第70話:女神の森3
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
元気いっぱいの子供たちに見送られて、孤児院を後にした。三平も小山も弟子たちに指導できたので、満足そうだった。
時刻は七時くらいだろうか。馬車はのんびり河原を目指した。イリアさんがゲットした濾過器の材料セットは馬車の後ろに乗せられた。
河原に着くと、三手に分かれた。俺→アズの木の伐採、三平→釣り、浅野・木田・楽丸→干しスライム探しで、小山と千堂は警備だ。前回運動場にした所はもう草地になっている。このままここを畑に出来たら豊作になるんだろうなと考えて、アイテムボックスの中から果物を適当にまいてみた。期待しないで待ってみよう。
草地の隣のほぼ同じ位の広さを伐採した。アズの木を約百本収穫できた。一回やってコツをつかんだのか、今回はそれほど疲れなかった。とりあえずアイテムボックスに収納する。
河原に行こうとして俺は途中で足を止めた。アズの木と河原の中間の少し盛り上っているところに高さ二メートル近い枯れた雑草がたくさん生えている。何か気になるのだ。
河原から見ると枯草は三メートルから五メートル位の幅で川沿いに川上から川下までずっと続いてる。近寄って良く見ると、茎には細長い鞘がたくさん付いている。鞘を開けると、小さな黒い実が一列にびっしり並んで詰まっていた。これはひょっとすると・・・。俺は三メートル×十メートルくらいの広さの草を刈り取ると、アイテムボックスに収納した。
三平が俺を見つけて手を振った。ばっちり釣果はあったようだ。浅野達も河原をしらみつぶしに探した結果、かさかさのビニール袋みたいなのを十個くらい見つけたみたい。何に使うんだろ?小山も兎や雉を仕留めたみたいだ。
あとは女神の森に行くだけだが、せっかくなので河原でお弁当タイムにした。みんな教会のご飯だけでは足りなかったんだろうか、千堂や護衛の皆様も喜んで召し上がられました。
平野が用意したのは、意表をついて肉まん、いやオーク肉を使っているのでオークまんだった。イリアさんを含めた教会の護衛組が凄い勢いで食べていた。思わず見つめているとイリアさんが恥ずかしそうにこたえた。
「これはあまりに美味しすぎます」
デザートは何とアンパンだった。
「甘いパンとは・・・」
イリアさんは一口食べて驚いていた。俺は河原からも見えるアズの木を指さした。
「中に入っている黒い餡はあのアズの木の実で作りました」
「これはアズの実ですか?信じられません」
イリアさんは呆然とした顔をしていた。しかし、今日はのんびりできないのだ。食べ終わるとすぐに馬車に乗って女神の森を目指した。一度東門まで戻って、外壁沿いを回って南門を目指す。道幅は広く左手は杉並木が続いている。
俺は目を瞑ってアイテムボックスを開いた。アズの木を入れたフォルダを操作してまずはアズの実を取り分ける。前回五樽分渡したので当分持つと思うけど、今が時期なら、一年分と考えてまとめて収穫しとこうと思ったのだ。今回収穫した木は根っこはそのままなので、うまくいけばそのまま伸びるだろう。収穫したアズの実は「選別」して良い実だけを選り分けておく。
残った木も枝葉を落とし、一旦薪にしてから半分に分け、片方を「炭焼き」にかけた。これで明日には炭ができるだろう。未成熟の実や枝葉は一つのフォルダにまとめた。これはこれでいずれ役に立ちそうな気がする。
次にさっき収穫した雑草を調べてみる。選別して黒い実だけを選り分けた。右クリックすると、「採油」という文字を発見!やったね。フォルダを二つに分けて、片方の採油をクリックする。身を取った後に残った茎と鞘は「枝葉」フォルダにまとめた。油が出来たら平野に見てもらおう。
南門に着いたら左に曲がり、製材所の横を通りながら南に伸びる街道を進む。時刻は八時くらいだろうか。女神の森に着いた。イリアさんとセリアさんがトライしたが、やはり結界にはじかれて悔しがっていた。まずは竹林ゾーンを抜ける。途中切った竹は全てアイテムボックスにしまった。
中に入ったのは俺と浅野・木田・楽丸・小山・三平の計六人。千堂は馬車に残った。気持ちは分かる。野生の勘が迂闊に入ってはいけないことを察知したのだろう。緑の海の底みたいな森の中、小山の先導で真っすぐ湖に向かって進んだ。後ろは「探査」持ちの三平が警戒している。白樺の木が増えてきたなと思ったら上空がばっさり切れて、湖の前に出た。俺は静かに膝まづき、湖に向かって呼びかけた。
「女神様、谷山が参上しました」
後ろでは五人とも膝まづいているみたい。
唐突に水面が盛り上がると、ゆるやかに女神の姿になった。背の高さが三メートル位あるのに、奇麗にバランスが取れている。普通これだけ大きくなるとどこか歪な所が出てくるのだが、それがまったく見あたらないのが流石神様といった感じがする。
大きくて見事な釣り鐘型をした乳房、きゅっとくびれた腰。左右にバンと張ったお尻、すらりと長く真っすぐな脚、完璧なプロポーション!でもまったくエロくないのが心底不思議だ。
俺は頭の中でさらに巨人化した女神様を連想した。大魔神のように湖を割り前に進む女神様。「なんとかザグレート」みたい。女神様の目が冷たく光ったので、俺は即座に想像をリリースした。置き台を出して献上品を並べる。
「女神様、お陰様で商業ギルドとの交渉はうまくいきました。御礼に献上の品を持ってまいりましたので、どうぞお収め下さい」
今日持ってきたのは、直径五十センチある巨大なフルーツタルトと白樺と水楢の五十年物のボトルを各一本。女神様は女神の森産の色とりどりの果実が隙間なく並べられたタルトを上品にかつ三口で召し上がった。ウイスキーのボトルも片手で上品にラッパ飲みした。まるでコーラかなんかのようにニ本続けて一気飲みだ。
「美味である。わが森の果実を使っておるな。馳走であった」
「お褒めの言葉を頂き恐縮です。このタルトも平野の手によるものです」
「酒もまた料理に負けず素晴らしかったぞ」
「ありがとうございます。火酒の割水も女神様から頂いたお水を使いました」
「我が与えた品を有効に活用しておるな。良きかな。善きかな。褒美を取らせよう。何を望む?」
俺は浅野を振り返りながら返事した。
「火酒のボトルに貼り付けるラベルに女神様の御身を写した絵を描きたいと考えております。絵師を務める浅野に女神様のお姿を良く見せていただけませんでしょうか」
「良い。絵師よ、近う寄れ」
浅野は立ち上がるとふらふらと女神に近寄った。そして女神様の頭の先から足元まで見つめた。サービスなのか女神様は正面だけでなく左右とバックショットを見せてくれた。素晴らしいお尻、まさしくビーナスヒップでした。最後に浅野は深く頭を上げた。
「ありがとうございます。女神様の美しさがよく分かりました。見る人に伝わるように精いっぱい努力します」
「その意気や良し!そなたの思いに応えて我が祝福を授けよう」
三度目も間に合わなかった。小山ですら一歩も動けなかった。女神の右手がするりと伸びて浅野の頭をがっちり掴んだ。透明の指がずぶずぶと頭の中にめりこんでいく。何度見てもグロいな。浅野は絶叫するように口を大きく開け、両眼を張り裂けんばかりに見開いたまま気絶した。俺は心の中で合掌した。
「この者に必要なスキルを授けた。美の恵みあれ」
女神さまのありがたいご宣託は後で木田から伝えて貰おう。木田と楽丸が後ろに引きずって、浅野の背中や頬っぺたを叩くと、何とか復活した。浅野は涙ぐみながら「ちびった」と呟いたが、聞かなかったことにしよう。
まだ受け答えできそうにないので、俺から返答した。
「ありがとうございます。追加の供物でございます。大きな袋は眷属の皆様にどうぞ」
アイテムボックスからあんこの入ったクレープを四個(一個は自分で食べたかったので)と大きな袋を出して置台に乗せた。大きな袋の中は動物&魔物ビスケットだ。
女神様はクレープ四個を上品に四口で召し上がると目を見開いた。
「これはかって食べたことの無い甘味である。素晴らしかな、素晴らしきかな。その上、わが眷族まで供物を捧げるとは殊勝である。ものども、遠慮なく受け取れ」
女神様の言葉と共に湖から無数の透明の腕が伸びて、ビスケットの袋に群がった。二秒で空になった。
「我は気分が良い。何か他に願いは無いか?」
とりあえず聞いてみた。
「砂糖を作るための植物は無いでしょうか」
女神様は自信満々にこたえた。
「知らん」
女神様は正直な人、いや神様だった。
すると森から妖精さんが飛んできて女神の耳元に群がった。妖精たちは女神を説得しているようだ。女神様は頷くと、咳払いしてから俺に話しかけた。
「我は気分が良い。他に何か願いは無いか?」
女神様はどうやらやり直したいようだ。俺は再び答えた。
「砂糖を作るための植物は無いでしょうか」
女神様は自信満々にこたえた。
「あれを持ってまいれ」
すると、妖精さんは森の中に飛んでいき、しばらくすると大挙してかぶのような植物を葉っぱが付いたままで持ってきた。俺の目の前にどさどさ積み上げていく。これは「てん菜」、いわゆる「さとう大根」だ。
かぶのような小型の大根のような白い根菜を細かく切って煮ると糖分が溶けだす。その汁を煮詰めて結晶化すると砂糖ができるのだ。
日本では砂糖はサトウキビから作るのが有名だが、寒冷な北海道やヨーロッパではてん菜から作るのが一般的だ。
妖精さん達が飛び去った後、俺の目の前にはコンテナ三十箱ほどのさとう大根が山積みになっていた。
「ありがとうございます。これはさとう大根ですか?」
「知っておったか。タニヤマは聡いのお。そうじゃ。これで砂糖を作るが良い。そして新たな甘味が出来たら我に捧げるのじゃ」
「かしこまりました。ありがたく頂戴します」
女神様は満足そうに微笑んだ。早速アイテムボックスに収納すると、置き台に梅酒の瓶を置いた。洋子のために取っておいた物だが仕方あるまい。
「妖精さん達への供物でございます」
女神は機嫌良さそうに笑った。
「谷山は気が利くのう。妖精どもよ、遠慮なく受け取れ」
無数の妖精達が瓶に群がった。器用に蓋を開けるとほんの数秒でボトル四個分の梅酒を飲み干してしまった。置き台を片付け、全員で改めてお礼の言葉を言おうとしたら、三平が手を上げた。止めろ!と制止する前に、三平は女神様に話しかけた。
「その湖で釣りをしても良いでしょうか?」
俺の心の声は届かなかった。どうなる、三平。正直、首ちょんぱ、もありうるかと思ったが俺の予想は外れた。女神様は爆笑していた。
「タニヤマ、お主の連れは愉快な者ばかりだな。この我を見て我が館で釣りたいという心意気や良し!」
「え?釣っていいんですか?」
「馬鹿もん、駄目に決まっているだろうが。我が眷族が傷ついたらどうする」
「そうですよね」
「しかしその物怖じしない態度が気に入った。褒美を取らせる」
四度目も間に合わなかった。女神の左手がしゅつと伸びて三平の頭をがっちり掴んだ。女神様のアイアンクローだ。体がでかいから、手も大きんだよな。俺たちが林檎を握るような感じで頭を掴めるんだもの。ひょっとすると体がでかいのはそのためか?
透明の指がずぶずぶと頭の中にめりこんでいく。何回見てもグロい。三平は張り裂けんばかりに口を開け、目を剥いたまま気絶した。俺は黙って手を合わせた。
「この者は『釣りキチ』だったのだな。スキル『太公望の釣り竿』のレベルを8に上げ、アイテムボックスを付けてやったぞ。クーラーボックスの代わりにするが良い」
女神は良い仕事をしたと言わんばかりに額の汗を拭った。汗はフェイクだよね。三平を救出し、全員で改めてお礼の言葉を述べてから退出した。浅野は木田に支えられながら、三平は小山に肩を預けながら歩いている。俺は小山に話しかけた。
「この間もそうだったけど、女神様の動き、全然見えないな」
「見えても身体が動かない。普通に話せるたにやんが凄いと思う」
「そうか。それよりこの前、俺そんなにピンチだったの?」
「ものすごいピンチだった。危なかった」
「具体的にどうピンチだったの?」
「それは言えない。秘密」
「えー!?」
なんて会話をしながら馬車に戻った。途中ちょっとだけ竹を伐採した。三平は馬車に着くころには足取りが戻っていた。望むスキルが付いたことを素直に喜んでいた。対照的に浅野が馬車に乗ってからも元気がなかったので、俺用に取っておいたクレープをやったら笑顔で食べてくれた。で、気になっていたことを聞いてみた。
「どんなスキルが付いたの」
浅野は笑顔でこたえた。
「美乳」
「美乳?」
「美乳」
「美乳なのか」
「美乳だった」
「・・・・・」
このファンタジー世界で美乳?女神様は何考えているの?浅野にエステでもやらせる気か?愕然とした俺に浅野は続けて言った。
「どう考えてもおかしいよね。ボクも納得いかないけど、多分意味があると思うんだ。そう信じるしかないよ」
理不尽だ、理不尽すぎる。それでも浅野は笑顔で前を向こうとしている。浅野、お前は女だけれど漢だ。俺は感激した。思わず抱きしめようとしたら、気配を察知した木田に阻止された。なぜ?まあいいか。
西日を受ける左頬が熱い。世界が無味乾燥なオレンジ色に染まっていく。俺が一番嫌いな時間帯だ。顔を窓から背けると、隣に座った小山の顔を見つめることになってしまった。
「どうしたの?」
「いや、なんとなく」
ちょっと変な雰囲気になったのを感じたのか、浅野が歌い始めた。曲はシング・アウトの「涙を越えて」だった。木田がすぐに加わって楽丸が続いた。最後は全員で合唱になった。俺もやけくそで歌った。こうして六月最後の日の冒険(?)は終わったのだった。
菜種にさとう大根に最後は美乳といろいろあり過ぎですね。