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第48話:シロ対ミケ

 6月20日、土曜日。晴れ。食堂に行くなり平野につかまった。とりあえず熟成が終わったウスターソースの見本を渡す。都合二年熟成したのだが、どうだろうか?

「もう少し、という感じもするけれど、ちょっと足りないくらいでちょうど良いような感じもするからこれでいく。このかめ、二年の熟成でお願い」


 あらかじめ用意していたウスターソースの材料(野菜・果物・ハーブ・香辛料が二十種類以上とのこと)が入っていると思しきでかい甕を預かった。そのまま二年で熟成を開始する。入れ替えじゃないけど、熟成が終わった梅酒を二十本取り出した。


 ちょっと試飲したが、あっさりして果実味が強い二年物に比べて五年物はどろりとしていて、体にしみ込むような深くて濃い味わいがあった。どっちも、生で良し、ロックで良し、炭酸で割っても良し、という感じ。


「ありがとう、飲み物のバリエーションが広がって助かるよ。お菓子作りにも使えるし」

「平野はいつもおいしいご飯を作ってくれてるからな。これ位お安い御用だよ」

 笑顔の平野に礼を言ってから、朝ご飯を取りに行った。今日はホットドッグだった。コッペパンのような小ぶりのパンに焼きたてのソーセージを挟んである。もちろんマスタードとケチャップ付き。


 ソーセージが苦手な奴のために、ゆで卵を刻んでマヨネーズで和えたものを挟んだのもあった。両方食べたけど、どっちもうまかった。デザートのカットフルーツにオリーブオイルとお酢をかけて食べてるやつもいたけど、それもありかもしれない。


 お腹いっぱいになったので紅茶を飲んでのんびりしているとセリアさんが呼びに来た。木工ギルドが樽の納品に来たらしい。ラウンジに行くと、天然パーマが目印の器具部のテイラーさんが待っていた。隣に製材所のおっちゃんによく似たおっさんが二人いた。


「谷山様、樽の納品に参りました。白樺が三十二個、水楢が五十個出来ましたぞ」

「ありがとうございます。急な依頼にもかかわらず、予定通りの納品ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ竹を当日に手配して頂き、ありがとうございました。こちらは家具部のワッツと建築部のデカルドでございます。お気づきと思いますが、二人は製材所の所長のフルバックの兄と弟となります」


 確かに筋肉もりもりで茶色に近い金髪に緑色の目は共通している。俺は二人に挨拶して検品のために表に出たが、ワッツさんとデカルドさんがなぜついて来たのか分からない。


 荷馬車三台に山積みになっていた白樺と水楢の樽の数は申告通り間違いなかった。試しに匂いを嗅いでみたが、樫とはまた異なる良い匂いだった。

「職人たちが精魂込めて作りました。十年でも二十年でも使えると思いますぞ」


 確かにオーラのようなものを感じる。セリアさんに確認してから受け取りにサインする。再度数を確認してから樽をアイテムボックスに収納した。ワッツさんとデカルドさんが驚いている。


「話には聞いておりましたが、この数を一度に収納できるのは凄いですな。これだけで商売ができますぞ」

 デカルドさんが大声で叫んだ。俺もそう思う。


「実はちょっと見ていただきたいものがございまして・・・」

 ワッツさんが馬車の奥からごそごそと出してきたのは竹で出来た椅子だった。木で骨組みを作り、それに細く割った竹で座面や背当てを覆っている。


「いかがでしょうか?」

 俺は少し考えてから正直に話した。

「俺は家具のことはよく分からないのですが、どうせ作るならば出来るだけ竹だけで、それも釘やねじなど金属はなるべく使わないほうが良いと思います」


「どうやって固定させるのですかな?」

「なるべく自然素材の紐やつるなどを使ったらどうでしょうか?」

 腕を組んで考え始めたワッツさんに代わってデカルドさんが図面を持ってきた。


「これは東屋の設計図なのですが、いかがでしょうか?」

そんなの俺に見せてどうすんの?

「建築も門外漢なので何も言えないのですが、二つアドバイスがあります」

「なんでしょうか?」


 デカルドさんが目を輝かせて聞いてきた。

「まず、竹は非常に燃えやすい素材です。家具もそうですが、燃えにくいように何らかの魔法的な処理を施した方が良いと思います。また、強度的には木に劣るので、床だけは木で作った方が良いかと思います」


「耐火処理と強度が問題と言うことですな。盲点でした。ありがとうございます」

 家具について一つ思い出したので、ワッツさんに声をかけた。

「竹は火でじっくり焙ると自在に曲げることができます。自然で滑らかな曲線は竹細工の大きな魅力です。ぜひ試してみてください」


 ワッツさんは大きく目を見開くと無言で俺の手を両手で握りしめて感謝してくれた。少しは役に立ったのかな?ついでにあれを頼んでおこう。

「実は縦45センチ・横42センチ・厚さ2~3センチの板を探しています。木の種類を決めたいので、何種類か用意して貰えませんか?」


「まかせてください。用意出来次第持ってきます」

 テイラーさんは力強く返事すると、三段積みのレターケースのような木製の箱を手渡してくれた。一番上にはミドガルト語の文字と手のひらのようなイラストが描いてある。三段の引き出しは一番上と一番下は空で、二段目に上質な紙が三十枚位入った。紙には紋章のようなものが一番上の真ん中に入っている。


「これは魔法の連絡箱です。この紙に文字を書いて一番上の段に入れます。そして、この箱の上に手を置いて魔力を流すと、書いた内容が木工ギルドの魔法箱に伝わるのです。何かご用命があれば、宛先に私の名前を入れてご連絡くださいませ。すぐに駆け付けますぞ」


 ううむ、この世界のFAXみたいなものかな?紋章がFAX番号みたいな役割を果たすのだろうか?ちなみに三段目には送信済みの紙を入れておくらしい。当面樽は足りているので、何も頼むことは無いかと思うが、ありがたく受け取った。テイラーさん達は何度もお礼を言いながら帰っていった。


 あとでセリアさんに聞いたら王家をはじめとして大きな商会や軍部、有力な貴族はこの魔法箱を使用しているそうだ。ちなみに、この宿舎の事務でも使っているとのこと。灯台下暗しとはこのことか。俺は連絡箱をアイテムボックスに収納すると、地下室に行った。


「合言葉を言え、白」

「黒」

 もうこのやりとり飽きたよ。と言っても仕方がないので、白樺の樽と水楢の樽を三個づつ出した。佐藤と協力して原酒を詰めていく。


 計六個の樽をアイテムボックスに収納して十年と二十年と五十年で熟成を開始する。三種類の木毎に三段階の熟成をかけるので、樫の木を含めて合計九種類のウイスキーができるのか。これでウイスキー造りは一段落だな。念のため樫の木の五十年物の熟成をチェックしたが、まだだった。


「佐藤、お疲れ様」

「これで本当に終わるんだな」

「原酒造りはな」

「え、まだ何かあるのか?」

 佐藤がおびえたような目で俺を見た。


「次はマニュアル作りよ」

 利根川が情け容赦なく告げた。

 佐藤の肩ががっくりと落ちた。佐藤のつかの間の休みは終了したのだ。マニュアル作りは面白味は無く、地味で地道な作業が必要で、ある意味佐藤に全く向かないジャンルなのだけれど、これを乗り切ったらこいつの人生は変わるんじゃなかろうか。

 怠け者の印象しかない佐藤が、これだけ働いたのが利根川への愛の力だとしたら可能性はあるかも。


 魔法学の授業は昨日に続き火魔法だった。何かを感じる前に終わってしまった。ドライヤー作りは江宮の頑張り次第だな。

 ミドガルト語の講座は基本的な単語と文法の習得だ。とりあえず今は情報を蓄積するだけと割り切ろう。


 お昼ご飯はピザだった。ベーコン・細切り肉・ソーセージ・鶏肉の燻製などの肉類と色とりどりの野菜が、白い生地の上に広げられた赤いピザソースの上にちりばめられ、たっぷりかかったチーズとハーブが全体をまとめていた。硬めのパリッとした生地とジューシーな具とのバランスが良かった。


 デザートは洋梨のジェラートだった。甘く濃厚な香り、舌に絡むねっとりした果実がセクシーでした。

 練兵場では消える魔球をあきらめたヒデが、新しい魔球の開発に取り組んでいた。手裏剣でナックルを投げるらしい。確かにそんなのが投げられたら、凄いとは思うが・・・。でも、勇者が手裏剣投げに興じていて良いのだろうか?伯爵は何も言わないので、ほっておくことにした。


 鍛錬が終わって宿舎に戻るといつものようにシロが出迎えてくれた。しっぽをちぎれんばかりに振って喜んでいるシロをみんなでなでくりまわしてから玄関に入った。ラウンジに行くとカウンターには猫のミケがいた。


 紆余曲折の末に、レイナ・フェーダーさん(志摩のお傍係)の預かりになったそうだ。一条の抱えていたミケを見て「運命」を感じたらしい。どういう意味かさっぱり分からないが、パスの繋ぎ変えは無事に終わったそうで、宿舎中を気ままにうろちょろしている。


 これによって宿舎のアイドルはシロ派とミケ派の二つに分かれてしまい、日夜関係なく激しい争いが、なんてことはなく平和的にやっている。まあ、この世界で犬派・猫派の雑談ができるとは思わなかったので、良かったのではなかろうか。


 ラウンジの隅のテーブルでは伊藤が、羽河のお傍係のロゴス・ワンハーフさんの髪を切ってた。俺達だけではなく、宿舎のスタッフまで客層が広がっているみたい。セリアさんによると、一人一人に合わせて見たことも無い洒落たカットをしてくれるので、大好評なのだそうだ。


 ロングの子でも毛先のカットだけでなく、うなじや前髪や耳の回りの処理までやってくれるので、大好評らしい。まあなんといっても無料だしな。


 ミケと遊んでいると江宮が通りかかったので、ドライヤー作りについて打ち合わせる。理屈としては電熱線に風を当てるイメージだが、具体的にどうするかまったくイメージが沸かないので、まずはこの世界の暖房器具をリサーチすることにした。カウンターにセリアさんがいたので、とりあえず聞いてみる。


「冬になって寒くなったら暖房を入れるの?」

「もちろんです。全館一斉暖房です」

「たとえばさ、この部屋だけとか、ここだけとか、集中して暖めたい時はどうするの?」

「そういう時にはこれがあります」

セリアさんは足元をごそごそすると、小型の電気ストーブみたいな機械を出してくれた。

「このボタンを押すと、ここから暖かい光が出てくるんです。今は魔石を入れてないので、何も出ないですが・・・」


 俺たちは頼み込んで、マジカルストーブを譲り受けた。元々調子が悪くて廃棄予定だったらしい。そのまま江宮の部屋に持ち込んで、分解してみた。外側だけは立派だが、中身はスカスカで、魔石を入れるポケットが一個と、魔法陣が二枚あるだけだ。


 江宮は何かひらめいたみたいだったので、あとは全てお任せして食堂に行った(すまん)。既に洋子達は席についていて、野田が静かにチェンバロを弾いていた。

 日本でも「オータム」や「デッセンバー」がヒットしたジョージ・ウィンストンだった。サティを弾いたことがあるのでクラシックもいけるだろうと思っていたが、期待を裏切らない出来だった。ロック、ジャズ、民謡、クラシック・・・万能だな。


 晩御飯はオークのロースを使った生姜焼きだった。生姜に似たハーブがあったみたい。ポテトサラダとの相性がばっちりで、つかの間うちに戻ったような気分になった。デザートのフィナンシェの優しい甘さが嬉しかった。ささやかな幸せに浸っていると、工藤に話しかけられた。


「どうした?」

「将棋の翻訳がうまくいかなくてな。いや、『王』は『王様』、『歩』は『歩兵』みたいなのはいいんだけど、「飛車」と「角」をどう訳すかで迷っているんだ。何かいいアイディアはないか?伯爵にこの世界の軍の階級を聞いたりもしたんだけど、何かピッタリはまるものがないんだ」


 真面目に悩んでいるみたいなので、思い付きのアイディアを話した。

「いっそのこと、チェスを参考にしたらどうだ?」

「やっぱりそうか。いや、もうちょっと考えてみるよ」

「俺よりは志摩や鷹町に相談した方がいいかも」

「わかった、ありがとう」


 ちょうど江宮が遅れて入ってきたので、ドライヤーについて聞いた。おおよその仕組みは考えついたそうだ。一晩寝かせて、明日江宮の案を先生に相談することにした。

マニュアル作りは結構大変です。

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