第77話:ポーション
誤字の指摘ありがとうございました。
7月3日。朝起きるとベッドの中だった。ちゃんと靴も脱いでいた。俺、えらい。今日は曇りだが、雨雲ではない。昼からは晴れそうだ。ちょっと涼しい感じで走っていても気持ち良かった。
朝ごはんはフレンチトーストだった。それだけではたんぱく質が足りないので、薄切りベーコンを炒めた物と茹でたソーセージが添えてある。ソーセージにはマスタードをたっぷり付けて美味しく頂きました。いつも通りだけど、カットフルーツとミックスジュースが最高。
今日は授業の前に先生から今後について説明があった。今までは午前中の一限目が座学、中休みを挟んで二限目がミドガルト語の講義だったが、今日・明日・明後日にポーションに関する講義を行ったら、座学はひとまずお休みとする。
即ち、来週からは一限目にミドガルト語の講義を行った後は、馬車のお迎えが来てそのまま野外の演習に行くのだ。昼食はお弁当もしくは野外での調理になる。行き来の時間のことを考えると仕方ないだろう。ミドガルト語の講義も来月からは週に一回、午前中のみになるとのこと。それ以外は朝から晩まで演習か。ハードだな。
説明の後はポーションの一回目の講義だった。ポーション(正式には体力ポーション?)は、冒険者にとって必須のアイテムだ。体力を使い果たした時、あるいは病気や怪我をした際に使用するのだが、通常ギルド等で入手可能なポーションは、初級・中級・上級の三種類になる。当然、上級になるほど効果は上がるが、その分高価になる。上級の上には最上級があるが、一般には販売されていない。
最上級ポーションは高名な錬金術師や薬師に依頼して作って貰うオーダーメードになるのだ。当然ものすごく高い。最上級のポーションの中でも部位の欠損の回復あるいは蘇生に使える物は秘薬と呼ばれるが、伝説の存在だ。王家の宝物庫には黄金色に輝くエリクサーがあるというが、真偽は不明である。
先生によると肉体的な疲労は精神力をすり減らし、結果的に魔力にも影響を与える。だから魔法使いにも体調維持の面でポーションは必須なのだそうだ。
先生は比較的入手が簡単でポーション作成が可能な野草を十種類上げて、四種類の組み合わせ方を教えてくれた。効き目的には初級ポーションにちょい足りない感じだが、持参したポーションを使い果たした時の応急処置としては十分役に立つそうだ。
最悪、ポーションにするまでの手間がかけられない場合でも、材料となる野草を食べるだけでも若干の効果はあるらしい。文字通りサバイバルだな。ポーションの作り方に習熟すると、それだけでも最低限自立可能な稼ぎになるそうだ。
先生が材料を人数分用意してくれたので、俺もごりごりと一番簡単な組み合わせで材料をすりつぶして水を加えたが、最後のプロセス=呪文を唱えて魔力を流し込む所で失敗してポーションにならなかった。
俺の呪文はきれいにはじかれ、ミントの香りがするただの緑色の青汁のままだった。ちょっと悔しい。成功するときれいな青色になるが、等級が上がるほど色は薄くなり、透明感が出て来るそうだ。
利根川のような錬金術師でなくても適性がある奴は成功していた。光魔法持ちの浅野、洋子、夜神、工藤の四人と土魔法持ちの志摩だ。特に、浅野と洋子は適性の高さで、八神は膨大な魔力で初級を超えると思われるポーションの製作に成功していた。しかし、光魔法持ちのくせしてなぜかヒデが失敗したのは不思議だった。
契約書のことがあるので、ミドガルト語の講義はいつもよりも集中して聞けたと思う。今日の昼ごはんはラザニアだった。ラザニアの平べったい生地・ホワイトソース・ミートソース・数種類のチーズを順に重ねたものをオーブンで焼き上げている。一人分の耐熱皿が無いのか、数人分を一度に焼いて切り分けているようだった。
ひき肉がたっぷり入った濃厚なミートソースとキノコが入ってあっさりしたホワイトソースの対比が鮮やかで、確かにこれもパスタ料理の一種だなあと納得。デザートはメロンのシャーベットだった。果物の王様の甘さと独特の香りを思う存分堪能!お供え用にお替りしました。近くに平野がいたので声をかけた。
「ラザニアうまかったよ」
「ありがとう。ちゃんと焼けてた?」
「大丈夫!今度雑貨ギルドが来た時に、一人用の耐熱皿を作れないか聞いてみようか?」
平野はびっくりしたような顔で俺を見た。
「そんなことできるの?」
「おう、うまい飯を食うためならば俺は努力を惜しまないぞ」
「他にもいろいろ欲しいものがあるんだ」
「今度雑貨ギルドが来たら平野に声をかけるよ」
「是非お願い」
「まかせろ」
平野に手を振ってから食堂を出るとすぐ利根川に呼ばれた。地下室に降りると佐藤があくびをしながら待っていた。
「どうした?」
「できたのよ」
利根川の指先には樽が三個並んでいた。どうやらブランデーの原酒が出来たらしい。隅には俺が渡した白ワインが入っていたと思われる樽が十個置いてあった。
「ブランデーの原酒だな。三個できたのか?」
「三個目はちょっとしか入っていないわ。だから正確に言うと樽二つとちょっとね」
「度数高そうだな」
「ウイスキーより高いかも」
とりあえず原酒と空き樽を全てアイテムボックスに収納した。そのまま熟成を開始する。期間は百年に設定した。ブランデーの熟成はとにかく時間がかかるのだ。
「どの位で出来そう?」
「分からん。なんせ百年だからな。少なくても五十年物の倍以上かかると思う」
ここで佐藤が口を挟んだ。
「これで終わりだな」
確かめるような、そうあって欲しいと切実に願っているようなくちぶりだった。なんか、伊藤の苦労が伝わってくるようだ。
「当分ないと思う」
そうこたえると、ようやく佐藤は笑顔になった。
「そうね」
利根川は残念そうに告げた。
「まあ、工藤が米を使って焼酎を作りたいと言わない限りは大丈夫だろう」
すかさず利根川が俺の言葉に食いついた。
「何それ?そんなことできるの?」
俺は利根川を手で抑えながらこたえた。
「原理的には出来るが、材料の仕込みからやらなきゃならないから大変だぞ。やるにしても一度休んでからが良いと思うぞ」
佐藤が大きく頷いたので、俺は地下室を後にしてラウンジに向かった。紅茶を頼もうとカウンターに行くと玄関が騒がしい。笑顔のロゴスさんが教えてくれた、
「木工ギルド様がお見えです」
会議室とお茶の手配を頼んでから待っていると、大きな箱を抱えた従者を連れたテイラーさんがやってきた。
「谷山様、お待たせしました。本日は竹かごの見本と串を持ってきましたぞ」
俺は平野を呼ぶようにお願いしてから会議室に案内した。まずは、串を千本受け取り、次に竹かごの見本をテーブルに並べ終わったところで平野がやってきた。
竹かごはどちらかというとざるに近いような感じだった。大きさは一番小さいもので直径十センチ位、大きい物が五十センチ位で、大きさ別で全部で五個あった。平野は一番大きいのと直径三十センチ位の真ん中のサイズのものが気に入ったみたい。十個ずつ作って貰うことにした。
「出来上がり次第お持ちします」
テイラーさんは上機嫌で帰っていった。安楽椅子は好調のようだ。串千本はそのまま平野に渡した。かごが出来上がったら、果物やパンを入れる器に使用するそうだ。平野と別れてラウンジに戻ると練兵場に向かう馬車が来た。早いぜ。たまたま居合わせた浅野が嬉しそうな顔をして寄ってきた。
「野田さんに合唱の指導の手伝いを頼んだら、二つ返事でOKしてくれたよ。ベルさんにも話してみるって」
「分かった。チェンバロの運搬はまかせろ」
「イリアさんにはボクから言っておくからよろしくね」
「了解」
その時俺は浅野にちょっとした違和感を感じて、まじまじと見つめてしまった。
「どうかした?」
浅野が不思議そうに尋ねたので、俺は慌ててごまかした。
「いや、なんか浅野がいつもと違うような気がして・・・気のせいかな?」
「たにやん変だよ。もしかしてボクをくどいてるの?」
浅野が笑ったところでヒデが俺を呼ぶ声が聞こえた。俺がこの時の違和感を追及していればあんなことにはならなかった・・・?その後俺は深く後悔することになったのだが、時の流れは止まらなかった。
違和感って何?浅野君はどうなるの?