第79話:メンバーチェンジ
7月4日、水曜日。晴れ。昨日の夜中は雨が降ったみたいだが、朝には上がっていた。今日も快晴。日射病に注意しよう。
今日の朝ごはんは肉まんのがわをパンに置き換えたような丸いパンだった。ひき肉を玉ねぎのみじん切れと炒め、ハーブと塩で味付けした物を具にしている。揚げずに焼いたピロシキのような感じ。シンプルだけど、肉汁がパンに染みていてうまかった。いつも通り、カットフルーツとミックスジュースと一緒に美味しく頂きました。
ラウンジでウダウダしていると、水野と中原が話しかけてきた。
「羽河にはもう言ったんだけど、ここしばらくは野外訓練は遠慮したい」
「真剣な戦闘になると役に立てそうな自信が無いんだ。ごめん」
昨日の体験でいろいろ考えたんだろう。特に悲観したわけでもない二人の顔を見て俺は頷いた。
「戻ってきたくなったらいつでも言ってくれ」
二人は笑顔で部屋に帰っていった。班分けはこのままでいいよなと考えていると玄関先が騒がしい。カウンターにいたエレナさんから呼ばれた。
「谷山様、商業ギルド様がお見えです」
やってきたのは前回と同じジョージさんだった。
「契約書の原本を持ってまいりました」
既に商業ギルド長の署名は記入してあるそうだ。羽河と先生を呼ぶように頼んでから会議室に移動した。濾過器についてジョージさんと雑談していると羽河と先生がやってきた。念のため、先生に確認して貰った上で羽河に三部署名してもらった。口座の登録は俺の署名も追加した。このまま王家に提出して王女の署名を貰ったら、一部こちらに持って来るそうだ。
ついでに六日のプレゼンの時間について話して、七時半(日本時間では午後三時)に行うことにした。浅野の指導が六時半(日本時間の午後一時)までかかっても、間に合うだろう。ジョージさんはプレゼンを楽しみにしていると言ってから帰った。
ラウンジに戻ったら、利根川と佐藤が待っていた。
「どうした?何か問題でも」
続きを言う前に利根川が切り込んできた。
「水野と中原が野外演習を休むんでしょう。代わりに私たちが入るわ。二人一緒に入れるんならどこの班でもいいから都合つけてよ」
こいつら耳が早いな。
「いいけど、そんな面白いもんでもないぞ」
「何言ってるのよ。レベルアップがかかっているのよ。面白いとかそういう問題じゃないわ」
利根川の目は真剣そのものだった。俺は利根川の気迫に押されながらこたえた。
「分かった。班分けは練兵場に行ってからでいいか?」
「いいわ」
利根川は満足そうな顔でこたえた。二人まとめて入るならば、単なる補充じゃなくて入れ替えが必要になるな。まあなんとかなるだろう。俺は引き上げようとした利根川に話しかけた。
「ウイスキーの見本を木の種類ごと・年代ごとで全部作ってくれないか」
「いいけど何に使うの?」
「商業ギルドの担当者に渡したいんだ」
「確かにあったほうがいいわね。わかった。いつまで?」
「できればプレゼンの時に渡したい」
「月曜ね。まかせて」
利根川は上機嫌で帰っていった。今後のことをぼんやり考えていると、講義の時間になった。今日は昨日に引き続きポーションの講義だった。魔法使いにとって必要不可欠な魔力ポーションだ。
昨日の話と逆で、剣士や闘士など魔法を使わないファイターでも、大なり小なり無意識のうちに体内の魔力を肉体の強化に回しているので、非魔法使いでも魔力ポーションは効果があるらしい。奥が深いなあ。
先生が用意してくれた雑草(にしか俺には見えなかった)を七種類、すり鉢みたいなので擦りつぶして水を少し加える。よく混ぜたら呪文を唱えて魔力を流す。しかし、ハイビスカスのような匂いがする青汁は青汁のままで一ミリも変化しなかった。うまくいけば、利根川が作った血のように赤い液体になるのだが。
色は体力ポーションと同じく、上級になるほど薄く、透明感のある色になっていくそうだ。作成の難易度は普通のポーションより高く、それに比例して価格も高い。元々、ファイターより魔法使いは少ない(冒険者が十人いると魔法使いの比率は一人か二人らしい)ので、需要が少ないことも影響しているかもしれない。
利根川以外では浅野、洋子、夜神、工藤の四人と土魔法持ちの志摩が成功していた。昨日と同じ面子だな(相変わらずヒデは失敗していた)。魔力ポーションも初級・中級・上級・最上級のランク別になっているらしい。
ポーションを飲んだことによる魔力ゼロ状態からの回復効果は、初級:四割以上・中級:七割以上・上級:九割以上が目安だそうだ。初級しか持っていない場合はこまめに回復するしかないみたいだな。
俺は気になることがあったので、質問した。
「魔法使いも、非魔法使いもどっちもポーションと魔力ポーションが両方必要ならば、ミックスしたものを作ったらどうでしょうか?」
先生は笑顔でこたえた。
「仰る通りです。ですが、この二つのポーションを混ぜると反応して、ポーションではなくなってしまうのです」
先生が二つのポーションを同時にビーカーに注ぐと、ぼこぼこ泡が立って水面が一気に膨れ上がった。紫色の煙の中で小さな雷のような光がバチバチ音を立てている。爆発するんじゃないかと恐々見つめていると、泡立ちはやがて収まって濃ゆい褐色の液体が残った。
「飲んでも害はありませんが、体力も魔力もどちらも回復しない、ただの苦い水です」
俺はとある飲み物を連想して、無理やり飲ませてもらった。そして確信した。こいつはコーヒーだ!しかし、残念なことに特有の香りは無かった。おまけに原価的にも多分高すぎるだろ。あきらめるしかないな。
今後のことがあるので、ミドガルト語の講義は必死に勉強した。契約書を自分で読めるようになりたいのだ。
今日の昼ごはんはナポリタンだった。小さめのミートボールがごろごろ入っていてボリューム満点だった。デザートは梨のシャーベットだった。梨の香りとみずみずしい甘さにこれもまたいいなと思ったのだった。
食堂を出る前に平野に声をかけて、月曜日に商業ギルドにプレゼンを行うことを伝えると、平野が厨房の中に手招きした。なんだろ?
平野が差し出した小皿には少し茶色がかった白い粉が乗っている。ひょっとするとあのやばいやつか?俺は震える手で指先を湿けらせてから粉を一なめした。甘ーい!変な臭いや苦みも無い上質の砂糖だった。
「できたのか?」
「煮汁を煮詰めて乾燥させるだけだからね」
「やったな!流石平野だ」
「これでお菓子作り放題だよ。だから材料頂戴」
「分かった」
俺はてん菜を十箱分くらいアイテムボックスから出した渡した。平野は万歳して喜んだ。
「これも商業ギルドにプレゼンするから見本をもうちょいくれないか」
「オッケー!」
平野は喜んで大きなコップ一杯分位の砂糖を分けてくれた。これだけあれば十分だろ。
ラウンジで、今後の班の編成についてヒデと相談した(一応リーダーなので)。話がまとまったので横を見ると、野田と江宮が話していた。野田が江宮に頼んでいたものができたみたいだ。チーンと音がする。音叉ができたようだ。
ヒデに断ってから隣のテーブルに移動する。
「音叉ができたのか?」
「ああ。形はすぐできたんだが、絶対音感が無いから、音を合わせるのがちょっと大変だった」
江宮は満足げにこたえた。ちょっと大き目に作って少しづつ棒を削りながら、野田に聞いてもらった音を合わせていったそうだ。楽器ギルドとも再度の打ち合わせが必要だな。野田は音叉を受け取ると一眠りすると言って立ち上がったので、俺は江宮に昨日頼んだものの進捗を尋ねた。
「三つともできたぞ」
「早いな。見せてくれ」
「待ってろ。持ってくる」
しばらくすると江宮が大きな袋を持ってきた。中身を確認してからアイテムボックスに収納する。助かったぜ。江宮に礼を言った所で練兵場行きの馬車が来た。
利根川さんはどうやって戦うのでしょうか?