーキだ。ホットケーキにはバターをかけている。一緒にたっぷりの紅茶もつけてくれた。流石は平野、気が利いているぜ。
「毒は入っていません」
ユニックさんはつぶやいた。
「生姜の香りが活きる甘さです」
「バターの塩気が砂糖の甘みと調和していますな」
「紅茶との相性も最高です」
大成功だったみたい。
「砂糖に関しては、ライセンス形式での販売を希望します。独占契約の代わりにライセンス料は売上の一割でいかがでしょうか?」
「了解しました」
ジョージさんが即断した。ミハエルさんを見もしなかったが、ミハエルさんもエントランスさんも頷いているので、問題ないみたい。
「こちらも契約書の雛形が出来次第、お持ちします」
「砂糖に関しては火酒と同様女神様が関係していますので、契約は順守でお願いします」
「かしこまりました。肝に銘じます」
軽く女神様の名前を出したので、だますようなことはしないと思う。俺は一礼し、見本を片付けた。最後拍手で終わったので、成功したのかな。
谷山君は無事にプレゼンを終えたようです。




