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第39話:手裏剣とハンバーグ

 6月13日、日曜日。晴れ。異世界に来て今日で3週間目だ。朝のランニングで小山と江宮を見つけたので、食後そのまま江宮の部屋で苦無くないについて打ち合わせることにした。


 食堂で羽河を探してドライヤープロジェクトに俺も参加すること、サイダーについて平野と打ち合わせたことを知らせた。

「相変わらず仕事が早いね」

「おう、飯の後は苦無の打ち合わせだ」

「えらい!でも張り切りすぎて倒れないでね」


 心配してくれてるみたい。ちょっと嬉しいかも。

 今日の朝ごはんはメンチカツコロッケとキャベツの盛り合わせ、卵焼きとトマトのスープだった。ご飯と味噌汁があれば正しい日本の朝ごはんなのになあ、と思ったのは贅沢か。


 平野に聞いたら、明後日には箸が人数分用意できるようだ。うまくできたら、そのまま食堂の食器として使うとのこと。まあ、間違いないだろう。

 食後、江宮の部屋を小山と尋ねた。小山は少し緊張したような顔で江宮の部屋に入ったが、投影のサンプル(がらくだ)を見て不思議そうな顔をしていた。


 江宮も苦無についてそれなりの知識(両刃の頑丈なナイフ。柄尻に紐を通すための輪が付いている)はあるので、小山のリクエスト(長さ十五センチ・刃渡り十センチ位)を聞いて一回目の投影。


 江宮が目をつぶると、回りの空気が帯電しているかのようにパチパチ細かく振動する。体中の産毛が逆立つ感覚。一分ほどだろうか、突然、ゴトと音がすると机の上に苦無らしきものが転がった。


 俺も触らしてもらったが、ちゃんと鉄の重みもあったし、アイテムボックスから出した竹を真っ二つにする位の切れ味もあった。


 出来上がったものに対する小山のリクエストを聞いて二回目の投影。今度は三十秒くらいで二本目が出来上がった。再度のリクエストを反映して、三本目はほぼ満足できるものになった。両手で試したいとのことで、三本目を再度投影。


 両手に苦無を持って部屋の中心で軽くシャドーをする小山の顔が真剣すぎて少し怖かった。続きは練兵場で、ということになった。次は手裏剣だ。小山のリクエストは十字手裏剣と棒手裏剣の二つだった。


 十字手裏剣は二回目でOKになったのだが、棒手裏剣は長さ・太さ・重さの微妙なバランスが必要みたいで、五回目でようやくOKが出た。念のため、あれも聞いてみよう。


「忍び刀はいいのか?」

 小山の顔に「?」と書いてある。横から江宮が補足してくれた。

「直刀で鍔が頑丈で大きかったり、刃が黒く塗ってある忍者用の刀だよ」

 小山は首を左右に振ってこたえた。


「うちはそういうのはなかった」

 俺は江宮と顔を見合わせてから提案した。


「こっちの世界には日本刀は無いみたいだから、ついでに頼んでみたら?」

 小山はおずおずとこたえた。

「良いの?」

「もちろん!」


 江宮は日本刀はかなり詳しいようで、すぐに見本を一本出してくれた。刃渡りは短めで反りもある。かなり気に入ったみたいで、これも練兵場で試してみるそうだ。


 一度投影したデータは保存・再利用できるそうだが、せっかくなので練兵場で試す分は全て俺のアイテムボックスに収納した。残りは江宮が指を鳴らすと、次第に透明になり空気に溶けてゆく。小山は感心したような顔で江宮を見た。


「魔法使い?」

 江宮は笑顔でこたえた。

「違う。俺は魔術使いだ」

 違いが俺には分からない。江宮なりのこだわりがあるみたいだ。


 今日の魔法学は先週と変わって風魔法のウインドになった。やることは一緒なので、皆黙々とやる。実際に魔法が発動すると大変なことになるので、先生が大きな手桶を持ち込んでいた。

 中には魔法の発動を阻害するからくりが入っているそうだ。魔法が発動しようとすると、自動的に相殺する魔法を発動するらしい。ジャマーみたいなものか?


 中休みの後はいよいよミドガルト語の授業だが、先生から一日延期すると言われた。代わりに、この世界で今後何かとお世話になる存在である「ギルド」について説明してくれた。多分俺たちが今後、商業ギルドと交渉することを想定しているんだろうな。


 その内容を簡単にまとめると、「職業別の組合です」ということになる。ただし、その規模や歴史、構成員の数はピンからキリまであって、石工ギルドや冒険者ギルドや商業ギルドのように国をまたがって存在する多国籍企業のような巨大ギルドから、中央市場ギルドのようにその地域のみに限定される小さなギルドもある。


 この世界で平民が何らかの職業につこうと思ったら、まずお世話になるのがこのギルドなのだ。

 もちろん、加盟するためには入会金がかかる。ギルドによっては年会費を取られたり、仕事を請け負う度に手数料が発生することもある。


 それでも入会するのは、親方を紹介してくれたり、仕事を斡旋してもらったり、ギルドに対する貢献や信用を元にお金や道具を借りたり、他の組合員との争いを仲裁して貰うなど様々な便宜べんぎが得られるからだ。さらには、会員証が身分証明の代わりになるのだ。


 逆に言うとギルドに加入せずに商売を始めると、そのギルドに対する敵対行為と見なされて妨害されたり、訴えられたりするらしい。

 だから何か新しいことをやろうとする際は、関連するギルドはどこか調べて、事前に調整が必要になるのだ。ちょっと面倒だぜ。


 俺は今回何も考えずに製材所と直接取引したが、あそこは木工ギルド傘下の製材所であり、いずれ取引に関する決済の書類が回ってきて、サインが必要になるとのこと。

 少なくても生活向上委員会のメンバーはこの世界で通用するサインを練習するようにと言われてしまった。ちなみに判子はんこは無いらしい。


 サインについては、明日から始めるミドガルト語の講義の一回目の授業で教えてもらえるそうで一安心。準備室に戻ろうとした先生を廊下で捕まえて、先ほど江宮が投影で作った忍者グッズを見せた。


「これと同じものを作って欲しいのですが、誰に相談したら良いですか」

 先生は即答した。

「武器であればまずは伯爵ですね。念のためイリアにも見せなさい」


 俺は先生にお礼を言って教室に戻った。丁度羽河が説明を始めた所だった。

「急で申し訳ないのですが、二回目のホームルームを行います。議題は先日発足した生活向上委員会からの報告です」

 羽河が第一回の生活向上委員会で決まったことを説明して、皆の意見を聞いた。全て承認されたのだが、複数の女子から追加の要請が上がった。


「みんな大変だと思うけど、ブラジャーとナプキンをどうにかしてくれないかな?」

清爽クリーンの魔法でなんとかやっているけど、一枚じゃ持たないよ。早くなんとかして欲しい」


 ということで、ブラジャーの追加が決まった。ブラジャーを含め、担当は以下に決まった。ナプキンについては技術的な目算が全く立たないので、情報収集から始めることにした。

 最後に平野謹製のお箸のサンプルが近日中に食堂でお目見えすることを発表すると、なぜか盛り上がった。


1.ウイスキー:利根川&工藤。※開発中

2.シャンプーとリンス:木田&伊藤

3.スカートとワイドパンツとブラジャー:浅野&木田(&羽河)

4.サイダー:平野

5.お箸:平野&俺(谷山)


6.ナプキン:未定 ※今持っている物を見本としてストックしておく。

7.ドライヤー:江宮&俺(谷山) ※準備中

8.ゴミの分別・リサイクルプロジェクト:水野 ※情報収集中

9.農業プロジェクト:志摩 ※情報収集中

10.食品関係:平野


11.苦無と手裏剣:江宮&俺(谷山) ※開発中

12.ピアノ:俺(谷山) ※準備中

13.ナプキン:今後の検討課題


 なんだか知らぬ間に四つのプロジェクトに俺の名前が載ってしまった。まあ、三つはサブなので大丈夫とは思うが。とりあえず今回ブラジャーが追加された3については必要に応じて羽河がヘルプに入ることでホームルームは終了となった。野田が嬉しそうに笑っている。


 お昼ご飯はボロネーゼだった。平べったい麵にハーブの香りが効いたトマトベースのソースが良く絡んで最高にうまかった。ひき肉を使った料理では、ひき肉の鮮度が最も重要(だから作り置きとか認められない)だと思うのだが、流石は平野、まな板で肉を刻んだ端からフライパンで炒めたようなうまさだった。

 ひき肉なのにちゃんと肉の味がするんだよ。高温のオーブンでさっと焼いただけの野菜や、コールスローとのバランスもバッチリでした。


 練兵場に行ってランニングを終えると、アイテムボックスから試作品を取り出して小山・江宮と一緒にテストしてみる。手裏剣は続けて投げてみたいと言われたので、十個ほどまとめて投影してもらった。


 十字手裏剣は回転のかけ方によって軌道を自在に曲げられるのが面白かった。カーブ・シュート・フォーク・ライジングと上下左右どれも可能だ。的にした丸太の刺さり方を見たが、貫通力も問題なし!威力も十分だ。


 でも問題が無いわけじゃない。重いのよ。なんせ素材が鉄ですもの。十個も持つとずっしりくる。当然持ち歩ける数に限りがあるから、マンガみたいに無制限にばら撒くことは無理だし、戦いが終わるたびに回収する必要がある。そういうのって、戦場のゴミ拾いみたいで、かっこ悪くない?小山が江宮を熱い目で見た。


「江宮君、私のウェポンラックになって!」

 これは新たなプロポーズ?確かに江宮が武器庫代わりになれば、在庫を気にせず幾らでもばら撒けるが・・・。

 江宮はゆっくり首を振った。


「断わる」

「どうして?」

「便利すぎる。俺がいなければお前は戦えなくなる」

「でも・・・」

「仕組みが分かればだれでも俺を狙うだろ。そしたらお前は俺を守らなければならなくなる。本末転倒だ」


 俺にも分かる。でも夫婦であれば・・・と言いかけてやめた。小山も理解したのだろう。無念そうに唇を噛んでいる。

 次は日本刀を取り出した。江宮が同じものをもう一本投影して二人で軽く打ち合ってみる。十回くらい刃がぶつかると、両方の刀ともばらばらに砕けて初めから何もなかったかのように空中に消えてしまった。


「これが俺の投影の限界だ。世界の理をまげて無から生み出した仮初かりそめの有だから、激しくぶつけただけで存在を維持できなくなる」


 それでも十分凄いと思うが・・・。とりあえず、刃渡りだけでなく、反りの深さや重さ、重心も問題なかったそうなので、手裏剣と合わせてもう一度投影して貰った。

 ちなみに残っている手裏剣はヒデや初音、羽河や平井が夢中になって遊んでいる。特にヒデは多彩な変化球と威力のあるストレートで、差を見せつけていた。流石甲子園級のピッチャー!


 俺たちは手裏剣二種と苦無と日本刀を伯爵に見せた。イリアさんも寄ってきて手裏剣を興味深そうに見ている。

「これは暗器ですか?」

「分かります?」

暗殺者アサシンの使う武器に似たようなものがあります」

「小山のクラスに必要な武器です。これと同じものを作れませんか?」


 伯爵は難しそうな顔でこたえた。

「暗器とナイフ(苦無)は十分使えると思いますが、こちらの刀はいささか刀身が細すぎますな。大剣の防御や盾に対しての打ち込みに耐えられませんぞ」

 確かに俺もそう思う。でも、ここは魔法の国なのだ。

 

「江宮が強化持ちなので、それで強度を上げます。その上で、この刀は人型の魔物用と割り切って使えばどうでしょうか?」

 伯爵は笑顔で頷いた。

「そこまで考えているならば問題ありませんぞ。剣は本人が使いやすいのが何より大事ですからな」


 小山は笑顔で伯爵に礼を言った。

「お任せくだされ。それがしが鍛冶ギルドと交渉しましょう」

 伯爵との打ち合わせが終わると、江宮はあっという間に皆に囲まれた。

「江宮君、私も手裏剣欲しい」

「俺にも頼む」


 ヒデや初音は分かるのだが、羽河や工藤に青井、なぜか鷹町まで混ざっている。お前ら、魔法使いだろ。思わず声をかけると、鷹町は振り返って反論した。

「谷山君、手裏剣はロマンだよ」


 あとで聞いたら鷹町の家にも道場があって、暗器も見慣れているそうだ。知らなかったぜ。ひょっとして戦闘型魔法使い?鷹町は「糸も欲しい」と意味不明なことを叫んでいたが、無視しよう。

 収拾が付かないので、手裏剣は皆に配れるだけ発注することにした。希望の枚数を合計すると軽く百枚を超えたので、伯爵の顔が少し青ざめていた。


 平井は小山の所に行って何やら話し込んでいる。話を聞いてみると、小山の家は母方が忍者の家系らしく、子供頃から修行を続けていたそうだ。もちろん師範はお母さんで、もう少しで免許皆伝だったそうだ。


 忍者に必要な武器が揃うことを平井は我が事のように喜んでいた。しかし、小山の野望は止まらなかった。

「まだ、撒菱まきびしが無い」

 そこまでいくか・・・。


 手裏剣が一段落したところで、伯爵に戦神の斧を見てもらった。まさしく神器だそうで、絶対に王都の中では使用しないように厳命された。強化や固定化の魔法をかけまくった城壁でも危ういレベルだそうだ。顔が引き攣っていたので、本心だと思う。


 晩御飯のメインはなんとハンバーグだった。スープがコンソメだったので珍しいなと思っていたら、まいったぜ。

 いずれ必ず出てくるメニューだと思っていたが、意表をついて玉ねぎのみじん切りやパン粉などのつなぎを一切使わず、表面に軽く小麦粉をまぶして焼いただけの、肉だけのハンバーグだった。


 しかし、新鮮なひき肉を材料にしただけではなく、複数の部位を混ぜているようで、俺に分かるだけでも赤身をメインにバラ肉とすね肉を使っているみたい。部位によって異なる噛み応えがアクセントになっている。


 味付けは塩と黒コショウのみでハーブも使ってないのだが、その思い切りが肉本来のうまさを存分に引き出している。付け合わせはポテトフライで相性もバッチリ。先生も気に入ったようで、わざわざ平野を呼んでいた。


「このようなステーキは初めて頂きました。柔らかいのに噛み応えが楽しめる不思議なステーキでした。改めて肉と胡椒の相性の良さを感じさせられました」

「これはハンバーグという料理の元祖であるハンブルグステーキという料理です。お楽しみいただけたら何よりです」


「元祖がこれだけ美味しいのであれば、ハンバーグはもっとおいしいのでしょうね。平野様の作る料理は簡素でありながら奥深く、食べるだけで生きる力が沸いて来るようです」

「過分なお褒めの言葉、ありがとうございます」


 平野が手で合図すると、助手Aが大きめのボウル一杯に盛った何かを持ってきた。あれはポテトチップス?

「試作品ですが、エールに合うと思います。ごゆっくりどうぞ」


 平野は先生の前にボールを置くと、頭を下げて戻っていった。先生はおっかなびっくりでポテトチップスを一枚食べた。続けてエールを一口。凄い笑顔になった。そのままポテトチップスを一枚。エールをぐびり・・・・。やめられない止まらない状態に入ってしまったみたい。


 デザートはホットケーキだった。パンケーキは何回も食べたけど、生バターとふわふわの甘くてさっくりした生地がベストマッチで、涙が出るほどおいしかった。帰る前に平野に声をかけた。


「ホットケーキうまかった。それにハンブルグステーキとは恐れ入ったよ」

「いや、一頭丸ごと仕入れると、どうしても余る部位が出てくるんだよね。だから作ったんだけど、気に入ったら良かった」

 平野の笑顔が今日も眩しかった。

江宮君、モテています。

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