第71話:新たなプロジェクト
新年おめでとうございます。今年も良い年でありますように。
宿舎に着くとまず小山と三平と一緒に食堂に行った。最初に小山が今日仕留めたジビエ=兎・雉・山鳩を平野に渡す。
「ありがとう、これでまた焼き鳥ができるよ」
「楽しみ!」
小山が笑顔になった。次に三平が今日釣ったお魚さんをマジックボックスごと渡した。
「アジとキスだね。たくさんある。ありがとう。リクエストは?」
三平はしばらく悩んでから答えた。
「アジは南蛮漬け。キスは天ぷらがいい」
「分かった。今度作るね。ありがとう。でも、マジックボックスは返さなくていいの?」
「大丈夫。自前のがあるから」
「アイテムボックス貰ったんだ。良かったね」
三平は笑顔で頷いた。俺からも報告しなきゃ。
「平野の作ったフルーツタルトとクレープ、女神様が絶賛だったよ。こんなの食べたことないってさ。ビスケットも大好評だった」
「やったあ、嬉しい」
平野は素直に喜んでくれた。
「炭と薪はたくさんあるから足りなくなったら言ってくれ」
「分かった」
小山と三平が帰ったことを確認してから、河原で収穫した雑草から絞った油を近くにあった小皿に出した。
「これって油?」
「うん、この実から絞った」
別の皿に黒い実を出した。平野は油をなめ、黒い実をしげしげとみつめた。
「毒は無い。菜種油そのものだね。それも搾りたての凄くフレッシュな油。これ使えるよ!」
「とりあえず今は五リットル位しか渡せないけど、うまくいけばもっととれるようになるはずだ」
「本当?やった!油が高くて困っていたんだ。助かるよ」
生活向上委員会のプロジェクトが増えたようだ。俺は次に「てん菜」を出した。平野はいきなり大根のような白い根をかじった。
「これはひょっとすると・・・」
「そうだ、てん菜だ。これで砂糖が作れないかな?」
「バッチリだよ。いくらあるの?」
「コンテナで三十箱位ある」
平野は万歳すると力強く俺を抱きしめた。
「それだけあれば相当の砂糖が作れるよ。ありがとう」
俺は出来上がった油の半分、約五リットルとてん菜をコンテナ一箱分置いてラウンジに戻った。ラウンジでは羽河と浅野と三平が話していた。多分二人のスキルのことだろう。俺は羽河に話しかけた。
「俺からも報告良いかな?」
「お疲れ様。今日もいろいろあったみたいね」
「盛沢山すぎて説明するのが大変だ。今思いついたんだけど、浅野の指導には野田やベルさんを連れていったら良いかもしれない」
浅野は目を輝かせた。
「あ、それいいね。和音や音階を説明するには楽器の方が分かりやすいもん」
「確かにそうね。なんで思いつかなかったのかしら。野田さんが協力してくれたら助かるかも」
羽河も賛成した。
「野田さんには僕から頼むよ。たにやんも手伝ってくれたらチェンバロも運べるよ」
浅野の目がキラキラ輝いている。降参だな。
「分かった。来週も付き合うよ」
後ろで木田と楽丸から冷たい視線を浴びても気にしないのだ。浅野は手を叩いて喜んでくれた。
「他には何かあるの?」
「1.河原沿いで菜種を発見した。2.女神様からてん菜を頂いた。3.水の濾過器を試作して作り方を教会に伝授した」
羽河は大きなため息をつくと怒りの混じった声でこたえた。
「相変わらずね。なんでこんな滅茶苦茶なのかしら。3は放置だけど、1と2は新しいプロジェクトとして取り組むしかないわね」
「すまん」
どうして俺は謝らないといけないのだろうか。少しばかり理不尽だと思うが、全員が頷いているので反論できないよ。
「とりあえず、晩御飯の後にこれも打ち合わせましょう。で、」
「で?」
「たにやん、よくやった」
最後は笑顔で褒めてくれたので、良しとしよう。
今日の晩御飯は串カツだった。厨房を見ると大きな鍋二つを使って平野と助手Bが揚げまくっている。ネタは、オークのロース・オークのバラ・牛の赤身・牛のレバー・鳥のもも・鳥のささ身・鳥のレバー・ピーマン・小玉ねぎ・ミニトマト・じゃがいも・オクラだった。
ウスターソースを煮詰めたようなソースと二種類の塩、バジルの風味がする緑色の塩とほのかなピンク色をした岩塩で頂きました。肉系もおいしかったが、新鮮野菜、特にミニトマトとオクラが絶品だった。先生は予想通り、串カツとエールの無限ループに突入していた。
デザートはラングドシャだった。ラングドシャと言えば、白い恋人やアラブでも絶大な人気を誇るヨックモックを思い出すが、それに負けず劣らずのおいしさだった。表面のざらついた感触と食べた時の軽くてサクサクした感じが最高だった。
食後はメンバーで集まって生活向上委員会の臨時の会議となった。議題は、1.将棋、2.菜種油、3.さとう大根の三つだ。
将棋については工藤が説明した。
「将棋のルールについては改変せず、駒の見かけだけ変えようと思う。この世界で普及させるために、ライセンス料の三割を軍部に渡そうと思うのだけど、どうかな?」
「三割渡すだけでは軍部は積極的に動かないのでは?」
志摩から至極まっとうな意見が出た。そういう意見が出るだろうと思っていたので、俺は手を上げた。
「賞金付きのカップ戦を企画したらどうかな?」
「何それ?」
「まあ、名人戦みたいなものかな。あるいは王族の名前を付けたカップ戦、例えば『エリザベート杯』でも良いと思う。優勝者への賞金はこの前ゲットした金貨一万枚の中から百枚出したら十分じゃないかな?」
「賞金三千万円と考えたらインパクトあるかも」
「それいいじゃん、王女様絶対乗ってくると思うぜ」
羽河が笑顔でまとめてくれた。
「まずはカップ戦抜きの話を伯爵と相談するということでいいかしら」
「意義ナーシ」
全員賛成してくれた。良かった。次は俺だ。
「前ピクニックに行った川の土手で菜種を発見したんだ。春に咲いた菜の花が種になった状態で、草は既に枯れている。種を絞ってみたら油が取れた。平野に確かめてもらったけど、毒もないし菜種油そのものだって」
「油って高いんでしょ。やったね、これでまた一儲けできるわ」
利根川が甲高い声で叫んだ。瞳が¥マークになっている。俺は怒られるのを覚悟で提案した。
「そのことなんだけど、こいつについては儲け無しでどうかな?」
激高して立ち上がろうとした利根川を抑えて羽河が聞いた。
「じゃあどうするの?」
「自分たちの分は採取するとして、後は商業ギルドに丸投げする」
俺のこたえに羽河は面白そうに笑った。
「それだけじゃないんでしょ」
「ああ、一つだけ条件を付ける」
「条件は何?」
「菜種の収穫と採油は全てスラムの住人を雇用して行う。そしてそれを王家が監視する」
「スラム対策・貧民対策の一環という訳だな」
水野が静かに続けた。
「俺は全面的に賛成する。たにやん、俺より先に俺の理想を実現したな」
「まだアイディアだけだよ」
「いや、シンプルなスキームこそ成功と持続のカギだ。何より王家を絡ませるのが素晴らしい。王家としても、ほとんど費用はかからないし、貧民対策をやったという証になるから、積極的に乗ってくると思う」
採決したら、反対は利根川だけだったので、俺の案が通った。すまん、利根川。俺は再度手を上げた。
「もう一個あるんだ」
「何?儲け無しは嫌よ」
利根川が噛みつきそうな目で睨んだ。こ、怖い。俺はアイテムボックスからさとう大根を出した。志摩が反応した。
「こいつはビートじゃないか!?」
「ビートって何?めんたいロック?」
浅野がのんびり尋ねた。音楽の方のビートじゃないぞ。
「そいつはいわゆる『さとう大根』、正式には『てん菜』だ。良質の砂糖が取れるぞ」
俺に代わって志摩が説明してくれた。流石は「現代農業」の定期購読者!
「これをどうするの?」
俺は利根川に向かって説明した。
「こいつについては、さとう大根そのものと栽培法と砂糖作りのレシピをライセンス式で商業ギルドに売ろうと思う」
「一括買取にはしないの?」
「まず、ウイスキーで金貨一万枚を手に入れるから現金は当座必要ない。次に、ライセンス方式の方が細く長く、結果的には多額の収入が入ってくる。そして商業ギルド側の初期負担を考えて、という所だ」
「大賛成!さすがはたにやん!」
利根川が抱き着いてきそうになったのを羽河と浅野が止めてくれた。助かったぜ。まあ、穀物・塩・砂糖・油・酒・煙草の製造と販売は国が管理してもおかしくない重要かつ巨大な産業だからな。その巨大な産業に利権を持てるとなると・・・。利根川の気持ちは分かる。
「契約期間と初回コミットはどうする?」
志摩が聞いた。こいつ結構細かいな。
「契約期間は二十年、初回コミット無し。契約期間を過ぎたらライセンスは無償で公開でどうだ?」
「太っ腹だな。それより王家が国の専売にしたいと言ってきたらどうする?」
「その時は交渉相手が国に代わるだけだろう」
「確かに。ただ、契約期間はもっと長め、例えば百年でも良いと思うぞ」
「その辺は初回コミットとのバランスにしたらどうだ?」
工藤が面白いことを言い出した。
「初回コミットが多めならば期間を短くして、少ないなら伸ばすということか?」
「良いわね。相手に考えさせて、その上で決めるという事で良いかしら」
羽河がうまくまとめてくれたが、木田が申し訳なさそうに聞いた。
「ところで、初回コミットって何?」
俺は一呼吸考えてから説明した。
「契約金というか、まあローンの頭金みたいなもんだな。ローンを組む時に頭金を沢山払うと月々の支払いが少なくなるだろ」
「分かった」
木田は笑顔でこたえてくれた。これで終わりかと思ったら、浅野が手を上げた。
「ボクからも良い?」
みんなが意外そうな顔をした。浅野はにっこり笑うと、ポケットから小さな紙きれを出して皿の上に置いた。そして水差しから水をどぼどぼ注いだ。皿から水が溢れる、と思ったが違った。皿の上には餅のように膨らんだ物体が乗っていた。そう、紙きれが水を吸収して膨れ上がったのだ。
「なんだそれ?」
江宮が全員の気持ちを代弁して尋ねた。
「スライムの干物」
浅野は少しだけ得意そうな顔をしながらこたえた。そして続けた。
「これでナプキンが作れないかな?」
歓声と拍手が鳴り響いた。みんなで口々に浅野を誉めそやした。なんせこの世界で高分子吸収体に代わる物を探し出したのだ。こいつはちょっと凄いぞ。しかし、浅野は皆の興奮が理解できずに少し怯えていた。騒ぎすぎたかな?
「あとはそれを包む袋の作成ね。それが出来たら商業ギルドと交渉しましょ」
羽河の言葉に木田と浅野は顔を見合わせてから大きく返事した。
「まかせて!」
とりあえず、菜種とてん菜はプロジェクトに採用されることになった。担当はもちろん俺。でも、明日のホームルームでは新規二件と浅野のアイディアはまだ話さないことになった。まあもうちょっと具体的になってからでも良いような気がするので、異存は無い。これで会議はお開きとなった。
部屋に戻ってお供えを上げる。今日は串カツから俺のお勧め五品(オークのロース・牛の赤身・鳥のレバー・ミニトマト・オクラ)とラングドシャだ。喜んでくれるかなあと思いながら目を瞑る。目を開けると皿は空になっていた。月は見えないが、空の向こうで女神様が微笑んでいるような気がした。
なんとなく異世界繁盛記みたいになってきました。いらっしゃいませー。