第74話:ほの暗き地下室で4
再開しました。
谷山達がアジの南蛮漬けを堪能していた頃、王宮の地下ではとある会合が開かれていた。出席者は、エリザベート・ファー・オードリー王女、レボルバー・ダン・ラスカル侯爵(宰相)、ラルフ・エル・ローエン伯爵(近衛師団長)、イリア・ペンネローブ神官長、メアリー・ナイ・スイープ侍女長の五人。いずれも勇者召喚に深く関わる人間ばかりである。
今回も王女から現場組への情報開示があるようだ。
「皆の者、これを見よ」
王女が右手を自分の後ろに回すと、背後のディスプレイに「勇者管理システム」が立ち上がった。
「また新しいスキルが付いたのですか?」
伯爵が尋ねた。
「そうじゃ」
王女の指先では「美乳」というピンク色の文字が浅野の列に、「アイテムボックス」というピンク色の文字が三平の列に輝いていた。
伯爵は不思議そうな顔で話した。
「美乳とはどのようなスキルですかな?」
「分からん」
王女が一言で切って捨てた。取りなすように侍女長が補足する。
「歴史的にも初めて登場するスキルです。浅野様のユニークスキルではないでしょうか?」
侍女長が言い終わると同時に皆は耳を塞いだ。
「またか!まだレベルアップしていないのになぜスキルが付くのだ?」
宰相が吠えた。一呼吸おいて伯爵がのんびりこたえた。
「どうせまた女神様が関係しているのではないですかな?」
「おそらく」
侍女長が笑顔で頷いた。
「孤児院訪問の後で女神の森に行ったそうです。そこで何かあったのでしょう」
王女は頷くとイリアを見た。
「浅野様の歌の指導は滞りなく終わったか?」
「はい。無事終わりました。来週から週に一度、指導に来ていただけるようになりました」
イリアの返事に王女は続けて聞いた。
「歌の指導がなぜ濾過器につながるのだ?」
いつものように感情が消えた顔でイリアはこたえた。
「随伴していた谷山様でございます。教会の尼僧から質の悪い井戸水のことを聞き及び、それならということでその場で自ら製作してくださいました」
伯爵がしみじみ呟いた。
「あの濾過器は素晴らしい発明でございますな。泥水が一刻で真水に変わりまする」
イリアも同調した。
「まさしくあれこそ魔法だと思います」
王女も頷いた。
「しかり。あの酒のうまさには驚いたが、濾過器の衝撃には及ばぬな」
イリアが尋ねた。
「王女様もお試しで?」
王女はこたえた。
「昨日付けで見本とレシピが届いたぞ。早速、赤水しか出なくなった井戸水で試したが、まさしく真水になった。そのまま飲むのは少し恐いが、少なくとも洗濯に使える水になっておる。洗濯係の侍女と財務の文官が泣いて喜んでおった」
イリアが感心したようにつぶやいた。
「谷山様、流石の心配りです」
事情を知る伯爵と侍女長は満足そうに微笑んだ。王女は鋭い声で問いかけた。
「これこそ商業ギルドと交渉すべき案件ではないのか?」
イリアは微笑みながらこたえた。
「私も同様のことを尋ねました。それに対して谷山様は次のようにおこたえになりました。『きれいな水の有無は生死にかかわります。生死をお金儲けに利用することは反対です。むしろ教会を通じてこの世界全てに積極的に広めて欲しいと思います』」
「なぜ教会なのじゃ?」
「教会を通じたらこの国だけでなくデルザスカル全土に広がるから、と仰せになられました」
王女は脱力して背もたれに体を預けた。
「既にこの国だけでなく、デルザスカル全体を考えているというのか・・・」
宰相が苦々しげに告げた。
「これで水の魔石の価格が一割から二割下がりますな」
王女はゴミ虫を見るような目で宰相を見た。
「十年前であったか、夏場の水不足の折に泥水をすすっていた貧民街から疫病が大流行したことをもう忘れたか」
イリアがぽつりとつぶやいた。
「あれはひどかった」
伯爵も続けた。
「推定で王都の人口の一割、約三万人が亡くなりました。死の都、と呼ばれましたな」
宰相は即座に言い返した。
「あれは夏場と水不足が重なった特殊な事情故の災難ですぞ」
王女は静かにこたえた。
「我らに天候や雨量を調整する術が無い以上、どういう状況になってもきれいな水が手に入れられるよう塩梅すべきと我は考えるが」
宰相は苦虫を噛みつぶしたような表情で一言こたえた。
「御意」
「それにしても」
王女は一言話しかけると、全員の顔を見渡して告げた。
「やはり此度の召喚者は規格外であるな」
「御意」
四人の声が重なった。異論は無いようだ。
「先日の商業ギルドとの交渉も見事であった」
宰相は慌てて問いかけた。
「王女様、火酒のレシピの対価が金貨一万枚というのは本当ですかな?」
王女は大きく頷いた。
「間違いない。先日商業ギルドから届いた契約書のひな型にもそう記されておった」
「信じられませぬ」
宰相は呆然とした顔で呟いた。吠える元気は無いようだ。
「本当だ。自分の父より年上のやり手を相手に完全に手玉に取っておった」
「なおさら信じられませぬ」
宰相は呻きながらこたえた。
「簡単なことじゃ。先ほど『デルザスカル全体を考えている』と言ったのを覚えておるか?」
「御意」
「我らが一階の窓から外を見ているとしたら、彼らは二階、いや三階の窓から回りを見ておるのじゃ。いや、ひょっとするとそれよりもっと高い・・・そうだな、鳥の目線で見ておるのかもしれぬな」
宰相は黙り込んだ。王女は笑いを堪えながら伯爵に聞いた。
「野外演習の件、聞いたぞ」
「御意」
「トイレが無いことを理由に即帰還したそうだな」
「御意」
王女は笑い出した。
「良きかな良きかな」
失態を攻められるかと覚悟していた伯爵は驚いて聞きかえした。
「よろしいのですか?」
王女は笑いながらこたえた。
「良いわけが無かろう。ただタニヤマ様なら我らが考え付かぬような策を講じるであろう。それが何か楽しみなだけじゃ」
「御意」
「それにな、知恵でも先見でも高潔さでも全て我らの上を行く彼等にも弱点があることが分かっただけでも上等じゃ。何より可愛げがあるわ」
「御意」
宰相がおずおずと尋ねた。
「先日の交渉の際に、侍女に伽を命じたというのは本当でございましょうか?」
王女はげんなりした顔でこたえた。
「本当だ。失敗したがな」
「どうやって」
「谷山様を一人にして見目麗しい侍女を遣わしたのだが、扉に手をかける直前に制止されたそうだ。その時、声が真上から聞こえたと」
「馬鹿な!」
「少なくても彼らは白鳥宮の侍女の人数を随時把握する程の諜報力を備えておる。今日の打ち合わせの内容が筒抜けになっておっても不思議はないわ」
四人は絶句した。
王女は臣下の顔を再び見渡してから告げた。
「今後彼らと接するときはこれまで以上に誠実に対応することを厳命する。良いな」
「御意」
王女は満足そうに頷いて終会を宣言した。
■蛇足:ほの暗き一室で
その頃宿舎の一室では、クラス委員長兼生活向上委員会長である羽河鶫が明かりもつけずにベッドで寝ころんでいた。
「美人って得だな、だって」
ごろごろ、ごろごろ。
「怒ってもきれいだ、だって」
ごろごろ、ごろごろ。
以下、繰り返し。
・・・・・。
気のすむまでやっててください。
王女様の評価が一ランク上がったようです。




