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第78話:訓練再開

 練兵場に着くと早速伯爵が寄ってきた。

「どうですかな?」

「大丈夫です。用意できました」


 伯爵は笑顔になると、大声で号令をかけた。

「問題は解決しました。さあ、お待ちかねの野外演習に参りますぞ」

 歓声と共に皆が明るい顔で武器の準備に向かいだすと、伯爵が俺の所に来た。


「遅くなりましたが、鍛冶ギルドとの契約書の正本をお持ちしましたぞ」

 将軍様の署名入りだそうだ。今回は鍛冶ギルド・軍・生活向上委員会の三者連名になるそうで、契約書も三部あった。署名する箇所を確認して預かった。


 俺たちの馬車が四台と伯爵、イリアさんの分を含めて六台の馬車は前回と同じルートでのんびり北を目指す。護衛の騎馬が馬車の前後に各ニ騎ついている。杉並木の街道の左右は高さ五十センチ位の草原が地平線まで続いている。所々灌木のような背丈くらいの高さの茂みがある以外は何もない。


 目的地に着くと、俺は空を見上げた。王都の南に白い小さな雲が浮いているだけで、青い空が三百六十度果てしなく広がっている。俺たちは青い空と緑の絨毯の間に緩やかに流れる風に吹かれていた。日差しは強いが、良い風が吹いているので、帽子をかぶっていればなんとかなりそう。


 伯爵の視線に気が付いて俺は仮設トイレを十メートル位の間隔をあけて二か所に設置した。何もない草原に物置小屋みたいなのが突然現れたので、半分くらいの人間は驚いた(残りは予想していたみたい)。


 男女が一目で分かるように、女性用には入口の扉の取っ手にタオルをまいた。皆が注目しているので簡単に説明した。

「タオルを巻いた方が女子用です。水洗になっていますが、一つ注意事項があります。便器に落としたものは回収不能です。そういう仕組みなので、物を落としたらあきらめてください」


 鷹町がこわごわ中に入ってチェックした。水を流す音がすると満面の笑顔で出てきた。両手で大きく〇のサインを出すと歓声が上がった。良かったみたい。俺は密かに胸を撫でおろした。伯爵も笑顔を見せた。当座の問題は解決したかな?どうやら俺たちの冒険はようやく始まるようだ。


 班分けも参加者も前回と同一なので、問題なく始められそうだ。伯爵が各パーティのリーダーを集めてミーティングを始めた。野外演習の場合、基本的に伯爵→リーダー→メンバーの順に指示伝達するそうだ。軍隊みたい。


 ヒデが戻ってきたので、俺たちのパーティ(洋子、初音、俺、ヒデ、冬梅、水野)は集まって伯爵の指示を聞いた。

「今日の課題はホーンラビットだそうだ」

「何匹仕留めたらいいの?」


 初音が事務的に聞いた。

「半時間で十匹以上がノルマだそうだ。仕留めたらこのバッグに入れろって」

 ヒデはマジックバッグを掲げた。


「一人で?」

 驚いた声で洋子が聞いた。

「そんな訳ないだろ。一つのパーティで十匹以上だって」

「それならなんとかなるかな?」

初音が安心したようにつぶやいた。


 ヒデが脅すような声を上げた。

「ノルマに達しなかったパーティは罰ゲームで、帰りは徒歩になるそうだ」

「えー!?そんなのあり?ひどすぎるよ」

 洋子がむくれた。ヒデは構わず説明を続けた。


「ここは王都の近くなので、危険な魔物はほぼいないが、幾つか注意する魔物や動物があるぞ。

 まずは草原狼。こいつは足も速いし音にも敏感で、敏捷性も高い。魔物ではないのでそんなに強くないが、自分より弱いと判断したら集団で襲ってくる。連携が取れているので、厄介だそうだ。好奇心が強く、気配を消して接近するのが得意らしい。


 次に草蝮まむし。こいつも魔物ではないが、即死する程ではないけど毒がある。足を噛まれたら腫れあがって動けなくなる。ほっておいたら壊死するそうだ。草が保護色になっていて見分けがつかないので、足元には要注意。


 そして頭は犬で体が人間のコボルト。背は低くて子供位。武器は持っていないが噛みついてくる。こいつも群れで行動するので注意。

 ゴブリンも群れで行動する習性がある。大きさはコボルトより大き目。基本噛みつきしかしないが、まれに棍棒を持って振り回してくることもある。


 単独で遭遇する可能性があるのはオーク。この辺りは定期的に掃討しているので群れはいないはずだが、もしも姿を見たら即座に撤退すること。足はそれほど速くないので、全力を出せば逃げられる。


 最後にロックバード。左右の羽を広げたら最大で十メートル以上にもなる巨大な白い鳥だ。地上から攻撃しても空中の敵には当たらないし、当たっても威力が足りないので、これも狙われたら即座に撤退せよ、ということだ」


 概ね先生の講義の通りだった。要はターゲットはホーンラビット、草原狼は注意、オークとロックバードに会ったら即撤退、ということだな。ヒデは続けて話した。

「蛇に噛まれたり怪我した時に備えて、それ用のポーションもバッグの中に入れてあるそうだ」


 水野が聞いた。

「制限時間はどうやって確認するんだ?」

 ヒデは手のひらに持っていた赤いボールを見せた。


「制限時間を経過したらこいつがピコピコ鳴るそうだ。鳴ったら即帰還。行動範囲は馬車が目視できる所まで、ということだ」

 タイマーみたいなものかな。


「一応分かったけど、どうやってホーンラビットを探すんだ?」

 俺の質問に初音がこたえた。

「大体わかるよ。ほらそこにもいる」


 初音は俺から三メートル位離れた草むらを指さした。目を凝らすが何も見えない。初音が右手を振ると、ヒュッという音と共に黒い線が走った。途端に長さ一メートル位の緑色の棒みたいなのがビタンビタンとのたうち回った。


「多分これが草蝮だと思う」

 初音の言葉に皆驚いた。あんなに近くにいたのに全然気が付かんかった。前途多難だな。ヒデが蛇を足で踏みつけた。首の所を持って持ち上げると、頭の中心を棒手裏剣が貫いていた。流石だぜ。ヒデは手裏剣を引き抜くと、いきなり俺に投げてよこした。空中にあるうちに透明の腕で捉えてアイテムボックスに収納した。


「透明な腕」は女神の動きを見てイメージだけしていたのだが、ぶっつけ本番でうまくいったのには自分でもびっくり。これで空中にあって動いている物でも収納できそうだ。ヒデは何と草蝮をマジックバッグに放り込んだ。初音がギョッとした顔でヒデを見た。


「草蝮でも練兵場で待機しているギルドの職員が買い取ってくれるそうだ」

 ヒデは淡々とした声で説明した。俺は棒手裏剣をフォルダに入れて洗浄してから初音に返した。


 中原もやる気になって召喚したが、出て来たのはアフリカ象の小象だった。中原が小学校の頃、動物園のアイドル的な存在だった「ハナコ」ちゃんだそうだ。小象とはいえ、背の高さは二メートル近い。それにしても異世界で象!?俺達、特に女の子には大好評だったが、象を初めて見た伯爵やイリアさんは仰天していた。


「なんとも面妖な動物ですな。あれは鼻ですか?」

 伯爵の視線の先ではハナコが鼻を上手に使って草をむしゃむしゃ食べていた。

「そうです。『象』といいます。これは子供ですが、成長するとこの倍の大きさになります」


 俺に言葉にイリアさんは驚いて叫んだ。

「これで子供ですか?これは魔物ではないのですか?」

 俺は笑ってこたえた。


「魔物じゃありません。草食動物です。本来はおとなしい動物ですが、重くて力が強いので怒らせると怖いですよ」

 ハナコは回りの草を食べるのに夢中で、その場を離れなかった。中原はハナコと一緒に残った。


 俺たち五人+護衛の騎士一人は剣や棒で草を薙ぎながら初音を先頭にして東に進んだ。他のパーティも打ち合わせしていないのに、それぞれ別の方向に進んでいるみたい。イリアさんは浅野の班に同行したみたいだ。


 初音は十メートルほど進んだところで一度止まると再度手裏剣を投擲。今度は灰白色の毛玉がぴょんと跳ねた。ヒデが慌てて駆け寄ってとどめを刺した。角兎ホーンラビットの一匹目をゲットだぜ。


 その後も草蝮に悩まされながら角兎を狩り続けた。俺も二度ほど足を噛まれたが、分厚いブーツが牙から守ってくれた。ヒデが預かった赤い球が鳴り出す前に課題を達成して馬車に戻ったので、まあまあではなかろうか。


 草原狼にもロックバードにもコボルトにもゴブリンにも出会わなかった。ちょっと残念。代わりに野生の馬・牛・山羊やぎ・豚みたいなのは見かけた。馬はどう扱ったいいのか分からないが、牛はしとめて持って帰っても良かったかもしれない。しかし、ある程度近寄ると逃げるので断念した。


 集合場所に戻ると馬車の回りは草刈りをした後のようにきれいになっていた。ハナコはまだもぐもぐ食べている。中原が手を振って迎えてくれた。


 他の班も戻ってきている。3班の「炎の剣」は小山が、4班の「ガーディアン」は羽河が活躍したようだ。忍者や盗賊シーフの面目約如だな。2班の「クレイモア」は苦労したみたいだが、平井の野生の勘と江宮の弓で何とかなったみたいだ。


 江宮は魔術師のくせに弓道が得意で、尾上によると全国トップクラスの腕前らしい。事情があって弓道部はやめているが、弓を引く一連の所作はもちろん、的に当てる技術は神業レベルらしい。この世界の弓は質が悪いといって使っていなかったが、今日は投影した自分の弓を使って平井が見つけた兎を一射で仕留めていたそうだ。


 江宮の持っている弓(アーチェリーではなく和弓だった)を見た伯爵が興味深そうな顔をしていたが、江宮はさっさと投影を解除して弓を消してしまった。和弓をこの世界で広めるつもりはないみたいだな。


 怪我をしたのは草蝮に噛まれた藤原だけだった。ティムをかけようとして失敗して腕を噛まれたみたい。解毒ポーションを飲んだ上に、夜神が回復魔法ヒールをかけたので傷口も残っていなかったが、痛かったらしい。


「失敗しちゃった。爬虫類は難しいや」

 そう言って笑っていたので大丈夫だろう。さっそくハナコにティムをかけると見事成功!自分の背よりも高いハナコに手をかけるとひょいと跨がり、お散歩を開始したのだった。両手と両足でハナコを完全に制御している。す、凄い、象に乗った少年(本当は少女だけど)がやってきた。


 それを見て大興奮したのが平井だった。

「私も乗りたーい!」

 大声で叫ぶとハナコの横にいって藤原に必死にお願いした。藤原はハナコに何か話しかけてから笑顔でこたえた。


「ちょっとだけだよ」

 藤原はハナコを止めて平井に手を差し伸べた。平井は藤原の手を支えに象の腹を蹴って、軽々と背中に飛び乗った。ハナコの負担を考えたのか、入れ替わるように藤原は下に飛び降り、ハナコの横についてお散歩を再開したのだった。平井の満面の笑顔が最高に可愛かった。それを見た中原が口を開けた。止めようとしたが、遅かった。


「異世界で 象にまたがる ほととぎす」

 流石にハナコを連れて帰るという勇者は現れなかった。中原が召喚を解除し、トイレをアイテムボックスに収納してから帰った。


 帰りの馬車の中は初めての狩りの余韻のせいか、みんな妙に興奮して高揚していた。まるで酔っているみたいだった。俺もそうだったのだが、ふと違和感を覚えた。俺も草蝮を二匹始末した(ブーツに噛みついて牙が抜けなくなった草蝮の首をナイフで切り落とした)のだが、罪悪感や嫌悪感などの負の感情が全くなかったことを思い出したのだ。


 練兵場に戻って、待機したギルド職員の前でマジックボックスから獲物を出して買い取ってもらった。すると、3班のマジックボックスから出した兎が一頭、突然跳ね起きて走り出した。小山と羽河が連携して再度仕留めたのだが、マジックボックスって生きたままでは入れないんじゃなかったっけ?


「仮死状態の場合、今のようにマジックボックスに入ることがありますぞ」

 伯爵が説明してくれた。そういえば、ウサギって驚いたら死んだふり状態になることがあるって聞いたことがある。


 とりあえず四班合計して角兎が五十一匹(小山が一人で二十一匹しとめたそうだ)、草蝮が十八匹だった。買い取り額は額の火の魔石込みで角兎が大銅貨五枚(五十ペリカ)、草蝮が大銅貨一枚(十ペリカ)だが、頭を落とした草蝮は商品価値が無いらしく(頭の下にある毒袋に価値があるらしい)ゼロ査定だった。


 草蝮のお頭付きが十匹だったので、査定額は合計でニ千六百ペリカ、銀貨二枚・小銀貨六枚になった。各班に分けて、俺の班では六分割した。ほぼ初音の手柄になるので水野は遠慮したが、成果は山分けという事で無理やり分けた(一人約九十ペリカ)。これでいいのだ!


 俺は羽河をつかまえて質問した。

「羽河も兎をたくさん仕留めたと思うんだけど、何かこうショックと言うか、罪悪感みたいなの無かった?」


 羽河は小首をかしげながらこたえた。

「確かにそういうの全然無かったわ」

「そうだろ、みんなそうみたいなんだけど、逆におかしくないか?」


 羽河はしばらく考え込んでからこたえた。

「もしかしたら、健康ヘルスの影響かもしれない」

「どういうこと?」

「この先レベルアップしようとしたら、私たちは魔物をたくさん退治、つまり殺さなきゃならない。生き物の命を奪うことに罪悪感を覚えていたら、それが積み重なっていったら、いずれ心が壊れてしまう。そういうことを防ぐために、健康ヘルスがフィルターになっているのじゃないかしら?」


「それって洗脳みたいなの?」

「ある意味そうだと思う。別に殺すことに喜びを覚えるわけじゃないけど、魔物や動物を殺しても過度の罪悪感を感じないようになっているのじゃないかしら」

「この世界に順応するため?」

「そうね。心の健康を維持するため、と言った方がいいかもしれない」


 俺は羽河と顔を見合わせてため息をついた。俺たちはこの先どうなるのだろうか。

 宿舎に戻るとラウンジに先生がいたので、鍛冶ギルドとの契約書を見てもらった。今回の契約は、俺達・鍛冶ギルド・軍の契約となり、今後はアイテムごとに別紙を追加する形式になっているそうだ。ライセンス料は鍛冶ギルドの販売額に対して俺たちが七パーセント、軍が三パーセントになっている。


 問題が無いことを確認してから羽河が三部署名し、一部は自分たちで保管する。二部を明日、伯爵に渡したら契約成立だ。基本契約書で締結したアイテムは棒手裏剣、十字手裏剣、苦無くない、棒手裏剣大、十字手裏剣大の五点だ。


 ライセンス料は鍛冶ギルドに生活向上委員会の口座を作って、そこに振り込んでもらうようにした。基本口座に預けても利息は付かないので、当座預金みたいなものだろうか?とりあえず、俺と羽河のどちらかで引き落ろせるようにした。


 今日の晩御飯は鳥がメインのポトフだった。コンソメは使わず鳥自らを出汁だしにして、沢山と野菜と一緒に煮込んだ素朴だけど味わい深い逸品だった。ハーブと塩、そしてほんの少し白コショウを使った味付けが鳥の風味を最大限に生かしていた。


 デザートはナッツとドライフルーツがたっぷり入ったパウンドケーキだった。安定のおいしさで大満足でした。

 食後、紅茶をしみじみ味わっている江宮の席に行った。


「弓術がついてないのに凄いな」

「いや、ずっとやってなかったから腕は落ちている。今日も三つ外した」

 江宮は謙虚だった。


「今日やってみて野外用の道具が欲しくなったんだ。作ってくれないか」

「いつまでだ?」

「二つは出来るだけ早く。出来れば明日の昼まで。一つは月曜日まで」

「急ぎだな。簡単な奴ならいいぞ」


 俺は三つの道具について説明したが、江宮も知っている道具なので、詳しい説明は不要だった。これならなんとかなるかな。部屋に戻ってメロンのシャーベットをお供えした。明日もうまくいきますように。


野外演習一日目は無事終了。象に乗った少年→城みちるさんごめんなさい。

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