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第52話:王女襲来2

 羽河や江宮をはじめ練兵場に来なかった全員に声をかけた。手裏剣は配り終わったが、ポーチはまだ六個残っている。セリアさん達にプレゼントしようかな、と考えたが、お世話係の中でひいきみたいなのが発生したら嫌だから、この先の予備として持っておこう。


 既に生活向上委員会のメンバーはラウンジに集まって、伊藤のフォークを聞きながら紅茶を飲んでいる。丁度全員そろったので、先ほどの鍛冶ギルドとのやり取りについて話した。案の定利根川からめっちゃ怒られた。


「あんた、馬鹿なの?死ぬの?いなくなるの?武器はね、食料・貴金属・石油と並ぶ最高の戦略物資なのよ。その交渉をフリーハンドで渡すなんて、何考えてんの?」

「す、すまん・・・」

 ここまで怒られるとは思わなかった。俺は涙目で羽河を見た。羽河は笑いながら助け舟を出してくれた。


「まあまあミユキちゃん、落ち着いて。確かに迂闊と言えば迂闊だけど、これで伯爵は完全にこっち側よ。軍へのつながりができたと思えば良いんじゃない?

 そこまでいかなくても、少なくても鍛冶ギルドは新規の武器の開発や、武具や武器の補充は全面的に協力して貰えるんじゃないかしら。安全面の確保も大きいと思うわ」


 利根川はそれでもぶつぶつ言っていたが、やがてあきらめてくれた。助かったぜ。伊藤はさっきから森田童子を弾いている。曲は・・・「さよなら僕の友達」だ。

 確かに胸にしみる名曲(お勧めは早稲田大学のライブ。拍手がすごい)だけど、もうちょい気持ちをアップさせるような曲を希望します。


 そうこうしているうちに玄関が騒がしくなってきた。先生も出て来た。時間通りに来たみたいだ。俺たちはラウンジで整列して王女様を待った。

 ノック無しで玄関につながる扉が開くと、騎士が四人入ってきて四隅についた。一呼吸おいて侍従が声出しする。

「エリザベート・ファー・オードリー王女のおなりです」


 身長170センチ位、緩やかにウェーブがかかった腰まで伸びる太陽のように輝く髪、雪のように白い肌、宝石のように透き通った青い瞳、ほぼ完璧に左右対称な顔、まるで人形のように整った美少女と約一か月ぶりのご対面だった。

 召喚の時と違い、目の覚めるような真っ青なドレス姿だった。青いドレスに金髪が映えて、神々しく見えてしまう。


 後ろに侍女四人と護衛の騎士六人を引き連れての入場だ。流石王族と言いたくなるような完璧なカーテシーを決めると、王女はにこやかに話しかけた。

「皆様、お久しぶりでございます。本日はお忙しいところ、お時間を頂き深く感謝いたします」


 迎え撃つは我らが探検隊の隊長、羽河だ。それにしても俺の目線ではなぜ二人が対決している構図に見えるのだろうか。

「お忙しいところお越しいただき、恐悦至極にございます。お陰様で全員健勝に過ごしております」


 王女の笑顔のシールドは一ミリも歪むことは無い。

「召喚されてから早一月弱、慣れぬ異国の地で一人の脱落者も出すことなく勉学と鍛錬を積み重ねておられるのは、皆様が誠の勇者であられることの何よりの証、重ねて敬服いたします」


 羽河も臆することは無いと言わんばかりに強気で押し返す。

「これまで一人の脱落者を出していないのは、なにより王女様の深遠なご配慮と手厚い支援のお陰でございます。改めて御礼申し上げます」


「ご謙遜を。最近では勉学と鍛錬の上に、新しい社会活動を始められたとか。出来ましたら詳しくお話をお伺いできませぬか?」

「メアリー侍女長様からそのようにお伺いしております。普段は教室に使っているお部屋ですが、お茶など用意いたしましたので、どうぞおいでくださいませ」


 俺達は羽河と王女様一行に続いて教室に移動した。教室の中の椅子は全てとっぱられていて、楕円形の細長いテーブルと椅子が十数脚配されている。部屋の四隅には溢れんばかりに花が生けられた巨大な花瓶が殺風景な教室を鮮やかに飾っていた。


 テーブルの窓側の真ん中には王女が、入口側の真ん中には羽河が座った。王女の向かって右には先生が、左側には白馬に乗った王子様のような爽やかイケメンの騎士(秘書?)が座り、羽河の右側には水野・志摩・工藤・江宮・俺、左側には利根川・浅野・木田・平野・野田が座る。


 部屋の四隅と入口の外側と内側の左右に各一人、王女の後ろにも一人護衛の騎士が立っている。侍女は王女のすぐ後ろに一人と窓側に三人並んでいる。三人の真ん中の女の子に注目すると、茶色の目でギラリと睨み返された。

 こ、怖い。お、怒ったのかな?銀髪をアップでまとめている。二十歳前位だろうか、まだ若いけれどこいつが侍女のまとめ役みたいだ。


 ノックの音がすると、セリアさんとエレナさんが飲み物とお菓子を積んだワゴンを押して入ってきた。飲み物はレモンサイダーと紅茶、お菓子はスライムクッキーと梅酒のゼリーだった。王女の目が静かに泡が立ち上るサイダーに釘付けになった。


「これはどういった飲み物なのでしょうか」

 横のイケメンが落ち着いた声でこたえた。

「毒は入っておりません」

 平野が笑顔で説明した。


「これは女神の森の泉で採取した炭酸水を元に作ったサイダーという飲み物です。レモンで風味づけした冷たくて甘い飲み物でございます。口に入れると泡が弾けますので少しづつお飲みください」


 王女はおっかなびっくりと言った顔で一口飲んだ。一瞬驚いた顔をすると、二口三口と飲んで、小さなため息をついた。

「美味です。このようなジュースは初めて頂きました」

「ありがとうございます」


 平野が笑顔でお礼を言った。こいつは上がるということが無いのかな?

 王女の目は梅酒のゼリーに向けられた。

「このゼリーは微かにお酒の匂いがしますわ」

「良くお分かりですね。まずはお召し上がりください」

「毒は入っていません」


 イケメンはマイペースみたいだ。

 王女はスプーンを優雅に使って一掬い口中に流し込んだ。ただ食べるだけなのになんでこんなに優雅なんだろうか。

 口の中に入れてから三秒後、王女の目が少し見開かれた。


「これはプラムでしょうか?」

「さようでございます。プラムを使ったお酒を元にしたゼリーです」

 平野が落ち着いた声で説明すると、王女は不思議そうに聞いた。

「プラムがお酒になるのですか?」


「さようでございます。元になったお酒は晩餐でお楽しみください」

「このスライムを模したクッキーも可愛らしいですし、待ちきれませんわ」

 先生が咳払いしてくれたので、俺が口を開いた。


「それでは自己紹介からはじめさせていただきます。まず、私は職業クラス無しの谷山です」

 そうなのだ、俺はもう開き直ったのだ。続けて江宮から一人づつ挨拶した。


「魔術師の江宮です」

「僧侶の工藤です」

「魔法使いの志摩です」

職業クラス村人の水野です」

職業クラス盗賊シーフの羽河です。本委員会のまとめ役です」


「魔法使いの利根川です」

「巫女の浅野です」

「魔法使いの木田です」

「アイアンシェフの平野です」

「楽師の野田です」


 自己紹介が終わると、羽河にバトンタッチした。

「王女様、本日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。勉学や鍛錬だけでなく、衣食住でも不自由のない生活を送らせて頂いているのですが、やはり慣れ親しんだ道具や衣服が無いことに不便を感じることがございます。出来る限りその不便を解消し、少しでも居心地の良い環境を作ろうと考えて立ち上げたのが生活向上委員会です」


 羽河は一息入れると続けた。

「平野さんと野田さんは委員ではありませんが、平野さんは自分の得意なジャンルではないのに、私たちが日ごろ食べていた料理を再現してくれています。また、野田さんも日本にいた時に聞いていた音楽を奏でてくれます。私たちがホームシックにかからずに暮らしていけるのは、何よりこの二人のお陰です。二人は生活向上委員会の同志なのです」


 平野は誇らしげに前を見て、野田は恥ずかしそうに下を向いた。羽河は休まず話し続けた。

「一回目の会合の際に、水野君から自分たちの生活向上だけでなく、この世界に生きる人の不自由や不便を解決することも視野に入れたいという提案がありました。この世界にためになることをすることで、生活向上委員会の活動は理解され、支持されると考えてのことです」


 王女は真剣な目で羽河を見つめている。

「お酒作りをはじめ、現在取り組んでいる案件を今から全てご説明しますので、ご理解とご協力をお願いします」

 羽河が椅子から立ち上がった。何をするか見当は付くので全員立ち上がり、一斉に頭を下げた。


 王女様は立ち上がると、神前で儀式をしているような厳かな顔でこたえた。

「私は今この出会いを導いてくれた神に深く感謝しています。この世界に害をもたらすもので無い限り、私の全権を持って皆様を支援いたします」


 羽河は「ありがとうございます」と一言告げると、右手を王女に差し出した。静かなほほえみで説明を促す王女に、羽河は話した。

「王女様、これは私の世界では『握手』と呼ばれる作法でございます。元々は、お互いに手の中に何も持ってないことを確かめあうために、お互いの手を握り合っていたのですが、今では大事な契約や約束事を交わした後に行うようになりました。王女様、握手をしていただけませんでしょうか」


「喜んで」

 王女は花が開いたような笑顔で羽河と固い握手を交わした。先生と俺たちは拍手で契約の成立をたたえた。


 全員が座ると羽河の合図で、セリアさんがワゴンの中段から褐色の液体が入ったボトル(700ml位かな)とショットグラスを三つ出した。グラスとボトルはこの世界では見たことも無い洗練されたデザインだった。作者は多分江宮だな。練兵場に来なかった訳が分かったぜ。


 セリアさんはボトルに入った液体をショットグラスに三分の一ほど注ぐと、王女たちの前にそれぞれ置いた。

「毒は入っていません」

 イケメンは相変わらずだった。ぶれない奴だ。


「どうぞお召し上がりください。ウイスキー『女神の森 かし 五十年』です。先日、熟成が終わったばかりです」

 イケメンはなめるだけ、王女は一口、先生は豪快に飲み干した。そして三人とも驚愕の表情を浮かべた。イケメンと先生は絶句していたが、王女様は違った。


「これは天上で神々が召し上がるお酒ではないのでしょうか」

 最高級に評価してくれたみたいだ。

「いえ、我々が醸造しました。そしてそのレシピも用意してあります」

 王女の目が光った。


「そのレシピを使えば我らにも同じものが出来るのですか?」

「さようでございます」

「その見事なガラス瓶から微かな魔力を感じるのですが、その瓶を使う必要があるのですか?」


「いえ、違います。ただ、中身に相応しい器が無かったので、自作しただけです」

「まるで美術品のような美しいガラス瓶です。透明度もデザインも素晴らしいですわ」

 俺の目から見ると、国産ウイスキーによくあるデザインだが、なぜかこれも高評価みたい。良かったな、江宮。


「この『女神の森』という名前も、女神の森におわす女神さまから使用する許しを得ております。私たちが作ったレシピと女神の森の木でできた樽を使って作るのであれば、同じ名前を使うことが許されます」


 王女は息をのんだ。この時代、神の名を使えるのは教会の専売特許のようなものである。それを堂々とお酒の名前に用いるなど、考えられなかったからだ。

 恐れに似た気持ちを抱いた王女に羽河は現在取り組んでいるプランと進捗状況を、物によっては見本を見せながら以下の順番で説明していった。


1.ウイスキー:開発済み

2.シャンプーとリンス:開発済み

3.スカート・ワイドパンツ・ブラジャー:準備中

4.サイダー:開発済み

5.お箸:開発済み


6.ナプキン:準備中

7.ドライヤー:開発中

8.ゴミの分別・リサイクルプロジェクト:準備中

9.農業プロジェクト:準備中

10.食品関係:一部開発済み


11.苦無と手裏剣:完成

12.ピアノ:準備中

13.囲碁・将棋・五目並べ・リバーシ:開発中


 段階で言えば、準備中→開発中→開発済み→完成の四段階ということになる。また、外部との連携については木工ギルトおよび鍛冶ギルドとの取引があり、武器の製造販売について鍛冶ギルドとの交渉を伯爵に一任していることを説明した。


 見本として渡した碁盤に碁石を並べて遊んでいるイケメンをほっておいて王女は聞いた。

「大変興味深い計画の数々でございます。正直に申し上げて圧倒されました。そしてすべてを生活向上委員会だけで完成させることは難しいことも理解しました。私は具体的にどう協力したら良いのでしょうか」


 羽河は笑顔でこたえた。

「まず、平野さんが作成した料理・お菓子・調味料のレシピを王家に全て無償で譲りたいと思います。レシピを秘匿するも公開するも再販売するも全てお任せします」

 王女は息をのむと恐る恐る聞いた。


「あなた方は私に何を望まれるのですか?」

 羽河の笑顔は止まらない。

「王女様もお分かりの通り、私たちは開発はできても、多種多様な道具の製造は外部に委託するしかありません。それにはお金がかかります。ならばいっそ製造権や販売権をライセンスしようと思いました。具体的には商業ギルドと交渉したいのですが、まずはその後ろ盾になって頂きいのです」


「後ろ盾になること以外には何をお望みでしょうか?」

「帰還の保証と、来月から始まる野外訓練の安全面の配慮をお願いします」

「帰還の保証については全力を尽くすことをお約束します。野外訓練についてはさらに安全面を配慮いたしますので、ご安心くださいませ」


 王女はきっぱりと言い切った。王女の気合を柔らかく受け止めると、羽河は続けた。

「後ろ盾になって頂くとお約束を頂きましたが、晩餐で料理を召し上ってからお決めになられても結構ですよ」

 王女はかぶりを振ると静かに告げた。


「王家の名に懸けて前言を翻すことなどありませぬ。私はあなたたちのこころざしに賛同したのです。それより今後の開発に要する資金はいかがされるのですか?」

 王女様は核心を突く質問を投げたが、羽河は余裕だ。


「先ほど召し上がったウイスキーのレシピを商業ギルドに販売して、それを今後の開発資金に充てることを考えております」

「ということは、ウイスキーのレシピは料理と調味料のレシピとは別、ということですね」

「さようでございます」


 王女は失望の滲んだ声でこたえた。

「残念です。私はそれほど酒好きではありませんが、あの火酒の価値は計り知れないと思いました」


「申し訳ございません。手っ取り早くまとまった資金を稼ぐにはこれしかないと考えたのです。それに料理、特に調味料についてはウイスキーと同等、あるいはそれ以上の価値を秘めていると考えております。まずは、ご自分の舌でお確かめ頂けませんでしょうか?」


「なぜそれほどまでに資金が必要なのでしょうか?」

「いかに王家の後ろ盾があるにせよ自分たちの力、つまり資金無しでは製品化の際に我々の意見を通すのは難しいと考えたのです」

「計画だけでは侮られる危険があるのですね。商業ギルドと無事契約出来たら以降はどうされるのですが?」


「商業ギルドの力を借りて、お酒以外の道具を順次開発し、製品化していきたいと考えております」

「ゴミの分別・リサイクルプロジェクトはどうするのでしょうか?」

「既におおまかな計画はできており、あとは現場の意見を聞いて修正する段階に来ております。具体的にはまず商業ギルドと打ち合わせて、その後関係する各ギルドと個別の打ち合わせになるでしょう」


「分かりました。商業ギルドとの打ち合わせの前に、是非私にも計画を見せていただきたいと思います」

「かしこまりました」


 羽河は一呼吸置くと、王女の目を見て話し始めた。

「今後、生活向上委員会の活動をスムースに進めるために一つお願いがございます」

「なんでしょうか?」

「この世界一般に詳しい方を我らの顧問に任命していただけませんでしょうか?」


 羽河は言い終わると先生を見つめた。王女は笑いながらこたえた。

「確かにあなた方とこの世界を繋ぐ人間がいた方がお互い何かと都合が良いでしょう。メアリー・ナイ・スイープ男爵!」

 先生は立ち上がって王女を見た。


「そなたを生活向上委員会の顧問に命じます。彼らの活動を陰になり日向となって支えなさい」

「かしこまりました」

 先生は一礼すると、振り返って俺たちを見た。


「皆様、これからもよろしくお願いします」

 俺たちは拍手で賛成した。懸案事項は予定通りの結果になった。王家としても猫の首に鈴を付けられる訳だから、安心ではなかろうか。ある意味チャンスなので、俺はたたみかけた。


「早速ですが、こうやって見本が出来ましたので、来週以降に商業ギルドと交渉に入りたいと思います。話し合いの場を設けていただけませんでしょうか?」

 王女は目を輝かせてこたえた。

「谷山様は段取りを進めるのがお上手ですね。手配が取れ次第、侍女長に連絡いたします」


「くれぐれもよろしくお願いします」

 羽河がダメを押した。ここで利根川が口を出した。

「王女様の目から見て特に気になる企画はありますか?」

 王女は笑顔でこたえた。

「もちろんあります。シャンプーとリンス、そしてスカート・ワイドパンツ・ブラジャーは気になります」


 利根川の中でシャンプー&リンス・スカート・ワイドパンツ・ブラジャーの優先度が上がったようだ。


 次に王女の視線は平野に向けられた。

「平野様が調理される際に気にかけていることは何でしょうか?」

 平野は淡々と答えた。

「基本は清潔な環境と美味しくて栄養のあるものをたっぷり、ということですが、最近はフードロスを減らすように気を付けています」


「どういうことでしょうか?」

「作りすぎや食べ残しによる廃棄を減らすということです。我々の国に『もったいない』という言葉があります。様々な無駄や虚飾を省くことで、費用の削減はもちろん、食料を効率的に使うことで、飢えの解消に役立てばと考えています」


「大変興味深いご意見です。今まで考えることもありませんでした。スラムの状況や宮廷の予算を考えると我々も取り組むべき課題なのですね」

 平野は続けて話した。


「レシピに関して一つお願いがあります。料理、特にお菓子作りの際には重さや体積を正確に計ることがなにより重要です。そのために早急に料理用のはかりと計量カップを作って頂けませんでしょうか?」

 王女は深く頷いた。


「かしこまりました。商業ギルドとの打ち合わせに先んじて手配いたします。明日にでも担当者を派遣しますので、可能であれば見本のようなものを用意していただけないでしょうか?」

 俺は江宮を見た。江宮は苦笑しながら頷いた。すまん・・・。


「早急に見本を用意しますのでよろしくお願いします」

 俺の言葉に王女は満足そうに微笑んだ。次に王女の視線が向けられたのは野田だった。

「野田様は毎夜天上の音楽のような妙なるチェンバロの音を奏でておられるとか。元の世界ではさぞかし高名な音楽家であられたのでしょうか?」


 野田は顔の前でぶんぶんと手を左右に振って否定した。

「とんでもありません。私はただの音楽好きの学生です。ピアノだってほぼ独学です」

「だとしたら、それだけの才をお持ちだったのでしょう。できましたら採譜させて頂き、王宮の音楽隊に取り入れさせて頂きたのですが、いかがでしょうか?」


 誰もが、利根川までが虚を突かれた一撃だった。確かに野田の奏でる音楽はメロディ・リズム・コードあらゆる面でこの世界に無いダイヤの原石のようなものかもしれない。しかし、羽河は落ち着いてこたえた。


「もちろん結構です。野田さんの音楽は必ずしも全てが貴族様向けという訳ではありませんが、この世界に相応しくアレンジしてお楽しみいただければ幸いです。野田さん、それでいい?」

 野田はぶんぶんと首を縦に振った。


「ありがとうございます。手配が出来次第、楽師ギルドから採譜の担当者を派遣することとなりますが、よろしくお願いします」

 王女はしてやったりとばかりに余裕の笑みを浮かべた。これは一本取られたかも。宮廷の活動、特に外交においては料理と音楽は重要な武器になりうる。その点で王女は予想以上の成果を得たのかもしれない。


 だがこれで終わりじゃないぜ。俺は羽河の顔を見た。羽河は俺の視線に気が付くと小さく頷いた。王女は少し警戒するような目で俺を見た。俺はゆっくりと話し始めた。


「今の話と関連してお願いがございます。まず現在のチェンバロを元にして、ピアノ、すなわち私たちの世界の鍵盤楽器を作りたいと思います。このピアノの制作をお願いできませんでしょうか?また、リュートに関しても、これを元にギターという楽器を作りたいと思います。こちらもご協力をお願いします」

 王女は大きく頷いた。


「楽器が進化するのであれば、王家の名のもとに全面的に協力させて頂きます。改善については、野田様のご協力をいただけるのでしょうか?」

「チェンバロについては野田が、リュートに関しては伊藤が協力いたします」

「野田様はリュートも流暢に弾きこなしていると伺いましたが・・・」

「野田がリュートを弾きこなしているのは、ほぼスキルの力です。ギターについては伊藤の方が詳しいのです」


「さようでございますか。吟遊詩人の伊藤様ですね」

 王女は頷き、楽器の改良については改めて担当者を派遣するということで、楽器の話は終わった。王家の負担で楽器が改良されるなら、まずは良かったのではなかろうか。


 後は雑談になったが、話の流れで王女様が是非シャンプーとリンスを試したいと仰せになり、晩餐の前にお風呂に入られることになった。銀髪の女の子がかなり渋ったが、一般開放の前に王女様の貸し切りにすることと、先生の「視察の一環と思えばよろしいのでは」という一言で収まってしまった。流石は侍女長!


 三人の侍女と一緒にお供するのは、シャンプー&リンスの開発者である利根川とそしてなぜか指名を受けた浅野だった。浅野は「なんでボクが」と呟きながら既に涙目になっている。俺は心の中で浅野にエールを送った。がんばれ、浅野!何を頑張るのかはよく分からんが。


 イケメンが囲碁のルールを聞き始めた頃に、「入浴の支度が整いました」という知らせが届いた。王女様は荷物を抱えた侍女三人と利根川たちを引き連れて意気揚々とお風呂に旅立った。俺は残った銀髪の女の子に晩餐について尋ねた。


「改めまして谷山です。この後の晩餐ですが、王女様がセルフサービスという訳にはいかないので、王女のテーブルのみ給仕をお願いできませんでしょうか?」

「王女付き侍女頭補佐のメグ・ライナーです。もとよりそのつもりです」


 何をいまさらといった感じで銀髪はこたえた。その後はメニューや段取りについて質疑応答になったので、厨房に行って平野と打ち合わせることになり、羽河が案内することになった。

 イケメンが暇そうにしていたので、五目並べや囲碁のルールを教えたら思いのほかくいついてきた。頭が良いというか、天才肌の人であっという間に覚えてしまった。

終わらなかったのさらに分けました。

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