第45話:女神の森2ー2
製材所に着くとおっちゃんが入口で待ち構えていた。
「どうだった?」
俺は笑顔でこたえた。
「中で話そう」
広場みたいなところで竹をアイテムボックスから出した。
「まず五十本」
おっちゃんが目を剥いた。
「次も五十本」
おっちゃんが両手を上げた。
「最後に五十本」
おっちゃんが勢いよく抱き着いてきた。暑苦しいぜ。
「坊主、でかした!これで立派な東屋が作れるぜ」
おっちゃんは抱擁をとくと引き締まった顔で聞いた。
「お前の相談はなんだ?」
「前と同じだよ」
俺はアイテムボックスから、白樺の木を三本と水楢の木を二本出して竹の横に置いた。
「こいつで前回と同じく樽を作って欲しい。白樺一本と水楢一本は急ぎで」
おっちゃんは思案するような顔になった。
「こいつは急ぎ賃だ」
そういって、追加で竹を五十本出した。
「東屋だけでなく、家具も作ったら喜ぶんじゃないかな?」
おっちゃんは雷に打たれたような顔になった。
「家具だと・・・?」
俺は竹を一本取ると小山に頼んで一メートル位に切り、さらにそれを二センチ幅ほどに縦に割って貰った。細くなった竹の皮をはぐと、それを縦横互い違いに挟んで格子状に編んでみせる。
「竹の東屋の中に普通の家具を置いたって興ざめだろ?ソファ、椅子、ベッドやチェストに使えると思わないか?」
おっちゃんは竹を編んだものを手に取って確かめると、雄たけびを上げて再び俺に抱き着いてきた。キスまでしようとしたので、必死にブロックして突き放す。おっちゃんは叫んだ。
「お前は天才か!こいつは大商いになるぜ!おい、金貨十枚と請負書と支払証明書を持ってこい」
契約成立みたいだ。喜び過ぎみたいな気もするけど、まあ良いだろう。シルバーさんに頼んで書類をチェックしてからサインした。
金貨十枚の名目はアイディア料になっていた。白樺一本と水楢一本分の樽は20日土曜日、残りは22日水曜日に納品だそうだ。樽を無料で作ってくれた上に金貨十枚を貰えるならまあまあかな。
ついでに厚さニセンチ位の杉板を四十センチ四方と三十五センチ四方と三十センチ四方にカットした物を各三枚作って貰った。これで何をするかだって?後のお楽しみというやつだ。
帰りの馬車の中では心地よい疲労感に包まれてうとうとしてしまった。いかんいかん、アイテムボックスをチェックしよう。
まず木材フォルダをチェックする。右クリックしてメニューから「分類」選ぶ。サブメニューから「種類別」を選ぶと、木材フォルダの中に「樫」と「白樺」と「水楢」と「竹」フォルダが出来た。それぞれのフォルダを確認すると、白樺が25本、水楢が20本、樫が15本、竹が五十本だった。
「果実」フォルダも同様に分類すると、フォルダ内に三十六のフォルダができた。フォルダ名は「洋梨」、「リンガ」、「オレンジ」のように果実の名前になっている。
「ソース」フォルダの熟成は五本とも終わっていた。ウイスキーフォルダ1の二十年の熟成は終わっているが、ウイスキーフォルダ2の五十年の熟成はまだだった。
その他には「女神の水」フォルダと「女神の炭酸水」フォルダがあった。最後に残っているのは女神から預かった怪しい瓶!
俺は女神の言葉を思い出して、シルバーさんと他愛ない話をしている中原に伝えた。
「女神さまから伝言があったぞ。レベル8になったからといって、迂闊なものを召喚すると食われるから、ほどほどにしろってさ」
がっくり落ち込んだ中原を慰めている小山に俺は頭を下げた。
「小山、いつもありがとうな。お前がいると安心だよ」
小山は首を左右に振ると柔らく笑った。
「苦無を作るの手伝ってくれた。私の方が助かっている」
なぜか洋子がうんうんと頷いていた。宿舎に着いた。ラウンジで初音につかまった洋子をおいて、地下室に行こうとしたら鍵がかかっている。ノックすると、内側から利根川の声が聞こえた。
「合言葉を言え、山」
仕方なく返事する。
「川」
ドアが開いたので、降りてから早速文句を言う。
「遊びかよ?」
「本気よ」
利根川が言うには、この地下室では今この大陸最先端の研究が行われている。当然、機密は厳重に守らなければならない。
「でも合言葉ってのは、安直すぎないか?」
「仕方ないでしょ。IDカードも指紋認証も何もないんだから。それより何なの?」
俺は返事する前に部屋の中を見渡した。騎馬武者の前で佐藤が死にそうな顔をしていた。部屋の三分の一ほどを縦四段積みで埋めている甕の大群が彼の努力を物語っていた。
「もうそろそろ原酒づくりは良いんじゃないのか?」
「それもそうね」
利根川の言葉を聞くと同時に佐藤は机に突っ伏した。精魂尽き果てたのだろう。
「白樺と水楢の樽は20日・土曜日にできるぞ」
「早いわね」
「天然水も入手できた。どれに入れたら良い?」
利根川が指さした数本の甕に入れる。
「水はどのくらいあるの?」
たくさんあるとだけ答えて、今日のことを報告したいので、生活向上委員会のメンバーで夕食後に集まることを提案した。利根川も賛成したので、平野の所に向かった。
厨房は、既に夕食の仕込みで忙しそうだったが、平野に出てきてもらった。まずはお礼からだな。
「平野ありがとう。女神さまに供物を捧げたら、こんなうまいものは初めて食ったと言ってたいそう喜んでいたぞ。おかげでいろいろうまくいった」
「役に立ったなら何よりだよ」
笑顔の平野に、まずは炭酸水を渡した。とりあえず、樽に二つ。
「今日は他にもいろいろあるんだ。まずはこれを試してくれ」
俺は近くにあったコップに女神の水を入れて渡した。平野は一口飲んで叫んだ。
「何これ、天然水?このままで売れるレベルだよ。日本の名水百選に余裕で入るよ」
女神の森の水であることを伝えると大きく頷いた。
「どのくらいあるの?」
たくさんあると答えると、平野は流しの上にある大きなタンクを指さした。
「あれは水の魔石を使った水道とタンクなんだけど、丁度水が無くなりかけてるんだ。あれ一杯になる?」
「まかせろ」
俺はタンクの中に水の出口を開くと、一気に注いだ。一杯になると自動的に注水が止まった。アイテムボックスって思ったより賢いな。
「入ったぞ」
「嘘、早いよ」
平野は驚きながら、助手に指示して水量を確かめた。間違いないことを確認すると、笑顔で振り向いた。
「ありがとう。あの水を使ったら料理も飲み物もグレードが一気に上がるよ」
「無くなりかけたら言ってくれ」
アイテムボックス内の時間経過は基本無いので、腐らないのだ。長期保管に最適ですな。
「他には何があるの?」
俺は、果物の見本を三十六種類並べた。広いテーブルが色とりどりの果物で一杯になった。平野は洗いもせずに片っ端から味見を始めた。
「嘘、これ、何・・・。凄いよ、どれも色も形も大きさも香りも味も全部特級品!日本のブランドものの果物と同じかそれ以上だよ。それに明らかに季節外れのものもあるんだけど」
「これは全部、女神の森の果樹園で貰ったんだ。好きなだけ使ってくれ。これもたくさんある」
「凄いよ凄い、生で良し、ジュースで良し、ジェラートにしてもお菓子にしても最高の物ができる。本当にありがとう」
俺はアイテムボックスからウスターソースの見本を五本取り出した。
「熟成が終わったぞ」
平野は一本一本小皿に出して、色や香り味を確認していく。
「三番が一番イメージに近いかな。もうちょっと調整したいから明日また、もう一度試作品を用意するよ。もう一回お願いできる?」
俺が断る訳が無い。最後に女神から預かった小瓶を取り出した。
「女神さまが料理人にご褒美だそうだ。飲んだら多分スキルに影響がある、とだけしか分からない。飲むか?」
「大丈夫だと思う?」
平野は心配そうに聞いた。まあ、栄養ドリンク呑むのとは違うよな。
「多分」
俺に言えることはこれぐらいしかないのだ。平野は覚悟を決めて一気に飲み干した。一秒・二秒・三秒待っても何も起こらない。俺は平野と顔を見合わせた。大丈夫そうだと思った瞬間、平野が膝をついた。
「大丈夫か?」
平野が右手を上げたので、助け起こした。顔が真っ青になっている。やばい・・・。助けを呼ぼうとした瞬間、平野が声を出した。
「大丈夫・・・」
水を飲ませるとだんだん顔色が戻ってきた。
「し、死ぬかと思った・・・」
「本当に大丈夫か?」
「もう大丈夫。私にもアイテムボックスが付いたみたい」
平野が嬉しそうにつぶやいた。調味料入れが欲しかったので、丁度良かったそうだ。確かにアイテムボックスの中は時間経過が無いので、調味料の保管には最適かもしれない。これなら大丈夫かな。
俺は平野を椅子に座らせると、ラウンジに戻った。隅っこのテーブルでは店じまいした伊藤がレイナさんを相手に昭和の四畳半フォークをつま弾いていた。なんか似合うな。出来れば長髪にしてほしい。
洋子は既に自分の部屋に戻ったようだ。俺の目的の人間はカウンターにいた。相変わらず変なゲームをしている。
「どうだ、調子は?」
「全然だめだ。一つ一つの駒と、ペアになった時の物語は覚えたんだけど、三つになると分からなくなる」
「こっち来いよ。見てもらいたいものがあるんだ」
頭をがりがりと掻きながらやってきた工藤と一緒に席に着いた。アイテムボックスから、製材所で貰った杉板三種類を取り出す。
「なんだこりゃ?」
工藤は杉の板を見て首を右に傾げた。まあ、まっとうな反応だな。
「無かったら作ればいいのさホトトギス」
俺の口から出た俳句に一番驚いたのは俺自身だった。やばい、いつの間にかホトトギス派に感染している。
「なんのことだ?」
工藤は今度は左に首を傾げた。ホトトギスをスルーしてくれた工藤に俺は心の中で感謝した。
「この板で碁盤と将棋盤とリバーシ盤を作ったらどうだろうか。囲碁、五目並べ、将棋、リバーシがあったら、結構楽しめると思う」
「碁石や駒はどうするんだ?」
俺はたまたま通りかかった江宮を呼び止めて、その場で碁石を投影して貰った。工藤は右手で黒石を持ってパシパシ打ってから会心の笑顔を見せた。
「いいな、これ。いい音だ。でも杉よりもっと重い木が良いな」
「すまん、そいつが一番手っ取り早かったんだ。今度違うのを探してくるよ」
「だったらサイズにこだわってもいいか?できれば縦45センチ・横42センチで作ってくれ」
「すまん、どっちが縦になるんだ?」
「木目に沿っている方が縦だ」
言われてみたらその通りだな。樽の納品に来た時に頼もう。何で縦横のサイズまで知っているのか聞いたら、自作しようとしたことがあるらしい。倉庫にあった古木を勝手に使おうとしたらばれてかなり怒られたそうだ。
次にリバーシの駒を投影して貰った。白と黒が裏表になった奴だ。これも問題ないみたい。最後に将棋の駒になったが、漢字や駒の大きさの問題があって、行き詰ったそうだ。
「そもそもこの世界で流行させようと思ってら、漢字は無理だろ」
「確かに」
「しかし、そうすると将棋とは呼べないぞ」
「新将棋とかどう?」
「生姜じゃあるまいし」
みんなで笑って要検討になった。とりあえず、碁盤とリバーシ盤に格子状の升目を書くことにした。しかし、ただ書くだけでは摩擦ですぐに消えてしまうので、刃物で浅く線を掘って、墨を埋めることにした。
江宮は早速、刃先がVの字形になった彫刻刀を投影した。こいつほんとに便利だな。
「これも生活向上委員会のプロジェクトに入れたいんだけど、どうかな」
「大いに賛成だ」
「ついてはリーダーを工藤に任せたい。お前も仲間に加わってくれ」
「任せてくれ」
「江宮も手伝ってくれるか?」
「もちろん!」
二人が快諾してくれたので、俺はカウンターに行って紅茶を三人分頼んだ。次は麻雀だな、なんて馬鹿なことを考えていたら、シルバーさんが紅茶を持ってきてくれた。
升目無しで五目並べを始めた工藤と江宮を食い入るような目で見つめている。俺の視線に気が付いたシルバーさんは、真っ赤になって謝った。
「すみません、何か凄く面白そうだったので」
「もう少ししたらみんなで遊べるようになるよ。待ってて」
「はい、期待しています」
シルバーさんは笑顔で戻っていった。
俺は二人に話しかけた。
「今日、女神の森であったことの報告もかねて夕食の後で集まる予定なんだけど、来てくれるか?場所は例の地下室だ」
「おう」
「わかった」
二人ともOKしてくれたので、一安心。早めの風呂に入ることにした。一番風呂のつもりが、先客がいた。中原だった。
「今日は災難だったな」
「いきなりレベル8とか言われても困るよ。その上、迂闊に使うなと言われるし・・」
「確かに」
「でも女神さまに会えてよかったと思う。一人じゃないことが分かったから」
それはホトトギス派のことかと聞きたい気持ちを何とかこらえた。今後、この話題が出たらなるべく知らないふりをしよう。風呂を上がってラウンジでぼんやりしていると洋子達がやってきたので、食堂に向かった。
利根川が委員会のメンバーを回って、食後の打ち合わせを伝えていたが、みんな予想していたみたい。前回のこともあるからな。
晩御飯のメインはオークソテーだった。厚めに切ったオークのロースを岩塩と黒コショウで焼いただけなのだが、シンプルゆえに肉の味がはっきり分かる。
今まではオークは豚の上位版と思っていたが、そうじゃない。牛肉と豚肉の中間的な肉のような気がする。
低めの温度でじっくり焼いたオーク肉は適度な柔らかさ、たっぷりの肉汁、ラムのような独特の香りで肉の奥深さを堪能できた。肉の横に玉ねぎを薄切りにして肉汁で炒めたものが添えてあったが、これがまたおいしかった。
小皿に分けてあったオレンジソースをかけると、オレンジの甘酸っぱさと香りがオーク肉のうまみを引き出して、塩コショウとはまた異なるおいしさだった。
デザートはオレンジをはじめとする複数の果物をミックスしたジェラートだった。ガツンと来るオーク肉に比べ、控えめで優しい甘さが疲れた体を癒してくれた。果物の香りが濃厚で、今までのジェラートより数段おいしく感じられた。
平野に改めて礼を言って食堂を出ようとしたら、ウスターソースの元を三本差し出され、熟成を頼まれた。
「思ったより早くできたから・・・」
「明日の朝には渡せると思う」
平野は手を叩いて喜んだ。ついでに果物の追加を頼まれたので、オレンジとブルーベリーと洋梨をそれぞれ籠一杯渡した。残りは地下室の整理が終わるまでこのまま持っていて欲しいそうだ。もちろん、俺に異論はない。まあどうせ全部は入らないだろうけど。
助手Cがジェラートを片付けようとしていたので、皿に一塊りもらった。今日渡した果実で早速作ったらしい。こういう時にアイテムボックスは便利だな。俺はちょっと緊張しながら地下室に向かった。入口のドアの前に工藤と江宮がいたので、俺がノックした。木田の声が聞こえた。
「合言葉を言え、犬」
「猫」
一発でOKになったが、少し恥ずかしかった。降りるとみんな揃っていた。やばい、待たせたかな。
「お待たせ。まずはウイスキーの二十年物が出来たぞ」
樽をアイテムボックスから出して、皆で試飲した。十年物と比べると、よりまろやかに、そして香り高く感じた。その代わり、量は少し減っているような気がする。江宮が唸っていた。工藤はにこにこ笑っていた。
十年物を割り水した物を試飲したが、度数四十度に調整したものが一番おいしいように感じた。どこか尖った部分が無くなって、十分売り物になると思う。同じ比率で二十年物を割ってみたが、少し物足りない。いろいろ試したが二十年物は四十二度がベスト、ということになった。
「五十年物が楽しみだな」
工藤が紅潮した顔で声を上げた。こいつ酔ってないよな?
「白樺一本と水楢一本分の樽は20日土曜日に納品の予定だが、樫の木と同じように熟成させるのか?」
「もちろん、十年物、二十年物、五十年物を作ってみるのよさ」
利根川は少しろれつの回らない口でこたえた。試飲しすぎた?俺は原酒が入った甕の数を数えた。ぎりぎり足りそうな感じ。少し減った?
「平野が料理用と梅酒用と言って、五本持って行ったのよ。あいつ、アイテムボックス持ってたけ?」
俺は女神の森ツアーの顛末を皆に説明した。
・シルバーさんとあっち向いてホイで遊んだ。
・女神に酒と料理を献上したら喜ばれた。
・城に招かれたが丁重にお断りした。
・果樹園の回りの木の伐採と果実の採取を命令された。
・妖精さんの助けでなんとか完了。
・三十本の材木と大量の果実をゲット。
・炭酸水と大量の天然水をゲット。
・水は平野に鑑定して貰ったが、天然のミネラルウオーターとして販売できるレベル。
・炭酸水と水は厨房でも使う。果実は平野に預けた。
・女神がホトトギス派であったことが判明。
・不幸な事故により、中原が女神の祝福を受けて召喚のスキルレベルが8になった。
・同じく祝福を受けた平野はアイテムボックスのスキルを授かった。
・大量の竹をゲット。
・騎士たちがハンバーガーを軍用の食料にできないか議論していた。
・製材所に行き、竹二百本と引き換えに白樺三本と水楢二本から樽を作るよう契約。そのうち白樺一本と水楢一本分の樽は20日土曜日に納品。
・製材所で竹の皮を元に竹細工の家具を作ることを提案。金貨十枚をゲット。
・製材所で四十センチ四方と三十五センチ四方と三十センチ四方の杉板をゲット。
「最初の報告はいらなかったけど、相変わらずでたらめな仕事ぶりね」
羽河が、いや、みんながあきれていた。なんで?ほめてくれよー。
「まだあるんだ」
「何?」
「女神さまに頼んで、女神の森産の樽で作ったウイスキーに『女神の森』と名づけることの許可をもらった」
志摩と羽河と利根川がパチパチと拍手してくれた。
「やったな、たにやん」
「うん、凄い」
「この世界初のネーミングビジネスになるかも」
俺は指を一本立てて続けた。
「もう一つあるんだ。この杉板を元にして囲碁、五目並べ、将棋、リバーシをこの世界で流行させてみないか?」
工藤が杉板を皆に回してくれた。なんと、格子状の線が既に入っている。こいつらも仕事が早いな。
「盤や碁石の大きさなどの規格、ルールの文章化、将棋の駒のローカライズ(『王』は簡単だけど、『飛車』と『角』)が問題だ)が必要になるが、それについては工藤と江宮にまかせたいと思う。二人を正式なメンバーにすることと合わせてプロジェクトに入れたらどうだろうか?」
全員、笑顔で拍手してくれた。俺が黙って金貨を利根川に差し出すと、当然のように受け取った。少しは有難がってくれ。羽河が取りなすように言った。
「ありがとう。貴重な活動資金になるわ」
羽河の笑顔で心が晴れた。
「次は麻雀だな」
志摩が笑顔で宣言した。こいつ、強そうだな。工藤が拍手した。
「えー、双六にしようよ。人生ゲームをアレンジして冒険者ゲームはどう?」
浅野が勢いよく反論した。子供や女性にも娯楽は必要だよな。冒険者ゲームはウケるかもしれん。一コマ目は「スライムを退治して錆びた剣をもらった」だろうか。
「私はトランプがいい。ゲームならこっちが王道でしょ」
木田も勢いよく手を上げた。おっしゃる通りでございます。神経衰弱からポーカーまでいろいろあるよな。
「おおっと、花札を忘れてもらっちゃ困るぜ」
江宮が口を出した。今の日本じゃマイナーだが、この世界の情緒を盛り込んだら受けるかもな。「月とワイバーン」とか。なんといっても数々のテレビゲームでお馴染みの任天堂も元々は花札から始まったらしいからな。
「竹細工の家具作りのアイディアをたったの金貨十枚で売ったことや、私だけご褒美が無いのは気に入らないけど、ネーミングの件と樽が無料でできることで許してあげる」
利根川よ、どうしてお前はそんなに偉そうなんだ。
「みんなアイディアは一杯あるよね。私達の力でこの世界に遊びの文化を広げよう!」
羽 河が力強く声をかけると、みんな一斉に「オーッ」と応えてお開きになるかと思ったら、浅野が発言した。
「みんな、ごめん。相談があるんだ」
なんだろ?まじめな話みたい。
「この前、ボクらがお堂の掃除に行った時に孤児院にも行ったんだけど、その時に子供たちが『外に行ってみたい』と言ってたんだよね」
俺は女神の森に行った時のセリアさんの話を思い出した。工藤が大きく頷いてこたえた。
「確かに外の世界を見てみたいと言っていた。あそこ、厳しそうだったからな」
浅野は静かに続けた。
「慰問も兼ねて、子供たちを連れて城外にピクニックに行かない?」
12日以降ずっと悩んでいたそうだ。木田がおずおずと声を上げた。
「生活向上委員会の趣旨に合うかどうかわからないけど、私は行きたい」
水野が大きく拍手しながら叫んだ。
「みんな、俺は今猛烈に感動している。この世界のためになることを何かしたいという気持ち、確かに感じるぞ」
隙あらばハグしようとする構えの水野を木田が無言でけん制していた。工藤と羽河が同時に間に入った。
「今の浅野君の意見、どう思う?」
羽河の問いに皆拍手でこたえた。
「これで決まりだな!では、リーダーは浅野ということで」
工藤が宣言した。
「とりあえず、明日先生に相談してみよう」
という羽河のまとめに「分かった」と浅野は決意のこもった声でこたえた。俺は忘れていたことを思い出して声を上げた。
「ごめん、報告がもう一つあった。ウイスキーの熟成から思いついたんだけど、今平野とウスターソースを作っている」
おお、と皆がどよめいた。そんなインパクトあることかな?
「いつできるんだ?」
志摩が叫ぶように聞いた。
「えっと、多分二~三日で出来るとおもうぞ」
そうこたえると、なぜか皆拍手してくれた。利根川も商品が増えると大喜びしていた。俺は何かを成し遂げたような高揚した気持ちに満たされながら部屋に戻った。羽河の「遊びの文化」ってなんかカッコ良いな。
明かりをつけずに中に入ると、カーテンを開けたままの窓から月明かりが部屋の中に射しこんでいた。白黒写真みたいに色が無いけど静かで穏やかな空気が心地よい。俺はアイテムボックスからジェラートを出すと、出窓に置いて手を合わせた。
「女神様、ありがとうございました。頂いた果実で作ったジェラートです。どうぞお召し上がりください」
目を開けると、ジェラートは消えていた。もう一回目をつぶって改めて見たけど空っぽのままだった。
「馳走であった」
頭の中に声が響いた。窓から空を見上げると、月の中に女神の顔が浮かんでいた。び、びっくりした・・・。
「谷山よ、あがけ。命の限り運命に抗らえ。そして我を楽しませよ」
女神の顔は徐々に薄くなっていってただの月に戻った。俺は大きく息を吐いた。本当に心臓に悪いぜ。
谷山君は女神さまに気に入られたようです。