第84話:その名はSlits!
宿舎に戻るとまずは食堂に行った。平野に今日のお土産を渡す。思う所があって、肩ロースだけは残した。
「これは鶏?飼ってるやつとは全然違うね。肉がしっかりしてる。鹿と、これは豚?イノシシぽいような感じだね。それとこの牛肉は凄いよ。昨日の奴も良かったけど、今日のはそれよりも1ランク上みたい。
脂肪が多すぎない所がいいね。ヒレとロースとサーロインがこれだけあると、ステーキ祭りができるよ。モモ肉はローストビーフだね。それと昨日頼んでいた内臓肉もありがとう。うー、何を作るか迷ってしまうよ」
平野は満面の笑みで喜んでくれた。良かった良かった。
今日の晩ごはんは鰻の白焼きだった。三平が今日釣ってきたようだ。背開きした鰻を直火でじっくり焼き上げている。こっちの世界では鰻は人気が無く誰も取らないので、丸々と太っていたそうだ。
幅広で厚みもあるし油も乗っている。ハーブと塩で焼いただけなのに、流石天然鰻と言うか、滋味に溢れていて、噛みしめるごとに幸せな気持ちにさせてくれる逸品だった。もしも、これをしょうゆのたれを使ったかば焼きにしたら・・・一口食べたら昇天したかもしれない。添えられていた茶碗蒸しとの相性もぴったりだった。
デザートはどら焼きだった。丸く厚みのあるカステラ風の生地二枚にアズキ餡がたっぷり挟んである。紅茶との相性もばっちりでおいしかった。今日のお供えはこれできまりだな。
食後はそのまま食堂を借りて生活向上委員会の会議だ。本題の前に報告事項があれば、ということになったので、それぞれ報告した。
・谷山(俺):雑貨ギルドと契約締結中。グラスの意匠代が一点につき金貨三十枚、五点で百五十枚になった(利根川が大興奮)。ブーメランとボーラも武器として売れるかも(利根川が中興奮)。厨房用の道具三点とメスティンも見本作成中。メスティンも売れるかもしれない(利根川が小興奮)。菜種油と砂糖の見本も完成。音叉が完成したので、楽器ギルドと再度の交渉予定。
・木田:洋服の見本が出来た。会議の最後に披露する。
・浅野:ラベルのデザインが九種類とも完成。ナプキンの試作品も完成。
・利根川:ウイスキーのレシピを翻訳中。月曜日までには完成予定。商業ギルドに渡すウイスキーの見本も完成。
・水野:ゴミのリサイクルのプラン完成。プレゼン予定。
・工藤:囲碁、将棋、五目並べの取説の執筆中。出来次第、翻訳してユニックさんに校正を依頼する予定。
・江宮:将棋の駒の見本が出来た。ブーメランは千堂と尾上にも提供する予定。
そのまま江宮の駒のデザインを見せてもらったが、素晴らしいデザインだった。木目の上に香車だったら槍の、桂馬は馬のイラストが描いてあった。
それぞれのイラストにあった色遣いも秀逸で、なんかこう将棋とは思えない華やかさがあるのだ。囲碁の究極のシンプルさとは正反対の魅力があった。これは見かけだけでも売れるかも。
「見かけはチェス、ルールは将棋というのが面白いな」
工藤が正直な感想を出した。皆黙ってうなづいていた。今日の議題に入る前に思いついたことがあったので、俺は手を上げた。
「先生に渡す今月分のウイスキーの手配が必要だ」
「いいけど、どれにする?」
「まずは樫の十年物にして、来月からは順番に別の物にしていったらどうだろうか?九ヶ月で全種類一回りする感じ」
特に異論はなかったので、利根川が担当することにした。
今日の議題のブランド名については、それぞれが候補とその理由を上げた。木田が提案した「スカートを翻して」も悪くはないが、ファミニストに寄り過ぎなような気がした。俺は浅野が出した「Slits」が気になった。英語で「裂け目」というような意味だと思う。浅野は緊張しながら説明してくれた。
「この世界に少しでもいいから裂け目を入れて、そこから新しい風を吹き込んでみたいんだ」
その言葉が決め手になったみたいで、ブランド名は「Slits」に決まった。正式にはミドガルト語に翻訳した言葉になる訳だが。
話し合いが終わると、ファッションショーの時間だ。木田が食堂のドアを開けて呼び込むと、一条・鷹町・野田がスリット入りのスカートで、小山・洋子・三平がワイドパンツで登場した。
スリットは背中側の真ん中に膝下位までしかなかったが、これだけでも全然違うそうだ。パンツはお尻のあたりからゆったりしていてラインが全然分からないようになっている。足首の所に紐があって、絞れるようになっているそうだ。どっちも無地・ストライプ・チェックの三種類のパターンでいくみたい。生地の色次第で何種類にもなりそうだな。
モデルが良いからか、皆輝いて見えた。委員全員が拍手と歓声でこたえた。俺も痛くなるほど手を叩いて応援した。なんかこう、想いが形になるのっていいな。感激してまた余計なことを言ってしまった。
「ファッションショーをやったらいいかもな」
食堂の空気が一瞬で変わった。女の子達から殺気の様なものを感じる。木田がニコニコ笑いながら聞いてきた。
「良いわね。どういう感じの?」
満面の笑顔なのに目が一切笑っていない所が逆に怖い。
「もちろん商業ギルドとの話が付いてからになるけど、洋服を扱っている店の主人やお得意様を招待して今やったショーをやったらどうかな、と思って」
俺はなんとか思い付きを並べた。羽河が大きく頷いた。利根川が感心したようにこたえた。
「たにやん、今までいろんなアイディアを聞いてきたけど、これ最高ね。認めてあげるわ」
「あ、ありがとう」
なぜか利根川の上から目線の褒め言葉に素直に感謝する俺なのであった。どうして?羽河が明るく笑いながら付け加えた。
「出来れば王家を巻き込んで盛大にやりましょう。あの王女様なら絶対に乗って来るわ。うまくいけばヒットするわよ」
「ショーは私にまかせて!」
木田が勢い込んで発言した。そういえばこいつ、将来はアパレル系に進みたいと言っていたっけ。適任だな。しかし、剣と魔法の世界で魔王を倒すのがなぜにファッションショーということになるのだろうか?当事者ではあるがどこかおかしいと思う。俺は何の気なしに発言した。
「江宮の駒のデザインを見て考えついたんだけど、取った駒を使えないルールの別バージョンを作ったらどうかな?チェスのように、駒のベースを木目じゃなくて片方は白、片方は黒にしたりして」
工藤が腕組みして唸り始めた。皆黙って工藤の発言を待った。
「たにやん、面白い、面白すぎるぞ。でも、俺の中でそんなの認められん、という気持ちもあるんだ。少し考えさせてくれ」
工藤の顔は硬く強張っていた。ただの思い付きをそこまで深く考えなくても良いと思うのだが・・・。俺は方向性を変えようと思って、続けて言った。
「五目並べはそのままで、例えば五連星とかでも良いと思うんだけど、将棋と囲碁の名前はどうする?」
皆虚を突かれたように沈黙した。浅野がおずおずと発言した。
「大戦略は?」
「却下!」
なぜか志摩が即座に反対した。大戦略に思い入れがあるのだろうか?
「天下統一は?」
「却下!PCゲームの移植は認められん!」
志摩はにべも無かった。名前だけでも移植と言うのだろうか?でも浅野はあきらめなかった。
「戦陣は?」
「拒否しない。可とする」
パクリは駄目という事か?浅野と志摩がPCゲームにも詳しいとは知らなかった。頃合いと見たのか、羽河が収束に乗り出した。
「まあまあ、二人とも名前を今決める必要はないわ。次の会議までに考えましょう」
「Slits」というブランド名に相応しいロゴを作ることにして今日の会議はこれで終了となった。宿題一杯で前途多難だな。俺は部屋に戻ると、どら焼きをお供えに上げながら女神様に祈った。万事うまくいきますように。
ブランド名は「Slits」に決まりました。イギリスに同じ名前のガールズバンドがあったような・・・。それにしても白黒のチェス将棋面白そうです。




