第55話:ピクニック2
広場に戻ると突然出現した運動場に子供たちが歓声を上げた。少なくても孤児院の庭の四倍はあるからな。これなら力いっぱい走れるはずだ。河原に付き添った騎士やイリアさん達は呆然としていた。まあ普通驚くよね。
しかし、千堂は違った。俺と志摩に「お前らやるやないけ」と一声かけると、子供たちに号令をかけた。
「飯の支度ができるまで、運動場で一暴れじゃあ!」
雄たけびを上げた千堂に続いて子供たちが運動場に駆け込んだ。何をするのかと思ってたら、そのまま鬼ごっこが始まった。こういう遊びは世界共通なんだな。浅野と木田とエルザはエレナさんに連れられて馬車に向かった。着替えたり乾かしたりいろいろあるからな。エルザは人形を抱えたままだった。
俺は残るメンバーで昼飯の準備を始めた。まずはアイテムボックスから必要な道具を取り出して並べていく。
走り回って疲れたのか、運動場では「だるまさんが転んだ」が始まった。千堂はガキ大将みたいなところがあるなと思っていたが、こういう場には適役みたいだ。本人も楽しそうだし。暴走防止役の楽丸と水野がついているから大丈夫だろう。
道具を全部並べ終わったので、焼き場に炭をセットする。そう、今日のお昼ご飯はバーベキューなのだ。縦二メートル・横五十センチの巨大な網を中心に、両側に六人掛けのテーブル(食堂のテラス席にあったのを借りてきた)を二個づつセットした。真ん中を高温ゾーン、両端を保温ゾーンにした。真ん中で焼いて良い感じになったら両端に移動させて食べてもらう、そんな感じだ。
ただし、騎士や教会の警備の方々の分は、ランチボックスにさせていただきました。仕事しながらでも食べられるように、一人分ずつ小箱に入れてある。ちなみにランチボックスの中は大きなハンバーガー二つと飲み物(紅茶とジュース)とお菓子が入っている。とりあえず配ったら皆遠慮しながらも嬉しそうに受け取ってくれた。
浅野達が戻ってきた。髪の毛もお人形さんも乾いたみたい。こういう所は魔法は便利だな。炭の火も安定してきたので、そろそろご飯といきますか?アイテムボックスから出した肉や野菜をどんどん網に並べていく。肉はオークのロース、鳥のもも肉、牛の赤身、ベーコン、ソーセージの五種類。たれが無いので、味付けは塩&胡椒だけだが、まあいいだろう。風に乗った匂いにつられて子供達も戻ってきた。呼ぶまでも無かったな。
三平も戻ってきたが、アジに似た魚を三十匹あまり釣ってきていた。既に下ごしらえしてあり、塩をふって焼くだけの状態になっている。流石は釣りキチ!
馬車が到着してから人知れず回りを警戒していた小山も戻ってきた。なぜか大き目の葉っぱにくるんだ生肉を持っている。
「な、なにそれ?」
「うさぎ。手裏剣で仕留めて、苦無で捌いた」
苦無ってサバイバルナイフに分類されることがあるが、本当なんだな。ウサギも適当な大きさに切り分けて塩胡椒でいただきます。ウサギ肉が大好きだというエレナさんの目が輝いています。魚にジビエと現地調達の食材のお陰でバーベキューがさらに豪華になりました。
右手にフォーク・左手に小皿を持ってよだれを垂らしている子供たちの前でシスターが食前の祈りを捧げる。こういう所は世界が違っても一緒なのかもしれない。祈りの言葉が終わると同時に子供たちの手が伸びた。焼いた肉の半分が無くなった。やれやれ当分は焼き場担当だな。俺の反対側でせっせと焼いている志摩と顔を見合わせて笑った。
「肉ばっかじゃあかん。魚や野菜も食え。大きゅうならんで」
すかさず千堂の注意が入る。
「えー」と子供たちは不満の声をあげながらも嬉しそうだ。
途中で焼き方を水野と交代して(志摩は工藤と交代した)ようやくバーベキューにありついた。焼いて塩を振っただけなのに、青空の下という解放感があるせいか、抜群にうまかった。特に小山の捕ったウサギと三平の釣った魚が最高だった。新鮮とれたてに勝るものは無いということかな。
子供連れであることを考えて今回はアルコールを持ってこなかったのだが、シスターが「神の贈り物です」といって赤ワインを一杯ついでくれたのが、お世辞抜きでうまかった。食堂で飲む水っぽいワインと違って、コクと香りが豊潤で飲みごたえがあった。
渋み・酸味・果実味がベストのバランスを保っている。節約のため教会で使用する分を作るために細々と始めた畑が年々広がって、今では飲むのが追いつかず、倉庫に樽が積みあがっているらしい。
護衛の騎士達が獲物を見つけた野生動物のように恐ろしいほど真剣な目でバーベキューを注視しているので、ユニックさんに「交代で食べに来ませんか?」と声をかけた。遠慮しているみたいなので「たくさんありますから」というと、二人づつ交代でやってきて、一人で三人前位を驚くほどのスピードで食べていった。こいつらランチボックス(普通に二人前位の量はある)を食べてるんじゃないの?
ユニックさんは食べる前に「毒は入っていません」と呟いていた。この人はブレないな。それとも口癖なんだろうか。
肉も野菜もたくさん持ってきたので足りなくなる心配は無かったが、焼くのが忙しかった。騎士たちは半分生でも問題ないみたいだった。まあいいだろ(いいかげん)。
同じく教会の三人組も交代で一人づつ食べに来たのだが、こっちも欠食児童のようにガツガツ食べていた。教会って食事が質素なのかな?シスター二人もワインの瓶をテーブルに堂々と置いて、笑いながら飲み食いしている。白ワインも一杯貰ったが、こっちもうまかった。
空は青空、回りは緑、川の音が聞こえ、気持ちの良い風が吹きぬけていく。なんか平和な光景だった。
一緒のテーブルについた浅野が妙なものを持っていた。透明のビニール袋をくしゃくしゃにまとめたような感じ。重さもほとんどないみたい。セリアさんが笑って教えてくれた。
「河原で拾ったんですね。それはズモの早煮えです」
なんでもズモという鳥はスライムが好物でよく食べるのだが、満腹で食べきれない時はスライムを木の枝に突き刺して確保するそうだ。しかし、確保した場所を忘れると、スライムの日干しが出来上がるという訳だ。魔石を取り出すと水になってしまうのに、魔石が残ったままだと乾燥して干物になるのだとか。それが風に吹かれて落ちたものだという。
「どうした?」
「うーん、何か引っかかるんだよね。なんでかな?」
珍しく浅野が考え込んでいる。
「バッチイからさっさと捨てなさい」
木田は容赦ない。仕方ないので俺が預かった。もちろんアイテムボックスに直行。
そろそろあれの出番だな。一度焼き場をはけて空っぽにすると炭を追加して鉄板をセットした。子供たちの期待の眼差しを感じながら、オークのバラ肉を炒めだした。次に野菜を入れ、最後に麺を投下。塩コショウして全体に火がとおるまで炒めると仕上げのソースをかけまわす。ソースが鉄板にかかると、ジュッという音と共にソースが焦げる暴力的にうまそうな匂いが爆発した。
そう、最後の締めはソース焼きそばなのだ。お腹いっぱいで苦しいと言ってた子までが手を伸ばした。俺の対面では千堂が腕を振るっていた。炒めるためのマイヘラまで持ってきている。その上、目玉焼きまで焼き始めた。あれをトッピングするのか。負けた・・・。流石は関西人ということか。
みんな満足したみたいなので、デザートのジェラートを出した。イチゴ・洋梨・ブルーベリーの三種類。どれを頼むか悩んでいる子がいたので、友達と分け合ったら?というと笑顔で頷いた。
ユニックさんは工藤を捕まえて囲碁の定石を習っている。碁盤と石は昨日帰ってから自分で作ったらしい。なんという早業だ。
野田がリュートのチューニングを始めると子供たちの視線が野田に集まる。野田が浅野の顔を見ると、浅野が立ち上がった。
「みんな楽しんでいるかな?まだお食事の途中ですが、ボクたちの歌を聞いてください」
野田の伴奏が始まった。木田も立ち上がったので、二人で何を歌うのかと思っていたら、リンリンとランランの「恋のインディアン人形」だった。というか、なぜ1974年発売でオリコン最高27位の曲をお前たちが知ってるんだ。歌うだけじゃない。二人は振り付きで歌っている。子供たちと来訪者組は大喜びだが、残りは皆呆然としていた。
歌い終わると浅野は話し始めた。
「みんなびっくりした?最初から一人で歌うのは恥ずかしかったので、ユウナに頼みこんで一曲目だけ二人で歌いました。ユウナ、ありがとう」
椅子に座った木田が照れくさそうに手を振った。
「次はユーミンの曲です。今日のような日にぴったりな曲です」
始まったのは「優しさに包まれたなら」だった。確かにぴったりだな。続けて歌ったのは、PPMの「500miles」だった。アメリカのフォークソングの長名曲だ。ふと、横を見るとセリアさんが震えている。顔を見ると涙ぐんでいたので、思わず肩を抱きそうになってしまった。何とか我慢した俺をほめて欲しい。代わりに手は握ったが。
500milesの後は、七つの子、ふるさと、上を向いて歩こう、マリア様の心、だった。最後の曲は宗教絡みなのでちょっと危ういと思うが、それ以外は無難な選曲だったと思う。隣のテーブルでもエレナさんが「ふるさと」で号泣していた。何があったんだろ。
最後の曲を歌い終わると浅野は「ご清聴ありがとうございました」と告げて深く一礼した。このお辞儀がまたきれいなんだよな。当然みんなで拍手した。さあ、アンコールだと思ったタイミングで、浅野が先に声を上げた。
「さあ、みんな。元気に遊ぼう」
運動場に走り出した浅野を子供たちが追いかけていった。浅野は木の枝で線を引いて、ケンケンパを始めた。少し離れた所では、千堂が男の子を集め、直径五メートル位の円を描いてから相撲を始めた。行司になって、ルールを教えながら取り組みをさばいている。土も柔らかいから転んでも大丈夫だろ。防具なしでボクシングやる訳にはいかないからな。
三平は弟子(?)二人と護衛の騎士を連れて川に向かった。小山もクノイチ志願(?)の女の子を連れて林の中で木の葉隠れや木登りを披露している。
エレナさんが焼きそば目当てでこっちのテーブルに来たので、聞いてみた。
「セリアさんもエレナさんも浅野の歌を聞いて泣いていたけど、何か問題があった?」
セリアさんは恥ずかしそうにこたえた。
「実は私は王都の近くの小さな村で生まれたんです。成人前の儀式で魔力があることが分かって、王都の学校に行くことになりました。歩いて一日くらいの距離なので、そんなに遠くでもないのですが、たまに帰りたいと思う時があります」
エレナさんはもっと複雑な事情があるみたいだった。
「私の母は王都の貴族様に仕えていたのですが、私が生まれてから数か月で故郷に戻されたんです。きっと私のこの髪の色が気に入らなかったのでしょう。しかし、成人前に教会の儀式で私に魔力があることが分かると、お父様から呼び出しがかかって、王都の学校に行くようになりました。それ以来、一度も家に帰っていないんです」
「帰れないと思うと、なおさら帰りたくなるんだよな」
思わず呟いた俺の言葉を聞いた二人は口々に励ましてくれた。ううう、なんかしらないけど、逆に励まされちゃったよ。楽しげに遊ぶ浅野達をぼんやり見ていると、シスター達と一緒にいたイリアさんから声をかけられた。
「谷山様、ご相談がございます」
「なんでしょうか?」
相談の内容は、孤児院の子供たちは教会の合唱団になっており、何かのイベントで呼ばれて歌を歌うのも重要な役割なのだけれど、日頃真剣に練習せずに困っているそうだ。このままだと年末の教会のイベントをまかせられないとのこと。
「お願いです。浅野様に子供たちの合唱を指導していただけませんでしょうか」
俺は驚いた。浅野の歌を真剣に聞いていたので、何かあるかなと思っていたが、まさかこっちとは思わなかった。
「でも浅野はこの世界の聖歌はまったく知らないですよ」
シスター1は優しく微笑んだ。
「違います。先ほど浅野様が歌われた曲を教えて頂きたいのです。あ、一曲目は結構です」
俺は少し安心した。
「そうです。踊りながら歌うなど私達には到底無理です」
シスター2は残念そうに付け加えた。え、そっちだったの?俺は念のために聞いた。
「歌の内容は教会の教義と抵触しないのですか?」
「まったく問題ありません」
イリアさんは自信をもって言い切った。シスター達も大きく頷いている。本当に大丈夫なのだろうか?
俺は気になったことを口に出した。
「どうして浅野に直接頼まないのですか?」
イリアさんは苦笑しながらこたえた。
「もしそうしたら浅野様は何も考えず了承されたでしょう。それはまずいと思いました」
分かってらっしゃる・・・。俺はため息をついてからこたえた。
「分かりました。帰ってから浅野達と相談させて頂きます」
「よろしくお願いします」
一応持ち帰りにしたけど、断れそうにない雰囲気だ。どうしようか・・・。
余興のつもりだった浅野君の歌が予想外の高評価だったようです。どうする?浅野君。