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第72話:初めての班分け

明日も公開の予定です。

 7月1日、日曜日。晴れ。今日も朝から良く晴れている。日差しは強いが、乾いた風が吹いていてなんか気持ち良い。朝のジョギングでは先生が颯爽と走っていた。最初の頃と比べると、走る姿がだいぶ様になってきた。どうやら夕方も走っているみたい。俺の姿を見ると、手を振って寄ってきた。


「谷山様、私は昨日串カツを食べて確信しました。串カツこそエールのベストパートナーです」

 先生が真理を悟った求道者のように眩しく輝いて見えた。俺は黙って頷いた。先生は軽く右手を上げるとストライドを広げて離れていった。将来、教典じゃなかったグルメ本を出版したら良いのでは、などと考えてしまったのであった。


 今日の朝ごはんはフォカッチャのサンドイッチだった。ハム・炒めたベーコン・プレーンオムレツ・チーズ・トマトの輪切り・玉ねぎのスライス・ポテトサラダなど、自分の好きな具を選べるようになっている。デザートのカットフルーツにポンカンが入っていたのが嬉しかった。


 授業の前に羽河が手を上げて黒板の前に立った。

「毎回急で申し訳ないのですが、四回目のホームルームを行います。今日も報告です。先日の商業ギルドとの交渉は大成功でした。今後は個別の案件を一つずつ形にしていこうと思いますので、よろしくお願いします」


 全員拍手で無事終了。今日の授業は山岳地帯に出没する魔物だった。王都の北側には標高は低いが岩だらけの山があり、そこにはゴーレムが出没するそうだ。いずれ討伐に行くと聞いたら真剣に聞かざるを得ないよな。


 今日のお昼ご飯は、ミートパイだった。オークと牛肉の合いびきを玉ねぎ・ニンジンなどの野菜の細切れと一緒にいためたものをパイ生地で包んで焼き上げている。直径三十センチ位の円形に焼いたものを八等分してあるのだが、味付けにトマトソースを使っているのがイタリアンぽい。


 パイ生地がしっかり厚めなので、主食とおかずが一緒になったような感じだ。デザートは西瓜のジェラートだった。西瓜は夏の匂いがして大好きなので、お替りしてしまった。


 お昼を食べてラウンジに戻ると、カウンターにいたメリーさんに呼び掛けられた。

「明日の午前中に楽器ギルドが、午後に商業ギルドが訪問予定です」

 礼を言ってから、会議室をとっておいてもらうように頼んだ。野田と伊藤、そして羽河にも伝えておいた。楽器ギルドの人は初めてだな。とっつきやすい人だといいんだけど・・・。


 今日からいよいよ野外での演習が始まるのでわくわくしながら練兵場に行くと、いきなり伯爵に怒られた。

「谷山様、どういうことですか!」

「え、なんのことでしょう?」


 とりあえずとぼけたふりをしながら頭の中でアイテムボックスを操作する。ゴミ箱の中から大岩を一個フォルダに入れて、砕石・砂利・砂を生成する。

「とぼけないでください、濾過器です。教会のみに便宜を図るのはいかがな物でしょうか?」


 イリアさんを見ると視線を外して知らん顔をしている。教会に渡した濾過器のことを知った伯爵が、早速イリアさんにアプローチしたものの、うまくはぐれかされたのだろう。


「遠征した時の水の手配は軍部の方が何百倍も大変なのです。人数が違いますからな。持ち運べる魔石や随行できる魔法使いの数も無制限ではないのですぞ」

 かなり真剣に怒っているみたいだ。


「何か勘違いされているみたいですが、ちゃんと伯爵の分も用意してありますよ」

「え?」

 俺はまず空き樽三個を出してそれぞれに、砕石・砂利・砂を入れた。もう一つ底に穴をあけた空き樽を出して、その場で濾過器作って見せる。砕石・砂利・炭・砂の順に重ね、最後にその辺にあった布切れを乗せたら完成だ。


「これがイリアさんに渡したのと同じ濾過器の完成形です。材料はそれぞれ隙間なく詰めてください。上の布切れは定期的に洗ってください。水質をもっと上げたければ、砂や炭の層を厚くしてください。樽の底には水が通るように小指の先ほどの穴をたくさん開けてください。樽は大きな角材か何かで底を浮かせて下にタライか何か入れてください。出来上がった水は必ず一度きれいな布でこし、煮沸してから飲んでください」


 サービスで炭の束も三個渡したところ、伯爵は小躍りして喜んでくれた。

「これは自由に私達でも作っていいのでしょうか?」

「もちろんです。作るのも改善するのも全てご自由にどうぞ」


 伯爵は抱きついて喜んでくれた。熊に抱擁されているようだったが、純粋に嬉しがってるみたいなのであきらめた。

「谷山様、恩に着ますぞ。軍の戦闘能力や士気を維持するためにはきれいな水は必須なのです」


 過去に水で相当苦労したようで、こっちが恐縮する程喜んでいた。伯爵は抱擁を解くと、急に真面目な顔になり俺の目を見て告げた。

「武器の契約と今回の濾過器の功績で我が家は安泰です。何かお困りごとがあれば、何なりと力になりますぞ」


 俺は微笑みながらこたえた。

「実は伯爵にお願いしたいことがありまして、後で相談しても良いでしょうか?」

「もちろんですとも。野外に向かう馬車の中でいかがですかな?」

「その際には工藤と江宮も一緒でよろしいですか?」

「もちろんですとも」

 これで囲碁と将棋はなんとかなりそうだな。


「一つ気になることがあるのですが・・・」

 伯爵は小声で言った。

「この濾過器は万人に恵みを与えるという点で、谷山様が考えておられるより何倍、いや何十倍もの価値がございます。これで教会と軍に濾過器の作り方を開示された訳ですが、王家にも見本を献上された方がよろしいかと存じますぞ」


 俺の背中を冷たい汗が流れた。ちょっと失敗したかも。伯爵は笑顔で俺の肩を軽く叩くと、大声で全員を集めた。

「野外演習に行く前に、パーティーを組みますぞ。人数の上限は六人ですぞ。今回は全員での戦闘は行わないので、仮のパーティーでも結構です。パーティーの名前とリーダーだけは決めてくだされ」


 冒険者ギルドの人が二人、タブレットとハンディ式のバーコードリーダーのような機械を持ってきていた。最初の班分けは以下の四つのパーティになった。Rが付いているのがリーダーだ。


 なお、パーティの上限が六人なのは、システム上一つのパーティに登録できる人数の上限が六人だからだそうだ。六人までであれば、魔物討伐時の経験値の振り分けがうまくいくそうだ。


1<月に向かって撃て>

菅原洋子、寺島初音、谷山隆(俺)、冬梅貴明、野原英雄(R)、水野メロンパン


2<クレイモア>

平井ゆかり(R)、藤原優海、夜神光、江宮次郎、中原真太、志摩豊作


3<炎の剣>

一条英華、小山あずみ、鷹町菜花、青井秀二、尾上六三四、工藤康(R)


4<ガーディアン>

浅野薫、木田優菜、羽河鶫(R)、千堂武、花山治、楽丸幹一


 クレイモアを訳すと大剣、ガーディアンは守護者になる。炎の剣は尾上の趣味だな。うちの班だけパーティ名が変なのはリーダーのヒデがこれが良いといって駄々をこねたからだ。まあ、アッパースイングを極めてくれ。


 明らかに戦闘向きでないメンバーが数人混じっているが(俺、水野、藤原、中原など)、今日は様子見なのでまあ大丈夫だろう。なお、利根川幸、佐藤解司、野田恵子、平野美礼、三平魚心、伊藤晴の六人は欠席のため、参加していない。


 パーティ同士の優劣で言えば、近接攻撃特化型の3班が強そうだが、盗賊・盾役・闘士・槍士・魔法使い・回復役が揃った4班が最もバランスが良いかもしれない。うちの班はヒデと洋子の頑張り次第というところだろうか。


 用意が出来た班から順番にギルド職員の所に行って、パーティとメンバーの登録を行った。登録と言ってもまずパーティ名を申請し、その後リーダーとメンバーを一人づつ申請と登録を行うだけだ。


 登録の際に、バーコードリーダーみたいなのを額に向けられたが、これはそいつの魔力パターンを登録しているそうだ。魔力パターンは指紋と同じで同じものは二つとして存在しないので、これで個人を特定できるそうだ。普通は冒険者ギルドに行かないと登録できないが、人数が多いので出張してくれたらしい。便利だな。


 リーダーやメンバーを変更する場合は同様の登録・申請が必要になるが、パーティー名を変更する場合は、パーティを一回解散して新しく登録することになるらしい。面倒だな。失敗したかもしれん。


 各々武器と防具を手に取ってから四つの馬車に分乗する。俺は工藤と江宮に事情を説明してから、一緒に伯爵用の馬車に乗った。伯爵用は専用になっているらしく、ポーションと思しき瓶類や毛布やクッションが雑然と置かれ、チェストも備え付きになっていた。


 前四騎、後ろ四騎の護衛に挟まれて馬車が動き出したので、俺達は囲碁と将棋の道具を伯爵に見せた。

「これは何ですかな?」

「これが伯爵にお願いしたいことです」

「これは遊戯盤でしょうか?」

「その通りです。こっちは囲碁、こっちは将棋と申します」


「将棋の方はなんとなく見当が付きますが、白黒の方はさっぱり分かりませんな」

「実はこの世界でこれを広めたいのです。ご協力いただけませんでしょうか?」

「分かりました。何をすればよろしいですかな?」

「いずれ商業ギルドと交渉して販売する予定なのですが、その際に軍でまとまった個数をお買い上げいただけないでしょうか?」


 伯爵は一呼吸置いてから尋ねた。

「どの程度でしょうか?」

「囲碁と将棋を百セット」

 伯爵は目を剥いて叫んだ。

「多すぎませんか?」


「その代わり、商業ギルドから徴収するライセンス料の三割を永続的にお渡ししましょう」

 伯爵は腕組みして考え込むと答えた。

「ライセンス料は有難いですが、元が取れるほど売れるでしょうか?」


「大丈夫です。仕掛けを一つ考えてあります。発売と同時に、トーナメント大会の開催を告知します。優勝賞金は金貨百枚。ベスト十六以上から賞金が出るようにします」

「百枚ですか?それは凄い。参加希望者が殺到するでしょう」

「町の噂になると思いますよ」


「仰る通りです。しかし、その金貨百枚、いや十六位まで賞金が出るとしたら少なくても百五十枚が必要になると思います。その金は誰が出すのですかな?」

「希望者が殺到することで起こる混乱の予防も兼ねて、参加料を取ります。銀貨一枚位かな。仮に千人応募すればこれだけで金貨百枚です。不足があれば生活向上委員会が負担しますよ。一時的には赤字になっても、この先ずっと売れ続けたら十分回収できます」


 伯爵は顔を伏せ、頭を掻きむしりながら考え込んだ。フケが少しとんだ。汚いな。五分くらい考え込むと伯爵は顔を上げた。目が座っている。ちょっと怖い。伯爵は覚悟を決めたようだ。


「分かりました。ここが正念場ですな。今年の福利厚生予算にねじ込みましょう。出来れば一セット銀貨一枚以下にしていただければ助かります」

「商品の価格は商業ギルドと話し合って決めることとなりますが、高すぎないように注意しましょう。契約等は商業ギルドとの打ち合わせの後ということでよろしいですか?」


「異存ありませんが、そのような仕掛けまで考えていらっしゃるのであれば、軍部の関与は必要ないのでは?」

「いえいえ、軍が積極採用したとあれば単なる遊戯ではないと箔が付きますし、軍の中で愛好家が増えればそれを核にしてさらに愛好家が広がります。なにより、将棋の製品化に当たってユニックさんにいろいろな助言を頂きました。そのお礼と考えていただければ結構です」


 伯爵はぽかんと口を開けてしばし無言になった後、口ごもりながら話した。

「深謀遠慮とはこのことですな。私、感服しました。それにしてもユニックがお役に立ったのですか?なんとまあそうであれば、ありがとうございまする・・」


 その後は工藤と志摩が試合をしながらルールの説明をした。俺は横目で見ながら頭の中でアイテムボックスを操作して、王家用の濾過器の材料を作った。


 囲碁と将棋の説明が一通り終わった頃、目的地に着いた。王都の北に一キロほど進んだ街道沿いだ。南を見るとはるか遠くに王都の城壁が見える。北を見ると途中何ヶ所かに見える小さな石壁の先に地平線が見えた。もしこの惑星が地球とほぼ同じ大きさなら、北側まで約五キロは草原がずっと広がっていることになる。広いな。


 さあここから俺たちの冒険の旅が始まる、と思ったのだが・・・。鷹町が何気なく呟いた言葉から全てが変わった。

鷹町さんは何と言ったのでしょうか?

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