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第44話:女神の森2ー1

 6月18日、月曜日。晴れ。夜中雨が降ったみたいだが、朝方には上がったみたいだ。

朝御飯のメニューは鶏のポトフだった。スープが無かったのでなんでかなと隣を見たらポトフだったので、納得。

 付け合わせはプレーンのリゾット!ネギに似たハーブの千切りが添えられている。ポトフの具を食べた後に、米を入れてリゾットとして食べてくれということなんだろうな。


 コンソメをベースに野菜と鳥の出汁が存分に引き出されていて、滋養が体の隅々までしみ込むようなおいしいスープだった。ふんだんに使ったハーブの香りで鳥の臭みもゼロ。朝からこういうのも悪くないね。締めのリゾットもおいしゅうございました。


 平野からウスターソースの元が入った小さな壺を五つとでっかいお弁当箱とお供え物を受け取ったが、ラウンジ用にクッキーを山ほど焼いていたので、それも一袋分けてもらった。

 アイテムボックスを開いてウスターソースの元は一年で熟成をかけてみる。ウイスキーは二十年物の塾成が終わっていたが、五十年物はまだまだ時間がかかるみたい。


 丁度馬車が来たので、中原と洋子と小山の四人で乗り込んだ。案内係も入れて五人なので、いつもより小さめの馬車だったが、護衛の騎兵は前回と同じく四人だった。 今日の案内係はセリアさんじゃなくて、中原のお傍係のシルバー・ウルフさんだった。


 名前の通り、見事な銀髪のシルバーさんは、初めて城外に出るそうで、かなり緊張しているようだった。中原が気を利かして始めた「あっち向いてホイ」が面白かったみたいでようやく緊張がとけたみたい。


 シルバーさんによると、最近賄まかないのやり方が変わったそうだ。以前は俺たちに用意した分のご飯が余ったら全部捨てて、賄いの分を新規に作っていたそうだが、今は残りはそのまま賄いに出して、足りない分だけ作っているそうだ。


 だから、通常は厨房で働いているスタッフで余りの分は消費するらしいのだが、たまに厨房のスタッフ以外にも回ってくることがあって、それが何より楽しみなのだそうだ。


 また、夜勤のスタッフにも軽食を出してくれるようになって、平野が自ら作ることもあるので、夜勤の希望者が増えて抽選になったとのこと。平野の食による世界征服は着実に進んでいるみたい。


 製材所に着いて前回世話になったおっちゃんを探すと、向こうから声をかけてくれた。

「坊主、いいところに来た」

 おっちゃんは小太りの体を転がるようにやって来るとまくしたてた。

「竹だ、竹がいるんだ。何とかしてくれ」


 おっちゃんの顔は真剣そのものなので、まずは事情を聞いてみる。

「あの竹をお得意様の貴族に見せた所、たいそう気に入ってな、これで東屋あずまやを建てて欲しいそうだ。流石にあれだけじゃあ物置ぐらいしか作れねえ。なんとかしてくれねえか」


 俺はみんなを呼んで小声で相談した。洋子が困った顔でつぶやいた。

「私たちに聞いても何も分からないわよ」

 小山が頷いた。中原も同意した。

「俺もそう思う。


 俺も頷いてから返事した。

「気にするな。あくまでふりだ。相談するふりだけしてくれ」

 三人ともわかってくれたので、今日のランチは何かそれぞれ予想してからおっちゃんに声をかけた。


「分かった。何とかするよ。その代わり、こっちからもお願いがあるけどいいかな」

「いいぜ、竹を見てから相談しよう」

 交渉成立という訳で、俺達は女神の森に急いだ。結界があるので、前回同様四人だけで森の中に入る。

 シルバーさんと護衛の騎士が見守る中、金の斧でばさばさ竹を切りながら前進する。もちろん、切った竹は全てアイテムボックスに収納した。


 竹のゾーンが終わって森の中に入ると空気が一変した。神域と言うのだろうか、静謐な波動に満ちている。洋子が感心したように深呼吸した。

「なんだか息をするだけで体の中に力が満ちて来るみたい」

 中原も同意した。

「心の中まで浄化されるような気がする」


 巨木がそびえたつ緑の森の中、俺たちは小山の先導で真っすぐ湖に向かって進んだ。白樺の木が増えてきたと思ったら唐突に上空が明るくなり、湖の前に出た。俺は皆の顔を見てから膝まづき、湖に向かって呼びかけた。

「女神様、谷山が参上しました」


 後ろでは三人とも俺をまねて膝まづいている。

 唐突に水面が盛り上がると、一瞬で女神の姿になった。透明とはいえ、オールヌードなのにまったくエロくないのが不思議だ。失楽園のアダムとイブも最初はこうだったのかもな、なんて考えてしまった。


「先日は女神の森の木々を頂きありがとうございました。おかげさまでウイスキーの見本が完成しましたので、本日は献上に伺いました」

 俺は足つきの台をアイテムボックスから取り出すと、平野が用意してくれたお供え物を並べた。飲み物はウイスキーの原酒、炭酸で割ったハイボール、梅酒、梅酒を炭酸水で割った梅サワー、サイダーの五つ。


 食べ物はポテトサラダと卵焼き三種(塩だけ・ネギ入り・ひき肉入り)とハンバーグだった。デザートはブルーベリーのジェラートだった。

 女神は用意された食器を器用に使って上品にかつ超スピードで全て召し上がった。


「美味である。これほどの美味を味わったのは思い出せないほどである。馳走であった」

「お褒めの言葉を頂き恐縮です。これらの料理は全て我らの仲間、アイアンシェフの平野の手によるものです」


「飲み物もまた料理に負けず素晴らしかったぞ」

「ウイスキーは利根川が、サイダーと梅酒は平野の作となります。気に入っていただければ何よりでございます」

「褒美をとらせよう。何か欲しいものは無いか」


 俺は女神の姿を見て思いついたことから口に出した。

「まず、この森で取れた木から作った樽より生まれたウイスキーの名前を『女神の森』と名付けて良いでしょうか?」

「良い。許す」


「この酒を飲むものは、その度に女神様を崇めるでしょう」

「なお良し。他に願いは無いか?」

「先日頂いた炭酸水と竹をまた頂いてもよろしいでしょうか?」

「良い、許す。他に願いは無いのか?」


「このウイスキーをもっとおいしくするために清純な水を必要としております。この湖の水を分けていただけませんでしょうか?」

「良い、許す」


 俺のアイテムボックスが外部からアクセスされフォルダが作られた。水がじゃんじゃん注がれていくのが分かる。でも・・・いつまで注いでいるの?

「これ位あれば良かろう」

フォルダのプロパティを開くと、200トンという数字が出て来た。めまいがしそう。

「ありがとうございます。追加の供物でございます」


 俺は気を取り直すとアイテムボックスの中からクッキーの入った袋を出すと、台の上に置いた。

「女神様の眷属の皆様へ捧げます」

 女神は面白そうな顔をして俺を見た。


「皆の者、この者が供物を捧げると言うておるぞ。遠慮なく受けとれい」

 言った瞬間、湖の中から無数の透明の手が伸びてきてクッキーを争うように持って行った。一秒後には空になった袋だけが残っていた。


「愉快じゃ。我が眷属まで気を使った人間はお前が初めてじゃ。谷山よ、わしの城に来ぬか。客人としてもてなしてやろうぞ」

 俺は静かに首を振った。


「せっかくのお招きですが、人の身には過重な褒美でございます。それに噂では城の一日は人の世の百年に相当すると言われておりますので」

 女神さまは驚いたのか、少し目を見開いてこたえた。


「なんと知っておったのか」

「はい、浦島太郎の本に書いてございました」

「ううむ、知っているならば致し方なし。浦島め、余計なことをしよって・・・。この先、世を倦み全てから隠れたいと思った時にはここに来るが良い」


「ありがとうございます」

「さて、わが招きを断ったのであれば一仕事して貰おうかの」

「何なりと」

「森の西南に果樹園があるのじゃが、南側の木々が茂りすぎて果樹園に日が射さず困っておる。我が精霊たちの導きに応じて木々を伐採せよ。熟れた果実があれば採集せよ」

「御意」


 すると、空中から湧き出したように、トンボのような左右四枚の羽を背中につけた身長十センチ位の透明な女の子が無数に現れた。これは妖精か?皆も驚いている。

 妖精さん達は俺達の回りを何周かくるくる回ると、先導するように西の方に飛びはじめた。ついていくしかないみたい。俺はみんなに合図して歩き出した。


 幸いなことに果樹園は湖に沿って左に進み、炭酸水の泉の手前で左に曲がった奥にあった。果樹園というから宿舎の果樹園を連想した俺が馬鹿だった。

 面積で言えば三百メートル四方、俺に見える限りではオレンジなどの柑橘系やベリー系の木にたわわに実が付いていた。北を上にした菱形になっていて、東南と西南に面した木を切って欲しいらしい。


 俺は妖精さんの指示に従って大木をじゃんじゃん切っていく。金の斧はどういう仕組みなのか、一撃で直径一メートルある大木が切れてしまうのだ。切った木は木材フォルダにどんどん収納していった。三十本くらい切ったところで伐採は完了。しかし、果実はどうしようか?俺は素直に降参した。


「妖精さん、助けて」

 無数の妖精が果樹に群がって、果実を抱えて飛んでくる。重いものは、三人・四人で協力して運んでいる。目の前の草地に見る間に色とりどりの果実が文字通りに山のように積みあがっていく。

 そのままにすると下がつぶれてしまいそうなので、片端からアイテムボックスに収納していく。採集は一刻も要さずに終わってしまった。流石は妖精パワー!


 お礼に洋子のために取っておいた梅酒の瓶を出すと、群がるように集まってすぐに飲み干してしまった。帰り道は泉に寄って炭酸水をたっぷり汲んでから、女神の元に戻った。俺のアイテムボックスの容量はどのくらいあるのだろうか。


「女神様、伐採が終わりました。果実を持ってまいりました」

「ご苦労であった。果実は褒美に持って帰るが良い」

「ありがとうございます。遠慮なく頂きます」


 ここで帰ればよかったのだが、そうはいかなかった。中原が口を開いた。俺は止めようとしたが間に合わなかった。

「女神さま とてもきれいだ ホトトギス」

 女神は驚いたような顔で中原を見た。


「そなたホトトギス派か?まさかここで同好の士に会うとは・・・」

 女神は感慨深そうに呟くと微笑んだ。

「ここでうたのも何かの縁。そなたの正直さに応えて我が祝福を授けよう」


 二度目も間に合わなかった。女神の右手がしゅるりと伸びて中原の頭をがしりと掴んだ。透明の指がずぶずぶと頭の中にめりこんでいく。人のを見ると結構グロイな。中原は両眼をカッを見開き、絶叫するように口を大きく開けたまま気絶した。俺は心の中で手を合わせた。


「この者の『召喚』のスキルのレベルを8に上げた。大抵のものは召喚できると思うが、相性の悪い物やプライドの高いものをぶと食われることになるから注意せよ」


 後で聞いた話だとレベル9や10のスキルは行使するだけで命の危険があるらしい。だから8なのかな?女神さまのありがたくも恐ろしいご宣託アドバイスは後で中原に伝えておこう。

 俺達が中原の背中や頬っぺたを叩くと、何とか再起動した。女神は微笑みながら小さな瓶を差し出した。


「これを料理人に渡すが良い。料理と梅酒の褒美じゃ」

 俺は恭しく受け取ると、最後に皆でもう一度お礼を言ってからお暇しました。

「中原君、大丈夫?」

 洋子が心配そうに尋ねた。


「ううん。なんかまだフワフワしていて雲の上を歩いているみたいだ」

 小山が中原の腕を組んで支えるように歩き出した。

「女神さまはどうだった?」

「もっと俳句やホトトギス派のことを話したかった」


 中原は気絶したことを残念に思っているようだ。

「ここに来ると何か起こる」

 小山は楽しそうにつぶやいた。


 竹のゾーンでは俺と小山の二人で大量に竹を伐採した。切っているうちに競争のようになってしまって、考えていた以上に切ってしまった。

 その分、日当たりが良くなるので悪いことは無いと思う。もちろん竹は全てアイテムボックスに収納した。おっちゃんの驚く顔が楽しみだぜ。


 竹の伐採が終わって結界の外に出るとシルバーさんが心配そうに待っていた。

「お待たせ」

「中原様、皆様、ご無事ですか?」

 全員の顔を見て安心したようだ。


「良かった。客人として招かれたのであれば大丈夫と聞いていたのですが、心配しました」

 帰り道は前回も休憩した製材所の手前の日陰に馬車を止めてランチタイム!敷物を広げて、俺たち四人とシルバーさん、護衛の騎士五人の合計十人でお昼を食べた。メニューは、フォカッチャのサンドイッチとハンバーガー、飲み物はワインとアイスティーとサイダー、デザートは細かく刻んだレモンの皮が入ったマドレーヌだった。


 アイテムボックスの中は基本時間経過ゼロだから、冷たいものは冷たいまま保存できるので、こういう時に最適だな。騎士たちは前回同様かなり遠慮していたが、無理やり座って貰った。


「冷たい紅茶なんて初めてです。それにこのサイダーですか?泡がシュワシュワしていておいしいです」

 シルバーさんは食べ物より飲み物の目新しさに驚いていたようだ。反対に騎士たちは、戦闘時の糧食としてハンバーガーを採用できないかと真剣に議論していた。片手でパンと肉が一度に食べられるのが受けたみたい。軍の糧食事情は厳しいようだ。


 マドレーヌを味わいながら、中原が召喚した三毛猫をみんなで愛でた。中原家の愛猫らしい。この世界には猫はいないみたいで、ミケはたいそう珍しがられた。

「猫は大昔は貴人の家でのみ飼われていたそうです」


 洋子が説明すると、シルバーさんは感心したように頷いた。

「王族や貴族の愛玩用だったのですね」

 中原よ、これでいいんだ。間違ってもドラゴンなんて召喚するんじゃないぞ。俺は心の中で思った。

長いので分けます。

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