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第41話:お箸と大手裏剣

 6月15日、風曜日。晴れ。今日も朝から黙々と走る。練兵場でも走るので、走らなくても良さそうな気がするが、これをやらないとなんか調子が出ないのだ。


 今日の朝御飯はちょいとスペシャルだった。予定通り、全員に竹のお箸が用意されていたのだ。お箸とナイフ&フォークで味が変わる訳じゃないんだけど、日常の一部が戻ってきたようで、おぜん立てした本人の癖に素直に感動してしまった。

 本当に些細なことかもしれないけれど、これだけ心が揺さぶられるとは思わなかったぜ。


 メニューはクリームコロッケに卵焼き、キャベツの千切りとポテトサラダにスープ。卵焼きはほんの少し砂糖が入った甘めの卵焼きで、ありがたいというか、懐かしくも嬉しい味わいだった。お箸とセットで狙ったならば、まいったというしかない。


 食堂を出るときに何人か平野に声をかけていたけど、同じようなことを感じていたのではないかと思う。俺も当然、声を掛けたら、以前約束していた竹・杉・樫で出来た箸の見本のセットを三セットか渡してくれた。いずれ役に立たせてもらうぜ。


 魔法学の風魔法は皆それなりに体感できたみたいなので、今日で終了。明日からは水魔法をやるそうだ。ミドガルト語の講義は、例文を使った文法の勉強から始まった。なんとなく、主語から始まるパターンが英語っぽいような気がする。


 講義が終わると羽河が声を上げた。

「生活向上委員会からお知らせです。お箸に続いてシャンプーとリンスの見本ができました。明日の夜には男女の大浴場に手配しますので、ぜひ試してください。お箸を作ってくれたのは平野さん、シャンプーとリンスを作ってくれたのは伊藤君です」


 続けて木田が補足した。

「シャンプーを使ったら必ずリンスも使ってください。でないと髪がばさばさになります」


 お箸の感動が残っていたのか、みんな一斉に歓声を上げたり拍手したりして妙に盛り上がった。よくやったとばかりに伊藤が回りの奴からバシバシ背中を叩かれて、痛がりながら喜んでいる。入口の所で、先生がこちらをちらりと見たので、木田の所に行った。


「シャンプーとリンスなんだけど、先生にも見本を少し分けてあげられないかな?」

「え?なんで?」

「いや、なんとなくそうしておいた方が良いような気がして・・・」

「まあ顧問みたいなものだからいいのか・・。うん、わかった」


 木田が納得してくれたので、一安心。

 皆教室から出ていく中で水野から委員会のメンバーに声がかかった。そのまま教室に残って委員会の臨時の打ち合わせを行う。内容としてはゴミのリサイクル事業の下調べの報告だった。まず、このリサイクル事業の主なタスクと関連は以下の想定だそうだ。


1.ゴミの収集:ゴミギルド

2.ゴミの分別:強制労働者&日雇い ※刑務所(内務省)と日雇いギルド

3.リサイクル物の引き取り:石工ギルド、木工ギルド、鍛冶ギルド


 1はこれまで通り。2と3が新規のタスクになるわけだ。最低でも六つの部署またはギルドとの打ち合わせが必要になる訳で、個別交渉するのは時間がかかりすぎる点が問題点として上がったそうだ。やっぱり商業ギルドを巻き込むしかないみたい。


 次に志摩が手を上げた。金の鍬の性能を試すために、平野の指導で宿舎内の菜園を広げる手伝いをしているそうだ。作業効率はダントツらしい。

 ついでに俺も先生にシャンプーとリンスの見本を渡すことを言っておいた。特に反対は無かった。


 お昼ご飯は濃厚な卵の風味に黒胡椒がピリッと効いたカルボナーラだった。実を言うと少し苦手なメニューなのだが、全然平気においしかった。

 料理人の腕が違うのだろうか。デザートはオレンジのような果実を使ったジェラートだった。流石はイタリアン!爽やかな酸味が口の中をさっぱりしてくれた。


 練兵場では、手裏剣を練習していた青井が突然江宮に変なことを頼みだした。十字手裏剣の大判を作って欲しいらしい。青井のイメージでは直径三十センチ以上!マンガの読みすぎでは?と言いたかったが、江宮は嫌がることなくすぐに投影してくれた。


 出来上がったものを持ってみたが、一言で言って重い!三キロ前後あるのではなかろうか。軽量化のため、真ん中は直径十センチ位の中抜きになっている。

 投げるときは四つある刃のどれか一つの峰を持つか、真ん中の穴の方を持つかどちらかだ。


 こんなのまともに投げられるのかと思ったら、青井はあっさり投げてしまった。ブーンという低い音を立てて回転しながら手裏剣は棒に向かって飛び、刺さるかと思ったら刺さらなかった。直径十センチほどの棒をあっさりカットしてそのまま悠々と進み、最後は壁に派手にぶつかって消滅した。


 投げた本人まで目が点になるような威力だった。後ろから見ていた伯爵が咳払いした。

「見本を出して頂ければこれも追加で作りますぞ。ただし、王都の中では使用禁止でお願いしまする」


 興味を持ったのか花山も手を上げた。お前ら盾役だろ?盾役が遠距離攻撃できるなんて反則じゃねえか!と言いたかった。

 もう一個投影してもらって、花山が投じた手裏剣は青井よりさらに回転速度が上がっているようで、キーンという高周波のような音を立てながら棒を豆腐のようにカットして壁に激突した。大丈夫かな?伯爵の顔が引きつっていた。


 青井と花山の間でどっちがより大きいのを投げられるか競争になってきて、最後は直径が一メートルになって、両手で持って体全身で投げていた。壁が悲鳴を上げているようだ。いよいよ伯爵が声をかけた。

「流石にそれでは持ち運びに苦労しますぞ。最初の大きさ位で良いのではないですかな?」


 最終的に直径は最初に投影した物よりちょっと大き目、直径三十五センチ位、刃渡り十センチ位で収まった。見本を見ながら俺は思った。手裏剣はロマンじゃない。兵器だ。

 次は棒手裏剣の大型化かな?と呟いたら、青井の目が輝いた。俺はまずいことを言ったのかもしれない。


 晩御飯のメインはオーク肉のシチューだった。ポトフではなく、トマトベースのソースで野菜やハーブと共にじっくり煮込んであり、口の中でとろける様に肉の繊維がほどけていく。見事だった。付け合わせはマカロニサラダだった。平野はマカロニの開発に成功したようだ。流石はアイアンシェフだな。


 デザートはイタリアのローマ発祥とされるマリトッツオだった。丸々とした小ぶりの柔らかいパンに切れ目を入れて生クリームをこれでもかとばかりにたっぷり挟んでいる。

 生クリームの中にはオレンジのスライスやレモンの砂糖漬けが入っていた。生クリーム自体も甘さ控えめで、見かけほど重く感じないが、こういうのを食べるとやはりコーヒーが飲みたくなる。


 当然、洋子がかっさらっていくかと思ったが今日は違った。初音と目を合わせると、俺のを取るどころか、自分の分を回してくれた。昨日「太った?」と何気に聞いたのを気にしているかもしれない。自分のデリカシーの無さを少し反省したが、平野のご飯が美味しすぎるのが悪いんだ。多分。


 食後、ラウンジを通るとカウンターの所で工藤が何かやっていたので、声をかけた。

「何やってるの?」

 工藤は振り返らずに答えた。

「ゲームだ。陣取りみたいな感じ」


 ヒデと一緒に見に行くと、ほぼ正方形の縦横とも十二升の盤面に白と赤の駒が十二個並んでいる。駒は人型だったり動物だったりいろいろある。対戦相手は洋子のお世話係をやっている金髪に青い目のイケメンだった。


「面白いか?」

 ヒデが単刀直入に聞いた。工藤は頭を掻きながらこたえた。

「正直言うと今一歩かな。この世界の知識が足りないから仕方ないが・・・」

 イケメンは爽やかに笑いながら話に加わった。


「菅原洋子様のお世話係を務めておりますキース・ヨダキイと申します。この駒には一つ一つ物語があって、それを関連させることによって陣形の強さが変化します。物語やその関連が分からないと難しいかもしれません」


 工藤はキースに降参すると俺たちを見て呟いた。

「でも一つだけ分かったことがある。この世界には娯楽が少ない」

 俺とヒデは大きく頷いた。悪いけれど、みんな生きるだけで精いっぱい、というような感じがするのだ。そんな厳しい世界で一番大きな娯楽が酒とお喋りではなかろうか。もしかすると、この方面が一番望まれているのではないかと考えてしまうのだった。

マリトッツオをマトリッツオと勘違いしていました。

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