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第6話:これからどうすんのさ

 伯爵が玄関の扉の前に立っていた二人の衛兵に一声かけると扉が左右に開いた。

「お待たせしました。こちらは元々は国外の使節団をお泊めするための施設でございますが、帰還の日までは皆様の宿舎となります。我が家と思っておくつろぎください」


 伯爵に招かれて建物に入る。玄関扉の先はホテルのロビーのようになっていた。奥には受付のカウンターがあり、カウンター右横のドアから奥に入ると廊下の先は広々としたラウンジになっている。天井には直径三メートルほどの巨大なシャンデリアが燦然さんぜんと輝いていた。


 円形のテーブルが六つ用意されており、各テーブルの中央には大きな花瓶に色とりどりの花が飾られ、その回りにはパン、焼き菓子、果物、飲み物の瓶やピッチャー、グラスや取り皿などが整然と並んでいた。女の子たちが一斉に声を上げた。

「毒は入ってないみたい」


 平野美礼の無遠慮な一声で場が一気に静かになった。身長155センチと小柄なくせに、こいつは何に対しても一切遠慮することが無い。

 茶色がかった天然パーマと真ん丸眼鏡がトレードマークなのだが、眼鏡を外しているので一瞬誰かわからなかった。平野の目って、こんな大きかったっけ。


 実家はビストロを経営しているそうで、「私の代になったら三年でミシュランの一つ星を取って見せる」と宣言しているらしい。こいつだったら実現するかもな、と思わせる有言実行の女だ。


「平野様は鑑定持ちでしたな。皆様、毒見は終わりましたぞ。どうぞ席にお着きください」

 伯爵は苦笑しながら俺たちに着席するよう促した。既に全員の名前とスキルを把握しているみたい。

 近衛は王家を守るエリート集団なので、そのトップであるということは相当有能な人だろうと思っていたが、確かにお飾りの師団長ではないようだ。


 いい加減疲れてきたので、俺たちは席についた。具を挟んだコッペパンや菓子などの食い物よりも俺の目を引いたのは飲み物だった。五リットル位入りそうな巨大なピッチャーに並々入っている液体、それは多分あれだ。

 俺はヒデと目配せすると手元の陶器製のジョッキを手に取り八分目まで注いでヒデに手渡す。


 ヒデも同様に俺にジョッキを回してくれた。洋子と初音の「こいつらは・・・」という目を無視して冬梅にも聞いてみる。

 ここは日本ではないからOKだよね。ちなみに後で聞くところによるとこの世界は十五歳で成人となり、お酒の年齢制限は特にない。早い奴は十歳位から飲んでいるそうだ。


「それ多分お酒だよね。僕はジュースでいいから」

 ピッチャーとジュース以外には赤ワインらしき瓶と紫色をしたお茶みたいなのが置いてあった。洋子と初音もジュースにするようだ。

「それでは魔王討伐と皆様の帰還を願って」

 全員席に着いたことを確認すると、端のテーブルに座っていた伯爵が立ち上がって乾杯の音頭を取った。


「乾杯!」

 一部を除く全員でグラスを掲げて一気に飲み干せ・・・なかった。俺を含む男子の半分くらいと数人の女子がむせた。洋子と初音は爆笑している。

 だってさ、これビールじゃないもん。正月に親が酔っ払った後でこっそり飲んだビールと比べると、全然違う。まずぬるい。そして濃い。おまけに香りがきつい。

 ついでにアルコール度数も高いような気がする。目を白黒させてる俺たちに隣のテーブルから工藤が声をかけた。


「それはな、エールだ」

 工藤はジョッキを持ったまま、にやにや笑いながら続けた。

「日本で売られているのはラガータイプのビールがほとんどだ。さっぱりしていて度数も低めだから、冷やすと喉の渇きを潤すには最適だ。それに比べエールは薫り高く濃厚で、日本酒やワインみたいにじっくり飲むのに向いている。これは結構うまいぞ」


 そんなことは最初に言ってくれ。俺は洋子のグラスにちょっとだけ注いでやりながらむくれた。寺か、実家が寺だからか。仏事には酒がつきものだから詳しいのかな。確かに少しづつ味わって飲むには良いかもしれない。花山はピッチャーをそのままジョッキ代わりに飲んでいるが、あれは参考にならない。


「おお、花山様はいける口ですな。さて皆様、お召し上がりながらで結構でございますので、まずはこの宿舎から説明させていただきます」

 伯爵の話をまとめるとこんな感じとなる。


 まず、現在俺たちがいるのは宿舎の本棟の真ん中にあるラウンジ。宿泊者同士の談話や外部から招いた訪問者との打ち合わせに使う。ラウンジの玄関側には長いカウンターがあって、そこで飲み物を頼むことができる。


 訪問者は玄関の受付のカウンターでアポイントを確認してからでないと中には入れない。受付カウンターの裏は俺たちのお世話係の皆様の詰め所(事務室)となっている。玄関の受け付けカウンターとラウンジの飲み物カウンターが事務所を挟んでいるような感じだ。


 ラウンジの奥側の中心にある扉を開けると廊下になっており、その左右には会議室がある。右の会議室の手前は小さな礼拝所で奥は女子用の洗面所とトイレ、左の会議室の奥は男性用の洗面所とトイレになっている。

 廊下の突き当りは厨房を併設した食堂になっているそうだ。本棟の地下には家事室と倉庫があり、事務用の二階もあるそうだが、それは関係ないか。


 ラウンジの左右は長さ十五メートルほどの渡り廊下につながっており、それぞれ本棟と並行して建てられた別の建物につながっている。別棟の大きさは本棟とほぼ同じで、右側は北棟、左側は南棟と呼ばれている。


 右側の廊下から先は女子のスペースだそうで、なんと男子は立ち入り禁止!だけど、南棟への女子の立ち入りは自由なのだそうだ。まあつまり、選択権は女子にあるということだな。異世界でもレディーファーストが流行しているなんて知らなかった。


 渡り廊下から左右の棟に入るとまずはテーブルが三つくらいの簡単なミーティングスペースがあり、その右手には廊下を挟んで左右に各九部屋、合計で十八部屋の個室が並んでいる。

 個室の先には洗面所とトイレがあり、その奥はシャワー付きの大浴場になっているそうだ。


 洗面・トイレ・食堂・喫茶・浴場が全て共同の寮みたいなものだな。なお、食堂・浴場・喫茶・会議室のサービスは使用時間が決まっていて、時間外は利用できない。ランドリー(洗濯)と部屋の掃除は無料で利用できる。もちろん宿舎内の飲み食いは全て無料だ。さらに衣服や雑貨・嗜好品の支給もある。これも原則無料だ。


 門限は特にないが、外出する場合、特に王宮の外に出る場合は事前に事務所に行き先と戻りの予定を届け出ること、王宮の門には門限があるのでそれは遵守して貰いたいということだった。


 今後のことについては、まず魔王と戦うためには力をつける、つまりレベルアップすることが必要だと言われた。そのためには経験値を溜めなければならない。となると、魔物の討伐とダンジョン踏破が最も効率的!ということだった。結局そうなるよね。


 具体的には、勇者支援委員会(俺が勝手に名付けました)は協力者に対して討伐の基本的なレクチャーを行い、個人にあった装備一式を提供。基本的なトレーニングを行った上で、冒険者ギルドでの登録を斡旋するというものだった。


 協力者には活動費とポーション類を月毎に提供するし、その他必要なものがあればその都度相談できる。原則として王都外への外出を認め、レベルアップのための活動については冒険者ギルドが全面的にサポートするそうだ。


 実際に外で活動を始める際は、個人で行うのではなく最大六人で構成されるパーティで行うとのこと。まあ、班で活動するようなイメージだな。

 パーティのキモはその構成と誰をリーダーに選ぶか、そしてチームワークに尽きるそうだ。班分けはトレーニングが終わってから行うことになった。班分けとかなんか修学旅行っぽいぞ。


「魔王の討伐は一年半後から二年後を想定しております。今後の大まかな予定ですが、一年十二か月を三か月毎に分けて行動する予定ですな。


 今月、すなわち六月は準備期間として座学と基礎的な鍛錬、次の三か月は王都の外の草原や森での実技演習、その次の三か月は初級のダンジョンに入り、年明けて最初の三か月は中級にダンジョンに挑戦します。


 中級のダンジョンを余裕で攻略できるようになれば、上級のダンジョンで最低三か月は経験を積むことを考えております。一年半後、すなわち来年十二月には皆様のレベルが平均で七十を超えることが目標となります」


 以上でラルフ・エル・ローエン伯爵の話は終わった。レベルの上限が百なので、結構ハードルが高そう。魔王討伐にしては、ずいぶんラフなプランに聞こえるけど、実際俺たちがどのくらいやれるか分からないから仕方ないだろう。かなりの促成栽培ぽい感じがしたが、大丈夫なのだろうか?


 なお、この世界は一年が十二か月、一か月は五週、一週間は六日だそうだ。つまり一年が三百六十日ぴったりなのだ。記念すべき今日六月一日は季節の上では初夏にあたるらしい。異世界記念日とでも名付けようか?


 一週間には曜日があって、日曜日・土曜日・風曜日・水曜日・火曜日・月曜日の順に循環するらしい。今日は日曜日、明日は土曜日だそうだ。


 ちなみに、一日は十二時間だそうだ。夜中の零時にスタートして十二時(次の日の零時)で一日が終了するのは地球と全く一緒だ。大きな時計らしきものがカウンター上の壁にかかっていたが、なんと針が一本しかない。まるで日時計だ。

 文字盤の数字にあたる所にはアルファベットの「I」を組み合わせた記号のようなものが円状に十二個ついており、一日で針が一周するパターンになっているみたい。


 記号は、1は漢数字の「一」そのまま、2も漢数字の「二」そのまま、3も横三本線、4は「三」の左横に縦線を入れたアルファベットの「E」、5は漢字の「日」、6は〇になっていた。六以上の表記は〇の中に1から5までの記号を入れることで表している。


 例えば七は「〇」の中に「一」、八は「〇」の中に「二」を入れている。十二は二重丸だ。俺たちの時計で言えば12の所に◎、6の所に〇があって、デザイン的には面白いと思う。


 感覚的には、数を「正」の字で数えるのに似ている。分かりやすいと言えば分かりやすいか。2は漢字の「十」、3は漢字の「三」、4の「□」も漢字の「くち」にも見えるので、1から5まで全部漢字に見える。漢字って万能だな。異世界でも使われているとは知らなかった。なんちゃって。


 漢字もどきのせいで時計を見るたびに日本を思い出しそうだ。各部屋にも時計は置いてあるので、今後はこの時計を見て行動してほしいとのこと。

 幾つか質疑応答があってから男は南棟に、女子は北棟に移動した。男組は伯爵が、女組はキリツとした初老の女性が引率する。ミーティングスペースにはセルフだがドリンクバーみたいな設備があった。こういうのがあるとなんかネットカフェっぽくて親近感がわくな。


 伯爵は棚から小さなグラスを取り出すと高級そうな瓶から琥珀色の液体を注いだ。ウイスキーかブランデー?次に別の棚から大きな瓶を出してテーブルの上に置いた。中には茶色のパチンコ玉くらいの大きさの丸薬の様なものがびっしり入っている。伯爵はパチンコ玉を一つ口に入れると、グラスの液体で流し込んだ。


「これと同じものが皆様の部屋にも置いてありますぞ。これは薬、はっきりいえば避妊薬です。もし、女性とそういう関係を結ばれるのであれば、毎日必ず一粒お飲みくだされ」

 予想もしていなかった説明に俺たちは絶句した。


「今頃、北棟でも同じ事をメアリー・ナイ・スイープ侍女長がお嬢様方に説明しているはずです。皆様はこの世界で長ければ三年過ごすことになると思いますが、中には特定の女性とねんごろになり子を授かる方も出てくるやもしれません。実際、かっての勇者様の中にもそういう方がいらっしゃったそうです。


 赤ん坊を抱いた奥方の手を引き帰還の陣に乗った御方も、仲間同士で結ばれて子を授かった御方もいらっしゃいました。しかし、帰還できるのはご本人様だけなのです。この世界で結ばれた奥方や、この世界で授かったお子はたとえ血がつながっていようが連れていくことはかなわぬのです。


 帰還の儀式が終わった後、陣の上に残された女子供がその後どうなったかは古文書には記されておりません。そのような事態を防ぐために、くれぐれもお忘れなきよう。もしそういう関係を持つのであれば、この世界に骨を埋める覚悟で、ということになりますな。認めたくないでしょう?若さゆえの過ちなど」


 しんと静まり返った俺たちに伯爵はつづけた。

「この薬を飲むと男子の場合は服用後二日間、女子の場合は前後二日間の妊娠を避けることができます。飲んでも特に害はありませんが、もし気分が悪くなるようでしたらご相談ください。性病を予防する効果もありますし、予想外の妊娠とそれによるトラブルを避けるため、できれば習慣づけていただけると助かりますぞ」


 俺達はしばらく放心状態だった。話が重い、重すぎるよ。改めて召喚の特殊性を思い知らされたような気がする。気を取り直して明日の予定を聞くと、明日は食堂に四時集合と言われた。朝食が用意されているらしい。地球時間で言えば朝八時ということか。


 今が十一時(日本時間では夜十時)くらいなので、丁度良い時間かも。食事の後は四時半から会議室で授業を始めるとのこと。度量衡(重さや長さの単位)など、この世界で生きていくための必須の授業なので、全員出てくれと言われた。

 こりゃ、遅刻は許されないな。尾上が風呂について聞いたが、今日は準備できていないとのことだった。ちょっと残念だが、明日の楽しみにしよう。


 最後に、部屋割りを決めた。広さや備品は全て同じと聞いたので、出席番号順に手前から割り振っていく。一番手前右が青井、廊下を挟んだ向かいが伊藤、青井の隣が江宮、といった並びだ。

 俺の隣の部屋がヒデになったので、少しほっとした。本棟のカウンターは終日人がいるので、何かあれば来てくれと言われてミーティングは終わった。


 自分の部屋に入ると六畳間を二つ並べたような長方形の部屋だった。幅が四メートル、奥行きが六メートル位で、思ったよりかなり広い。ドアの左側の壁には大きなクローゼットとチェストと鏡台、右側の壁には背の高いロッカーと本棚があり、窓際にはベッドと机と椅子が置いてある。


 チェストと本棚の中間位、つまりドアの前には小さなテーブルと椅子が二脚置いてあった。ベッドはダブルベッド位のサイズだった。明かりは天助の二か所にランプがついている。念のためヒデの部屋も見たが、家具も配置も全く一緒だった。


 クローゼットの中は左半分が洋服掛け、右半分が棚と引き出しになっており、棚には例の薬が置いてあった。チェストの中を確認していると、洋子と初音とヒデがやってきた。

「どうだった?」

「いやー、あのおばさん、すごく厳しそうでまいったよ。ミニスカも半袖も禁止だって」

 洋子が暗い顔をしている。


「これから先のこと考えるとちょっと憂鬱かな。あのおばさんが女子のお世話係のトップみたい」

 初音も顔をしかめていた。確かに礼儀作法をはじめとする万事に厳しそうな人に見えた。


 こっちの世界のドレスコートは中世と同じで、女性は基本的に肌を見せることは禁止なのだそうだ。だからくるぶしまでのロングスカートと長袖が基本となる。乗馬服や騎士服など、ごく稀な例外を除けば女子のズボンはあり得ないそうだ。


 明日からは用意した服を着てくれと言われて、二人は少しまいってるみたいだ。この世界で生きていく以上この世界の常識に合わせなきゃいけないとは思うのだが・・・。

 その後も王女様をはじめとする今日あった人物についてや、部屋の造りは一緒だが壁紙が違うとか、鏡台が小さいとか、誰と班を組むとか話しているうちに、部屋の時計は十二時(地球時間では夜十二時)を過ぎていた。


 初日から遅刻はまずいということでお開きになったのだが、当然のように初音はヒデの部屋についていく。洋子は二人を見送ってから後ろ手で扉を閉めると、小声で聞いてきた。


「ねえ、あれ飲んだ?」

「あれって何?」

 わざと聞いてみた。

「もうわかっている癖に・・・」

 頬を膨らませるので正直に申告する。


「飲んでない。ひょっとして飲んだ?」

「飲んだよ。だって淑女のたしなみでしょ」

 舌をぺろりと出しながら悪戯っぽく笑う。


「しょうがねえなあ」

「何がしょうがないのよ」

 なんてたわいもないことを話しているうちに、隣の部屋からエロっぽい声が聞こえてきた。案外、壁は薄いみたいだ。こっちも負けるわけにはいかない、なんちゃって。異世界の初めての夜は静かに激しく過ぎていった。


すみません。我ながら進展の遅さにあきれてます。

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