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第69話:浅野歌のお姉さんになる

年末年始特別公開です。明日もやるかも。

 6月30日、月曜日。晴れ。今日は朝から良く晴れている。暑くなりそうだが、良い風が吹いているので快適な一日になりそうだ。こういう日は走っていても足が軽いような気がする。昨日の話が噂になっているのか、会うやつ会うやつみんな「よくやった」とか「えらい」とか「すごい」と言って、褒めてくれるのが嬉しかった。


 今日の朝ごはんは珍しくもレーズンパンとくるみパンだった。これだけではおかずが無いので、ひき肉がしっかり入ったオムレツが付いていた。もちろんケチャップをたっぷりかけていただきました。大変美味しゅうございました。いつもどおりミックスジュースとカットフルーツをもらったのだけれど、カットフルーツの中に桑の実(蚕の餌になる桑の木に付く実)が入っていたのが珍しかった。


 迎えは四時半なのでゆっくり紅茶を飲んでいると、工藤から話しかけられた。志摩と江宮も一緒だ。

「昨日の将棋の件なんだが、どう思う?」

「ルールの件か?」

「そう、それだ。取った駒の扱いだ」


「難しいな。この世界に合わせるか、将棋の本道を貫くか、ということだろ」

「そうなんだ。帰りの馬車の中で三人で話してもなかなか結論が出なくてな」

 そういえば、三人とも別の馬車だったな。あいつら、そんなことを話していたのか。

「そりゃそうだろ」

「で、いろいろ考えた俺の結論をきいてくれ」

「分かった」


 工藤は覚悟を決めたように続けた。

「昨日ユニックさんに他のボードゲームを見せてもらって気が付いたんだ。例えルールをこの世界用に変えてもそれで将棋が普及するとは思えない」

「なんで?」

「幾つかある同種のゲーム、特に戦争盤と同種、いや亜種のゲームと思われる可能性が高い」

「なるほど」


「だったら、元のルールを貫いて違いを明確にした方が、大ヒットはしなくても生き残れると思う」

「鶏口となるとも牛後となるなかれ、だな。納得だ」

「分かってくれたか」

「二人はどうだ?」


 俺は志摩と江宮に尋ねた。

 志摩は笑顔でこたえた。

「俺は元からルール改変には反対だ。本当は絵柄にするのも反対な位だからな」

 江宮は真顔でこたえた。

「俺もルールを変える必要はないと思う。絵柄はまだしも、ルールを変えたら将棋ではない」


 工藤は頷きながら言った。

「そうだ、そうだよな。将棋は将棋だ。よし、万歳しよう」

 なぜか最後は工藤の音頭で、将棋で万歳した。大声で、「将棋~、万歳、万歳、万歳」とやったら周りから変な目で見られた。少し恥ずかしかった。とりあえず、駒のデザインをすることになったが、俺から一つ提案した。


「ただ作っただけじゃ売れないと思うんだ」

 工藤がこたえた。

「まあそれはそうだな。で、どうするんだ」

「囲碁や将棋を普及させるためには、将棋の布教を自律的および継続的に行う組織が必要だ」


 俺の言葉に志摩がこたえた。

「俺たちは宗教法人か?いや、それよりそんな組織がどこにあるんだ?」

 俺は笑顔でこたえた。

「あるじゃないか。現在進行形でお付き合いのある組織が」

「軍部か?」


 工藤が驚いて尋ねた。

「そうだ」

「でもどうやって動かすんだ。伯爵のコネで動く範囲なんてたかがしれてるぞ」

 俺は笑いながらこたえた。


「無論、無料ただじゃ動かない。組織で動く理由が必要だ。だから製造・販売権を商業ギルドに売って、そのライセンス料を7対3で分けるのはどうだ」

 工藤は反対した。江宮は保留。志摩が意見を出した。


「俺はいいと思う。軍はある意味最も人数が多い公務員だ。軍は普及させるためにまず自身で導入するだろう。それだけでかなりの売り上げになる。さらに、実際遊んでみることで自宅用に購入する奴もいるだろう。こいつらが次の売り上げになる。さらにそいつらの親子兄弟友人に普及すると、それが元になってヒットする可能性があるぞ」


 ライセンス料については、臨時の委員会を開いて改めて検討することにした。羽河が見送りに来たので相談したら、夕食後に食堂で開くことにした。工藤たちが引き上げると利根川がやってきた。


「ちょっと地下室まで来てくれない?」

「分かった」

 珍しく緊張した顔だったので、何も聞かずに後に続いた。扉に鍵をかけずに下に降りる。佐藤はいなかった。


「昨日のことなんだけど」

「お、おう」

「全部忘れて!昨日のことは全部無かったことにして欲しいの」

 利根川は真剣な顔で告げると頭を下げた。俺は心の底から安堵した。


「喜んで」

 本心からこたえたのに、頭を上げた利根川の顔はなぜか不満げだった。俺はまた間違ったのか?

「なによ、あっさり同意されるのもなんか腹立つわねえ。でもまあいいか。よし、この件はこれで終わり!」


 利根川は両手を力強く打ち合わせて宣言した。俺も利根川も決まった相手がいるから、当然だと思う。ついでに女神様への献上用に白樺と水楢の五十年物のボトルを各一本用意した。

 帰ろうとしたら、呼び止められた。


「ちょっと待って!あれ、気が付いた?」

 利根川の指さした先には乗馬した騎馬武者がいるが、なぜか後に木でやぐらを組んで樽を乗せている。樽と騎馬武者はパイプみたいなので、繋がっていた。


「えーと、樽にファックされている騎馬武者?」

「マニアックすぎる冗談はやめて!それにあそこは背中よ、お尻じゃないわ」

まあお尻だなんてお下品な、と手で口を隠して笑うと、利根川が真っ赤になって叫んだ。


「自動補給装置が付いたのよ。最適な温度管理法も分かったから、ワインの蒸留を始めるの。だから空き樽を頂戴!」

「悪い、悪い」

 謝りながら樫の木の樽を三つ出した。


「これだけあれば足りるかな?」

「多分大丈夫。ありがとう」

 最後は笑顔になったので、良しとしよう。廊下に出ると、平野が呼んでいると言われたので、慌てて食堂に行った。


「出来たよ」

 テーブルの上には女神様への供物と妖精さん達へのお土産、さらに遠足が長引いたときを考えてお弁当が置いてあった。

「おお、ありがとう。助かるよ」

 俺は感謝しながらアイテムボックスに納めた。ついでに聞いておく。


「何か足りないものは無いか?」

「今のところ大丈夫かな?」

「わかった、行ってくる」


 ラウンジに戻ると玄関先が騒がしくなった。迎えの馬車が来たみたいだ。玄関に出ると深い緑色に塗られ、教会の紋章が入った大きな馬車と、その前後を守る騎乗した護衛が四人待っていた。

 護衛の中には当然のようにイリアさんが入っていた。手を振ったら馬から降りてきて挨拶してくれた。


「皆様おはようございます」

「イリアさん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」

 イリアさんは僅かに微笑んだ(ような気がした)。そうだ、あのことを聞いておこう。

「イリアさん、一つお願いがあるんですが」

「なんでしょうか?」

「河原に行った後、女神の森に行きたいのです。連れて行って頂けませんでしょうか?」


 イリアさんは感情の読めない目で浅野を見た。

「お願いします。確かめたいことがあるんです」

 浅野の言葉にイリアさんは大きく頷いた。

「浅野様のご意向とあれば地の果てまでもお供いたします」


 浅野は少し引きつった顔でお礼を述べた。他のメンバー(木田・楽丸・千堂・三平・小山)と一緒に馬車に乗り込む。今日の付き添いはセリアさんとハンスさん(木田のお傍係)だった。


 ハンスさんと馬車の話になった。王都のような整備の行き届いた道を走るのは良いが、外に出ると路面の凹凸や段差が激しくて乗り心地は最悪らしい。ひょっとするもこれも生活向上委員会の次の課題になるかも。


 孤児院に着くと、待ち構えていた子供たちに囲まれた。シスターとの挨拶もそこそこに、浅野と木田はそのまま教会の本堂に連れていかれた。俺達も見学のために付いて行く。浅野が先生、木田が助手という感じで始まった。


 集まった子供たちは六才から十一才で、男の子が十四人、女の子が十六人。初めに一人一人の音域を調べてパート分けする。声変わり前なので、一番低い「バス」に相当する子はいない。結果として、ソプラノ・アルト・テノールの混成三部合唱でいくようだ。ソプラノはほぼ女の子、テノールはほぼ男の子で、アルトは男女が半分半分位。


 この世界では合唱はほぼユニゾンしかないので、曲によってはパート別に歌ってハーモニーを作り出すのは画期的だったようだ。

 今回練習したのは、「ふるさと」「七つの子」「上を向いて歩こう」「マリア様の心」の四曲だった。


 無難な選曲だったと思う。浅野も木田も初めてながら熱の籠った指導だった。子供達も騒いだりふざけたりもしない。俺の隣ではイリアさんが熱心に聞いていた。休憩時間中にイリアさんが聞いてきた。


「浅野様は神の御声が聞こえるのでしょうか?」

「分かりません」

 俺は正直にこたえた。

「すみません。私は悪霊のささやきしか聞こえたことが無いものですから」

 イリアさんが恥ずかしそうに言ったけれど、どう返していいかわからないよ。


 浅野達の熱意の賜物か、約二時間もの練習の結果、最後は合唱団として一定のレベルになったと思う。いつの間にか本堂に集まった教会の関係者から盛大な拍手をもらったのだから。孤児院の院長さんが感激してお礼を述べてくれた。


「このように素晴らしい聖歌を聞いたのは生れて初めてです。また、子供たちがこれほど熱心に練習したのも初めてです。今日はご指導ありがとうございました。浅野様に来ていただいたことを深く感謝しております。これからもどうぞよろしくお願いします」


 イリアさんも交えて打ち合わせして当面は一週間に一回、月曜日に指導に行くことになった。とりあえず次回の指導は来週の月曜日だ。御礼代わりに昼食を用意してくださったので、そのままみんなと一緒に食堂でいただきました。


 細切れの野菜とほんのちょっぴりベーコンが入った塩味だけ(香辛料は高いのだ)のスープ、固いパン、ジャガイモと人参と塩漬け肉の煮込みだった。簡素だけれど、心の籠った暖かいご飯だった。


 お礼に先日のピクニックの際に余ってそのまま取っておいたジェラート約三十人分を全部ふるまった。子供たちは喜んで食べてくれた。食事の間、浅野の横に人形を抱えたエルザがぴったりくっついていたのがほほえましかった。


 子供たちにせがまれて少しだけ遊んでから帰ることになり、子供たちと木田・楽丸・千堂・三平・小山達は広場に出た。俺はシスターに向かって改めてこの前の礼を言った。

「先日はワインをたくさん頂き、ありがとうございました。皆喜んでいます」

「いえいえ、前回もたくさん頂いたのに、此度もおいしいお菓子を頂き本当に感謝しております」

「実は今日もお土産を持ってきたのですが、受け取って頂きますか?」


 恐縮してなかなか受け取ろうとしないシスターにまずは竹の串五百本を渡した。

「野菜でも肉でも串にさして塩を振り、炭で焙ったらご馳走に代わりますよ」

「でも、ここには炭はあまりありませんのよ」

「なあにまかせてください」


 俺は倉庫に案内して貰ってから炭の束を百束出した。

「このような上等な炭をどこから・・・」

 シスターは目を見開いて叫んだ。


「気になさらないでください」

「上等すぎて孤児院では使えませんわ」

「もし使えないなら他で入用なものと交換したらどうでしょうか?」

「そのようなことをして良いのでしょうか?」

「受け取られたらそれはもう孤児院のものです。どのように使われようと誰も何も気にしませんよ」

「ありがとうございます。もしそれが許されるなら、水の魔石を手に入れることができます」


 なんでも井戸はあるが水質が悪くて、しょっちゅう子供たちがお腹を壊しているそうだ。土の魔法使いに頼めば深くて良質な井戸を掘ることができるのだけれど、目の玉が飛び出るようなお金を取られるとか。

 水の魔石を手に入れたら、そこから良質な水が豊富に手に入るとのこと。でも、せっかく井戸があるならそれを生かしたいよね。


 俺は頭の中でアイテムボックスを開いた。ゴミ箱の中から大岩を取り出して新しく作成したフォルダに入れる。右クリックして「粉砕」を選ぶ、まずは直径五センチほどに砕いた。新規フォルダを二つ作って、瓦礫を三等分する。一つはそのままにして、二番目のフォルダの瓦礫をさらに粉砕して直径一センチほどに砕く。


 三番目はもっと細かく砕いて砂粒にする。出来上がった三つのフォルダにそれぞれ「洗浄」と「乾燥」をかけてきれいにする。さらに前回もらった赤ワインの空き樽十個の一つを選んで、底面の真ん中直径三十センチ位に直径一センチほどの穴をたくさん開けた。

 ここまで作業を終えて集中を解くと、シスターが心配そうな顔をして俺に話しかけていた。俺が目を瞑って黙り込んだので何かあったのか心配していたみたい。


「すみません、ちょっと頭の中で集中していたので」

 そのまま納屋の裏にあった井戸に案内してもらう。井戸の水を少し汲んでみたが、目ではっきり分かるほど濁っていた。これを飲むのはつらいぞ。


 井戸に隣接する位置に角材をセットし、その上に樽を置く。作り方を説明しながら底から順に大きながれき、砂利、炭、砂を隙間なく重ねていく。最後に白い布を置いて完成だ。高さ一メートル位の樽の半分位まで埋めた。樽の下に洗面器を置いてから井戸水をじゃんじゃん入れていく。


「これは何でしょうか?」

 俺は自信をもってこたえた。

「濾過器です」


 シスターには通じなかった。

「?」

 しようがないので説明した。

「水の中のゴミや汚れを取り除く仕組みです」


 シスターは手を叩いて喜んだ。イリアさんが食いついてきた。

「それは魔法が必要でしょうか?」

「材料さえそろえれば魔法は不要です」

「本当ですか?」

 今度はシスターが食いついた。


「西の教会も水の問題では苦労しているのです。同様の物を作れば良いのでしょうか?」

 ついでなので、残りの材料を使って濾過器を三つ追加で作った。作業しているうちに濾過が終わったようで、最初の濾過器の下に置いた洗面器に水が溜まりだした。引き出してみてみる。


「凄い、透明になっている。匂いも無い」

 確かに茶色く濁っていた水がきれいになっている。シスターはとめる間もなく水をすくって飲んだ。

「おいしい。変な味もしない。水です。本当の水です」


 シスター達は涙を流して喜んでいた。イリアさんも水を飲んで呆然としていた。

「このような貴重なものを私共が頂いてよろしいのでしょうか?」

 まさか今思いついたことを試したら、たまたまうまくいきました、なんて言えないから適当な言葉でごまかしてしまう。


「これもまた神の思し召しでしょう。浅野の善意による縁と考えてください」

 イリアさんまで膝まづいて神に祈りを捧げだした。ちょっと言い過ぎたかな?

「この仕組みについてはライセンス料のようなものは必要でしょうか?」

 祈りを中断したイリアさんがもの凄ーく真剣な声で尋ねたので、俺はわざと軽い調子でこたえた。


「いえ、必要ありません。きれいな水の有無は生死にかかわります。生死をお金儲けに利用することは反対です。むしろ教会を通じてこの世界全てに積極的に広めて欲しいと思います」


「なぜ教会なのでしょうか?」

「教会を通じたらこの国だけでなくデルザスカル全土に広がるでしょう。だからです」

 シスターとイリアさんがまた膝まづいて祈りだした。どうしたらいいの、俺。

「これは画期的な発明です。それを無料で広めるという崇高な志、貴族のあるべき姿を目の前で見せて頂きました」


 イリアさん、褒めすぎですって。とりあえず、残った瓦礫・砂利・砂全部とサービスで炭を加えて用意してもらった麻袋にそれぞれ入れて渡した。最後に、出来上がった水に対する注意事項(1.砂が入っている可能性があるので、一回布で濾してね。2.病原菌がいるかもしれないから煮沸してね)を伝えました。


 その後シスターとイリアさんの間での真剣なやり取りの結果、ニ台は西の教会へ、一台は東の教会の農場に送り、材料のセットはイリアさんが持って帰ることになった。なんでも、集団で遠征する際に最も苦労するのが水の手配なのだそうだ。


「炭と交換で子供たちに新しい服を買ってあげられるかもしれません」

 そう言って喜んでいるシスターたちと一緒に広場に戻ると、全員でドッジボールで遊んでいた。平和な光景に心が和んだ。

きれいな水は大事ですね。

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