第53話:王女襲来3
後から聞いた話では王女様は風呂に行く途中で、利根川の部屋を視察したそうだ。利根川はアイテムボックス持ちだから、部屋は基本寝るだけの状態になっているので、見られても特に問題は無かったらしい。良かったな。
お風呂では北斎の絵に感動されたそうだ。肝心のシャンプーとリンスは相当気に入ったそうで、一日も早い製品化を希望するそうだ。
浅野に感想を聞いたら、王女様は見事な八頭身美人で、ボディサイズもバストは巨乳&美乳、ウエストはキュッとくびれ、お尻は横にバーンと張ってるだけでなく、上にツンと上がった美尻だったそうだ。お前それってほとんど男目線だから・・・。まあ仕方ないけど。さぞかし目の保養になったと思うのだが、なぜか落ち込んでいた。
裸の付き合いではないけど、浅野や侍女を実験台に洗い方を教えただけでなく、王女様の御髪も洗ったことで利根川はそれなりに王女と打ち解けたそうだ。最後には王女様から自分の宮殿で開くお茶会に誘われたそうだが、作法も良く分からないので、丁重にお断りしたそうだけど。
羽河も利根川も戻ってきたので先に食堂に移動すると、いつもとテーブルが変わっていた。円形の六人掛けが四つと長方形の十二人掛けが一つ並んでいる。入口側から見るとこんな感じ(□二つはつながっています)。
入口
↓
〇 〇 □
〇 〇 □
最奥の長方形のテーブルは、短辺に各一席、長辺に各五席椅子が並んでいる。平野を除く俺達九人は侍女に指定された席に座った。入口に遠いほうの短辺一席とその両脇二席が開いている。ここが王女様の席になるのだろう。
野田は演奏する関係で座ったり外したりするので、羽河(もちろん王女様の対面の短辺の席)の隣にした。野田が「落ち着かないから」という理由でチェンバロに向かった頃、先触れの声が聞こえた。
「エリザベート・ファー・オードリー王女のおなりです」
扉が開くと王女は晩餐に相応しい夜闇のように深い紺色のドレスをまとい、侍女と護衛の騎士を引き連れて登場した。鎖骨が微かに見える程度に開いた胸元には、目の色と合わせたと思われるサファイアのような宝石が純白の双丘の真ん中で青い輝きを放っていた。さらさらと流れる金髪がゴージャスだ。感嘆した俺は思わず言ってしまった。
「王女様の髪は夜空を背景にした月の光のように鮮やかです」
王女は嬉しそうに微笑んだ。
「谷山様は女性を喜ばせるのもお上手なのですね。過分なお褒めを頂いたのは、全てあのシャンプーとリンスのお陰ですわ。利根川様にはすべての女性が感謝するようになると思います」
なぜか机の下で足を蹴られた。ここには洋子はいないはずなのに・・・。
王女様は羽河の対象となる席に、その左側にはイケメンが、そして右側には先生が着席した。護衛の騎士は食堂の四隅に待機し、侍女も王女付きの一名を除いては窓側に控えているのでそれほどプレッシャーは無い。
俺からすると、左隣にはイケメン、右には江宮、正面には浅野が座っている。全員が席に着いた所で、野田がチェンバロを軽やかに弾きだした。何を弾くのか不安だったが、ショパンだったので、安心した。
時間になったので、クラスの仲間が三々五々食堂に入ってくる。王女が訪問することは知っているので、驚くことなく一礼してから普段と同じようにセルフ方式でご飯を食べている。いつもより豪勢な食事に嬉しそうだ。
王女が席に着いたのを見て侍女が飲み物を持ってきた。メニューの組み立ては、食前酒→食中酒&前菜→スープ→メイン→デザート、というオーソドックスな順番だ。
食前酒として持ってきたのは、小さなグラスと大きなグラス、そして小さめのコップだった。
「毒は入っていません」
イケメンは相変わらずだった。
「小さなグラスに入っているのは、お茶会でお出ししたゼリーの元になった梅酒です。大きなコップに入っているのは、その梅酒を女神の泉の炭酸水で割ったものです。小さなコップに入ったいるのは女神様から頂いた天然水です」
平野がいないので俺から説明した。王女の目は梅サワーに釘付けになっている。羽河が梅サワーのグラスを持って乾杯の音頭を取った。
「それでは、ミドガルト王国の繁栄とエリザベート・ファー・オードリー王女様のご壮健を祈って、乾杯!」
皆一斉にグラスを掲げて梅サワーを味わった。王女様一行は再び驚いている。王女はさらに小さなグラスの梅酒を一口飲んで、飲み比べている。王女は再びため息をつくと、痺れるような低い声でつぶやいた。
「なんと飲みやすく美味なるお酒なのでしょうか!特にこのサワーは、程よい冷たさと口の中で弾ける泡の刺激、プラムの香り、仄かな酸味と爽やかな甘み、今までのお酒の概念はひっくり返ってしまいました」
確かに甘く、冷たく、かつ炭酸の入ったお酒はこの世界には無かったものだ。でもこれはまだまだ序の口だぜ。
「私はそれほどお酒が好きではないのですが、この梅酒はたいそう気に入りました。女性的というか、人を幸せな気持ちにしてくれる優しいお酒ですね」
続いて食中酒と前菜が運ばれてきた。食中酒は赤ワインの他に五十年物のウイスキーをボトルで持ってきているので、ストレート・水割り・ハイボールの三通りで楽しむことができる。レモンを柵状に切ったものが添えてあり、チェイサーとして水もついている。
前菜は二皿あって、第一の皿はスティック野菜とポテトサラダ、第二の皿は揚げ物三種と千切りキャベツの組み合わせだった。調味料としてマヨネーズ・タルタルソース・ケチャップ・ウスターソースが入った壺が置かれた。事前に羽河から聞いたメニューの通り、説明した。
「お酒は先ほどお試しいただいた五十年物のウイスキーです。ストレート、水割、そして炭酸水で割ったものをご用意しました。お好みで横のレモンを絞ってお入れください」
続いて前菜を説明する。
「前菜では、平野が作った調味料を味わっていただきます。第一の皿の野菜には白い壺のマヨネーズをつけてお召し上がりください。野菜の横にあるのはポテトサラダです。
ジャガイモをゆでてつぶし、野菜をゆでて細かく刻んだものと合わせてマヨネーズで和えたものです。そのままでお召し上がりください。
第二の皿の揚げ物は、鳥のささ身のフライ・鯰のフライ・ミンチの入ったコロッケです。揚げ物に合わせる調味料は三種類ございます。
灰色の壺にはマヨネーズを元にしたタルタルソース、オレンジ色の壺にはトマトを元にしたケチャップ、黒い壺には秘伝の製法で作られたウスターソースが入っています。
マヨネーズは野菜やキャベツに、残りの調味料は揚げ物に使ってください。なお、お好みですがウスターソースをキャベツにかけてもおいしいかもしれません」
一息で説明したが、分って貰えただろうか?
「毒は入っていません」
イケメンが機械的につぶやいた。マイペースだなこいつ。
王女は感嘆していた。
「侍女長から聞いていた通り、色どりが鮮やかですわ。簡素ですが、それ故の力強さを感じます」
そのままお上品にナイフとフォークを使って野菜にマヨネーズを乗せ、一口召し上がられた王女は目を見開いた。
「何の調理もしていないお野菜をそのまま食するのは初めてです。このような味をしているのですね。その味を引き立てているマヨネーズの圧倒的なおいしさに驚かされました」
「平野が言うには、野菜や肉や魚、穀物も全て元々は生きている、すなわち命を持った存在だと。いわば食材の命を頂いて料理するのだから、なるべく捨てる部分は最小限にし、素材を生かした料理をしたいそうです」
王女は深く頷くと左手の厨房を見て話した。
「我々が平野様から教わるのは単なるレシピだけではないようです。料理そのものに対する深い考えに敬服します」
王女は揚げ物をそれぞれ小さく切って三種類の調味料で一通り試すと、呆然とした顔でつぶやいた。
「このタルタルソースはマヨネーズと似ていますが、鯰のフライに最適でした。ケチャップも鳥やコロッケによく合います。また、ウスターソースは万能でした。一言で言っておいしすぎます。調味料にはこれほどまでに力があるのですね」
俺は笑いながらこたえた。
「お気にいられたようでなによりです。少しお行儀が悪いのですが、ケチャップとウスターソースを混ぜ合わせたもので鳥で食すると、また違った味わいになりますよ」
王女は早速試してみて、大きく息を吐いた。
「まだ前菜だというのに、これほどまでに心が揺さぶられるとは思いませんでした。調味料一つで食卓がこれほど豊かになるのですね」
次にスープが運ばれてきた。今日はコーンクリームスープだった。
「毒は入っていません」
イケメンは相変わらずだった。
「これはとうもろこしのスープですね。初めて食しましたが、甘く優しく香りも良くかつ飲みやすくて大変美味しゅうございます」
演奏を終えて引き上げてきた野田に、王女が声をかけた。
「野田様、素晴らしい演奏でございました。とても譜面なしとは思えぬ見事な演奏でした。いったい何曲ほど暗記していらっしゃるのでしょうか?」
野田はあっさりこたえた。
「一度耳にした曲は全て譜面なしで弾けます。たくさんありすぎて曲数は分からないです」
この天才め!いや、スキルによって天才が目覚めたというべきか。王女は絶句した後、こたえた。
「スキルと才を兼ね備えていらっしゃるのですね。ご要望のピアノは王家の名にかけて完成させます」
野田に代わって伊藤がリュートを弾き始めた。曲は山本コータロー&ウィークエンドの「岬めぐり」だった。まあ、無難な選曲だな。
ここでいよいよメインが登場した。今日のメインはハンバーグだった。パンの代わりに小ぶりのオムライスを添えている。オムライスには小旗が二本刺さっていた。一本は日の丸、もう一本は王家の紋章を簡素化したものが描いてある。
「毒は入っていません」
イケメンは頑固だった。王女はまずオムライスに刺さった旗に注目した。
「こちらの旗は王家の紋章ですね。もう一本は何の旗でしょうか?」
「これは私たちの祖国の旗です。日の丸と申します」
「私たちの友好を表しているのですね。流石は平野様です。素晴らしい演出です」
オムライスをスプーンで一口掬って食べると、王女は目を輝かせた。
「これはあのケチャップを使っているのですね。バターの風味がする薄焼きの卵と相まって最高です」
王女はハンバーグにナイフを入れて驚きの声を上げた。
「なんと柔らかい。これはお肉ではないのですが?」
「ひき肉に刻んだ玉ねぎや香辛料を混ぜてオーブンで焼き上げたものです」
野田が再びチェンバロに戻りモーツアルトを弾いていたが、王女はハンバーグに夢中でまったく気が付かなかった。
「どんなに上質のお肉でも固い部分や筋があったりするのですが、そういう所が全くありませぬ。溢れるような肉汁の中にお肉の歯ごたえや香りが楽しめる素晴らしい料理ですわ。それとこの肉汁を使ったと思われるソースがまた絶品です」
デザートはいちごのジェラートとチーズケーキだった。
「毒は入っていません」
イケメンは最後まで変わらなかった。
濃厚なチーズケーキとあっさりしたジェラートのバランスが最高だった。食べ終わったタイミングで、平野がやってきた。後ろには侍女二人が山盛りのポテトチップス・薄切りのバケット・カットフルーツの盛り合わせを運んでいる。バケットはピザソースを塗ってからチーズを乗せて焼いてあった。
「毒は入っていません」
イケメン、それもう飽きたよ。平野は笑顔であいさつした。
「王女様、お食事はいかがでしたでしょうか?今お持ちしたのはジャガイモを薄切りして油で揚げたもの、バケットの薄切りをピザ風に焼いたもの、女神さまから頂いた果物の盛り合わせです」
王女は視線をポテトチップスから離すと、平野の手を掴んで話しかけた。
「前菜からデザートまでまるで食べる芸術品のようでした。文字通り、命を頂くという意味を実感いたしました。私の選択は間違っていなかったことを確信いたしました」
伊藤のフォークソングは数曲で終わって、再び野田が弾きだした。今度はモーツアルトだった。野田の席が空いていたので、平野に座って貰った。レシピの件について既に案があるらしい。
「実は料理長が既にこっそりレシピを書いております。ある程度まとまった段階で、料理長立ち合いの元で誰かに読みあげてもらい、それに対して私が修正と追加を行って完成させるのはどうでしょうか?」
王女は感激しているようだった。
「ありがとうございます。既に手筈を考えてくださったのですね。料理長には私からレシピを秘匿することとレシピ作成に協力するよう命を出します。それ以外に私から申し上げることは何もございませぬ。よろしくお願い申し上げます」
レシピの提出は一か月単位で行い、読み上げと加筆修正は先生にやって貰うことにした。これなら間違いないだろう。平野が王女を見て改まって話しかけた。
「レシピに関して一つお願いがございます」
「なんでしょう」
王女は落ち着いて応えた。
「お茶会の席でも申し上げましたが、正確なレシピを作るためには、正確な秤が必要です。即ち重さや体積を正確に計る道具が必要です。この道具作りをお願いできませんでしょうか?」
「今はどうされているのですか?」
「私は鑑定の能力を使って計っているのですが、鑑定の能力が無い人には再現不能なレシピになってしまいます」
「承知しました。レシピを使った調理に必要不可欠な道具なのですね。最優先の課題として処理します。明日、日曜日にも担当者を派遣しますので、よろしくおねがいします」
「ありがとうございます」
平野は満足げにこたえた。また忙しくなるな。ゆくゆくは温度計も必要になるのだろうが、まだ先の話だろう。少し落ち着いた王女はポテトチップスを一枚食べて驚愕した。
「ジャガイモを薄切りにして油で揚げただけなのに、どうしてこんなに美味しくなるのでしょうか?」
ハイボールを一口飲むとポテトチップスを一枚・・・。しかし、王女は無限ループの前でぎりぎり立ち止まった。
「これは悪魔的な組み合わせです。ポテトチップスの油と塩がウイスキーと完璧な補完関係を作っています」
王女はバケットを一口食べて驚愕した。
「このパンに塗ってある赤いソースは何でしょうか?」
「これはピザソースでございます。トマトがベースになっております」
平野が厨房に向かって手を振ると、侍女が水の入った大きなピッチャーと炭酸水と氷、そしてウイスキーの入ったボトルと梅酒のハイボールを持ってきた。
「毒は入っていません」
いい加減それ以外のことを言えよ、イケメン。皆の好みを聞いて手際よく飲み物を用意すると、平野は一礼して引き上げた。
羽河は炭酸水を、俺は水を手にした。王女はもちろん梅酒のハイボール!ご機嫌な王女は何気なく尋ねた。
「明日は孤児院に慰問に行かれるのですね。いったい何をされるのですか?」
浅野は笑顔でこたえた。
「城外にピクニックに行きます。お弁当を食べて、みんなで遊んで、ゲームとか釣りとかする予定です」
「遊びが主になるのですか?」
「この世界のことをまだ良く知らないので、ボクたちが勉強を教えることはできませんから。でも遊び方は教えられると思います」
俺は違和感を感じた。一見ただの世間話のようでいて、王女様はかなり真剣だ。顔は笑っているが、目は少しも笑っていない。どこが気になっているのか。
「変なことを申し上げますが、子供たちが孤児になったことについて、皆様には何の責任もございません。縁もゆかりもない子供達です。なぜ慰問に行こうと思われたのですか?」
「ボクが孤児院に迷い込んだ時に小さな女の子に言われたんです。『お外が見たい』と。だから見せてあげようと思った。それだけです。それに言うじゃないですか。『よく学びよく遊べ』って」
「?」を顔をに貼り付けた王女様に工藤が説明した。
「この言葉は子供の教育における一つの理想というか戒めです。勉強ばかりやってても駄目だということですね。遊びは体の発達にも心の発達にも重要だという考え方です」
「そうそう、もう一つあります。子供は国の宝だって」
浅野が笑顔で付け加えた。
「よく学びよく遊べ、ですか。遊ぶことによって逆に学ぶこともあるということなのですね。また、子供は国の宝という言葉は、次代の育成が国の未来を決めるということなのですね。共になんと深い言葉なのでしょうか。」
感慨深げな王女様に羽河が問いかけた。
「お話が変わって恐縮ですが、来週の商業ギルドとの打ち合わせはどのような形で行ったら良いでしょうか?」
王女は柔らかい笑みを浮かべながらこたえた。
「先ほどのお茶会のような感じで良いと思います。場所もこの宿舎で良いでしょう」
王女はいったん話を切ると、一度先生を見てから続けた。
「しかし、最初の一回目だけは私の宮殿で開くのがよろしいかと思います。もちろん私もオブザーバーとして出席します。来週にも一回目の会合を開こうと思うのですが、いかがでしょうか?」
「用意するものはウイスキーのサンプルと契約書のひな型でよろしいですか?」
「十分です」
王女は笑顔でこたえた。羽河も笑顔だ。後ろ盾になって貰うということはこういうことなのだろうな。でも、大丈夫かな?おら、少し心配になってきただ。ここで王女は、ようやくモーツアルトに気が付いた。
「お恥ずかしい。料理とお話に夢中で楽師が野田様に代わられたことにも気が付きませんでした。野田様のチェンバロは素敵ですが、伊藤様の歌も素晴らしかったと思います」
「王女様がお楽しみいただけたと後で伊藤に伝えます。さぞかし喜ぶことでしょう」
俺がこたえると、羽河が俺を見たので頷いた。
「王女様、本日のお料理はいかがでしたでしょうか?改めてお伺いしますが、我らの後ろ盾になっていただくのに相応しかったでしょうか?」
羽河の問いに王女は笑顔でこたえた。
「私の期待をはるかに超える素晴らしいお料理とお菓子、そして調味料でございました。平野様のレシピは我が王家の宝物になるでしょう。ただ一つだけお願いがございます」
「何でしょうか?」
羽河がほんの少しだけ眉を潜ませながら尋ねた。
「あの梅酒のレシピだけは王家に渡して頂けませんでしょうか?無論、独占することは考えておりませんが、あのレシピだけは持っておきたいのです」
俺は羽河と顔を見合わせた。まあ、ウイスキーさえあれば商業ギルドは問題ないだろ。梅酒のレシピはそもそも平野のものだし。俺がうなずくと羽河は笑顔でこたえた。それにしても梅酒がそんなに欲しかったのか?
「かしこまりました。梅酒のレシピは王家にお譲りします。その代わりと言っては何ですが、女性関係の企画については、商業ギルド内に女性だけの部署を作って、そこで担当させるようにできないでしょうか?」
王女は目を見開いて感嘆の声を上げた。
「素晴らしい!名案ですわ。是非そのように取り計らいましょう。同じ女として、王家の名にかけてお約束します」
俺たちは顔を見合わせた。とりあえず、現状で伝えるべきことは全て伝えた様な気がする。それを見て王女は声を上げた。
「皆様、本日は急な訪問にも関わらず、手厚い歓待を頂き、誠にありがとうございます。有意義な取り決めが幾つも出来て、これからの未来が楽しみでなりません。この世界を良くするために共に手を携えていこうではありませんか」
「我らも異存はございません。最後に再度乾杯してこの宴を終わりとしましょう」
羽河の提案に反対する者はいなかった。確かに結構よい時間になっているような気がする。俺たちは皆グラスを持った。乾杯の音頭は水野が取った。
「それでは、エリザベート・ファー・オードリー王女様のご活躍と生活向上委員会の発展を祈って、乾杯!」
俺たちは笑顔で乾杯した。飲み干したところで羽河が合図すると、侍女が二人がかりで持ってきたのは、ウイスキーの十年物と二十年物と五十年物、梅酒の二年物と五年物が各六本、計三十本のボトルだった。梅酒のボトルはウイスキーと異なり曲線だけでデザインされており、ブランデーの瓶みたいに優美で洒落ていた。江宮頑張ったな。
「生活向上委員会へのご理解とご支援のお約束に感謝して王女様に献上いたします」
羽河の説明に王女様は満面の笑みでこたえた。
「壮観ですね。お酒の種類でボトルのデザインを変えているのですね。お気遣い誠にありがとうございます。また、この世界が『六』を重んじていることもお分かりなのですね。重ね重ねのご配慮、深く感謝します」
羽河は悪戯っぽい笑みを浮かべると提案した。
「ところで先生の顧問料はウイスキーを月に一本でよろしいでしょうか?」
「ぜひお願いします」
王女がこたえる前に先生が即答した。先生、少し酔っているな。王女は苦笑している。先生は既にウイスキー(もちろんストレート)とポテトチップスの無限ループに入った。
ここでイケメンが発言した。
「王女様、ユニック・カル・マットイニーが具申いたします。先ほどの会議で提案された遊戯盤を早急に製品化されるのがよろしいかと思います」
なんだ毒見以外の話もできるのか。
「なぜですか?」
王女はいかにも嫌そうに冷たい声でこたえた。あれ、君たち仲悪いの?
「あの遊戯盤は戦略眼と臨機応変の対応力を鍛える非常に優れた学習用具です。軍を精強にするためには、士官をはじめとする将校の作戦能力の向上が必須です。そのためにあの遊戯盤を世に広く普及させることが、何よりも優先すると愚考しました」
「まさしく愚考ですね。検討する余地もありません。さあ、お暇しますよ」
「王女様、お考え直しを」
「ユニック・カル・マットイニー、場を弁えなさい、見苦しいですよ。近衛の副隊長が聞いてあきれます。さあ、その見本もさっさとお返しなさい」
ユニックさんは渋々碁盤を返した。どうやって取り上げるか悩んでいたので、助かった。それにしても秘書かと思っていたら、軍の結構偉い人だったんだ。「カル」はええと、子爵か。貴族の階級としてもそこそこではなかろうか。
王女はそれはそれは丁寧な礼をされると、来た時と同じく、風のように去っていった。見送り不要ということで、食堂でそのままお別れとなりました。最後、銀髪の侍女頭と目が合ったような気がしたが、気のせいだろう。
三分の一ほど残ったウイスキーの五十年物のボトルを先生に「今月分です」と言って渡すと、こっちが恐縮する位喜んでくれた。
今日決まったことは明後日のホームルームでみんなに知らせることにして、今日はそのまま解散となった。俺はお供え物を持って部屋に引き上げた。出窓に置いたのは、梅酒のハイボールとポテトチップスとイチゴのジェラートだ。いつも通り、一瞬で消えたが、なんかすごく喜んでいるような気がした。
なんのかんのいって交渉はうまくいったみたいいです。




