第67話:商業ギルド4
会議室の扉を誰かが叩いた。入ってきたのはユニックさんだった。俺たちは立ったまま迎え入れた。
「お待たせして恐縮です。所用が済み次第、王女様は参りますので、しばらくお待ちください。それとご成約おめでとうございます。海千山千の商業ギルド相手に見事な口上でございました。私、感服しましたぞ」
ユニックさんは笑顔で褒めてくれた。嬉しいじゃないか。
「ありがとうございます。お陰様でなんとかなりました」
続いて工藤が話しかけた。
「もしこの後お時間がございましたらお願いしたいことがあるのですが、いかがでしょうか?」
「工藤様のお願いであればいつでもどうぞ。今でも結構ですよ」
ユニックさんは笑顔で快諾してくれた。
俺はアイテムボックスから将棋盤と駒を取り出してテーブルに並べた。
「これは何ですかな?戦技盤に似ておりますな」
早速食いついた。ユニックさんは、工藤が説明した各駒の名前と動き、そして基本的なルールを五分で飲み込んだ。
「これはあの白黒とは全く異なる遊戯ですな。面白い、実に面白いですぞ」
興奮しているようだ。この世界にも同じようなゲームはあったようだが、取った駒が使える事、駒が成るという事が特に目新しかったようだ。
「駒がレベルアップする所が斬新ですな。しかし・・・」
「何でしょうか?」
「取った駒が手駒になる所に違和感を覚えます。戦場での敗北は死を意味します。このルールでは敵への投降あるいは裏切りに見えてしまいまする」
おおっと、やはりそこか。チェスと将棋の違いだな。
「分かりました。その点は再考します」
工藤が咳払いして話しかけた。
「お願いと言うのはその駒です。とりあえず文字を入れてみたのですが、いかがでしょうか?」
ユニックさんは駒から手を放すとしばらく考えてから返答した。
「文字で表すのはちと分かりにくいので、いっそのこと絵図面にしてはどうですかな。例えば歩兵なら短剣、槍兵は槍、騎兵は馬、近衛兵は細剣、近衛騎士は盾、王は王冠、それ以外はそれぞれの図で表すのはいかがでしょうか?」
俺たちは顔を見合わせた。みんな笑顔だった。
「素晴らしい考えです。ありがとうございます」
「作り直したらまたお見せしますので、よろしくお願いします」
将棋盤と駒はさっさと回収した。なんとなく王女に見つかったらまずいような気がしたのだ。その後は、お茶が来るまでユニックさんと囲碁で遊んだのだった。
お茶を飲みながらのんびりしていると、メグさんがやってきた。
「お待たせしました。今から王女様がお越しになります」
そのままの席で良いと言われたので着席して待っていると、王女様が颯爽とやってきた。
「皆様、商業ギルドとのご契約、おめでとうございます。仲介した甲斐がございました。急なお話で恐縮ですが、ご成約を祝って急遽お祝いの席を設けました。内輪のささやかなお祝いということで、特に礼服など不要でございます。是非本日の晩餐にご出席いただけませんでしょうか。もちろん宿舎には使いを出しますので、ご安心下さい」
俺たちは特に顔を見合わせることなく、羽河の返事を待った。
「王女様におかれましては商業ギルド様との仲介を取って頂き、深く感謝しております。その上で祝いの席まで用意して頂けるとは恐悦至極にございます。是非出席させてくださいませ」
羽河のポーカーフェイスな声が響いた。まあ、王女様が同席されるからギルド長が出てくることになった訳で、それがスピード契約につながったことを考えると、断れないよな。仕方ないぜ。この時は晩餐を食べたら帰れるかと思っていたのだが・・・。
王女様はいったん退席されたので、お茶を飲みながら待っていると、晩餐の準備ができたという侍女がやってきた。入口から廊下に出ると、右の先には玄関、左には建物の中心部分につながる廊下があった。
左手の廊下は右側は一面ずっと大きな窓になっており、中庭中央の噴水が見える。窓の外はテラスになっていて、青い芝生の上には白いテーブルと椅子が置いてあった。なんかお洒落なオープンカフェみたい。
そのまま先導されて廊下の先にあるメインダイニングに向かった。メインダイニングは建物の中央部にあるバカでかい部屋で、左右が三十メートル・奥行きが十五メートル・天井の高さは六メートルほどあった。
入口の反対側は大きな窓になっていて、外側は色とりどりの花が咲き誇る見事な庭になっていた。庭の左右は五メートルほどの灌木が壁みたいになっているのは目隠しだろうか。百人ほどの宴会に使えそうなでかい部屋は、ど真ん中に置いた直径四メートルほどの真っ白な円形テーブル以外は何もなかった。
なんとなく、体育館の真ん中にテーブルを一個置いてような感じ。見上げるとテーブルの上には直径四メートルほどの巨大なシャンデリアが燦然と輝いていた。床はマホガニーのような黒に近い濃い茶色の木の組木細工になっている。
扉の左右と部屋の右側は壁沿いに侍女が彫像のようにずらりと並んでいている。左側の壁には楽師が四人並んでいて、静かに室内楽を演奏していた。チェンバロの後ろにベルさん発見!知ってる顔を見つけるとなんとなく安心するのはなぜだろうか。
一番窓に近い席とその右側の席を除いた残りの席に俺たちは座った。こんなバカでかいテーブル、どうやって拭くんだろうと、どうでも良いことを考えていると、先触れの声が響いた。
「エリザベート・ファー・オードリー王女のおなりです」
先触れの声と共に音楽がぴたりと止まり、両開きの扉を二人の侍女が静かに左右から開けると王女様がユニックさんとメグさんをはじめとする侍女数人を引き連れて入室してきた。王女様は光沢のある真紅のドレスに着替えて登場だ。青地に金も似合うが血のように鮮やかな赤にも金髪は良く映えていた。
「王女様の金髪は青も良くお似合いですが、赤もおきれいですね」
なぜ俺はこんなことを喋ってしまうのだろうか。王女は花のように笑うと、優雅に一礼してこたえた。
「お褒めの言葉を頂き恐縮です。谷山様は酒作りだけでなく、女子を喜ばせるのもお得意なのですね」
なぜか足を蹴られた。いったい誰なんだ。王女様の右にはユニックさんが座った。左には先生が座っている。テーブルの中心は高さ二十センチ位にそろえた花がびっしり集まった直径一メートルほどの花束になっている。ドレスの色と合わせたのだろうか、花は全て真っ赤だった。王女の着席と同時に音楽が再開した。何もない空間を音楽と花の香りが満たしていくように感じられた。
「今日はめでたい席なので、秘蔵の酒倉を開けました。この国で手に入る最高のワインを用意しましたので、どうぞお楽しみください」
食前酒から始まるワインはそれはそれはおいしゅうございました。前菜、スープ、サラダ、魚料理、パンとチーズと順番に出てくる料理も少しくどいような感じはするが、まあまあおいしかった。
しかし、なんといってもメインで出て来た料理に驚いた。ハンバーグだった。レストランで出せるレベルには達していないが、家庭で食べるには十分だったと思う。レシピを貰って初見で作ったとしたら驚くべき手際ではなかろうか。なんとなく、いきなり作れと言われた料理長の涙の味が入っているような気がした。
「いかがでしたか?」
王女は悪戯っぽく笑いながら尋ねた。どうして俺の正面にいるんだよ、と言いたいのをこらえて返事した。
「レシピを初見で作ったにしては驚くべき出来と思います。現状のレシピの作り方で問題ないようですね」
俺の言葉に王女様は嬉しそうに笑ってからこたえた。
「安心しました。まさか最初から及第点を頂けるとは思いませんでした。料理人にはさらに励むように伝えましょう」
皆も頷いていたので、お世辞で無いことは伝わったと思う。王女様は思ったよりは話し上手で晩餐は滞りなく進んだが、甘いデザートワインを飲んでいる時にとんでもないことを言い出した。
「先日お伺いした時に私、とても興味深い話を伺いました」
「なんでしょうか?」
王女様は目をキラキラさせながらのたまった。
「女子会です」
俺は思わずワインを口から吹き出しそうになった。何言ってるのこの人は。皆もそう思ったようで顔を見合わせている。木田が一人、しまった!と言いだしそうな顔をしていた。犯人はこいつか。
王女は続けた。
「明日はお休みなのでしょう。木田様・浅野様・羽河様・利根川様、少しの時間で構いませんので、お付き合いいただけませんでしょうか?」
既に別部屋に支度(?)してあるそうだ。毒も食らわば皿までではないけれど、羽河が引きつった声で「喜んで」と応えていたのが悲しかった。上機嫌の王女様に率いられて女子四人はエレナさんとマーガレットさんを連れて奥の棟に連れられて行った。
女子会が終わるまでということで、メインダイニング隣の豪華な応接室で待っているとノックの音が響いた。誰かと思えばユニックさんだった。
「もしお暇だったら、近衛の待機所にある私の居室に遊びに来ませんか?」
この世界の様々なゲームを見せてくれると言われたので、志摩・水野・工藤・江宮の四人はニコニコしながらついて行った。部屋にいた侍女さんは特に止めなかったのでまあいいか。全員いなくなるのはまずいと思って留守番を買って出たのだが、暇だ。
「近くにおりますので、何かあれば廊下でお呼び下さい」
そういって侍女さんも出て行ってしまった。どうしよう、一人きりになっちまったよ。俺はそのままベッド代わりになりそうなでかいソファの上で途方にくれていた。
谷山君の貞操が危ない!