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第56話:ピクニック3

 相撲は騎士たちの興味を引いたみたいで、ユニックさんがルールを聞いてきた。俺も相撲の細かいルールは知らないが、以下を伝えた。子供達のことを考えて千堂が改変したルールなので、厳密には相撲ではないと思う。


・開始前に両者は定位置に立つ。

・審判の合図で試合を開始する。

・円の中から一歩でも外に出たら負け。

・円の中でも足の裏以外を地面につけたら負け。

・押す、引く、投げる、体当たりは良い。


・殴るのは禁止。平手ではたくのは良い。

・喉から上と急所への攻撃は禁止。

・蹴りは禁止だけど、足を蹴るのは良い。

・関節技、締め技、肘打ち、頭突き、貫き手、引っ掻き、噛みつき、その他卑怯な攻撃は禁止。

・審判を一名置いて、勝敗を決める。場合によっては副審も置く。


 ユニックさんは大きく頷くと、イリアさんと打ち合わせてから騎士を集めて大人の相撲大会が始まった。警備の人間を最小限にして交代しながら試合をしている。やはり成人男性が真剣に組み合うと迫力が違う。ぶつかった瞬間に、ゴンとかガンとか鈍い音が聞こえるんだもの。


 ハンスさんや工藤も大人の部に交じっている。工藤は足腰が強いのか、低い姿勢で自分よりも明らかに重い騎士を押し出していたが、腰高のハンスさんは苦戦していた。小兵ながら楽丸は持ち前のスピードと敏捷性を生かして強かった。


 フェイントを交えながら前後左右を目まぐるしく動いて相手を翻弄し、気が付いたら相手の片足を持ち上げている。自分の倍くらい重い騎士をあっさりひっくり返してしまうのだ。それにしても行司を務めている志摩が妙に似合っていて笑ってしまった。

 ユニックさんが再び俺の所にやってきた。


「谷山様。すみませぬ。この競技の名前を教えてください」

相撲すもうと申します。我が国の国技です」

「国技ですか。肝に銘じます」

「どこがそんなに気に入ったのですか?」


「力・技・速さ・敏捷性・柔軟性・知略・持久力、その全てが試されるだけでなく、怪我の心配をせずに全力を出せる素晴らしい組技です。感服しました」

 この調子だと柔道や空手はもっとウケるかもしれないな。俺には教えられないが。相撲に興じる騎士たちを見ながらしみじみ平和だなあとぼんやりしていると、木田がクッションみたいなのを持ってきた。


「ちょっと手伝ってよ」

「あれか?」

「そう、あれよ」

 俺は木の棒を持って運動場に向かった。浅野に向かって木田が声をかける。

「そろそろあれやろう」

「わかった」


 浅野は笑顔でうなづくと、子供たちを集めて二組に分けた。その間に俺と水野は縦十メートル、横五メートル位の長方形を棒で描いた。もちろん真ん中にセンターラインを入れる。そう、ドッジボールだ。


 子供たちはすぐにルールを飲み込んだ。ボールが無いので硬めのクッションを作ったそうなのだが、ボールと違って指先でスピンがかからないので、スピードが出ない。しかし、その分当たっても痛くないので丁度良いかも。


 ボールを捕ったり当たったりするたびに子供たちが歓声を上げている。騎士の皆さんも洋服をひもで縛ってからボールもどきを作って見様見真似ではじめた。こっちはチーム戦なので、全員参加できるのが良いのか、子供以上に真剣に楽しんでいる。


 最後は来訪者チーム・騎士チーム・教会チーム(三人組+シスター)・子供チームで試合をして大いに盛り上がった。ハンデを付けた子供チームが優勝するかと思っていたら、イリアさんの鬼神のような活躍で教会チームが優勝した。あの人ちょっと大人げないんじゃないの?ユニックさんがまた俺の所に来た。


「谷山様、この競技の名前を教えてください」

「ドッジボールと申します」

「走力や体力だけでなく、敏捷性や状況判断力、チームワークまで問われる素晴らしい競技です。何より遊びながら鍛えられるのが良いですな」


 水野が即興で表彰式を行い、一位の教会チームには梅酒の瓶を一本(俺が自分用に平野から分けて貰っていた)、二位の子供チームにはクッキーの詰め合わせ(同じく)、三位の騎士チーム(子供たちに勝ちを譲る程度には良識があった)には平野特製のベーコンを一本進呈した。浅野がプレゼンターになったからか、みんな凄く喜んでくれた。


 調子に乗った工藤がラジオ体操を披露した。準備運動という概念と音楽に合わせて体を動かすことが新鮮だったようで、あっさり受け入れてくれたようだ。律義に野田がリュートで伴奏しているのが面白かった。なんと、シスターやイリアさんまでが習っている。


「異世界で ラジオ体操 ホトトギス」

 勝手に頭の中に俳句が浮かんできた。誰かどうかしてくれと言いたかったがどうにもならないのであった。


 相撲で張り切りすぎたのか、突き指したり、擦り傷を負った子供や騎士に浅野が回復魔法ヒールをかけている。どうやら負傷箇所だけでなく、古傷まで治してくれるようで、浅野が恐縮するくらい感謝していた。なぜか教会の三人組まで治療待ちの列に並んでいる。


「回復魔法は教会の得意技ではないのですか?」

 イリアさんは遠くを見つめながらこたえた。

「そもそも私は回復魔法がつかえません。それに高度な回復魔法は教会内でも有料です」

 世知辛い世の中だね、まったく。だから、浅野のように見返り無しで回復魔法をかけてくれる人は聖者のように扱われるらしい。


 日が西に傾いてきたので、残念ながら撤収することにした。道具類やゴミを全てアイテムボックスに収納する。ドッジボールのボール(クッション)を謹んでシスターに献上したら、喜んで受け取ってくれた。空き地を原状復帰するかイリアさんに相談したら、このままで問題ないとのこと。良かった。


 帰りの馬車はまた抽選で決めた。俺は木田と一緒の2号車になった。子供達は行きと同じA班だった。子供達が騒いだらどうするのかと思って木田を見たら、にやりと不敵に笑った。


「大丈夫。これがあるから」

 木田が持っていたのは、紙芝居だった。ちゃんと木製の枠まで作っている。江宮謹製らしい。あいつ、こっちきてから大活躍だな。尊敬の気持ちを込めて今度、何でも屋と呼んでやろう。


 案の定子供達が騒ぎ出したので、木田の紙芝居が始まった。「ごんぎつね」だった。こんな日によりによってなぜ「ごんぎつね」なのだろうか?へたしたらトラウマになるぞ。


 子供たちは木田の語りと絵(浅野が描いたらしい)の作る世界に引き込まれ、物音ひとつださずに夢中になって聞いている。そして・・・クライマックスと共に話が終わると、シスターと一緒に大号泣していた。いいのだろうか?楽しい思い出がこんな形で終わっていいんだろうか?


 子供たちは泣き疲れたのか眠り始めた。やっと落ち着ける時間になったので、アイテムボックスの中を整理する。まず今日持ってきてテーブル・椅子・バーベキュー用の道具を入れたフォルダをクリックして「清掃・消毒」を選んだ。次に「アズの木」を入れたフォルダをクリックする。


 「実を収穫する」がメニューにあったので、まずこれを選ぶ。すると、「アズの木の実」というフォルダが新たに出来た。再度「アズの木」フォルダをクリックすると、「乾燥」と「薪にする」があったので乾燥してから薪にした。結構な量ができたっぽい。多分何かの役に立つ・・・はずだ。


 馬車が教会に着いた。子供達やイリアさんとはここでお別れだ。エルザちゃんが浅野に抱き着いて、行かないで泣いている。モテる漢(女?)はつらいね。浅野は優しく語りかけた。


「エルザちゃん、泣かないで。また来るよ」

 エルザは泣きながらこたえた。

「それなら、私のお姉ちゃんになってくれる?」


 浅野は笑いながらこたえた。

「いいよ。元の世界に戻るまではエルザちゃんのお姉ちゃんになってあげる」

 エルザは泣き止むと涙にぬれた目で浅野を見上げた。

「ありがとう」


 エルザは満面の笑顔でもう一度浅野に抱き着いた。まあ、良かったということにしておこう。イリアさんは「あの件をお忘れなく」とだけ告げると笑顔で引き上げていった。浅野達に断って、シスター二人に声をかける。


「今日来られなかった子供たちのために、バーベキューの食材を少し持ち帰ってきたのですが、受け取って頂けませんか?」

 迎えに来たシスターも一緒に驚いていた。

「いや、浅野が来られなかった子供のことを気にかけていたので・・・」


 ごめん、つい浅野をダシにしてしまった。

 恐縮しながら台所に案内されて、大皿をたくさん出してもらい、並べていく。一枚目は焼いた肉類、二枚目は焼いた野菜、三枚目は焼きそば、四枚目以降は使わなかった材料の中からオーク肉、五枚目は鶏のもも肉、六枚目は牛の赤身、七枚目はオークのバラ肉、八枚目はベーコン、九枚目はソーセージ、十枚目はアジ(三平がまた釣ってきていた)、十一枚目は生の野菜、十二枚目はクッキーを出した。もちろん全部山盛りだ。大皿が無くなったので、ジェラートはあきらめた。感激したのか言葉も出ないシスターたちに話しかける。


「薪もたくさんあります。お譲りしましょうか」

 さらに恐縮するシスターに案内されて薪置き場に行く。狭いな。とりあえず置けるだけ置いた。


「これはアズの木ですね。こんな上等な薪をありがとうございます」

 普通の薪と比べると火の持ちが倍くらい違うらしい。

「まだありますが」と言うと、今度は倉庫に案内された。


 ワインの樽が五十本ほど置いてあった。空いているスペースに薪を詰めると倉庫が一杯になった。シスターたちは呆然としていた。一年間分以上と思しき量だったみたい。代表みたいな人が我に返って俺に話しかけた。


「今日のピクニックだけでも感謝しておりますのに、一週間分の食材と一年分の薪まで頂いてしまい、お礼のしようがございません」

「なんのなんの、お昼にシスターから頂いたおいしいワインのお礼です」

「ご冗談を。何かお望みはございませんか?」

 俺はワインの樽を見た。


「もしよろしければ、あのワインを頂戴出来ませんか?」

 シスターはこぼれんばかりの笑顔でこたえた。

「あのようなもので良ければお好きなだけお持ちくださいませ」

 全部欲しかったけど、そういう訳にはいかない。赤ワインがたくさん残っているそうなので、赤ワインを十五樽、白ワインを五樽頂きました。少し離れた場所に二十樽置いてあったので、聞いてみる。


「あれはお酢の代わりに使っている白ワインです。とても酸っぱいので、飲用には適しません。こっちはほとんど使わないので、全部持っていかれても良いですよ」

 試飲させてもらったが、確かにお酢と間違えるほど酸っぱかった。お酢とは別のことに使えるかもしれないので、十樽貰った。


 幾らなんでも全部タダという訳にはいかないと思ったので、寄進することも忘れない。行きがけに羽河から預かった金貨十枚の中から三枚を出して無理やり受け取って貰った。変な話だが、ワイン三十樽を金貨三枚で買ったと思えば凄く安い買い物だと思う。


 庭に戻ると、千堂が男の子に囲まれて別れを惜しまれていた。千堂は「親分」と呼ばれて嬉しそうだった。浅野と木田は女の子達に囲まれて「マリア様の心」を歌っていた。三平も二人の子供から「師匠」と呼ばれていた。小山は女の子に忍者走りを教えていた。


 皆に声をかけて馬車に乗り込む。木田はシスターに絵本のセットを渡していた。予備で作っていた「泣いた赤鬼」も渡したそうだ。この世界流で言うと「泣いた赤オーガ」になるのかな?エレナさんに頼んでミドガルド語の訳も書いてあるので、シスターでも使えるみたい。シスターが泣いて喜んでいたので、よかったのではなかろうか。


 俺たちは馬車の窓から子供たちに手を振りながらさよならしたのであった。帰りの馬車で浅野と一緒になったので、気になったことを聞いてみた。

「どうして『ごんぎつね』にしたの?」

 浅野はバツの悪そうな顔をしながらこたえた。

「ちょっと前『杉を植えた男』の童話の話を聞いて、なんか納得いかない気がして・・」


 確かに、俺も分かる。ついでにもう一つ聞こう。

「なんでまたリンリンとランランなの?」

 浅野の父はやり手の音楽プロデューサーで、ほとんど家にいなかったそうなのだが、趣味がレコードや映像ビデオのコレクションだったそうだ。浅野は子供の頃から父親の趣味の部屋に入り浸って、昭和のレコードやビデオを片っ端から聞いていたらしい。


 リンリンとランランは、保育園のお楽しみ会で何か発表することになって、木田が発掘したものだそうだ。いやがる浅野を母の力も借りて無理やりやらせたらしい。

 ちなみに父親はワンピースを着てお下げにした息子の雄姿(?)を見て大喜びしたそうだ。栴檀せんだん双葉ふたばよりかんばしとはこのことか。なお、二人の洋服やウイッグは全て木田の母親が手配したらしい。それにしても十年以上前の振付をよく覚えていたな。


 宿舎に着くころには太陽はすっかり西の空に移動していた。馬車から降りた浅野に騎士たちがかけ寄ってきて口々にお礼とさよならの挨拶をしている。連中の間では浅野は「癒しの女神」になっているようだ。


 ユニックさんが寄ってきて俺にも挨拶してくれた。

「本日は弁当だけでなく昼食まで馳走になりました。その上、組技(相撲?)・毬投げ(ドッジボール?)・体術(ラジオ体操)まで伝授して頂き、感謝に耐えません。皆様の今後の武勇と討伐の成功を隊員一同心より祈っております」


 ユニックさんは礼儀正しく近衛式の敬礼をして帰っていった。予定より到着が半時間(日本時間で一時間)ほど遅くなったみたい。疲れたけど、充実した一日だった。さあ、後は風呂に入って・・と思っていたが、そうはいかないみたい。ラウンジに入るなり江宮につかまった。

浅野君の評価が高まっているようです。どうなるのでしょうか?

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