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第63話:異世界将棋

 6月29日、火曜日。雨。今日はいよいよ勝負の日だというのに、昨日の夜中から降り出した雨はまだやむ気配がない。昼からは晴れるそう(小山の天気予報。よく当たる)だが、ちょっとばかりブルーだぜ。


 濡れるのが嫌でラウンジでぼんやりしていると、外から戻ってきた先生から話しかけられた。長い髪が雨でぐっしょり濡れている。

「谷山様、私は昨日念願の天ぷらを食べて確信しました。天ぷらこそエールのベストパートナーです」


 先生の目には一点の曇りもなく、揺るぎのない決意がみなぎっていた。俺は黙って頷くことしかできなかった。そのせいで頭の中に一句浮かんだ。

「天ぷらを 食べておいしい ホトトギス」


 ええい、誰かどうにかしてくれと思ってもどうにもならないのであった。

 今日の朝ごはんはホットドッグだった。ただし挟んでいるのはソーセージではない。ハンバーグを小判型ではなく、円筒形に成型して焼いたものだった。外見はホットドッグだが中身はハンバーガーという不思議なパンだった。


 肉に混ざった黒胡椒の辛みとパンに塗ったマスタードの酸味がダブルの刺激で大変美味しゅうございました。いつもどおりミックスジュースとカットフルーツをもらったのだけれど、カットフルーツの中に大粒のぐみ(果物のぐみ)が入っていたのが嬉しかった。


 魔法学は昨日に引き続き森に生息する魔物の講義だった。来月から野外で活動することを考えると、おのずと集中して聞いてしまう。ミドガルト語の講義は相変わらずだが、ほんの少しだけとっかりみたいなのが見えてきたような気がする。気のせい?


 講義のあと、ラウンジでぼんやりしていると、玄関が騒がしい。誰かと思ったら、木工ギルドのテイラーさんとのことなので、会議室を抑えてもらった。

 テイラーさんは契約書の正本二通とざるを十個、竹串千本を持ってきてくれた。契約書にはギルド長のサインが記載されていた。俺には読めないが。羽河と先生を呼んでもらって、その場でチェックして羽河に署名して貰った。羽河のサインを見てテイラーさんが驚いた。


「これはまた立派なサインですな。流麗にして品がありますぞ」

 羽河は上品に微笑んだ。狂笑しながら赤い鞭をふるう人と同一人物には見えません。なぜかテーブルの下で足を蹴られた。どうして?


 契約書の一部をテイラーさんに渡してこれで契約成立だ。こっち側の契約書は羽河に管理して貰うことにした。お金はギルド内に作った生活向上委員会の口座に振り込まれるそうだ。ついでに俺のサインも登録したので、羽河だけでなく俺でも引き出し可能だ。ちなみに俺のサインを見てもテイラーさんは無言だった。まあそんなものでしょ。


 ついでにこの前見本を貰った安楽椅子について聞いてみた。

「絶好調です。既に三十脚もの注文を受け付けております。王宮からもまとまった注文が入りますので、初回は百脚生産する見込みですぞ」


 王女様さっそく動いたみたいだな。一脚少なくても金貨一枚の売り上げなので、確定した売り上げ分だけで金貨三枚分のライセンス料を稼いだことになる。凄いな。

 ついでのついでで、竹製の買い物籠みたいなのを作って貰うように頼んだ。


「籠ですか?承ります。出来上がったら持ってまいります」

 テイラーさんはにこにこ笑いながら請け負ってくれた。何に使うのか一切聞かない所がいいな。玄関先まで見送るついでに竹を十本渡した。まだ曇っているが、雨は上がっていた。小山予報通りだな。


 お昼ご飯を食べに食堂に行ったついでに平野に竹ざる全部と竹串を五百本渡した。

「早いね、もう出来たの?嬉しいな」

 素直に喜んでくれる平野の笑顔に癒されたのだった。


 今日のお昼ご飯は限界ぎりぎりまで入れた塩が濃厚な卵の風味を引き立てるカルボナーラだった。卵の火の通し方が絶妙で、生っぽくも固くもないクリームのような食感だった。デザートは、びわのジェラートだった。甘さ控えめで目に優しい黄色が嬉しかった。


 食後、紅茶を飲んでいると平野がやってきた、後ろから大中小のバスケットを持った助手Dが付いてきている。

「できたよ」

「何で三つあるの?」

「大きいのは侍女さん達へのお土産、中くらいのは王女様の分、小さいのはおつまみセット」

「王女様の分って何?」

「じゃーん!」


 平野は中くらいのバスケットを開けて見せた、中には梅酒の瓶と炭酸水の瓶と取説みたいなのと蓋つきの容器に入ったハンバーグ・ポテトサラダ・マヨネーズが入っていた。出来立てみたいでハンバーグからはジュージュー音がしている。


「ひょっとするとそれって・・・」

「そう、マヨネーズとハンバーグとポテトサラダのレシピと見本!」

 平野は誇らしげに胸を張った。俺は取説を見たが、当然ほとんど読めなかった。ならば大丈夫だろう。すぐさまアイテムボックスに収納する。


 侍女さん達へのお土産は袋詰めの焼き菓子だった。中身は動物と魔物ビスケットとのこと。絵柄はこの世界にいる動物や魔物からとったそうだ。俺のアイディアだけど、喜んでくれるだろうか。十袋以上入っているそうだが、足りるかな?


 つまみはまさかポテサラを出すわけにはいかないので、この世界でも提供できるクラッカー・チーズ三種・オークの燻製(オークジャーキー?)だった。ちゃんと小皿も十枚入っている。


「ありがとう。十分だよ。まさかレシピがもう出来ているとは思わなかった」

「レシピに関しては、これで伝わるかどうか確認するための試作と考えて欲しいな。そのために見本を付けたと言っといてね」

「分かった。秤とかはどうするの?」

「取説に秤については雑貨ギルドに問い合わせるように書いているから分かると思うよ」

「完璧だな。流石は平野だ。本当にありがとう」


 平野は笑顔で厨房に戻っていった。迎えの馬車が八時に来るので、委員会のメンバーは全員今日の鍛錬はお休みだ。練兵場に行く洋子やヒデ達をラウンジで見送っていると、なぜか小山がやってきて俺の目の前で火打石みたいなのをカチャカチャ打ち合わせた。


「ご武運を祈ります、というやつか?」

「違う。女除けのおまじない」

 冗談で聞いたのに、斜めの方向で返ってきた。しかも真面目な顔で言っているのが性質たちが悪い。返事に困っていると、水野が笑いながら背中を叩いた。


「モテる奴はうらやましいな」

 男たちが大笑いした。何なんだよいったい。メンバーだけになってから羽河が真面目な顔で言った。


「さっきのは案外当たっているわよ」

「どういうこと?」

「ハニートラップに用心しろ、ということよ」

「王女様の所に行くだけだろ?」

「だからよ、王女様が本当の味方かどうかまだ分からないでしょ」


 そこまで考えなきゃいけないのか。ちょっとばかりしんどいぜ。それに同じことを考えていたのか、昨日の晩はカラカラになるまで洋子に絞られたのだ、多分俺のは明日まで復活しないと思う。そのままラウンジでぼんやりしていると、工藤がやってきた。


「将棋の駒の案がやっと出来た。聞いてくれるか」

「分かった。教えてくれ」

 工藤の案は以下の通りだった。

 歩→歩兵、香車→槍兵、桂馬→騎兵、銀→近衛兵、金→近衛騎士、飛車→戦車(竜→ドラゴン)、角→バリスタ(馬→リヴァイアサン)、王→王。ちなみに歩兵・槍兵・騎兵・近衛兵の裏は近衛騎士になる。


 弓兵がいないのが残念な気もするが仕方ないかな。角をバリスタにしたのは戦車とのバランスだろう。ちなみに戦車はT-34とかタイガーとかの戦車ではなくて、ローマ時代の戦車=騎馬の引く台車に男が乗って弓矢や槍で無双するイメージです。


「いいと思う。これで試作品を作ってみて、こっちの世界の人に使ってもらったらどうかな。違和感があればその時修正したら良い」

 俺の言葉を聞いて、工藤はホッとした顔で頷いた。


 後ろにいた江宮が聞いてきた。

「駒の形や大きさは将棋と同じでいいか?」

「おお、それで頼む」

「分かった」


 江宮は立ち上がると足早に出ていった。各駒のミドガルト語の表記を確認するために、先生の部屋に行ったんだろう。気の早い奴だ。ふと思いついたことがあったので聞いてみた。


「リヴァイアサンを出すんだったら、片割れはベヒモスにすべきじゃないか?」

「神話的にはそのペアなんだけど、ドラゴンは外せないだろ」

「確かに。それなら竜はベヒモスにして王の裏をドラゴンにするか?」

「え?王も成るのか?」

「そうだ。王が成るとドラゴンになる。移動範囲も回り各一桝に加えて縦横斜め全部にグレードアップというのはどうだ?」

「チートすぎるだろ。それに王がドラゴンになるのはやりすぎじゃない?もし王が成るなら皇帝じゃないかな。移動範囲は回り各二桝までという感じでどう?」

「いいかも。でもこれやったら、もう将棋じゃないな」

「言えてる。やっぱやめとこう」


 その他、「成る」は「レベルアップ」で表現することにした。その後もとりとめのない話をしていると江宮が戻ってきて、ポケットの中からジャラジャラと駒を出した。まだ一時間ほどしかたっていないのになんて早業だ。工藤が慌てて部屋から将棋盤を持ってきて駒を並べてみる。


 並べて終わると、あちこち文字のバランスの悪いところが目に付くが、形になったという感動で胸がいっぱいになった。いいじゃないこれ。気の早い工藤が言った。

「誰に見てもらおうか?」

 江宮が首をかしげながらこたえた。

「軍関係かな?」

「伯爵か?」


 顔を見合わせている二人に俺は提案した。

「もっとピッタリの人がいるんじゃないの?」

「ユニックさんだ!!」

 二人の声が重なった。俺は続けていった。


「それに、ユニックさん、王女付きと言ってたぜ」

「よし、念のためこいつも持っていこう」

 ユニックさんとの接近遭遇を期待して将棋盤と駒も持っていくことにした。ついでに碁盤と碁石も用意しておく。先生がラウンジに出て来たので、時計を見ると八時前になっていた。とりあえずお礼を言っておこう。


「先生、レシピと駒の翻訳、ありがとうございました」

「いいですよ。私も料理の勉強になりました。それとこれを機会に料理用語の辞典を作った方がいいかもしれませんよ」

「おっしゃる通りです。王女様に進言してみます」

 先生は満足げに微笑んだ。

将棋をどうする?

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