第82話:雑貨ギルドと交渉
7月5日、火曜日。晴れ。今日も快晴。ほんとうに憎らしいぐらい晴れている。7月と8月はこの世界でも「夏」なのだそうだ。夏の間は雨は一週間に一回くらいしか降らないらしい。
今日の朝ごはんはキッシュだった。パイ生地の中にベーコン・挽肉・野菜・卵を入れ、上からたっぷりチーズをのせて焼き上げている。朝からボリューム満点だ。カットフルーツとミックスジュースで絶好調だ。
食後ラウンジでのんびりしていると、玄関先が騒がしい。カウンターにいたメリーさんに呼ばれた。
「谷山様、木工ギルド様がお見えです」
会議室を取って貰い、平野を呼んでくるように頼むとテイラーさんがやってきた。後ろに大きな箱を持った従者がついている。
「おはようございます。かごを持ってまいりましたぞ」
丁度平野がやってきたので、竹かご二種各十個検品して貰った。問題なかったので一安心。平野は笑顔でかごを持っていった。受け取りにサインすると、俺はテイラーさんにとあるものの製作を依頼した。テイラーさんは腕を組んで顔をひねりながらこたえた。
「これはまた大がかりですな。納期はいつまででしょうか?」
「できれば再来週の月曜日までにお願いできませんか?」
「確約は出来ませんが、最優先で手配します」
あとはテイラーさんの頑張りに期待するしかないようだ。
今日は座学の最後の講義だった。野外で活動する際に必須となる解毒ポーションだ。対象となるのは動物・昆虫・植物・鉱物・魔物の毒と各種の状態異常(麻痺や痒み・痛みなどの肉体的な異常から精神的な異常まで)だ。
他のポーションと同様、初級・中級・上級・最上級に分かれ、上級になるほど対応する毒や状態の幅が広がり、効果も大きくなる。初級の場合、動物~鉱物やランクの低い魔物の毒までしか対応できないが、中級はランクの高い魔物の毒や簡単な状態異常にも対応できる。それ以上になると上級のポーションが必要だ。
三つあるポーションの中では一番難しいらしく、初級以前の毒消しのポーションの作り方を教わった。教えられた通り草をすりつぶして呪文を唱えるのだが、レモングラスのような匂いのする青汁は黄色いポーションには変化しなかった。成功したのは利根川だけだった。流石は錬金術師だな。この黄色も上級になるほど薄く、透明感のある色になるらしい。
その時俺の体の中で警報が鳴った。まずい、あれが来る。俺は中原を見たが遅かった。
「ポーションも 赤青黄色 ほととぎす」
中原の俳句(?)にほぼ全員脱力した。先生だけが一人意味不明と言った顔をしていた。最後に先生から簡単な挨拶があった。
「座学はひとまず終了となりますが、ミドガルト語の講義は続きます。この世界のことで分からないことがあればいつでもお尋ねください」
ちょっとばかりセンチメンタルな気持ちがこもった盛大な拍手で教室は包まれたのだった。
ミドガルト語の講義は相変わらずだった。分かって来たなと思うたびに、ゴールがその分遠くなるような感じ。先生の教え方がうまいのだろうか。
お昼ごはんは久々にとんこつラーメンだった。ネギ代わりのハーブとオークのバラ肉を軽くローストしたものの薄切りがチャーシュー代わりに乗っている。もちろん替え玉オッケーなのだが、ラーメンライスで締めたい奴のためにご飯も用意されていた。もちろん、冷ご飯で。流石平野、分ってるなー。温度管理は大事ですね。
デザートはレモンのジェラートだった。レモンの鮮やかな酸味が口の中の脂っこさをきれいに拭ってくれるようで最高だった。
十玉替え玉した結果動けなくなったヒデをおいてラウンジに行くと、玄関先が騒がしい。カウンターのメリーさんから呼ばれた。
「谷山様、雑貨ギルドのニエット様がお見えです」
会議室を取って貰い、再度平野を呼んでくるように頼むとニエットさんがやってきた。
「おはようございます。契約書の雛形を持ってまいりましたぞ」
「ありがとうございます。お預かりして内容を確認し、ご連絡します」
契約書の雛形を預かったついでに聞いてみる。
「ところで意匠代は一点につき幾ら、という形で良いですか?アイテムを追加するときは別紙を追加する形で」
「異存ございません」
「今回の意匠代ですが、グラス五種類とも一点につき金貨三十枚でいかがでしょうか?」
「かしこまりました。その条件でお受けします」
え、いいの?と思わず言いかけてしまった。よほど間抜けな顔をしていたのだろうか、ニエットさんは笑顔で続けた。
「濾過器の件が王都中の商人達の間で噂になっております。今、谷山様からの提案をお断りする商会はございませんよ」
金貨十枚に値切られることを覚悟して三十枚で提案したのに、手探りで出したジャブ一発で相手がいきなりひっくり返ってしまったような感じだ。
「あ、ありがとうございます」
どもりながら御礼を言うのが精いっぱいだった。なんとグラス五個のデザインで金貨百五十枚だ。良いのだろうか・・・?俺の思考を断ち切ったのは知らぬ間に隣に座った平野だった。わき腹を肘で突かれて慌てて説明した。
「秤やグラス以外にも幾つか追加で作って頂きたいものがあるのです。平野が説明します」
平野は一人用の耐熱皿(長方形の平たい角皿)・卵焼き専用のフライパン(長方形の箱型になっている)・泡だて器(この世界の物は使いにくいらしい)について、使用目的や大きさ・形・素材・改良点などを説明した。ニエットさんは質問を交えながら細かくメモを取っていった。平野の話が終わったので、俺は最近江宮に作って貰った道具の三番目を取り出した。それはメスティンだった。
メスティンは平べったい飯盒だ。蓋が付いていて、ご飯を炊くだけでなく、煮る・焼く・蒸すなど様々な料理にも使えるし、お湯を沸かすこともできる。折り畳み式の取っ手が付いていて、フライパン代わりに使えるのが便利だ。キャンプには必須の道具だ。
「これは厨房で使う道具でしょうか?」
「いえ、どちらかといえば野外で調理するときに使う道具です。これと同じようなものを見たことはありませんか?」
ニエットさんは首をかしげた。
「いえ、野外で使う道具も扱っておりますが、このようなものは初めて見ました。取っ手が折りたためる所が素晴らしいですな」
俺はにやりと笑った。
「俺たちが野外で活動する際に備えて作ろうと思ったのですが、ひょっとすると軍や冒険者や行商人にも需要があるかもしれませんね」
ニエットさんの目がきらりと光った。
「確かに野外で食べる暖かいご飯は何よりのご馳走ですな。分かりました、お伺いした四点とも見本を作らせて頂きます。出来ればこれも当商会で扱わせて頂きたいと存じますぞ」
ニエットさんはメスティンを大事そうに鞄に入れると、笑顔で帰っていった。ニエットさんが出て行くと平野に怒られた。
「ずるいよ、自分だけ見本を作って」
「ごめん、ごめん。後から思いついたのと、折り畳み式の取っ手をうまく説明できそうになくてさ、目で見てもらった方が早いと思ったんだ」
「いいよ、でもメスティンは食堂用にも発注してね」
「分かった」
何に使うのか分からないが、平野が必要と判断したなら俺が反対する理由はない。ラウンジに戻ると羽河がいたので、グラスの意匠代について報告すると驚いていた。羽河からはブランド名については今日の夕食後会議すること、その際に洋服の試作品をお披露目することを聞いた。どんなデザインか、ちょっと楽しみだな。
雑貨ギルドとの交渉は大成功でした。新たな資金源獲得!