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第49話:ウスターソース完成

 6月21日、風曜日。朝から小雨が降っている。昼には上がりそう。食堂に入ったら、カウンターに行く前に羽河につかまった。珍しく目が少し吊り上がっている。

「どうした?」


「王女様が来るわ」

「なんで?」

「生活向上委員会のメンバー+αとのお茶会と晩餐をご所望よ」

「いつ?」


「23日・火曜日の予定」

「αは誰だ」

「平野さんと野田さん」

「何が目的かな?」


「多分、プロジェクトのコントロールもしくは利権獲得、あるいはその両方」

 黙って考え込んだ俺に羽河は告げた。

「とりあえず、みんなを集めて打ち合わせましょう。昼食後でいいかな?」

「おっけー」


 なんかいろいろ考えなきゃいけないみたいだが、とりあえずは飯だ。丁度平野の手が空いたようだったので、昨日預かったウスターソースのでかいかめを渡した。

 味見したら丁度良い塩梅だったらしい。同じ材料で熟成期間も同じなのに、量の関係だろうか?助手BとCが二人がかりで運んでいった。


「これでいろいろできそうだな」

「うん、期待しておいて!」

 笑顔の平野に手を振ってカウンターに行った。今日の朝御飯はハンバーガーだった。パテの上には刻んだ玉ねぎと輪切りのトマトがのり、味付けはミートソースと粒入りのマスタード&マヨネーズだった。


 肉が苦手な奴のためにパテの代わりにオムレツを挟んだものもあったが、こっちは濃厚なケチャップが使われていてまたおいしかった。なんというか、常温のケチャップが出来立て新鮮な感じ(トマトの香りが沸き立つようで全然違う)がして、それがまた良かった。


 嬉しいことに、飲み物コーナーにはコーラ代わりのレモンサイダーがあった。デザートはカットフルーツだった。

 カットフルーツが朝に出てくるのは三日目だが、フルーツの組み合わせが毎回違うので、全然あきない。よく考えているな。飲み物コーナーに毎朝置いてあるミックスジュースと同様、これもメニューのルーティン化の一つなのかもしれない。もしかして前日のカットフルーツのあまりを使ってミックスジュースを作っているのかな?


 講義に先立って、先生からお知らせがあった。

「皆様、王宮からのお知らせをご案内します。急な話で恐縮ですが、明後日23日に第二王女のエリザベート様が、本宿舎をご訪問されることになりました。王女様は今回の召喚の責任者であり、当初から宿舎の視察を強く希望されておりました。

 皆様の暮らしに不自由がないか確認し、さらに生活向上委員会の活動についてお話しを伺いたいとのことです。状況によっては、お部屋を拝見させて頂くこともあるかと思いますが、ご協力をお願いします」

 教室は一瞬で静まりかえった。先生は続けた。


「今回は、皆様との交流を兼ねた非公式のご訪問であり、晩餐を共にさせていただく予定です。出来るだけ普段通りお過ごしくださいませ」

 皆考え込んでいる。そりゃ普段通りとか非公式と言われても困るよね。なんて考えていると、羽河が立ち上がった。


「みんな、大丈夫だよ。見られて困る物なんて何もないでしょ。堂々といこう」

 おお、と声が上がり同意の拍手が沸き上がった。なぜか先生まで拍手している。流石羽河だな。なんかうまくいきそうな予感。


 魔法学は最も基礎的な回復魔法、「ヒール」だった。もちろん、光魔法に属する魔法なので、スキルに光魔法がないと使えない魔法なのだが、まれに自分の系統とは関係なく使える人もいるので、挑戦して欲しいとのこと。自分で回復魔法が使えると、生存率がグッと上がるらしい。


 中休みに江宮と一緒に先生の部屋を訪問する。ドライヤーの説明をしたうえで、江宮がアイディアを話した。冷たくあしらわれるかと思いきや、正反対の反応がかえってきた。

「素晴らしい発明です。是非完成させてください」


 元々先生はシャンプーとリンスを相当気に入っていたので、俺たちの活動に好意的なのかもしれない。江宮のアイディアにいくつか修正がかかった。見本が出来たら動かす前に見せてくれ、と言われて部屋を後にした。

 ミドガルト語の講義は・・・何も言うことはありません。


 お昼ご飯を食べに食堂に入ると懐かしい匂いに包まれた。それはウスターソースに火を通した匂いだった。そう、お昼のメニューはソース焼きそばだったのだ。朝渡したウスターソースを早速料理に使うとは恐るべし、というよりは予め想定していたんだろうな。流石だぜ。


 中華麺に近い麺を使い、バラ肉と野菜を程よく炒め、仕上げにソースを回しかけしてひと炒め、なんかそういうイメージが浮かんできた。嬉しさのあまり、万歳しそうになった。青のりの香りは無いが、ほぼ完璧だった。おかげでお替りしてしまった。男どもはほぼそうだったみたい。


 デザートはリンガのジェラートだった。リンガの爽やかな香りと酸味が口の中をさっぱりしてくれた。

 お昼を食べると紅茶まったりはほどほどにして地下室に向かった。


「合言葉を言え、急がば」

「回れ」

 これ必要あるのかな?メンバーは全員そろっていたので、王女様の話の前にまずは例の物をお披露目だ。アイテムボックスの中から取り出したのは・・・。


「ごめん、羽河。先にこれを見てくれ。五十年物だ」

 樽の栓を開けると、馥郁ふくいくたる香りが地下室に満ちた。今朝方出来上がったのだ。ただ者では無い予感の通り、回し飲みしたサンプルは極上のウイスキーだった。


「勝てる、勝てるぞ、これなら山崎にもひびきにも勝てる!」

 工藤のテンションが理解不能なレベルだった。そのまま割水を試した結果、五十年ものは度数45度でいくことにした。ついでに、みなに断って、大き目のガラス瓶に一本貰った。何に使うのかって?もちろんお供えに決まっているだろ。


 感動冷めやらぬ皆の前に次の物を見せた。例の連絡箱だ。

「木工ギルドのテイラーさんから預かった魔法の連絡箱だ。二段目から取り出した紙に書いて、一段目に入れ、箱の上に手を置いて魔力を流したら、木工ギルドに届く仕組みになっているそうだ。羽河に預かってもらいたいんだけど、どうかな?」


 誰も反対しなかったので、羽河に押し付けた。

「最後に、もうみんな味わったと思うけど、ウスターソースは無事完成しました」

 皆笑顔で拍手してくれた。作ったのは平野だけどなんか嬉しかった。いずれレシピも作らなきゃだな。


「ありがとう谷山君。それじゃあ、王女様の話をしようか?」

「ごめん」

 すると浅野が手を上げた。


「24日の孤児院の慰問、場所が決まったよ。今日先生から聞いたんだけど、西門から出て街道と川が交差する橋のたもとで、よく三平さんが釣りに行くポイントの近くらしい。ボクとユウナ(木田)は当然行くけど、みんなはどうする?」


 俺、水野、志摩の三人が手を上げた。俺が何で手を上げたのかって?娯楽に飢えているんです。まあ、利根川はマニュアル作りがあるから無理だな。江宮はドライヤー、工藤は将棋があるし、羽河は何かあった場合に備えて宿舎にいた方が良いだろ。


 水野が「いいか?」と言って意見を出した。

「俺たち以外にも参加したい奴がいるかもしれないぞ。希望者を募ったらどうだろうか」

 特に異論は出なかったので、明日の朝、講義の前に浅野が呼びかけることにした。


「それじゃあ、王女様の話をしようか?」

 再びの羽河の声で皆顔が引き締まった。志摩がみんなの考えていることを口に出した。

「どうする?現状のプロジェクトを全部説明するか?」


「いずれ分かるのだから、今のうちに全部話した方が良いと思う」

 羽河の言葉に皆頷いた。確かに悪いことは何一つしていないからな。志摩がズバッと聞いた。

「利権云々の話になったらどうする?」


「基本的に、契約を交わすのは商業ギルドで、王家は私たちの後ろ盾になって貰うのが良いと思う」

 利根川の言葉に反対の声は無かった。羽河が続けた。


「私もそれでいいと思うけど、王家にちょっと見返りがいると思うんだよね。召喚の費用は別としても、ここの宿舎の家賃や食費に経費、それにお傍係や警備の人達の人件費まで考えると膨大な費用が掛かっていると思う。

 もちろん、平野さんの意見も聞かなきゃならないけど、料理と調味料のレシピは王家に全て公開するのはどう?調味料の製造・販売について商業ギルドに委託するか、レシピを販売したら王家もそれなりに儲かるんじゃないかしら」


 反対したのは利根川だ。

「料理のレシピを公開するだけで十分じゃない?調味料は今でも、マヨネーズ・ケチャップ・ウスターソースの三つもあるんだよ。これから先も何か出てくるだろうし、もったいないよ」


 志摩が手を上げた。

「調味料については後ろ盾になって貰うための対価と考えたら良いんじゃないかな」

 水野も賛成した。

「俺もそのくらいのバランスで良いと思う。帰還まで責任もってもらわないといけないからな。」


 江宮が続けた。

「来月から野外やダンジョンでの鍛錬が始まったら、十分な安全を担保して貰う必要があるぞ」

 江宮の意見が決め手になって、食品関係は王家に、ということで決まった。


「酒の話はどうする?」

 工藤の意見に利根川がこたえた。

「商業ギルドとの交渉を正式に依頼しましょう。五十年物を飲ませたら、負けは無いわ」

 木田がおずおずと声を上げた。


「交渉に先だってさ、先生に正式に顧問になって貰うのはどうかな?」

 全員賛成みたいだが、つい口を出してしまった。

「そのことなんだが、顧問の話は王女様に依頼するという形にしないか?」

 浅野が不思議そうに尋ねた。


「先生はそこにいるんだから、直接頼んだら良いんじゃないの?」

 俺は静かに答えた。

「前、先生から王女様は今回の召喚で功績を上げることを目論んでいる、と聞いたじゃない?だから先生に直接依頼するよりは、俺たちが王女様に依頼して王女様が先生を指名する形が良いと思うんだが・・・、考えすぎかな」


 なぜだかみんな感心して賛成してくれた。まあ要するに、王女様の顔をたてようというせこい話だ。生活向上委員会の略称通りだな。

「お酒以外のプロジェクトとはどうするの?」

 浅野の問いに羽河がこたえた。


「お酒の契約が成立したら、残りのプロジェクトはまとめて交渉しましょう」

 木田が手を上げた。

「そのことなんだけど、女性ものについては商業ギルドでも女性だけのチームを作って専任してもらうようにできないかな?やっぱりブラジャーのことを男性に相談するのは抵抗があるよ」


 俺は虚を突かれた気持ちだった。すみません。そこまで考えていませんでした。羽河が落ち着いて応えた。

「気持ちはよく分かるよ。お酒の話がまとまって、王家が後ろ盾についてくれるなら、通らない話じゃないと思う」


「だよね」

 木田はようやく笑顔になった。ブラジャーのためにも、王女をうまく味方につけようということでミーティングは終わった。


 練兵場ではヒデがまだ手裏剣に取り組んでいた。どうやらナックルはあきらめたらしい。その代わり、同時に複数枚投げることに活路を見出したようだ。

 確かに理屈としてはあっているが・・・。本当に勇者がそれでいいのか?宿舎に戻ってシロに問いかけたが、シロは嬉しそうにじゃれつくだけだった。


 晩御飯は小ぶりのチキンカツとメンチカツ、コロッケという揚げ物三種の盛り合わせだった。無論、山盛りの千切りキャベツとポテトサラダが付いている。

 ウスターソースとケチャップの小壺がテーブルごとにが置いてあったので、コロッケとミンチカツはウスターソースで、チキンカツはケチャップとウスターソースを半々に混ぜたもので食べた。


 キャベツも半分はマヨネーズで、半分はウスターソースをかけて食べた。生きていて良かったと思う。そんなうまさだった。

 デザートはリンガのジェラートとワッフルだった。焼きたてのワッフルが外側は程よい焦げ目がついているのに、中はしっとり柔らかでおいしゅうございました。


 今日の音楽担当は、野田ではなく伊藤だった。野田は三平や中原、水野たちと一緒のテーブルで気持ちよさそうに伊藤の演奏を聞いている。最近は、野田と一日おきに出演(?)してる。それだけ伊藤のレベルが上がってきたのだろうか?


 リュートを使って70年代に一世を風靡ふうびした四畳半フォークを弾き語りしていた。異世界でメンチカツを食べながら、かぐや姫の「神田川」を聞くという、得難い経験をすることができた。


 考えてみると、生の音楽を聴きながらディナーを食べるなんて、まさしく貴族様ではなかろうか?まあ、音楽がクラシックなら完璧なんだろうけど。

 後で伊藤に「なんで四畳半フォークなの?」と聞いたら、深夜放送の好きなパーソナリティの過去を調べていくうちに、七十年代フォークにたどり着いて、それがきっかけではまったそうだ。


 顔的にはビジュアル系が似合いの伊藤だが、髪を伸ばしたらそれ風に見えるかも・・・と言ったら考え込み始めた。俺は言ってはならないことを言ったかもしれないと反省した。


 ようやく手がすいてきた平野を羽河が呼んで話していたが、レシピの譲渡の件はうまくいったみたい。平野がゴネることは無いと思っていたが、安心したのだった。

 自分の部屋に戻ってアイテムボックスから五十年物の瓶を出すと出窓に置いて、祈った。


「女神様、お陰様で無事、五十年物が出来ました。ありがとうございます」

「でかした。褒めてつかわす」

 目を開けると瓶ごと消えていた。代わりに、白い小瓶が一本置いてあった。


「褒美じゃ。杜氏とうじに渡すが良い」

 俺は恐る恐る手を伸ばして小瓶を掴んだ。栄養ドリンク位の大きさの小さな瓶なのに、ずっしりした重さがあった。良かったな利根川、でも喜んでくれるかな?

伊藤君は人生の方向が見えて来たようです。

最近は以下の作品をよく読んでいます。

「大ハズレだと追放された転生重騎士はゲーム知識で無双する」

「災悪のアヴァロン」

「高校受験に失敗して、三次募集に合格すると、そこは魔法学科だった件」

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