第5話:職業一覧
羽河は例の黒板タブレットを差し出した。
「クラス全員の『職業』と『スキル』をリストにしてみたの」
続けてぶつぶつ黒板に問いかけるとリストが表示された。なんと日本語で表示されている。
「どう、凄いでしょ。設定に入って言語をローカライズで選択しなおしたら日本語表示ができるようになったの」
羽河が胸を張って威張った。推定Fカップの胸部装甲がブルンと揺れた。自動的に俺の足が蹴られた。なぜだ?
「みんなの黒タブから情報を集めてリストにしたのよ」
羽河の中では黒板タブレットは黒タブと略されているみたいだ。ひょっとしてハッキングまがいなことをやったのか?IQ130とか、目立つのが嫌でテストはわざと間違えて一番にならないようにしているとかいう噂は本当かもしれない。とりあえず俺は指先でスクロールしながら、リストを上から下まで読んだ。
1 浅野薫 巫女 光魔法
2 一条英華 魔法使い 剣術 火魔法
3 木田優菜 魔法使い 風魔法 水魔法
4 小山あずみ(コヤマアズミ) 忍者 忍術
5 菅原洋子 聖女 光魔法 水魔法
6 鷹町菜花 魔砲使い SLB
7 寺島初音 盗賊 探査
8 利根川幸 魔法使い 錬金術
9 野田恵子 楽師 鑑定
10 羽河鶫 盗賊 隠密 探査 開錠
11 平井ゆかり(ヒライユカリ) 剣士 剣術 火魔法
12 平野美礼 アイアンシェフ 水火刃の包丁 鑑定
13 藤原優海 ティマー 騎乗
14 三平魚心 釣りキチ 探査 太公望の釣り竿
15 夜神光 魔法使い 光魔法
16 青井秀二 戦士 体術 強力
17 伊藤晴 吟遊詩人 魅惑の声
18 江宮次郎 魔術師 強化
19 尾上六三四 剣士 剣術 風魔法
20 工藤康 僧侶 光魔法 槍術
21 佐藤解司 盗賊 探査 アイテムボックス
22 志摩豊作 魔法使い 土魔法
23 千堂武 闘士 体術 咆哮
24 谷山隆 (無し) 縁の下の力持ち アイテムボックス
25 中原真太 召喚士 召喚
26 野原英雄 勇者 黄金バット 光魔法
27 花山治 戦士 頑健
28 冬梅貴明 ネクロマンサー 召喚 交信
29 水野メロンパン(ミズノメロンパン) 村人 (無し)
30 楽丸幹一 槍士 槍術
リストは名前、職業、スキルの順に並んでいた。ちなみに左端の番号は出席番号だ。わが校はなぜか女子から始まるようになっている。開校以来のレディーファーストの精神なのだそうだ。昔の人の考えることは時々わからないことがある。俺のクラスは15番までが女子で、16番から男だ。
なお、浅野が一番になっているのは召喚前からだ。名前が「薫」で男女どちらもある名前だったことから始まる不幸な偶然が重なり、浅野の性は「女」になり出席番号は一番になった。
入学式で世紀の大間違いが発覚して性は男に変更されたのだが、出席番号だけはシステム上動かせない(変更するためには一度退学することが必要だとか)という訳の分からない理由で一番のままになったのだ。
結果的に、1番:男、2番:女、・・・・15番:女、だったのが、今回の召喚の結果、1番:女、2番:女、・・・・15番:女、となり、男女同数のクラスになったことになる。すごいな、これが歴史の修正力なのか、なんちゃって。意味わかりませんよね。すみません。
三十人いる中で職業無しが一人(俺)、スキル無しが一人(水野)だった。スキルはシングル(一個持ち)とダブル(二個持ち)が各14人、そしてトリプル(三個持ち)が1人だった。その唯一のトリプルがこの羽河だ。俺も自分の所を見てスキルに「アイテムボックス」があるのを発見して少し落ち着いた。もしかしてこの先やっていけるかも。
職業を見ていて思ったのだが、平野の「アイアンシェフ」や三平の「釣りキチ」、水野の「村人」って俺の「(無し)」よりインパクトあるなあ。冬梅の「ネクロマンサー」も闇の魔法使いみたいで、ちょっとカッコいい感じがする。
逆に小山の「忍者」ってありなの?と思った。それにしてもヒデが「勇者」で、洋子が「聖女」だって・・・。ありえないだろ、これ。格差反対と声を大にして言いたい。
スキルも鷹町の「SLB」っていったい何の略語なんだ。忍者だからなのかもしれないが、小山の「忍術」も謎だ。木の葉隠れや飯綱落とし、土遁の術を使うのか?平野の「水火刃の包丁」ってなんだよいったい。
ヒデの「黄金バット」も意味不明だ。一条も魔法使いなのにどうして「剣術」持っているんだろ?魔法剣士ってことなのか?三平の「太公望の釣り竿」もあまり聞かないスキルだと思う。江宮も魔術使いなのに何故スキルが「強化」なの?強化って割と肉体系や物質系のスキルじゃなかったけ?
それにしてもこの短時間でここまで情報を収集・整理できるなんて信じられない。俺は改めて羽河の化物ぶりを実感した。でも、なんでこいつが「盗賊」なんだ?それとも、盗賊だからこそできた?
「俺の読んだラノベの世界とはちょっと違うみたいだな。いろいろ突っ込みどころ満載だけど、羽河もたいがいだな」
「何が?」
「いやだっておかしいだろ。ここまで出来るやつがなんで盗賊なんだよ。お前だったら賢者とか大魔法使いがふさわしいんじゃねえの?盗賊なんて役不足もいいとこだ」
「うーん、そうかなあ」
羽河は小首をかしげながら不思議そうな声を上げた。そういえば、トレードマークの縁無し眼鏡はどうした?
「俺もそうだけど、羽河も目が良くなった?」
「そうみたい。この世界には格安眼鏡もコンタクトレンズも無さそうだから助かるね」
「私もコンタクトなんだけど、無しでもバッチリ見えてるもん」
洋子が割り込んできた。クラスの半分近くが眼鏡かコンタクトのお世話になっていたのに、全員裸眼でOKになったそうだ。
「みなさま」
凛とした声が響いた。
振り向くと王女様(エリザベートだったっけ?)が続けて呼びかけてきた。
「お疲れと思いますし、このまま立ち話を続けるのも失礼かと思いますので、いったん場所を移してこれからのことをご案内したいと思います。軽食と飲み物を用意しておりますので、こちらにどうぞ」
「ちょっと待ってください」
羽河が臆せずに声を上げた。王女は一瞬驚いた後、興味深そうに羽河を見つめた。こういう所が羽河は頼りになるのだ。
「まずは現時点での皆の意見を聞きたいので、少し時間をください」
王女は大きく頷くと笑顔を見せた。
「申し訳ありません。私も少し気が急いていたようです。お待ちしますのでどうぞ」
俺たちは羽河に誘導されてホールの隅にクラス全員で集まった。松明の熱を背中に感じる中で、羽河が一人一人の気持ちを確認していく。いろいろ意見が出たが、だまされているのでは?という意見と、魔王討伐以外のことをやらされて使いつぶされることを危惧する声が多かった。
結果的にいうと、魔王討伐については積極派と消極派と保留(様子見)の三つのグループに分かれた。反対派がいなかったのは、やはりみんな帰りたいと思っているからだろう。
羽河はさらにクラス全員でまとまって行動するか、あるいは個々の判断で行動するかを確認した。これは多数決で個人の責任で行動することになった。それ以外には、今後も情報共有はきっちり行い、一人も欠けることなく帰還することを皆で誓った。
最後にクラス全員で円陣を組み、気勢を上げて学級会議は終わった。クラス全員では初めてとなる円陣は、浅野のことを考えてやったんだろうな。
ちなみに、積極派は菅原洋子・鷹町菜・、寺島初・、平井ゆか・、青井秀・、江宮次郎・尾上六三四・千堂・、野原英雄・楽丸幹一の十人、消極派は浅野薫・一条英華・木田優菜・羽河鶫・平野美礼・三平魚心・夜神光・伊藤晴・佐藤解司・志摩豊作・中原真太・冬梅貴明・水野メロンパンの十三人、保留は小山あずみ・利根川幸・野田恵子・藤原優海・工藤康・谷山隆・花山治の七人だった。
それにしても野田、保留するということは戦闘に参加する可能性があるのか?おまえ楽師だろ?俺は知っているぞ。わが校の七不思議に真夜中の音楽室というのがあるのだが、原因はこの野田恵子だ。
こいつは発作的にピアノが弾きたくなると、夜中でも学校に忍び込んでピアノを弾きまくるのだ。なぜか悪魔的に運がいいのでまだ見つかっておらず、七不思議は今だ健在だ。
身長は160センチくらいで、軽くウェーブのかかったショートカットにリスのように愛らしい顔だけ見ると、そんな風にはまったく見えないけど。
また、見るからに戦闘系の花山が保留に回ったのは意外だった。花山治は現役高校生にもかかわらず身長190センチ、体重100キロという日本人離れした体格の持ち主で、中学生のころから、相撲部屋・プロレス・キックボクシング・総合格闘技などから何度もスカウトを受けている。
顔もヤの字の付く職業の方を連想させる凄みがあるのだが、本人はいたってまじめで喧嘩したとこなど見たことが無い。必要最小限しかしゃべらないことと、体のでかさで回りが勝手に怖がっているだけかもしれないなと思った。案外こいつ常識人なんじゃないの?
さて、入口のほうを見ると、王女様と難しい顔した宰相・銀髪が話しこんでいる。羽河が先頭に立って移動し、王女様に声をかけた。
「お待たせしました」
王女様は振り返ると柔かい笑顔で応じた。羽河は無言のプレッシャーを跳ねのけるように少し硬い声で続けた。
「魔王討伐に協力するかどうかは、今後のお話を聞いてから個々で判断します。ただし、協力するとしても私たちができることはあくまで魔王の討伐だけです。それ以外のことは何もしないことをご承知ください。
特に他国との戦争や内乱の鎮圧など、軍事・政治・外交・宗教・暴力・犯罪に関わることは固くお断りします。また、協力する場合は十全な支援を、そして仮に協力しない場合でも、必要かつ十分な衣食住の提供を要求します。最後に、帰還できるようになったら即時の帰還を、これが絶対の条件です」
王女様は軽く頷くと明るい声で告げた。
「皆様は魔王討伐のためにお招きした大事なお客様です。それ以外のことでお手を煩わすことは考えておりませぬ。一日も早い帰還を第一に考えること、また皆様が帰還の日まで快適にお過ごしいただけるよう万事取り計らうことを王女として、そして今回の召喚の責任者として固くお約束します」
俺たちは一様に安堵の息を吐いた。知らず知らず緊張していたみたいだ。王女様は傍らの銀のオールバックの男を一瞥すると話を続けた。
「ただ、皆様のスキルを生かせてなおかつ互いに利益があることについては、その都度ご提案させて頂きます。もちろん受けるかどうかは全て皆様のご判断となります。詳しいことは近衛師団長のラルフ・エル・ローエン伯爵から説明させて頂きます」
王女様から紹介された銀髪オールバックが前に一歩出て、右手で空気を抱きかかえるようにして一礼した。キザだったが様になっていた。あーいうのはちょっと真似できないな。というかしないけど。
年齢は40代前半、油がのったというか、脂ぎったお年頃みたい。身長は175センチ以上、背に比例して横幅も広いだけでなく、厚みもありそうだ。いかにも鍛えていますといった感じ。顔はもろラテン系の濃い造りで、銀髪となんか合わない。なんだろう?庶民が貴族になっちゃいました的な違和感みたいなのが匂う。
「皆様初めまして。近衛師団を預かるラルフ・エル・ローエンと申します。まずは皆様を王宮内の宿舎にお連れします。宿舎に着いたら今後のことについて詳しくご案内致します」
俺たちは王女様たちに一礼して壁際に並んでいた騎士服姿の男たちに先導されて移動した。フルメタルプレートの騎士やセリア達、王女様や宰相様とはお別れのようだ。黒板タブレットは当面貸してもらえるそうで、羽河がとても喜んでいた。
召喚の間を出て右に行き、階段を降りてしばらく歩くと円形の大きなホールに出た。壁際には召喚の間にあったような大きな彫刻が等間隔で六体も並んでいて、まるでギリシャの神殿風の美術館のようだった。彫刻は制服姿でもろ場違いな俺たちを胡散臭そうに見つめていた。ここで一回休憩してからホールを出ると、庭園に出た。ちなみにトイレは水洗だった。ウォシュレットではなかったけど。
召喚されたのが朝だったので、てっきり昼前くらいかと思ったらなんとびっくり夜中だった。春の頃を思わせるひんやりした風が夏服の半袖には少し寒かった。
召喚した側に呼び出される訳だから召喚された時間と違っても当たり前といえば当たり前なんだけど、空一杯に広がり手を伸ばせば届きそうな星空に圧倒された。
空が近過ぎる、そんな感じ。濃い藍色のビロードの上にばら撒かれた無数の宝石のように、星の一つ一つが生き物のように瞬いている。みんな声もなく夜空を見つめ続けた。
もちろん日本でも標高千メートルを超える山中に行けば、ここと同じくらい迫力ある星空を見ることはできるだろうけど、星空の形が日本で見るものと全く違うことに衝撃を受けたのだ。「異世界に来た」ことを改めて思い知らされたような気がした。
丁度その時、流れ星が空を斜めに横切った。誰かが「スピルバーグの映画みたいだ」とつぶやいた。俺たちは顔を見合わせてから歩き出した。
庭園の端は駐車場みたいになっており、キャラバンのロングボディと同じ位の大きさの馬車が六台と、槍を持った護衛の騎馬隊が待っていた。十人はたっぷり乗れる二頭立ての大きな馬車だった。黒一色で側面には二本足で立った竜をかたどった様な銀色の紋章が入っている。先頭の一台には、御者席の横に小さな旗が立っていた。馬は競馬中継で見るサラブレットより一回り大きくてがっしりした感じ。
「これより皆様を王宮内にある宿舎にお連れします」
案内してくれた騎士に誘導され、二台目以降の五台に分乗する。俺は三番目の馬車に乗った。他は、洋子とヒデとヒデの彼女の寺島初音の三人。初音は身長160センチと背が高いほうではないが、足が速くて陸上部の短距離リレーのレギュラーメンバーだ。
足が速いだけでなく、俊敏でカンが良いので、バスケをやると本職(バスケ部)が慌てるくらいの動きを見せる。おかっぱのきれいな黒髪と顔が小さく具のバランスも良いので、よく日本人形みたいと言われる(本人は嫌がっているが)。
噂によると、なんとかという外国人の俳優の大ファンらしい。もろ日本人顔しているヒデと付き合っているのがちょっと不思議な感じ。
席が余っていたので、ボケッと突っ立ていた冬梅貴明と尾上の傍でうろうろしていた一条英華を引っ張ってきた。
冬梅は今年の一学期に転校してきたばかりだ。噂によると既に両親は他界して親戚の叔父さん夫婦のやっかいになっているらしい。
真面目でナイーブな男子高校生といった感じで、アイドル系のきれいな顔をしているのでそれなりにモテそうな気がするのだが、超がつくほどの引っ込み思案でいまだにクラスに溶け込めないでいる。
原因の一つはこいつのオカルトっぽい噂だ。心霊系というか、なんか変なものが見えるらしい。
一条は女子剣道部のエースだ。肩甲骨の下まで伸ばした黒髪をポニーテールにしている。クラスメートの平井ゆかりの父親が師範を務める剣道の道場に小学校の時から通っていて、得意技は飛び込み面。こいつは思い切りが良いのだ。
初見で試合開始直後にこれをやられると、ほぼ例外なくひっかかる(本人曰く、「様子見」モードに入っている奴は一発で分かるのだとか)。
巫女さんが似合いそうなキリッとした顔立ちで男だけでなく女子からも(特に下級生)人気がある。男子剣道部の尾上が好きでずっとアプローチしているのだが、尾上の剣道バカはまったく気づいていない。全てのフラグを豪快というか、情け容赦なくへし折っていく。一条が不憫だ。
ぶつぶつ文句を言う一条を寺島がのんびりなだめながら待っていると、御者の掛け声と共に鞭の音が聞こえた。俺たちを乗せた馬車も静かに動き出す。先頭の一台には伯爵その他が載っているのだろう。
流石王宮で使われているだけあって豪華な内装だったが、じっくり見る余裕はなかった。人生初の馬車体験は緊張してあまり覚えていないが、なんか車とは乗り心地が全然違った様な気がした。
騎馬隊が前後を護衛する中、六台の馬車は星たちに見守られながら夜の闇の底を悠然と進んでいく。車内にも騎士が一人乗り込んでいるので、大きな声は出しづらい。
「ねえねえ」
横に座った洋子が小声で話しかけてきた。
「なんか暗くない?」
俺もそう思っていた。幅十メートル位の立派な石畳の道の左右には青みがかった光を放つ街灯が灯っているのだが、置いてある間隔がすこーしばかり長すぎるような気がする。
具体的に言うと、街灯の光がぎりぎり見えなくなる位になるとようやく次の街灯の光が差してくる。必要最小限のみ点けてます、そんな感じ。森の中にいるのか、街灯以外の明かりはまったく見えない。
「どうやらこの世界には電気はなさそうだな」
電気だけじゃない、スマホもゲームもネットもテレビもみんなおさらばだ、多分。
「私だめかもしれない」
洋子は暗い顔をしてつぶやいた。
「まあまあ、なんとかなるさ」
洋子から返事は戻ってこなかった。俺も無言で外の闇をみつめた。小学生のころ、真冬に田舎を走るバスに一人で乗った時のことを思い出す。夕方六時ころだったと思うが、既に周りは真っ暗で、ヘッドライトだけで走るバスの中はなんとも心細そかった。
「電気もないとすると江戸時代位かな」
ヒデがつぶやいた。
「それを言うなら『中世』でしょ」
一条が律義に突っ込む。
「いや、僕たちの世界が科学を元に発展してきたのなら、この世界は魔法を軸にしているんじゃないかな。だから僕たちの世界を物差しにするのは良くないかも」
誰に聞かせるわけでもなくつぶやいた冬梅の言葉に皆が頷いた。
「王女様の最後の提案はどう思う?」
俺は皆に問いかけた。
「羽河が予想した通りだったな」
ヒデが即答した。確かに向こうからすると最低限の妥協みたいなところだろう。
「まあ、魔王が出て来るまで何もしない訳にはいかないだろうな。レベルアップに協力してもらう必要もあるし」
俺がこたえるとみんな黙ってしまった。これから先どうなるのだろうか?無言の俺たちを乗せた馬車はほとんど曲がることなく走り続けると、やがて巨大な城門にたどり着いた。左右の石壁の高さは優に五メートルを超えている。
「ここから王宮に入ります。もうしばらくお待ちください」
同乗した騎士が静かに告げた。先頭の騎馬隊と門番のやり取りの後に重い扉が音を立てて開く。門の中に入ると、街灯の色が変わった。白熱電球の様な明るく温かみのある光に心が少し和らいだ。馬車はしばらく走ると右に曲がり、さらに結構な距離を走ってから止まった。どうやら目的地に着いたみたいだ。
目の前にあるのは正面から見て幅二十メートル、高さ十メートル位の石造りの大きな建物だった。建物の左右はそのまま高さ三メートル程の煉瓦塀につながっているので、奥行きがどのくらいあるかはわからない。建物の左右にも同じくらいの大きさの建物が少し間を開けて建っているようだ。
玄関までは五段の石の階段になっていて、一番上の段だけ奥行き一メートル半ほどのゆったりサイズになっている。階段の左右も煉瓦塀になっていて、中を見ることは出来ない。伯爵が玄関の扉の前に立っていた二人の衛兵に声をかけると扉が左右に開いた。
進展が少なくてすみません。キャラバンは良い車です。